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魔法雑貨店『月下の花嫁』  作者: 青色硝子
5/13

指のない花嫁 5

 

 翠玉の月5日、午後7時。自警団詰所地下の拘留室。

 数日前に訪れた時は、あの婚約者の悲鳴じみた泣き声が響いていたが、今回は別人の声が響く。


「だってね、仕方ないじゃない!?だってもう結婚しちゃうって、だから一回だけでよかったの。告白して私の想いを知っていてほしかったの。あと、一度でいいから抱き合ってキスをしたかった。それだけなの。でもフローリカはそれすらダメって、許してくれないのよ?同性でも裏切りになるから。彼が知ったら悲しむだろうからって私を拒否するの。酷いでしょう?子供の頃からずっと仲良くしてくれて、彼女のお願いなら何でも聞いてたのよ。本当よ。なのに私のお願いは聞いてくれないって?一生のお願いだったのに?酷いでしょあの子。友達のうちで一番に結婚するからって調子に乗ってると思うの。酷い女よ。でもねキスしたかったの。一回だけでいいって何度も言ったのに。ごめんって、私とはいい友達だったって、でもこうなったらもう会わない方がいいと思うのっていうの。結婚式には来てくれるかって聞いてきて、私は行かないって答えようとしたわ。でも答える前に、いややっぱり来ない方がいいよね、ごめんね、無神経なこと言ったねって困った顔で言ったの。私その困ったように笑う顔もすきだったんだけど。ああ、可愛かったなぁ。小さいころから仲が良かったのよ。私が一番の親友だと思うの。でもね、結婚して、あの子の一番は私じゃなくなるんだって。これからずっと旦那さんを一番にするんだって。泣きそうになって俯いたの。そこで初めてあの指輪が見えた。すごく腹が立ったわよ!ずっと二人、仲が良かったのに。あんなさえない男にとられてしまうなんて。嫌だったの。あの男はフローリカにあわない。もったいないでしょ。ああそう指輪。指輪ね、揃いの結婚指輪だって、奮発した特別な品だって前に聞いてたわ。愛する人を結びつける。そんなものつけて私の前にきた彼女が急に憎く思えた。そしたら頭の中がさえて、体中から力がみなぎるようだった。もう帰るねっていった彼女を呼び止めて、振り向いたところを散々刺したの。すごくびっくりしてた。私のことを見ようとしなかったあの子の目がずっと私を見ててくれて嬉しかったわ。何度刺したかわからなかったけど、静かになったあの子の指にね、指輪があったから、外して捨ててやろうって思ったの。フローリカは胸に何個か穴が開いちゃったけど、でね、指輪がね、外れなかったの。酷いでしょ。なんでって思った、なんでなんでって。だから外すにはどうしようって、切るしかないじゃない!?」


 あなただって、そうするわよね?

 血走った眼と机の上に飛ぶ唾。口をはさむ間もなく捲し立てる女を眼前に、俺は何度目かわからない溜め息をついた。ここは数日前はエリオ=ロンゴがいた拘留室だ。彼とは対極的に、泣くことなく被害者を責めたり思い出を語ったりと忙しい女。この女こそが、フローリカ=トルエを殺した犯人だった。街の下流の更にその先、郊外外れにある牧場を営む家の長女。あの日、フローリカと夕食を共にしたのも彼女だった。少し早い結婚のお祝いしようと誘ったと。夕食後、想いのたけをぶつけて玉砕。諦めきれず縋ったところ相手にされず、むしろ優しくフってくれたと思うのだが、逆上して殺害。婚約者と愛し合う象徴の指輪をなんとしても外そうと考え、実行した。朝方、牧場の牛乳を街に届けるついでに被害者を馬車に乗せ、人目がない所を見計らって川に捨てたそうだ。


「フローリカは真っ赤になっちゃったけどそれはそれで綺麗だったの。キスしていい?ってもう一回聞いて、今度はダメともいやとも言われなかったから。あったかくて柔らかくて気持ちよかった」


 女の自宅からは被害者の指入りの瓶が見つかった。10本の指の内、左手の薬指とみられる指には例の指輪が嵌ったままだった。何度も取ろうとしたように指にはいくつもの傷がついていたが、指輪だけは綺麗に、まるで指に縫い付けられているかのように外れなかった。


 先日調書を取ってくれていた同僚と共に犯人を見る。こちらの話は聞いてくれそうにない。ただ、まとまらない話を続けていた。動機はわかったし、自宅からも決定的な証拠が出ている。もう話を続ける必要はないだろう。


「……ああ、後は任せて、君は調書を完成させるといい」

「頼む」


 同僚に目配せして、俺は席を立った。胸糞悪い話を聞き続けたからか足取りが重かった。これから遺族に、犯人と殺害に至った動機を説明しなければならない。


「はぁ……」


 これで、彼女の祖母と婚約者は納得するだろうか。いや、する訳がない。こんな独り善がりでくだらない理由で殺されたんだから。


「キスしてフローリカを抱きしめていたの。幸せな時間だったわ。永遠に続けばいいと思ってた。でもね、だんだんね、あの子が冷たくなっていって。……ああ、私、え、わたし、あの子ともう会えないの?」


 拘留室を出る際、少しの違和感。かの女の声色が変わったような気がした。

 ……どうか、自分の罪を認めて償ってくれと切に願う。1階への階段を目指している時、背後からはもう女の声は聞こえなかった。


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