10.森の中で、苦しき現実を〜後編〜
買ったものが小型のナイフで良かった。
ズボンのポケットに入れておけるサイズだったから。
リュックに入れていたら、戦うかどうか以前の問題だったと思う。
取り出している間に、殺される。
ちなみに、服はさっき着替えた。
制服はリュックサックに入っている。
辺りは怖いくらいの静けさに包まれている。
……それとも、私が感知できないだけで、もっと多くの魔物に囲まれているのか。
違う。
今はそんなこと、どうでもいい。
いや、どうでも良くはないけれど。
まずは、覚悟を決めるかどうか。
どちらにせよ、避けては通れぬ道であることは確かではあ――っ。
「――っ!」
危ない。
とっさに私は体を横に転がす。
痺れを切らしたゴブリンが、襲いかかってきたのだ。
なんとか避けきれたから、良かったけど。
そのままゴブリンから距離を取る。
そう。
命をかけた争いなのだ。
考え事をしているヒマなんて、ないんだ。
ゴブリンだって真剣な筈。
私を倒せば、食料が手に入るから。
……だったら、私だって、負けちゃあいけない。
たまたまで、偶然で、神様の気まぐれなだけなのかもしれない。
それでも、私は異世界に来れた。
地球の日本にいただけじゃ叶う見込みなんてゼロに等しかった可能性が、ほんのわずかでも増えた。
こんな数奇な運命。
手放して、たまるもんですか。
「やるんだ、私。……立ち止まってばかりいちゃ、いけないんだっ!」
自分にそう、言い聞かせる。
まだ手は震えていて。
足も、いやそれどころか、体全体がやりたくないと訴えている。
日本という平和な世界で暮らした私は、生き物を殺すことを拒否している。
……でも。
乗り越えないと、いけない。
そろそろ相手もまた、痺れを切らす頃だ。
逃げても追ってくるだろうし、他の魔物に見つかる可能性だって低くないだろう。
現在が、潮時。
私は、大きく、息を吸った。
そして、ゆっくりと、吐く。
生きるんだ。
ならば、怖くても、向き合わないと——っ!