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悪童島  作者: 青木誠一
1/2

その一


「さあ。団子の時間だぞ」

 今日もモモは、猿と犬とキジの前に、持参するキビ団子を広げてみせた。

 もう長いこと与えている。手懐けて遠征にお供させ、鬼どもと戦わせるための投資である。

 モモを育てたおばあさんの入れ知恵によるが、これで宝の山をごっそり分捕って帰れるなら安いものではないか。


 しかし、動物たちは食べようとしない。

「クケクケ、ココ」「キッキッ」「バウッ、ワウ!」

 キジも猿も犬も、不平らしい。

 人の言葉に訳せばこういった意味になる。

「モモ兄い。キビ団子もういいから、炒ったピスタチオおくれよ」

「そうだよ、親分。キビよりバナナだよ。有機栽培の美味いやつおくれよ」

「肉が欲しいよ、肉~。ペディグリーのドッグフードおくれよ」


 貧しい村でキビばかり食って育ったモモは、唖然となった。

 都まで行かねば手に入らぬものばかりではないか。




†             †             †





「おばあさん。ケダモノも近頃は、贅沢になったものですね」

 おばあさんの入れた茶を飲みながら、モモは残念そうに語った。

「困ったねえ。おまえひとりでは、鬼退治に行けないじゃないか」

「残念です」

「本当に残念だねえ。おじいさんが生きてたならば、一緒に呆れてもらえたのにねえ」


 そのおじいさんを日に二十四時間働かせて過労死させたのは、目の前にいるおばあさんであることをモモは知っていた。

 おじいさんの死後は、少額ながら保険金もおり、細々と暮らしてきた。

 その蓄えも尽きかけており、鬼ヶ島遠征は一発逆転、黄金の老後を狙っておばあさんが発案したものだ。


 モモには、おばあさんにたとえ恩義は感じても、好きにはなれなかった。

 このおばあさんは、モモが生まれ出でるとき、貪欲さの発露をこらえきれぬ性急ぶりで大きな桃の中身を確かめもせずに包丁の刃を深々と入れ、あやうくモモを真っ二つにしかけたことがある。

 そのときの傷は癒えず、長じてのちもモモの内では恨みの気持ちが根強く残っていたのだ。


 いまもおばあさんは、茶を大事そうにすすりながら、ずるそうにモモをうかがう。

「いっそ、里の悪童を二十人ほど選りすぐって、鬼ヶ島へ連れておいきよ。悪童どもに戦わせておまえはひとりだけ、舟の上で督戦しているといい。鬼も死ぬ、悪童も死ぬ。里が静かになって宝が入れば、一挙両得ではないかえ」

 面白いことを言う恐ろしいババアだな、とモモはひそかに思った。


「しかし悪童どもでは、手懐けるのが大変ではありませんか?」

「おまえは桃太郎じゃないか。鬼どもを退治に行くヒーローがそんなじゃ困るねえ」

「いまどきの悪童は贅沢です。お粗末な待遇では不平を並べたて、反乱をおこすやもしれません」

「悪童ごときに手こずるんじゃないよ。鎖で縛って連れてって、逆らうのがいたら見せしめに首をへし折ってしまえばいい」

 モモの内奥でおばあさんの首根をへし折りたいという衝動がおこらなかったといえば嘘になる。



†             †             †




 さて。

 おばあさんは本気だった。

 翌日から里へ行き、人集めに大わらわとなった。

 鬼ヶ島に乗りこんで鬼どもとわたり合うには、何十人もの悪童が必要となるであろう。募集広告には、それだけの耳目を集めるインパクトがなければならない。

 おばあさんは策をこらした。



挿絵(By みてみん)



 村々の通りや集会所に張り出されたポスターが人目を引いた。

 あわてたのは桃太郎である。予想したなりゆきとまったく違う。

「おばあさん、勝手にこんなことされては困ります」

 モモは、おばあさんが里で配っていたちり紙付きのビラを突きつけ苦言を呈した。


「おや。畜生も餌付けできない童子わらしがわしに諫言かね」

 おばあさんは高圧的だった。モモが育ての親たるおのが影響下にあり、心の束縛からまだ自由になれないのを知っていた。

「だいたい、自分が鬼ヶ島遠征を企てたと思うとるんかの。この婆の発案だったはずじゃ」

 モモは、おばあさんには逆らえなかった。いつも口でヘコまされ、不承ながらも言いなりになってしまう。いまも一般常識にすがりつき、おばあさんをいさめてみせる以外にない。


「公募では、どんなとんでもない輩が応じるやもしれません。ちゃんとした筋から紹介された身元の確かな悪童でなければ鬼退治には連れていけません」

「甘いこと抜かすんじゃないよ。相手は鬼だよ。並みの不良じゃ太刀打ちできるもんか」

「ですから。そういう手合いを遠征隊に加えては、現地でどんな非道の振る舞いをすることか」

「結構じゃないか。鬼なんてのは人間じゃないんだからね、根絶やしにすればいいんだよ。なんだかんだで理由こさえて、女も子供も始末しちまいな。あとでどう言われようが、シラを切りとおせばいいんだから、シラを」


 なんてババアだ。モモは抗せずにはいられなかった。

「だいたい。おばあさんの計画は経済観念が欠落しています。お金もなくて鬼ヶ島へは小舟で渡るしかないのに、『豪華客船で夢のクルーズ』などと。そんなものをどうやって揃えるのです?」

 ババアは、いやおばあさんは、こともなげに答えた。

「タダで出してもらえるよう船会社にかけ合えばいい。鬼ヶ島遠征は、みんなの話題をかっさらい、何百年も語り継がれるような大プロジェクトだ。宣伝になると見込めば、話に乗ってくれるさ」

「しかし誰が、いったい誰が、船会社と交渉を?」

「おまえがやるんだよ、桃太郎」

 ババアはしゃあしゃあと抜かしてのける。

「自分の乗る船くらい用立てられない体たらくじゃ、しょうがないだろ。イヤだと言うなら、もう家にはおいてやらないからね」



 こうしてモモは、おばあさんから使命を課され、しぶしぶ都へ向かうこととなった。





( 続く )

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