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悪童島  作者: 青木誠一
2/2

その二


 それでも、上京するとは心が浮き立ってくる。

 若者はみんな、そうだろう。

 事実モモは、おばあさんの小うるさい干渉から解放されたこともあり、生まれて初めてのような伸び伸びした思いを味わっていた。まるで、おばあさんから遠ざかれば遠ざかるほど自助力のようなものが身内からわき起こってくるかのようだ。

 お供もいた。

 犬、猿、キジのケダモノたちだ。

 ゲンキンなことに、モモのあとからついてきたのである。鬼ヶ島には行きたがらない彼らなのに、都へ上るとなればまた話は別らしい。


 都までは長旅だった。

 モモもケダモノたちも道中、キビ団子しか食さないし他に食うものもない。

 いやなら帰れ、と言っておいた。

 モモはケダモノたちを律するつもりで、自分に言い聞かせる。

「船会社から契約を取り付けたら、好きなものをたらふく食わせてやる。それまで辛抱するのだぞ」


 道の両側がしだいに賑やかさを増し、すれ違う人の装いも垢抜けたものが多くなるという昂ぶりのうちに目的地が近づいてくる。

 そしてついに、ついに都に着いた。

 桃太郎を不世出のヒーローとして迎え、語り継いでくれるはずの場所だ。

 しかし。

 ああ、しかし。

 お婆さんの調子のよい話と裏腹で、なんとよそよそしい所であることか。

 ぶっちゃけ、誰も桃太郎を知らなかったし、モモを見てもそんな凄い奴と思ってくれはしない。


 偶然ではあるが、着いた日は悪天候にたたられた。

 冷たい雨の中、「日本一」の旗印も雨にしおれ、濡れそぼってたたずむモモとケダモノらに声をかける人とてない。

 都はモモたちに無情だった。


 なんだ、この都は?

 桃太郎ではダメなのか?

 しかも。

 都に来たそもそもの目的、船会社とのタイアップで豪華客船を無償で提供してもらうこと。それは絶望的な難題だと思い知らされた。


 借り受ける交渉どころではなかった。

 船に乗せてもらうには話に乗ってもらわねばならないが、話をする以前に、船会社の担当と会うことすら容易ではない。

 当然といえる。

 政治家や文化人の後ろ盾もなく浮浪児にひとしいモモに、誰が相手をしてくれるだろう。

 受付で体よく追い返されるのが関の山ではないか。

 面会を申し入れても、「あいにく、担当の者がいま出張中で」とかで逃げようとする。そこを頼み込んでアポを取ろうとしても、「いつ帰りますやら」と曖昧に答えるばかりなのだ。

 めぼしい船会社にはすべて当たったが、すべての船会社で同様の対応をされる。モモにはおのれの価値の査定を突きつけられる気がした。


 どうしよう。

 船を借りられなければ、里には帰れない。

 食うものはキビ粉しかなく、それも尽きようとしている。

 公園での野宿にも限度があった。

 乏しい食事を分け合うモモたちを、たむろした無頼漢や娼婦らが面白げに見やるのだ。


「なに、あいつら?」

「大道芸の一団かよ」

「動物愛護だ。愛護だ、愛護。アイゴ~w」

「あら、可愛い少年。珍妙なコスプレだけど、ボーイズ・バーの呼び子かしら」

「坊や、いらっしゃ~い。おねえさんが愛護してあげる♪」

「きゃははははは!!」


 ダメだ、この都は。

 モモはにわかに、ホームシックを患った。

 途方に暮れていると、猿が猿知恵を吹き込む。

「桃太郎親分。往来で鬼に喧嘩売って、怪力ぶりアピールしてみせたら? きっとみんな、見直すよ」


 たしかに。

 もともとモモにはそれしか取り柄がない。今日、鬼退治以外の功績で誰が桃太郎を覚えているだろう。

 そうだ。鬼を探そう。

 モモもまた単細胞で、猿並みの知恵の持ち主といえた。


 都大路にも人に混じり、けっこうな数の鬼が歩いている。

 モモとケダモノたちは狼藉をはたらく鬼はいないかと探した。

 しかし人に悪事をはたらく鬼はなかなか見つからない。

 だいたい彼らも商売や観光のため日ノ本の都を訪れたのだ。モモたちが期待するようなのと違い、友好的な態度の鬼ばかりである。よしんば邪悪な鬼がいたにせよ、この都大路でうかうかと人に手を出せるわけがない。


 ダメだ、この都は。

 鬼ヶ島まで行かないと成敗するにふさわしい悪辣な鬼はいないのかもしれない。

 見れば、どの鬼も立派ななりだ。着るものは上等で体格も良く、颯爽としている。

 いずれも特権的な富裕層で、略奪などする理由がないのだろう。

 鬼の奴ら、人間とうまくやりやがって。

 これでは、自分の出番というものがない。


 モモは異郷の地で才能も認められず不当に遇されると感じた若き日のヒトラーのような疎外感と被害意識を味わっていた。

 冗談ごとではない。

 このままいけば、桃太郎の話ではなくなってしまうであろう。

 だが。

 モモが嘆息をもらした頃、求めていた鬼がらみの事件に遭遇した。


 都大路の十字路で騒ぎの場を取り巻くように、たいそうな人だかりが出来ている。

「どうしました?」

「大変だ。そこで、鬼の一団が」

「鬼の一団が? 人を襲っているのですか?」

「人に襲われてる」


 事情はわからないが、人と鬼とで喧嘩なら、きっと鬼のほうに問題があるのだろう。

 よし。行って、助太刀だ!

 この桃太郎の怪腕、見せつけてやる。

 人垣をかきわけていくと、はたして――。

 人のほうに問題ありの光景が眼前に展開されていた。


 人が鬼を襲っている。


 襲うのは極右のスローガンを標榜する排外主義のデモ隊だ。しかしもはやデモどころか、暴動と化している。手に手に、棍棒や斧、大刀や槍を握り締め、無慈悲に振るうのだ。

 襲われるのは鬼ヶ島から来た高い身分の者を囲む一行。

 モモは知らなかったが、それは鬼の王の娘、鬼姫の使節団だった。

 近年の日ノ本での鬼フォビアの風潮により人と鬼との仲が険悪化するのを憂い、親善のためやって来たのである。

 極右集団は、そんな鬼姫の高邁な志を疑心暗鬼、侵略の下準備のための敵情視察ではと勘ぐった。ヘイトコールを浴びせ、鬼ヶ島へ追い返そうとの魂胆でいたが、無視を決め込んで進む相手に存在を見せつけようとするうちエスカレート、いつの間にか歯止めが効かなくなり、とうとう流血沙汰へと発展してしまった。


 鬼の一行は親善使節なので武器を携行しておらず、素手で立ち向かうしかない有様だ。

 それでも暴徒らを自分たちの姫君に近づけまいと、男も女も必死で奮闘する。

 駆けつけるべき都側の警吏はどこにも姿が見えないが、何をしているのだろう?


 襲う側は相手が鬼と見れば、女でも容赦しなかった。

 いましも、暴徒の一人が捕えた腰元らしき若い鬼の娘を手篭めにするところだ。

 鬼娘は男の腕の中で激しく暴れ、抗議する。

「なりませぬ。かような真似はなりませぬ」

 ツノは生えているがくっきりした顔立ちに肉付き豊かで起伏に富んだ体型、日ノ本の女とくらべ強烈な性的魅力を発散させている。

「やかましい。逆らいやがると、ぶった斬るぞ」

 鬼娘は牙をむき、男の腕に噛みついた。

「いでーーっ! この鬼アマ!」

 ぶった!

 鬼娘はぶった斬られた。


「酷いことするねえ」

 群衆の間から同情するような声がもれたが、あくまで他人の災難として見ているばかりで止めに入る者などいない。

 モモにはもう、どうしていいかわからなかった。


 なんという! あのように無体な真似をして恥じぬ輩が、人間を代表するような顔をし、日ノ本の防人を気取ろうとは。

 暴徒たちが日の丸の旗を掲げているのがとりわけ、モモの気にさわった。

 あやつら、この桃太郎とおなじイメージを使い、それを旗印に、ああして無抵抗の者をあやめるのだ。


「やめい!」

 モモは進み出ると、高々と呼ばわった。

「この桃太郎、鬼退治を本分に人として育ったが、今日ほど人であるのを恥じた日はない」


 伝えられるところでは、桃太郎の挑戦の言葉に応じて暴徒たち数十人がみな狼藉をやめ、彼に向き直ったというが。

 実際には、かかる流血騒ぎの渦中で反応を示したのは、近場にいて少年桃太郎の声が届いたわずか数人のみである。


 そのうちの一人が面白いものでも見つけたように、仲間を小突いてモモのほうを指さしてみせた。

「見てみ、あいつ。公園にいた浮浪児だ」

「あれや。動物愛護のアイゴー少年か」

「応援に来たんか? こりゃ、頼もしいぜw」


 え? え?

 自分を知ってる?

 モモは拍子抜けがした。

 そういえば、見覚えのある面々だ。

 なんと、公園でモモたちを笑いものにしたツッパリどもじゃないか。

 無作法で口は悪いが、まさかこんなことまでする連中と思えなかったのに。

 だが。

 おなじ公園に社会的疎外者の身でたむろした同士とはいえ、かように非道な振る舞いを認めるわけにはいかない。

「させないぞ、人の道を踏みはずす行いは。たとえ鬼になされるものでも非道は断じて、許さん」


 無頼漢たちは呆気にとられた。

「おまえ、何いってんだ?」

「鬼退治だろ? 鬼ならあっちだ。あっち」

 いや、こっちだ。人の皮をかぶった鬼たちがモモの前にいる。

「おまえたちに言う。いますぐ、都大路での狼藉をやめろ」


 ここに及んで彼らも、モモの頭の中を理解した。

「わかった。こいつ、鬼に味方する気だ」

「動物愛護じゃ飽き足らず、鬼の愛護もするんかい?」

「ほんに変わったガキだいな」

「ひへはははw」


 モモは、埒があかない問答を打ち切った。

 このままでは無駄に話が長引くばかりだ。

「来い! この桃太郎が相手だ!」

 やる気まんまんに目を光らせ、刀を抜き放つモモ。

「来ないなら、こちらから行く」


 暴徒たち数名はペットの犬猫が怒ったときのように面白がる。

 刀剣マニアがいるらしく、モモが抜いた刀の銘柄をたちどころに見極めた。

「オモチャの刀、振りまわすんじゃねえ。怪我すんぞ」

 オモチャの刀。

 そうなのだ。おばあさんは模造品の刀しか買ってくれなかったのだ。理由は言うまでもない、財政上の制約からである。

 しかし、彼らはもっとも重要な事実を見ていない。

 刀はたしかに偽物だが、それを持っているのが本物の桃太郎だということを。


 とはいえ暴徒たちにはまだ、モモの怖さがわからない。

「おもしれえ。こいつ、本気だぞ」

「よしな。肉たらふく食ってきた俺らにかなうかよ」

「そう、そう。無理、無理。キビしか食えないおまえじゃ絶対、無理」

「なんだったら、仲間に入るか? 肉食わせてもらえるぞ」


 このとき。集団の幹部格の男が割って入り、手下どもの口の軽さを叱りつけた。

「やい、おまえら。肉の件は、あの方の使い人から口外無用と言われてるだろ」

「いけね」

 浮浪者らは、いい思いをしたのをうっかり自慢してしまったといった風だった。

 しかし、モモとおなじに寝ぐらにも事欠くあの連中が肉をたらふく食えるとは。そうやって人を集め、かかる騒ぎが起こるのを裏から仕組んだ者(おそらく有力者)がいるということだが。まだ子供のモモではさすがにそこまでは読みとれない。

 いまはただ、眼前の敵を退けることで懸命になるのみだ。


 モモは、戦闘開始の合図を発した。

「行くぞ! 犬! 猿! キジ!」

「バウ!」「キキキ!」「クケーッ!」

 キビ団子のパワーを教えてやる。


 モモとケダモノたちは機動展開した。

 模擬訓練は村にいたときからキビ団子をやるたび何十回となく繰り返しており、本番に際してもまったく自然におこなうことができた。

 見物は、ほほーーっっ!! と嘆息する。


 刀をかまえるモモの頭上を威嚇的にキジが舞い、肩車の格好でモモの背にまたがった猿が鋭い爪を見せて脅し、犬はモモの股間の位置でうなりながら牙をむく。

 それで――。

 モモはしまったと思った。

 機動展開は立派にできたが、そこから先がわからない。まったく想定していなかった。

 即席で、場に合った用兵をでっちあげねば。


 ようやくモモたちを脅威として認めた暴徒らは、まだ二十人くらいのものだが手に手に棍棒や刃物を握り、じりじりとにじり寄ってくる。





( 続く )

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