寝ぼけ眼の思い出語り
朦朧とする意識の中、海の中を漂っているような心地よさに浸っていた。
ただただ与え続けられている。
そんな安心感の中時間が過ぎて行く。
ぬるま湯に使ったような幸福感に満ちた生活の終わりは突然だった。
視界を襲う眩い光に、息苦しさ。
耐えられない程ではないが、さっきまで居た場所に戻して貰えないだろうか?ぼやけた視界の中で何かが動き音を発している。
現状把握出来ないまま、意識が遠のいて行った。
微睡んでいる。
ひたすらに微睡んでいる。
はっきりしない意識に、ぼやけた視界、今までに聞いたことの無い言語。
自分の状況を把握出来ないまま、たまに与えられる食事をひたすらに飲む。
生存本能に従いながらも微睡んでいた。
しばしの時が経ち、少しずつ意識がはっきりしてきた。
俺の名前はレイジ・アゲインスト。
生後間も無く捨てられていた俺を師匠が保護しそのまま引き取ってくれたらしい。
確かに育てて貰った恩もあり感謝もしているのだが、いかんせん子供を育てる事に向いていない人だった。
どんなに言葉を選んで、柔らかい表現をして濁した所で、修羅だった。
人類の頂点に居る猛者達の一人であった師匠の強さは人外の一言。
物心付かないうちからそんな相手の側に居るのは大変だった。
幼児期はそれが当たり前だから何も考えずにというよりは生きるのに必死でついて行けていたが。
たまに立ち寄る村や街で生活する人々を見て違和感が拭えなくなってくる。
「あれ?なんか自分達の生活って変じゃね?」と。
旅をしながら絶えずモンスターを狩っているのだ。
師匠との組手が始まった辺りから違和感は確信に変わる。
毎日半殺しにされた。
嫌っ!半殺しは生温い!半殺しの後に治療魔法で回復させてからまた半殺すのだ!数度それが繰り返されれば、それはもう日に三、四回殺されている計算になるだろう!
酷い日なんて数え切れない程死んでいた。
ただまあ、戦闘狂という事さえ除けば基本的には優しいのだが…闘い方以外にも語学や算術に歴史など様々な事も教えて貰えたし…料理はヘタだったがそれでも楽しい生活だったのには変わりない。
例え毎日ぼろ雑巾の様になったとしても…笑いは絶えなかった。
絶叫も絶えなかったけど。
その後ある日、突然モンスターのスタンピートに襲われていた街を助けた後、街の近くにある海の見える崖の上で「孤児院を始めようかと思います」と両親をモンスターに殺されてしまった孤児達を連れて孤児院を始めてしまった。
始めたのはいいけど、孤児院を回していたのはほぼ俺だった。
孤児院を始める際「モンスターを討伐する事しか能のない師匠が孤児院で子供を育てるなんて無理に決まってるでしょう!?なにを血迷ってるんですか!!?」と言ったら「そのくらい出来ます!」と説得という名の実力行使で、ぼろ雑巾のようにされた。
にも拘らず結局俺が頑張った。
その事を師匠に愚痴ったらまたぼろ雑巾にされた。
そんなぼろ雑巾を孤児達が慰めてくれた。
とても良い子達だった。
「お前達は師匠みたいに暴力に物を言わせて誤魔化す様な大人になるんじゃないよ」とケーキを焼いて食べさせながら言って聞かせた。
そんな生活がまた数年経ったのち、突如として目の前に現れた聖剣によって生活が一変する。
どうやら俺は聖剣に選ばれてしまい魔王を倒さねばいけない。と、後に現れた使者に伝えられ、師匠にも「やる事が出来たならそちらを優先して下さい」とほっぽり出された。
ほっぽり出される前に「でも、師匠が行った方が俺が行くより早く片が付くん…」言い終わる前にぼろ雑巾にされ、次に気付いた時には馬車でドナドナされていた。
それからはあれよあれよと言う間に勇者として祭り上げられ、少しずつ増えていく仲間達と共に魔王討伐と相成った。
そしてあの時。胸を刺されて俺は死んだはずだった。
あそこからの蘇生は考え難い。
どんなに魔法が発展しようとも死者は蘇らせられないし、例え意識があろうと致命傷を負った相手にはどんな治癒魔法も効果は無い。
では、死んだはずの自分の意識があるのは何故なのか?言う事を聞かない身体に靄のかかった様な五感。
不安に支配されてもおかしくない状況のはずなのに幸福感すら感じている。
この満ち足りた気持ちを不思議に思いながら、またしばらくの時が経ち、次第に視界が鮮明になってきた頃、笑顔で自分を見つめる二人と目が合った。