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魔法雑貨店『月下の花嫁』  作者: 青色硝子
4/13

指のない花嫁 4

 

 翠玉の月5日、午前11時。魔法雑貨店の店主を連れて、自警団詰所の近くにある病院へ向かう。フローリカ=トルエの遺体はこの提携している病院地下の霊安室に安置されていた。殺人事件の被害者の遺体だ。もちろんただ安置している訳ではなく、霊安室の前には見張りの団員がいる。病院の受付に自警団員証である肩の腕章を見せ、中へ。店主はフードをすっぽりとかぶり、その美貌と目立つ白と青の髪を隠していた。


「持ち物を提出してください」

「アクセサリーも外す?」

「はい」

「じゃ、ちゃんと持っててね」


 ふわり、フードを脱ぐ。続いて雫の形をしたピアスとネックレスを丁寧に外していった。店主の動きに合わせて長い髪がゆれる。服を脱いでいる訳ではないのに、なぜか艶やかな様子に見えてしまい、目を逸らしかけたが、警備上必要な業務である、と訳もなく自分に言い聞かせてその姿を見る。

 肩にかけていた小さめのバッグとアクセサリーを受け取り、箱に入れる。その後、事情を説明し病院の女性職員に服の上からボディーチェックを行ってもらう。


「何も持っていませんね」

「ありがとうございます。では、霊安室へ行きましょう」


 白衣姿の女性に礼を言い、店主を地下へ続く道へ案内した。職員用の通路を抜け、重々しい扉を開けると地下への階段が見えてきた。


「霊安室ってこんな所にあるんだね」

「私語は謹んでください」

「はいはい」


 苦笑した後、口を噤んだ店主の動きを注視しつつ階段を下っていく。霊安室と書かれた扉の前に、自警団員の制服を身に纏った男が立っていた。見張りをしてくれている先輩だ。


「おっテディちゃんお疲れ!よく来てくれた。ここ薄暗くて怖くってさぁ。ん?隣の子誰?彼女?」

「違います」


 俺達二人をどう見たら恋人同士に見えるのか。明るく話しかけてきた先輩には、警戒心でピリピリしている俺の心情など全く伝わらなかったらしい。


「例の事件の手掛かりが掴めるかもしれません。こちらはその重要参考人です」

「あーそうなんだ!やっぱテディが担当になってたんだなぁ。ねぇお姉さん、彼氏いるの?」

「先輩、そういうの後にしてください」

「なんだよーー。ここ可愛いナースさん少ないしいいじゃん」

「失礼です」


 軽薄な印象を受ける笑顔と声色で店主へ話し掛ける先輩を制し、霊安室の前に立つ。店主は勤務中にナンパまがいのことをしてきた男など気にも留めないようだ。軽く微笑んで会釈をした後は、口を結び真っ直ぐと扉を見ていた。

 先輩も軽口を叩きつつだが、警備していた扉の鍵を開け、俺達が中へ入れるようにしてくれた。金属扉へ手をかけるとひやりとした感触が指先へ伝わる。


「テディ、気をしっかり持ってな」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 ぐっと扉を奥へ押し開く。カビ臭さなどはないが、どことなく湿った空気が全身を包み込んだ。店主も俺に続いて霊安室の中へ入ってくる。

 部屋の明かりを点けると、中央の真っ白な台に、真っ白な布を被せられたフローリカ=トルエの遺体があった。頭側に死者を送るための香と花が置かれていたが、香は匂いがついてしまうため今回のような殺人事件では焚かれない。


「では10分間です。お分かりだとは思いますが、触れないように」


 店主がこちらを見て、こくりと頷く。滅多刺しの遺体を見るのだから普通の女性ならば身構える。店主はどうだろう。表情は変わらないが、体の運びが硬くなったように見えた。

 俺は、物言わぬ彼女を覆う布をゆっくり、そっと外す。

 死後2日が経過した遺体が姿を露わにした。病院の簡素な服を着せられてはいるが、そこから覗く肌は青紫色をしている。唇はかさかさに乾燥していた。エリオから聞いた被害者の瞳は緑色だそうだが、もう混濁していて本来の美しい色はわからないだろう。閉じられた瞼を見て、胸が痛んだ。

 遺体を安置する際は手を胸の上で組むのだが、彼女には組むための指がない。掌のみ重ねるようにして胸に置かれ、ゆるく紐で固定されていた。


「…………」


 俺も店主も一言も話すことなく遺体を見つめる。店主は手を合わせ、死者への祈りをしてから遺体に近づいた。フローリカ=トルエの顔と手をじっくりと見つめている。俺も店主の隣へ近づき、彼女の視線の行く先を目で追った。店主の伏せられた瞳は切り落とされた指と、服から僅かに覗く胸の刺傷を捉えていた。


「気分が悪くなったりしたら言ってください」


 店主へ伝えるが、返事はなく、瞬きすら惜しむように遺体の顔を見つめていた。

 春先とはいえ、地下の霊安室はとても温度が低くなっている。遺体の腐敗を遅らせるには丁度いいが肌寒い。加えて遺体から発せられる臭いは気分のいいものではなかった。検死官でも死後数日経過した遺体の検死は体調を崩すことがある。


「あ、触らないでくださいよ」


 店主が、フローリカ=トルエの顔に自分の顔を寄せていた。結っていない髪が遺体に当たらぬよう手で押さえているが、店主の顔は遺体と口づけを交わしてしまう程に近づいていく。何をしているのだろう。「気になること」は分かったのだろうか。


「何か?」

「あ、もう喋っていいの?」

「必要なことならいいです」


 彼女はきょとりと俺を見る。俺に言われた、「私語を慎んで」という言葉を律儀に守っていたのか。遺体に会いたいなどと無理難題を押し通すくらいには頑固だと感じたのだが、変なところで素直だ。


「私が確認したかったことは確認できたよ。ありがとう」

「いえ」

「フローリカ、綺麗な顔してるね」

「そうですね、切り傷や殴られた痕はありません」

「あのね、犯人わかったかも」

「そうですか、え、は!!?!?」

「フローリカを殺した犯人がわかったかも。あ、それか重要な手がかり?を見つけた」

「マジで言ってんすか!!?」


 明日は雨らしいよ、という雑談と同じくらい全く抑揚なく告げられた言葉に、俺は激しく動揺した。熟練の検死官でも手掛かりは何も発見できなかったのに、なぜ魔女ごときがわかるのか。魔法を使った様子も見えなかったのに。死者と会話でもしていたのだろうか。ありえない。こわい。


「一体どういうことですか!」

「これだよ」


 店主に詰め寄ると、彼女は俺の制服の襟を掴んだ。そのまま、ぐっと俺の顔を引き寄せる。今度は店主と俺の顔が近づく。暗い室内では深い海の底のように見える瞳と目が合った


「いや、あの……どれですか」


 俺より30cmは背の低い女性と顔を合わせるのはきつい。背中が曲がって痛いなという意味で。あと無駄に整った顔にどぎまぎする。遺体の前でこんな、不謹慎だ。

 狼狽える俺を余所に、店主は出会ってから変わらない穏かな口調で犯人について語りだした。


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