4 休息日
今日は授業がない休息日。地球でいう日曜日と同じだ。
窓から入る日の光に目を覚まし、伸びをする。
ベッドの上で今日は何をしようかとのんびり考えていると、ベラが入ってきた。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようベラ~」
ベラが洗顔用に水がたっぷり入った桶と小さな瓶が入った箱を持ってくる。
瓶を一つ選び、一滴桶の中に垂らす。ふわっとした香りが漂い、香りを楽しみながら洗顔する。
この小さな瓶は、錬金術科の授業で習ったオイルで、これを垂らした水で洗うと、一日保湿が保たれるのだ。魔力を使って作るので、効果は抜群だ。女子に人気の必須アイテムだ。
授業で作ったのは1本だけなので、復習がてら色々な花の香りをつけて作ったのだ。これでその日の気分により香りも楽しめる。
ベラにも日頃の感謝にと、数本渡すと喜ばれた。最近の彼女は、肌がぷりぷりしている。
侍女がいて、色々世話をしてくれる生活っていいよね…。
椎名だった時は一般家庭に生まれたので、もちろん侍女なんていないし、自分のことは自分でしていた。
貴族は侍女に仕事を与えなければならないので、自分では何もせず、侍女に託す。
でも私は自分でしたい。
ベラには、聖女となって旅をするには、侍女をつれていくわけにはいかないから、できるだけ自分で自分の世話をしたい。と言ってある。「お嬢様…素晴らしいです」と感動していた。
洗濯や掃除はベラにまかせて、身支度など身の回りでできる事は自分でしている。
休息日なので動きやすいワンピースに髪飾り、とシンプルに身だしなみを整えると食堂へと行く。人はまばらだ。
休みの日ぐらいは皆ゆっくり寝たいのはどこの世界も共通だろうか。
食堂は男女の寮の中間にあり、食堂によって寮が繋がっている。
食堂にはシェフがいる。令嬢たちが通う学校なのだ。貧相なものは食べさせられないという学校側の配慮により、交代制で一日中一流のシェフがいる。
広い食堂をさっと見渡すとキースがいた。
注文をして、キースのいるテーブルに向かう。
「おはようキース」
「よう…」
キースは朝からステーキのような大きな肉料理を食べている。
騎士や剣士は身体が資本とはいうけれど…。
「………」
「…なんだ?」
「いえ…別に……」
怪訝な顔をしながらも、黙々と肉を切り分け口へと運ぶキース。
キースと食事をしているといつも思う。胸焼けしそうだな、と。
彼は肉をたくさん食べる。朝、昼、夕と毎食だ。
身体を鍛えるには、肉だ!とよく言っている。
我が家の兄さまたちが、朝から肉を食べているのを見たことがない。
注文していた食事が出来上がり、私も頂く。パンにスープ、サラダとあっさりした食事だ。
さぁ食べるぞ~と、スープを啜る。
このスープ、野菜と肉をコトコトと何時間も煮立てたコクのある味わいで私は気に入っている。毎朝、このスープだけはかかせない。
「お前…そんなだからひょろひょろなんだ…肉を食え、肉を…」
キースは切り分けた肉を私のサラダの上に乗せた。
ちょ、サラダに肉汁が…あぁ…
「肉を食わないと成長しないぞ…いろいろと…」
視線が一瞬私の胸にきたのは勘違いではないだろう。私の胸元にはわずかなふくらみしかない…所謂Aカップほどだ。
キースに心配されるとか…まだ私は12歳だ!これから成長するんだ!
同学年の令嬢達は盛ってるのか?というほど大きなものをお持ちだ。
同じ12歳とは思えない、うらやましい。
ジト目でキースを睨むと、さっと目を逸らされた…ちきしょう。
「仲良いね~兄妹みたいだよ」
ロバート兄さまが笑いながら、空いている椅子に座る。やりとりを見ていたのだろう。
「マリーは今のままでも十分可愛いから大丈夫だよ~」と、笑顔を振りまく。
遠くで「ロバート様の笑顔…」「幸運がふってきた」「ありがたや…」など小さい声が聞こえる。ロバート兄さまは5年生。兄さまは騎士を目指している。グルウェスト家の正妻の次男だが、私が年下なので可愛がってくれる。
兄さまは次期当主であるマクウェル兄さまの手伝いもしているので、社交界にも顔が広い。社交パーティにはほとんど出席をしていて、子息令嬢を虜にしているらしい。
兄さまの笑顔は宝石のようだとまで言われている。
私も兄さまが大好きだ。一時期、前世を夢見て怖がって眠れなくなっていた私に付き添って、色々なお話を聞かせてくれた。
兄さまの前には優雅なティーセットが準備された。従者のバルモーダが、これまた優雅にカップに紅茶を注ぐ。紅茶を啜る兄さまは絵になる。乙女ゲーだとスチル獲得といったところか。
3人でゆっくり食事を楽しんだあと、兄さまは屋敷へと向かった。マクウェル兄さまの手伝いをする為だ。
私は愛人の子なので、屋敷の手伝いなどはない。
それに、父さまたちは私が聖女だと知っているので、成人まではと自由にさせてもらっている。
キースは剣技館に向かうというので、私もついていくことにした。
魔法が封じられても剣で戦えるように、私も少しは訓練をしている。
キースは大剣を使うが、私の獲物は短剣だ。手軽で扱いやすいし、持ち歩きにも便利だ。
剣技館には、すでに訓練をしている生徒が数人いた。
更衣室で運動着に着替えた私は、訓練前に身体を解す為に柔軟体操をしながら魔王のことを考えていた。
聖女マリアンヌだったあのとき、消滅魔法を使おうとしたら魔王と同等の者が現れた。嬲られながら聴こえていた話しぶりからするとその者も魔王だ。二人の魔王。なぜ二人。
神様に魔王が増えた理由を聞いておけばよかった…。精霊たちは知っているんだろうか?
勇者たちが斃れたあと、その遺体を魔王たちは神殿へと転送させた。魔王に歯向かうとどうなるのかを見せつけるためだ。
魔王が二人いることを、王たちは知っているのだろうか?魔王城からは誰も生きて帰ってはいないのだ。
知らない可能性がある。
勇者たちと旅をしていたときは、魔王に支配された領域を解放して回ったのだが、マリアンヌが殺されたあと、魔王たちは魔族を再び生み出し、支配していったのだという。
あれから27年たっている。大陸の西半分は魔王の領域となってしまっている。じわじわと忍び寄る魔物と魔族に、領域の境界に住む者は恐怖しているだろう。いや、とっくに逃げ出し大陸の東側の国に移住しているだろうか。
私がいるゼラビス王国は大陸の南東にあるので、まだ魔王の手は届いていない。
迫りくる領域と我が国の間には、大国がある。
大国のトゥルーカ国は、連日、騎士団や冒険者を領域の境界に派遣しているという。少しでも魔物を退治し、領域を広げさせない為だ。領域が広がると瘴気が漂い、人が住めなくなる。
皆、必死に魔王の恐怖と戦っている。聖女の噂を聞きつけて、聖女の浄化を!と我が国をせかしているのも知っている。レイから教えてもらった。
だが、成人前の未成熟な私は、まだ浄化や消滅魔法がまともに使えない。聖女としての力と身体がまだ育っていないのだ。
マリアンヌだったころも、成人までは学校に通い、成人してからは神殿に保護という名の軟禁され、聖女としての力の使い方を学んだ。
学校に入る前に一度、空間魔法で疑似空間を作り、世界と隔絶し、マリアンヌの知識を使い聖女の力を練習してみたのだが、身体が耐えきれず全身が悲鳴をあげ、痛みが走りまわり、気絶した。
自己治癒能力で痛みはすぐに引くのだが、それでも痛いのは痛い。10歳の身体はもろかった。
疑似空間のおかげか魔王には聖女の存在に気づかれてはいないはずだ。
今日まで無事なのがその証拠だろう。
あれから2年、多少体力もついたし、魔法の訓練で身体も魔力に慣れただろう。
でも、あの痛みはとても辛い。なので、また聖女の力を試してみようとは思えなかったので試していない。
15歳になれば自然と使えるようになるのだから、焦ることはない。だが、私が成人するまでは魔王の領域が迫ってくる恐怖に人々は晒される。
なぜ成人するまで聖女の力が使えないのだろうか…。
そして何故、私だけが聖女なのか。疑問が残る。
神殿の神官たちは日々、聖水を造り、境界へと冒険者を使い運んでいる。聖水を撒いた箇所は浄化される。
樽いっぱいに聖水を造り、騎士たちが領域に投げ入れ浄化をしては、また領域に蝕まれる。
神官たちは聖女が成長するまで、聖水を造り続けるのだろう。
私が聖女として力を発動させれば、この状況は一気に逆転できる。
今、痛みに気絶をする状況で浄化を発動すれば確実に魔王に狙われる。まだ神託による勇者が現れてもいない。
マリアンヌだったときは、成人後に勇者が選ばれ、旅に出た。
今回もきっと成人後に選ばれるのだろう。成人前に選ばれても、私は満足に聖女の力を発揮できないのだから、旅に出ることもでても役に立たない。
正直魔王城には行きたくない。今は魔王が二人もいるのだ。
また魔王を追い詰めて、同じように魔王が増えたりしたら困る。
幼い頃、魔王が怖いと父さまに泣きついたことがある。
皆怖いのが当たり前だといわれ、誰にも相談できなくなった。
また勇者たちと旅をして、全滅して同じ目にあったら…?
コワイ…
どうして私だけこんな目に合うのか…聖女になりたくてなったわけじゃない。
コワイ…イヤダ…
対策を考えておかねば…。誰も魔王から…聖女から助けてくれないのだから。
「おまえ、いつまで柔軟やってんの?」
「え?」
顔を上げると目の前にキースの顔があった。
び、びっくりした。
あれから1刻ほど経っていたみたいだ。考えにふけりすぎたようだ。
私の頭をくしゃっとして、離れるキース。
「ま、いつものことだけどな~」
「…んん?いつもの?」
「それより、鍛えてやるよ、来い」
「!…ふふ」
ニヤリと笑うキースに、笑顔で返し、柔軟体操で座り込んでいた私は、ぴょんと跳ねて立ち上がり、後ろの腰に装備していた短剣を抜く。
キースも大剣をしまい、短剣に持ち替えて構える。
2人とも自分の愛剣だ。刀身がキラリと光る。
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