魔法の果実酒は事件の香り? 3
「最初からそれを言っていれば追い払えたのでは……」
「密告するにも、警備隊で一括りにしちゃ悪いと思って名前を聞き出そうとしてたの。それに、下手に刺激して店の悪評流されたら嫌でしょ?」
「あぁ……確かにやりそうですもんね」
「中央から来るお客さんは、せっかく遠くから来たから手ぶらで帰りたくない!って大体お買いものして行ってくれるのね。だから中央で悪い噂が立つと、そもそも店に来てくれなくなる。そんなの大打撃だよ」
「なるほど」
商売人だなぁ。店一つを切り盛りするだけあってよく考えている、と素直に感心した。俺の生家も酒屋を切り盛りしていたので、商売への努力はとても尊敬できる。
「ふふ、助けてくれてありがとね」
「どういたしまして。俺はあまり役に立ってなかったですけど」
「そんなことないよ。怒ってる時の威圧感すっごかったもの。大熊みたいで」
「それ褒めてます?」
「もちろん」
店主はにこにこと、いつもの笑みに戻ってくれた。古臭い雑貨店と言われた時の顔は、童話の悪い魔女のようだった。こわかった。
「今日はなんでうちに?お買いもの?」
「突然の訪問すみません。先日の事件協力のお礼をお伝えしたく。あと実はお名前を伺っていなかったもので、教えていただいていいですか?」
「あ、やっぱり言ってなかったよね、ごめんね。アイラ=クリーバーズ。21歳。魔法雑貨店『月下の花嫁』の店主です」
アイラさん、アイラさんね。
改めて言うと恥ずかしい訪問理由だったが、彼女は気を悪くした様子もなく答えてくれた。しかし、21歳というと、俺の一つ上なのか。不思議で落ち着いた雰囲気だったので、もう少し年上かと思っていた。
「アイラさん、先日はご協力ありがとうございました。当初は犯人と疑うような素振りをしててすみませんでした」
「いいよ、それがきみの仕事だものね」
「自警団からお礼をと思っているのですが、表彰と感謝状くらいしかなくて……」
本当は報奨金でも渡せればいいのだが、協力してくれた市民に渡せるだけの十分な資金がない。重ね重ね申し訳ない……。俺個人で何か礼をできたらと思う。
「人前に出るの苦手だからいいかな。そうだ、お店を宣伝しておいてくれない?お客が増えるのが一番嬉しい」
「わかりました!お安い御用です。俺生まれも育ちもこの街なので、顔広いんですよ」
「頼もしいね。初めての人が手に取りやすい商品の紹介しておくから、店内へどうぞ」
「はい」
アイラさんに勧められ店内へ。相変わらず入り口の木製のドアがぎいぎい音をたてる。この店がやや古いのは確かなんだよなぁ。外壁はネイビーで落ち着いた色合い。白枠の木製の小窓も、そこから見える店内の鉱物も綺麗だ。古いドアと床板を変えるだけでも、店構えがよくなり集客効果があるのでは?……と、つい真剣に集客案を考えてしまった。いけない、俺の本業は自警団だ。
「ただいま、ウルフちゃん。心配してくれたのね。ありがとう」
しばらく前から窓越しにこちらを見て(?)いた食虫植物に声をかける店主。茶色いアンティークの鉢植えをごとごと鳴らしウルフちゃんが店主に近づいて行った。動けるのかお前……。
「さてと、どれがいいかな?いざ宣伝っていうと困っちゃうな。……そうだ。テディくん、せっかくお店に来たんだし何か買っていったらどう?お安くしておくよ。きみが使ってみてよかったものを宣伝してくれたらいいよ」
「いや、俺は魔法の品とかわからないですし、大体女性向けの商品が多いですよね」
「彼女や気になってる人にあげればいいんじゃない?」
「いえいないので……」
「切ない」
「ほっといてください」
モテない訳ではない。自警団の仕事を優先しているだけだ。彼女いない歴と年齢が同じだが、モテない訳ではない。告白されたことだってあるし。という情報を言うべきか迷っていると、アイラさんは左奥の棚の方へ歩いて行った。俺の女性関係など興味ないですよね、よかった言わなくて。
狭い棚と棚の隙間を進みながら、彼女が振り返る。
「お菓子はどう?自警団の人はお疲れでしょう」
「確かに、差し入れは嬉しいですね。でも俺達がお礼をする立場なのに逆になっちゃいますよ」
「美味しい、また食べたいって店に来てもらうのが狙いだからいいのよ」
本当、よく考えている。美人が手作りしたお菓子となれば、一度知ってもらえれば飛ぶように売れるだろう。しかし、前回は来た時に菓子類などあっただろうか?雑貨が多くて、食料品はハーブくらいしか思い当たらない。
アイラさんの背を追うと、前回見た棚の裏側に到着した。ここが食べ物の棚だったのか。
「すごい。おいしそうですね」
クッキーにチョコレート、キャンディ、キャラメル、パウンドケーキ。瓶に入っている物や可愛い箱に入れられている物。カラフルだが派手すぎない、シンプルなデコレーションがされている。見た目にも楽しい。前回淹れてくれたハーブティーの他にもブレンドされたハーブティーの葉が瓶詰にされ並んでいる。リラックスできる、痩せられる、血行がよくなる、美肌になる……。多くの女性の悩みに効きそうだ。
「果実酒もあるじゃないですか!俺大好きなんです」
「街の青果店で買った果実を使って、ホワイトリカーやブランデーで漬けてるの」
「いいですね!」
ハーブティーの棚の下には果実酒の瓶も並んでいた。
季節の果実を沢山使って漬けた果実酒は最高だ。ホワイトリカーやブランデーもいいが、度数の強いジンやウォッカ、ウイスキーも好きだ。酒を取り扱っているということは、酒のつまみもあるのでは?
わくわくする。俺は食事が好きだ。特に酒とつまみが。同僚からはもう少し野菜も食えと言われるが、ここ数年体調など崩したことがないのでいいだろう。
「果実酒は自分用に買っていきます」
「ありがとう。今は、2ヶ月前に漬けた苺酒がおいしいよ。苺酒の魔法効果は、誘惑。好きな子が出来たら一緒に飲んでごらん」
「誘惑っ……」
そうだ、ここ魔法の店だった。効果はアレだが、一緒に飲む相手はいないので大丈夫だ。別に悲しくなんてない。
差し出された瓶は球状をしている。実験用に使うフラスコみたいだ。苺の色素がホワイトリカーに溶けだして赤く染まっていた。ここに苺の甘味と栄養が濃縮されている。そのまま飲むのも、炭酸水で割るのもいい。とても美味しそうだ。
「魔法効果はともかく、買います!」
「そんなに好きなのね」
「あっはい!すいません夢中になっちゃって」
「うふふ、いいのいいの。この前、夏蜜柑を漬けたから再来月また来るといいよ。その次はスモモ、クワ、ブルーベリー、アンズ、あとサクランボを漬けるからね。秋が一番果実酒の棚が充実するよ」
「覚えておきます!!」
俺の顔は、きっと少年のようになっていただろう。こちらを見てアイラさんがくすくす笑っていたが、彼女のことだ。大の男が果実酒にはしゃぐ姿を見て笑ったのではなく、自分の商品に夢中になって嬉しくて笑っているのだろう。と、信じたい。
「差し入れの方はどうする?」
「あ」
完全に忘れてた。