受け入れ
「気分がよくなってきた。薬の効果なんだろうな」
健太郎が出て行ったあと、空は一人で呟いた。
殺意も敵意も吐き気も、皆治まってきた。これなら明日にでも退院できるだろう。今ならハンバーガーも食べられそうだ。
「健太郎は、知っているのかな」
空は親友の戦う理由を聞いた。最強の少女と同じかそれ以上の憎悪で動いているという実態を聞いた。
健太郎はエイロネイアの司令官でありながらシュテルンの一員でもある。もしもシュテルンの目的を知っているのなら、殺意なんて芽生えるはずがない。むしろ感謝してもおかしくはない。
だが、彼はまだ戦っている。つまり健太郎は知らないのだろう。シュテルンの真実も空の正体にも。
『聞いてみればいいだろう』
「いたのか……っていうか驚かなくなった自分が残念だよ」
自分の口から出てきた第三者の意見に、空はため息交じりに返した。
薬を飲んだとしても、シュテルンの戯言からは逃れられないらしい。
『お前はオレだ。常に見守っていた』
「見守ってたなら助言の一つでもしてくれよ。俺がどんな目にあったか分かってたんだろ」
お前のせいで大変だったんだぞ。美少女に介抱されたり料理に不慣れな美少女に手料理ふるまってもらったり。
空は文句が次々と出てくるが、半分ぐらいは代われと言われそうなぐらい役得だったとは気付いていない。
あくまで傍観者ポジションでの役得だ。当事者は楽しむ余裕なんてなかった。
『お前がオレを受け入れれば助けたさ。まだ受け入れようとは考えていないだろう?』
「当たり前だ。敵の甘言なんて誰が聞き入れるかよ」
『敵か。戦闘機にも乗れないくせに』
挑発のつもりか、空の口角はニヤリと吊り上がった。
「やっぱり知っていたか」
どうやら空が戦力として使い物にならないと分かっていたらしい。空の体に取り憑いていることも異変に気付いた要因の一つだろう。
まったくもって腹立たしい。
「あれはなんだ? どうしてシミュレーション機に乗った瞬間に色が見えた」
『さあな。敵に語る話はない』
「テメェ……いい性格してるな」
原因は知っているが、話してほしければ仲間になれと言いたいらしい。
もとはと言えば勝手に取りついたくせに。
『受け入れろ。そうすればすべてが解決する』
「ホントそれしか言わねぇな」
シュテルンの強情さに、空はため息を吐いた。
空は簡単に折れるような心の持ち主ではない。三千年の放置プレイに耐えたのだ。筋金入りの強度だとシュテルンも理解しているはずだ。
だからしつこく言うのだろう。空が頷くわけがないと理解しているがゆえに。
「なら質問に答えろ。その答え次第だ」
『ほう。ようやく話をする気になったか』
「お前が色が見えた原因で間違いないのか?」
シュテルンが人の顔を勝手に使って不敵に笑うが、空は無視して本題に入る。
空が倒れた原因。それは話に聞いていた共感覚だと思われる視界の変化が原因だった。
考えられる要因は一つ、シュテルンによる介入だけだ。
『ああ。だろうな。意図しているわけではないが』
「ならお前は、俺の共感覚なのか?」
『違うが合っている。話をしているオレは確かに総体だ。だがオレに共感覚を与える力はない。お前に共感覚に近い影響を与えたのはオレがいるからだが、お前自身の力だ』
言っていることはよくわからないが言いたいことはわかった。
要はなんかよくわからんがオレのせいで共感覚が覚醒しちゃった偶然っておそろしいね。ということだろう。
シュテルンに共感覚を与える能力はない。だからシュテルンの意思ではない。しかしシュテルンという異物が空の共感覚を目覚めさせたのだ。
「お前を受け入れるってのはどういう状態になる?」
『何も変わらない。オレたちは同胞を狙わないし狙わせるつもりもない。だからお前は戦えなくなるぐらいだ』
「大問題じゃないか……」
空は額を抑えた。
シュテルンは嘘が吐けない。それはいいことだが、もう少しオブラートに包んでほしかった。
――でも今なら大丈夫か。人多いし。
「分かった。俺はお前を受け入れる。今だけだったら、メリットの方が多そうだ」
『ようやくか』
「勘違いするな。俺はあくまで利用するだけだ。使えなくなったらすぐ拒絶してやるからな」
空に共感覚を与えたのはシュテルンだ。ならば、シュテルンを受け入れることで更なる高みにのぼれる可能性もある。
もし失敗しても戦えなくなるだけで死ぬわけじゃない。それなら可能性に賭けるのも悪くない。
空は生粋のゲーマーだ。ゆえにどうしても、強化の機会を見逃せなかった。
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