何しようとしてたわけ?
シミュレーション室に、重苦しい雰囲気が流れていた。
メルセデスを倒した空たちは空母ステラに帰還した。そして司令官である健太郎に集合するよう言われ、ある意味憩いの場となっていたシミュレーション室に集まった。話の内容は言わずもがな、対信号機最強機体であるメルセデスについてだ。
「アンタ、何しようとしてたわけ?」
「……いいだろ別に」
「答えなさいよ!」
雰囲気を作っている二人の内の片方、シトラが空の胸倉を掴んで問い詰める。空は目を逸らして答えようとしない。その態度がシトラの怒りに更なる油を注ぎ、彼女は鋭い剣幕で怒鳴った。
「まぁまぁ。ちょっと落ち着きいな」
帰ってきてからずっとこんな調子のシトラたちを見かねて、エンが自分の体を間に入れることで強引に二人を引きはがした。
「落ち着く? このバカは自殺しようとしたのよ? アタシの部下のくせに、命令もなく勝手に死のうとしたのよ? 落ち着いてられるわけないじゃない」
「それでもや」
視界いっぱいに広がっていたシトラの顔が離れ、初めて空はエンの握りこぶしが震えていると気付いた。
何故なのかは分からない。だけどエンはほぼ間違いなく燃え盛る炎がごとき感情を必死に抑え、平静を装っていた。声もいつもほど弾んでいないような気がする。
「シトラ。空の判断は確かに褒められたものではないが、君たちが助けられたのもまた事実だ。あの動きを見て、何も気づかなかったわけじゃないだろう?」
「ん」
イリーナが健太郎の質問に吐息を返し、きゅきゅきゅーとマジックを紙の上に走らせる。数秒で書き終わり、全員に見えるように掲げた。
”空とほとんど同じだった”
一文だけ、丸っこい字で書かれていた。
「そうだ。そして君たちは空より弱い。きっとあのまま戦っていれば、間違いなく瞬殺されていただろう」
「ぐっ……!」
シトラが悔しそうに顔を歪めて、けれども何も言えず黙り込んだ。
空はようやく合点がいった。
てっきりリーダーだから勝手な行動をした空を責めていると思っていた。実際にそういう気持ちもあるんだろう。しかしそれだけでは空には響かない。響かないのなら実力で従わせようとしたのが今までの彼女だった。
だが、シトラは叱責を選んだ。
彫刻のような整った顔を怒りで歪め、空の胸倉を掴んで叱ってきた。
らしくないと思っていた。その理由は単純で、自分のチームが空に助けられたと理解しているから、感謝も交じっているからこそ叱るという選択を選んだのだ。自分の命を捨てようとした彼を。
エンが我慢しているのも、自分と空の実力差を理解しているからだ。健太郎の言う通り、空がいなければ負けていたと直感しているからこそ、エンは不満を飲み込んでいた。
「君たちは紛れもなく空に守られた。だから彼に感謝こそすれ非難する権利はない」
「じ、じゃあ黙って見てろって言うんですか。目の前で仲間が落ちようとしているのに指をくわえてろって言うんですか」
シトラは実力差を理解したうえで、それでも食い下がろうとして健太郎に食って掛かる。
「そのために俺がいる」
健太郎ははっきりと言った。
司令官という最も責任の重い人間の言葉に、シトラは押し黙った。信頼を寄せている。だからこそシトラの分まで言ってくれると判断した。
「今はそんなことよりあの敵への対策を練る必要がある。実際に戦ってみてどうだった?」
健太郎は司令官として内情よりも敵の情報を求め、空へと視線を向けた。底冷えするような感情のこもっていない目だ。空の知る健太郎とは違う、司令官としての顔だった。
「……厄介なのはミサイルだ。こっちのレーダーと通信を潰された」
空は誰とも視線を合わせず、体感したメルセデスの能力を教える。
機体のスペックはさして問題ではないはずだ。この三人にとっては取るに足らないと思っている。だけど電子機器の無効化だけは事前に知っているといないとで天地の差がある。メルセデスのミサイルは通信すら妨げるのだから、一人狼狽えている間に撃墜されてしまう。
「レーダーが潰されるんはかなわんな。他二人はともかくウチは誘導兵器も多いし」
エンがウゲェと言わんばかりに顔をしかめる。
蒼龍の真骨頂は機体全身からのミサイル掃射だ。ロックオンができなければ威力は半減してしまう。
「機動力も相手の方が上ね。もちろん総合ではアタシの方が強いけど」
「ん」
「ええ。イリーナの言うとおり、推進力も高いように感じたわ」
腕を組んだシトラが不満げに顔をしかめながら、冷静な分析の元から導き出された性能を報告する。
「空が相手してくれて本当によかった。聞く限りだと勝機はないじゃないか」
「ええ。情報がなければね」
健太郎の言葉に、シトラは相変わらずしかめたまま適当に返した。
「司令官。あまりウチらを見くびらんでぇな」
「ん」
「アタシは最強だし、アタシのチームは無敵よ。さらにそこのバカもいる」
自分を指差し、エンとイリーナを指差し、最後に空を指差す。
空を除く三人が、それぞれ胸を張っていた。空というイレギュラーがいても一切揺るがない自信が、彼女たちにはあった。
「手の内を晒してくれた相手に、どうして負ける要素があるのかしら?」
対等に戦ったのは空だけど、最後に落としたのはシトラだ。気を引いていたからというのもあるが、それでも適応速度は半端じゃない。
シトラだけではない。エンもイリーナも、リーダーと同じように撃ち落とせただろう。
「頼もしい限りだ。さすが俺たちの誇りだな」
「当たり前よ。アタシを誰だと思ってんの?」
「ウチも同じや。シトラと同じとか反吐が出るけど」
「ん」
健太郎が嬉しそうに頷き、イリーナが当たり前だぜベイベーみたいな雰囲気で頭を縦に何度か振る。
「は? 何喧嘩売ってるわけ?」
「そう聞こえへんかったかこの自己中女」
そしてシトラとエンが睨み合った。
「ヘラヘラエセ関西弁キャラを作ってるくせに、アタシに文句があるわけ? やめてよ笑い過ぎて腹筋釣っちゃうじゃない」
「ええ度胸や。今日こそ落としてその高い鼻へし折ったるわ!」
「はんっ! やれるもんならやってみなさい。どうせまた泣きつくんでしょうけどね!」
言い争いしながら専用のシミュレーション機に乗り込む二人。イリーナも軽やかな足取りで、二人の後を追ってエイロネイアを起動させていた。
「負けず嫌いが過ぎるのがたまに傷なんだけど、頼りになるしまあいいか」
「……」
健太郎の独り言に、空は無言を返した。
必要最低限のことしか話はしたくない。空の脳裏には、最期に目が合ったメルセデスのパイロットの顔がまだ残っている。
「……空。コーヒー奢ってやるから外の空気吸わないか?」
「……分かった」
辛うじて同意の言葉だけを吐き出して、空は健太郎の後を追ってシミュレーション室を後にした。