魔法の果実酒は事件の香り? 2
魔法雑貨店に出向くのはこれで3回目だ。初回の時のように店がクローズになっていないことを祈る。山道へ続く北側の路地裏へは、詰所から徒歩で数十分かかる。山を削って出来た街だ。坂の上り下りが多く、住民は苦労するが俺はこの街並みが好きだ。木材と煉瓦で作られた家々は、屋根は茶色かこげ茶色をしているが、外壁を水色や黄色、薄い緑等で塗っている。煉瓦が織り成す茶色とパステルカラーの街並みは男の俺でも可愛いと思う。北側の高台から街を見下ろすのが好きだ。適度に田舎なおかげで木々も植わったままだし、街の外には森や湖がある。自然と共存する街なのだ。
暖かな春の気候を感じつつ歩いていると、雑貨店が見えてきた。
「!」
店先に店主がいる。見間違えることなどない、日光を浴びて輝く白と青の髪の女性。店主の身長は平均より高めだが、今日はとても小さく見える。なぜなら、店主の頭1つ分は大きな男2名が彼女を取り囲んでいるからだ。あの制服は、国の警備隊だ。
「だから、ちょっとお茶するだけだって。俺達疲れちゃったからさ、一服したいんだよね」
「初めて来た街だからカフェどこかわかんねぇんだよ。いいだろ?案内してくれよ。あっお姉さんの家でもいいぜ」
「店番がありますので行けません」
「今日は閉めればいいじゃん!営業時間決まってないみたいだし」
「商品棚の整理がありますので行けません」
「つれないこと言わないで。な?行こうぜ?ちょっとだけだって」
「ウルフちゃんが呼んでるので行けません」
「誰それ、彼氏?さっき彼氏いないって言ったろ」
ああ、完全にナンパされている。店主は貼り付けたような笑顔を浮かべているが、怒っているように見える。警備隊の連中はしつこいな。都会ではこういうのが流行っているのだろうか。ガラの悪い男と、軽薄な男だ。ルーカス先輩も軽いが、あんな下卑た顔はしていない。……キバを剥き出しにした植物が小窓で激しく蠢いているのだが、彼らは店主に夢中で気付かないらしい。ウルフちゃんを一瞥してから大股で彼らに近づく。
「何をしているんですか」
「あ、テディくん。いらっしゃい」
男達と店主の間に割り込み、店主を背に隠すように対峙する。彼らの目つきが途端に悪くなったが、俺より遥かに小さい男達に下から睨まれても怖くない。ガラの悪い男は髭が生えている、以下髭と呼ぼう。軽薄な男は特に特徴なし。ナシ男だ。
「何だお前……自警団が何の用だよ」
「言っとくけど俺達、仕事してただけだからね。街の住人と交流して情報収集する仕事!」
「街の視察をされている警備隊員がいることは存じておりますが。情報収集とは、女性の家ですることですか?こちらのお方の仕事の邪魔をしてまでしなければならないことですか」
「ンだよ、聞いてたのかよ。まーいいや、お前退けよ。ただの自警団が口答えとかクッソうぜぇ」
髭……俺が最も嫌いなタイプだ。仕事の義務を放棄し、国家警備隊の地位に胡坐をかいている。プライドだけがやたらと高い屑だ。髭の方が力関係は上らしい。ナシ男はこいつにくっついているだけか。意気地もなしか。
「ただの、ではありません。自警団だからこそこの街の住民が困っているのを無視できない。これ以上街の方々に迷惑をかけるというのならあなた方の上司に報告しますよ」
「やってみろよ。ド田舎の連中が何言っても無駄だ」
俺と髭が火花を散らせていると、ぴょこんと店主が背後から顔を出した。
「ねぇテディくん、この人達のお名前わかる?」
「え?えっと、詰所で調べれば所属と名前はすぐわかると思いますが」
いや、特徴ナシ男は時間かかるかもしれない。
「テディくんが言ってだめなら私から言っておくよ。中央の警備隊総局に知り合いがいるの。ハドリー大尉って人なんだけど」
「!?」
「は!!?」
「な、何でお前が大尉の名前を知ってんだよ!?」
店主の特技は爆弾発言なのだろうか。警備隊の男達だけでなく俺までまともに被弾し、驚いてしまった。警備隊総局は、その名の通り警備隊が所属する各隊の中でもぶっちぎりのトップ機関だ。目を剥く髭とナシ男を余所に店主は続けた。
「中央都市で店をやってる時の常連さんでね。休暇の時こっそりこの店にも来てくれるんだよ。たまにだけど」
「あ、ああ、そういえば中央のお生まれって言ってましたもんね……」
だが、総局に籍を置く大尉とお知り合い、しかも常連客だなんて。中央からこの極北の街まで飛行船で2日はかかるのに店にも訪れるという。逆ならありえる話だが。店主は一体何者なんだろう。
俺以上に驚愕している男達が信じる筈もなく、声を荒げた。
「は、ハッタリだ!!」
「茶髪に眼鏡のおじ様で、胸に女の子が描かれたカメオをつけてるでしょう」
「っ!?見かけたことがあるだけだろ!!ハドリー大尉がわざわざこんな田舎に来る筈ない!おまけにこんな古臭い雑貨、て……ん!!?」
「カメオを製作したのは私。古 臭 い 雑 貨 店をご贔屓にしてくれてて、有難いですよ」
「あ、えっここ魔法雑貨店…!?」
「ヤバイっヤバイって!大尉は魔法オタクで国内の魔法店全制覇してるって話だぞ!?何だよハッタリじゃねぇのかよ!!」
男達は店主しか見ていなかったのか。初めて魔法を取り扱う店だと気づいたらしい。俺はハドリー大尉のことは知らないが、魔法嫌いな俺とは気が合わないんだろうなぁと、みるみる青褪めていく2人を見ながら思った。他人事のようだって?実際そうだ。お前が声かけるなんて言うから!とか何で店名くらい見ないんだ!とか、一方的に髭がナシ男を罵っている。
「す、すみませんでした……!もう消えますんで、お邪魔しませんので……」
「いえ、消えなくてもお客としてなら歓迎しますよ。古臭い雑貨店ですが」
「古臭くないです!!シックな感じで素敵だと思います!!嘘つきましたごめんなさい!!」
「すいません!では!!真面目に視察の仕事に戻りますんで大尉にはどうかご内密に……!!」
先程までの威勢はどこへやら。歪んだ愛想笑いを浮かべてぺこぺこしながら街の大通りへ走って行った。背に庇っていた筈の店主は、いつの間にか俺の隣に立っている。口元の笑みは絶やさないが、目が笑っていなかった。
「情けなさすぎて引く」
「……」
あっれぇ?俺、いた意味あったかなぁ……。