迷語の小路
初めて筆を執りました。(タイピングしただけですが。)
拙い文章と極々短い妄想話にお付き合いいただける方のみ、温かい目でサラッと見守って?下さい。
胃に穴が開いてしまうので。ほんとに・・・。
その日、彼女は日課である朝のコーヒーを飲まなかった。
その代わりに、彼女にしては珍しくホットミルクココアを飲んだのだったか。だが、それが目の前に広がる原因であるとは考えられなかった。
では、彼女の日常に ”いつも通り” と異なる何か。例えば、いつもより早い起床、朝のルーチンワークの順番の入れ替え、普段とは違う通学路の選択・ノートの取り方など、挙げてしまえばきりがないと、その光景に奪われつつある思考の片隅で考える。
まぁ確かに、それらがその光景にひとかけらさえ影響を与えていない、なんて断言できるはずもないのだが。一つ確かに言える事が在るとするならば、彼女には目の前のその光景に相対している、その事実を受け止めるには、何か理由付けが必要であった。ただそれだけなのだろう。
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「・・・では・・・そうだな、卦互渡。この問題を解いてくれ。」
「・・・はい。」
「もう一つの問題は、――――がやってくれ。」
「わかりました。」
この程度の数学の問題なら簡単だ。考えるまでもない・・・とは言い切れないのが、人生の面白い所ではないだろうか。まぁただの屁理屈みたいなものなのだが。黒板に向かい、相対し数式を眺め、答えを思案する傍らで、こうやって取り留めのない事をずっと私は ”考えて” いるのだから。この際、思案するのが ”考えて” に該当するのではないか? と言う考えは捨て置く事としようではないか。
「二人とも、ありがとう。・・・では、この問題について順に解説していこう。・・・」
自分の席に戻りながらも、どうでもいいような所謂 ”妄想” を続け、席に着く。妄想は良いものだ。様々な可能性を脳内で楽しむ事ができるのだから。勿論、日常生活に支障をきたすような、何と言うのか、重症の中二病患者とでも言えばいいのか、あそこまで酷い物ではない・・・と思う。というか、この言い方だと俗に言う、中二病患者の人達に失礼なのではないか。
・・・まぁとにかく、私は分別を付けて ”妄想” の世界に浸っているのだ。だから当然、
「たまこー、今日は結構天気いいし、外でお弁当食べない?・・・聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。ちょっとぼぉっとしてただけ。もうお昼だったんだね。」
「・・・まぁいいけど。取り敢えず早く行こう。日陰のいいとこは人気だから。」
「そうだね、急ごうか。」
こんな風に話しかけられたりすれば普通に返事をするし、一旦はその世界に浸るのも止めるのだ。
良かった。今日はいい感じに日陰が空いてる。いつもこうならいいんだけど。
「そう言えば聞いた?」
「何をー?」
「最近、ちょっと記憶が飛んでる人が増えてるって話。」
「ちょっと記憶が飛んでる?」
「そう。このちょっとって部分が人によってまちまちではあるんだけどね。」
「へぇ・・・。」
「興味なさそうね・・・。」
「こんな田舎なんだし、大方狐にでも化かされたんじゃないの?」
「今時狐に化かされるなんて、そうそう信じられる話じゃないでしょうに。」
確かにそれもそうか。猫が歩いていると思ったら、よく見れば狸だったとか言うのはよく聞くけれど。にしても記憶が飛んでるねぇ・・・。
「実際、ちょっとって言うのが殆ど日常生活に影響が出ないほど、時間にして長くても10分程度だって聞いたから、大した問題じゃ無いんだろうけどね。」
「ふぅん。10分くらいねぇ・・・。他に何か無くなってたりとかはしないんでしょ?」
「そうみたいだね。」
「それでも不気味なことには変わりないか。」
「自分がそうなるかもしれないしねぇ・・・。」
自分がそうなるか・・・、言われてみれば確かにそうかもね。と言うか、とても不自然な気がするのだけど気のせい?
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結局、6・7限目が体育で更には、日直だったことも相まって帰宅時間が結構遅くなってしまった。個人的にはお昼にあんな話を聞いた後だから、正直一人で帰るのが怖いのだけれど。こういう時って帰り路の途中で何か変なものに遭遇しちゃうのがお約束ってやつなのではないだろうか?
あぜ道を抜けようかというところで少し雨の匂いを感じた。まだこの辺りは晴れ模様ではあるけれど、東の空には発達した積乱雲が主張を激しくしているから早く帰りたいな・・・。
「おいそこの。」
でも10分とか言う短時間なんだから、まぁ大したことはないだろうけどさ。
「そこの!聞こえてないのか?」
でもまぁ、用心するに越したことはないのか。一応私も年ごろの乙女、おとめ?なんだし。
「おいっ、少しは反応してくれないか!」
「えっ。」
「えって。」
「いや、見ず知らずの人からいきなり声を掛けられるなんて全然経験無くて・・・。」
「二回くらい声掛けしたんだがな・・・。」
正直、こんな人通りのある道で(道というよりもう商店街なのだが)、私と言う特定の個人に声を掛けるとは・・・。
「迷子ですか?それとも人違い?・・・まさかの寂しい人!?」
「一体どんな状況判断をしたのかわからないが・・・。いや、妄想か?」
「それで?どちら様がどんな御用でしょう。」
「あ、あぁ、悪い。人探しというか物探しというか、探し物なのだが。」
「探し物ですか。申し訳ありません。お力にはなれそうにありません。では。」
「おいおいおいおい。」
「まだ何か?」
鬱陶しい人だなぁ・・・。私には早く家に帰って、シャワーを浴びて扇風機の風を全身に浴びるという使命が有るというのに・・・。
「少しで良いから、話を聞いてくれないか?」
「5分以内で。」
「では端的に行こう。この近くで割と大きな亀を見なかったか?」
「亀・・・ですか?良く晴れた日の水辺で甲羅干ししている?」
「その亀で間違いない。だがちょっと特徴があって、甲羅の縁の部分が鮮やかな赤色で、
甲羅自体の色が深い藍色、六角の模様がくっきりとしている亀なんだが。」
「残念ながらお力にはなれそうにないです。それでは。」
「そうか。時間を取らせて悪かったな。」
本当だよ・・・。これで私が家に帰りつく前に夕立でも降って来たらどうしてくれるのだ。
にしても、そんなに大きくて鮮やかな亀なんて居るなら直ぐに話が出回ると思うんだけどな。お昼にそんな話は聞かなかったし。本当にそんな亀が居るなら確かに探したくなるのは納得ではあるけど。なんか珍しがってコレクターみたいな人達にはそこそこ高値で売れそうだし。一応気にかけて帰るか。
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「そこの君。ちょっといいか?」
「はい?私です?」
「そう。君だ。」
「えっと、なんでしょうか?・・・うちはお金持ちではないですよ?」
「全然そんな心配をする必要は無いから、とりあえず聞いてくれ。」
こちらに来てから何度か声掛けをしているが、一体どういう事なのだろうか。このような世間で言う女子高生とか言う年代とか、小学生低学年とかなら全く問題ないどころか、当然の反応ではあるとは思うが。何だと言うのか、大学に通っていそうな男性に声を掛けても
「あ、僕そういう趣味ないので」
って、そういう趣味って何なのだ。訳がわからん、どんな発展をすればこんな風になるのか。
「この辺りで少し探し物があってだな、色鮮やかな少し大きめな亀なのだが。」
「特徴的な亀?・・・ですか。いえ、残念ながらあてはないですね。ごめんなさい。」
「こちらこそ済まない。時間を取らせた。」
やはり誰も知らないか。一体どこへ行ったのか。この頃は天気が良かったからまだ良いが、今日はこんな天気模様だし、そろそろ見つかって欲しいのだがな。
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扇風機に向かってわぁ~ってするのは夏の風物詩だと、勝手に私は思っている訳だけど。でもまぁ、空調のないこの家でシャワーの後はこうするしか無いでしょう。
「ぅわわぁぁぁぁぁ~。」
「何やってるんだ?」
「・・・ぇ?空耳?」
「空耳なんかじゃ無いわよ?」
「え、何。どういう事なの母さん?いまの家には、っていうかこの部屋には私たちしか居なくない?」
「縁側を見てみなさいよ。まこ。」
「縁側って・・・。」
さも当たり前のように宣う母親に促され、縁側の方を見てみた私がこう言ってしまったのは、志方の無い事だと思うのだ。こんなのの一体何が当たり前であるものか。
「なにこれ。」
「これとは失礼な。私にもきちんと、言導と言う名があるのだ。」
「何って言われても私も困るのだけどね。帰って戸を開けると、庭先に言導さんが居たのよ。」
「居たのよって。何か不思議に思うことはないの母さん。」
「不思議って言うか、珍しい亀さんも居るのねぇって。」
「別に言葉を使える亀が居て珍しいことでもないだろうに。」
普通に考えたらおかしい事だと思うのだが、これは私が変なのだろうか?流石にどう考えてもおかしいでしょう、やっぱり。
ちょっと待って。改めて縁側を見直すのよ私。・・・亀?・・・なんかついさっき亀について何か話を聞いた気がするのだけど。えっと、確か ”割と大きめ” ”深い藍色をした甲羅” ”縁が赤” だったかしら。大方それらしい亀・・・、もう亀で良いか。見つけてしまったのだけど・・・。あっ、そういえば。
「母さん、この亀売りに行こう。きっと高値で買い取ってくれるコレクターが居るはずよ。」
「あら、そうなの?じゃあ今夜はすき焼きかしら。」
「待て待て!人を ”売る” とは大概な言い草ではないか!?」
「すき焼きの為よ。仕方ないわ。」
「むぅ、こちらには話の通じる者は居らんのか。一体何度目なのだ。」
話の通じる人って、そうだった。何か特徴的な亀を探している人は居たじゃない。
「ねぇあなた。そういえば、外見的にはあなたを探している人に帰り路に声を掛けられたのだけれど。」
「だから私には名前が有ると言うに・・・。私を探している人物だと?」
「そう。きっとあなたの事だと思うのだけれど。」
「ふむ。その人物について何か覚えていないか?」
「特徴?――――そうねぇ・・・。」
あの人物の特徴?えっと、あれ?天気を気にしてちょっと急ぎ足ではあったけれど、こんなにも思い出せないものだっけ?確かにあの時は違和感を感じなかったし、声を掛けられた事そのものは覚えているし・・・。
「特に思い当たらないのではないか?それなら問題無いのだが。」
「・・・まぁ、・・・そうね。」
「あら、お知り合いがいらっしゃるの?それなら売りに行くのは無理ねぇ。」
「そうしてくれると助かる。」
「・・・すき焼きが・・・。」
「そう言うな。とは言っても、もう少し時間も在りそうであるし、良いものを見せよう。」
「良いもの?」
「まあ、そうだな。」
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古来より、言葉は力を持つとされる。だが現代において、その ”力” がどんなものであったのか、解明された訳では無い。いや、もう既に解明され、特別故に秘匿されてしまっているのかもしれないが、大衆にとって、日常生活を送る上では待ったく問題にされる事など無いだろう。結局、一口に ”力” と言っても、それは精神を向上させる建前であったり、催眠術と呼ばれる技術であったり、まあ他にもあるだろうが、恐らく人々の認識などその程度でしか無いのだ。
――――水こそ出づれば――――
最初は雨の匂いだった。雨は、水は大きく育った積乱雲からその足音を響かせ降り始めた。
――――樹はそこにこそ生え育つ――――
するとどうだ。庭の一面の緑が輝いて見えるではないか。かと思うとその輝きは、直ぐに雲へと向かい光の ”樹” を形成したのだった。大樹である。
やがてその光は解け、一瞬で天へと駆け上がって行った。この全てが終わるまでに掛かった時間はごく僅か、本当にただひと時の輝きだったと言えるだろう。
「これが・・・良いもの?」
「まぁ、そうだな。こちらの世界では見る事の出来ないものだったのではないか?」
「あんなに綺麗なものがこの世に存在していたなんて・・・。」
「直ぐに忘れてしまうがな。」
「えっ?」
瞬きのその後、そこに亀の姿は無く、何かが在った痕跡は何一つとして残されてはいなかった。記憶でさえ彼女たちには既に無く、ただ少しの間の記憶が ”飛んでしまった” という事実だけが残された。
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「全く、こんな所に居たのか。手間取らせやがって。」
「まぁ、これぐらいが妥当であったのだろう。縁も繋がっていたようだしな。」
「はぁ・・・、成程。それもそうか。」
「ちょうど雨も降り始めたしな。」
「確かにな。・・・それで?観測は満足に出来たか?」
「観測か・・・。それなりに出来たのではないか?最小限は満たしたはずだ。」
「じゃ、帰りますかね。」
―――――うむ。と頷いて、それと同時に彼らの姿はそこから掻き消えた。
「にしても。我々は ”観測” と言ったが、本質はどうなのだろうな。」
「は?」
「いや、何でもない。」
この世界には言葉が存在し、きちんと対話が成り立っていた。であればそこには ”力” が生じてもおかしくは無いはずではないのか。全く、言葉を生み出したのはそちらの世界の住人だろうに。いや、彼らの方が正しいのか?
彼の中に残る疑問に答える者は居ない。
――――あぁ、すき焼き食べたかったな。―――― そう聞こえたような、そんな気がしたが彼はそれを気のせいだとした。