魔法の果実酒は事件の香り? 1
翠玉の月 10日。
自警団の詰所内を、我が物顔で闊歩する男達がいた。見慣れない制服の彼らは、中央都市から来た警備隊だ。詰所は酒瓶の入った箱をひっくり返したような喧騒に包まれていた。屈強な男達が所狭しと並んだ光景は見た目にもうるさい。
今日から3日間。中央都市警備隊による監査が入る。俺は自警団に入団してまだ2年のひよっこなので、監査にはノータッチだ。先日の「指のない花嫁」事件の報告書作成を命じられている。丁寧な書類作成に定評がある同僚は、このところ資料室の整理をさせられており疲労困憊。さながら亡霊のような形相で今朝方帰って行った。
監査の対応をするのは主に団長の仕事だ。彼らは監査の折、細かな粗を指摘してこの街の自警団の給料を減らそうと目論む。減らした分の給料、つまり税金は国に納めることになるだろう。国に渡った税金は、自然と人口が多く観光地である中央都市に優先して使われる。
「薄汚い所ですねぇ。掃除してるんですか?」
「していますよ。経年劣化で汚く見えるだけでしょう」
「本当ですか?実は遊び呆けてるんじゃないでしょうねぇ。こんな平和ボケした街じゃ、せいぜい巡回と小さないざこざの対応くらいしかやることないでしょ?」
「巡回は重要な業務ですが?巡回に力を入れているからこそ大きな事件が滅多に発生しないんですよ。中央都市は毎日事件ばっかで大変ですね」
「は?我らの巡回が甘いとでも?」
「そうは言ってないでしょう。被害妄想癖がありますか?詰所を出て南の通りに優秀な医者がいますよ」
言葉のジャブが飛び交う。団長が優勢だ。さすが団長そこに痺れる憧れる。ちなみに南通りの医者は心のお医者さんだ。……おっと、別の部屋では先輩のファイトが見られるぞ。
「生活担当、ルーカス=アルバロ君といったか。生活担当と言いながら女性からの相談が8割を占めているのはどういうことだ」
「この街には悩める女性が多いってことですかね~」
「主婦のご近所トラブルや女学園のいじめ問題……。自警団員がやる仕事か?勤務時間に女性と話し込んでるんじゃないだろうな」
「ちゃんとした相談ですよ!単純に僕に話してすっきりしたいって子もいるかもですけど、それで犯罪が起こらないなら十分じゃないですか~。引き金を引く前に介入もしやすいですし!中央都市って若い子の自殺多いですよね。ご近所トラブルで殺人事件が起きたりもするんですよね?隣人同士で殺し合い?怖いですね~~未然に防ぐ道はなかったんですかね~~~!!僕は警備隊のエリートさんと違って低学歴だから相談者の話を聞くくらいしか思いつかないですよ~~~~」
「ぐっ……」
なんて煽りなんだ。下手に出ているように見せかけて次々と繰り出す口撃。いつも女の人と話してるなぁ……と思ってたけどちゃんと仕事してたんですね。ただのチャラ男じゃなかったんですね。尊敬しますよ先輩。
今年の監査も大丈夫そうだ。手持ちの仕事をさっさと終わらせてしまおう。資料室は監査が入っているため、談話室で報告書を書くことにした。。
「えーと……被害者と婚約者は2日の午後4時頃、魔法雑貨店『月下の花嫁』を訪れたと魔法雑貨店の店主、は……!?」
そういえば俺!店主さんの名前を聞いていない!
出会い頭背後から脅かされ、こっちが名乗った直後にも謎の食虫植物に噛み付かれ、話の終わりには遺体に会わせろと迫られ、名前を聞くことをすっかり忘れていた。穏かな見た目と裏腹に嵐のような女性だった。
報告書にはフルネームを記載しなければならない。すぐ電話して聞こう。
「おいお前、何休憩してるんだ?」
「いいえ休憩ではありません。報告書を作成しています。資料室は警備隊の方々が居られるので邪魔にならないようにこちらで」
「ふん、そうか。しっかり書けよ」
警備隊の連中め、こんな所まで覗くのか。お前に言われるまでもなくちゃんと書くわ。お前こそ何してるんだ。と踵を返した中年男性に心の中で毒を吐く。眉間に皺が寄らないようにしていたので表情筋が硬くなった気がする。
雑貨店の店主には自警団から感謝状を贈ろうという話があった。感謝を伝えるのに、電話で言っては味気ないよな。大体今電話は警備隊が使っている。よし、直接店に行こう。ここ落ち着かないし。
対応がひと段落したらしいルーカス先輩に、魔法雑貨店の店主に聴取漏れがあったから聞きに行くと伝え、ピリピリした詰所を後にした。先輩の「テディずるい!俺もおっさんじゃなくて可愛い女の子と話したい」というセリフは聞こえなかったことにした。