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病魔

「ふっふっふー」


 男性居住区。女子禁制の空の部屋で楽しそうに笑う少女の声。


「そーらさんっ寝ってまーすねっ?」


 上機嫌なのか体を左右に揺らし、大きな二つの果実と青い髪も一緒に揺れている。

 暗闇に対してこれほど憎いと思ったことはない。眼福のチャンスが闇にまぎれて消えていっている。


「……何の用だ?」


 空は照明をつけて上体を起こす。

 呑気な鼻歌に眠りを妨げられた彼の顔は不機嫌を露わにしていた。


「なんや起きとったんか。まあええわ。ちいと内容が変わるだけや」


 エンは一瞬だけ動きを止めたがすぐに思い直し、水泳選手も真っ青なフォームで空のベッドへ飛び込んだ。狙いはもちろん、昨晩はお楽しみでしたねと言われることだ。


「むぎゅっ」


 空は華麗な飛び込みを見せるエンを、頬を片手で挟むような形で掴んで止めた。


「今何時だと思ってやがる」


 その声は怒気を孕んでいる。


「草木も眠る丑三つ時やね。気にすることあらへんよ。海の上に草木はあらへんから」

「はっはっは。そりゃそうだ。なら深夜二時に悲鳴が響いても、誰も気づかないよなぁ?」


 空は笑いながらエンの顔を持ち直した。要は鷲掴みである。


「あのー空さん? ウチの頭がミシミシ言うてるんやけど」

「気にすんな。好きだろ? 指が入るの」

「入るっていうか減り込――アダダダダッ! 悪かったウチが悪かったから!」

「チッ」


 見ているだけで寒気がしてくる笑顔を浮かべたまま、力の限り頭を握り潰そうとする空。

 エンはミシミシと嫌な悲鳴と顔全体を襲う激痛に耐えられず謝罪を叫んで降参した。

 空も一応は人の心が残っていたのか、舌打ちしながら彼女を解放する。


「いったー。なんちゅうやっちゃ。乙女の顔を鷲掴みにするなんて」

「鷲掴みすれば喜んでくれると思ったんだが」

「それは顔面やのうてハートや!」


 エンが空の肩を漫才師顔負けの勢いで叩く。バシンと小気味いい音がした。


「それでもう一度聞くが何の用だ? まさか安眠妨害のためとか言わないよな?」

「そりゃあもちろん既成事実を――冗談やから、指鳴らすんは止めよ?」

「チッ」

「また舌打ちしよった! ホンマ最低やなジブン!」


 まだ懲りていないらしいエンに空は笑顔で指の骨を鳴らした。彼女は顔を真っ青にした。

 ひとしきり騒いだ後、エンはベッドに腰掛けた。そして静かに、空の肩に頭を預ける。


「……なんだよ」


 まだ何かするつもりかと空は警戒するが、彼女の顔と態度から杞憂だと判断した。もっとも、演技の可能性もあるため警戒は怠らない。


「兄さんに聞いたで。シュテルンと同じ光景を見るんやって?」

「夢、だけどな」

「悩みがあるんやろ。ウチで良ければ話を聞くで?」


 それは魅力的な二度目の提案。答えはとっくに決まっていた。


「ダメだ。エンには頼れない」

「それはウチじゃ頼りないから?」

「違うよ。エンだからじゃない。俺のせいだ」


 空は一見すると甘い地獄の提案を、首を横に振って断ち切った。

 エンだけではない。シトラであろうがイリーナであろうがスイであろうが健太郎であろうが、空はエイロネイアの人間に頼ることはできない。

 話せば空を処刑しようとするだろう。もしくはシュテルンの助けとなってくれるかもしれない。だが、そのどちらの行為であっても、問題の解決にはならない。どちらか片方を選ぶだけなら、空だって迷わない。

 彼の悩みを、人間は解決できない。


「エンの共感覚なら気付いているんじゃないか? 俺の異変を」

「確かに、色を感じられへんようになってきた。教授と一緒や」

「多分病気のようなものなんだろう。シュテルンと接触するか、あの椅子に座ると苛まれる病魔だ」


 病気などという生易しいレベルではない。その理屈で言えば、空の体は細部に至るまで病魔によって構成されている。


「だからエンの力は借りられない。この病気を治す方法を俺たちは知らないんだから」


 ――治す方法なんてないんだがな。

 空の微笑みを、真実を聞き分ける少女は辛そうに受け止めた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後12時更新予定です。

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