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俺がやる

 ようやく雲から抜け出して、一面の青が広がっている。


 雲が後ろへと流れていく光景は、何度見ても胸が熱くなる。この世界に来るまで、戦闘機を操縦できるとは思わなかった。そう考えると、異世界に来たのも悪くないと思えた。


『もうすぐ着くわ』

「分かってるよ」


 シトラから通信が入ってきて、空は面倒そうに返した。


 彼は轟龍に乗り込んでいる。当然イリーナの姿はなく、彼一人で操縦している。訓練はもう終わり。健太郎が及第点を与える程度にはこなしてきた。本来なら数か月から数年かかるのだろうが、健太郎の宣言通り本当に十日ほどで訓練が終了した。正直、それでいいのかという思いだ。


 空の前を紅龍が飛んでいた。紅龍だけではない。信号機の青、蒼龍と同じく黄色、黄龍の姿もある。彼女たちは隊列を組み、その後ろを轟龍が飛んでいる。


 空母ステラに通信が入った。


 北海道でシュテルンの反応があったらしい。既に住民は避難しているが、信号機の出動を要請する、といった内容だった。


 それじゃ行ってきて、と健太郎に見送られ、空とシトラ、エンやイリーナは各個人の戦闘機で向かっているというわけだ。燃料の問題とかパイロットの疲れが蓄積するとか色々言いたいことがあったが、健太郎曰く全部大丈夫だそうだ。


 長距離移動の場合自動運転になるらしく、操縦桿を離していれば寝ていても目的地に着くらしい。燃料は特殊な機構を使っているらしく、詳しく説明してもどうせ覚えられないと教えてもらえなかった、戦闘でもしない限りほとんど無限らしい。空は改めて異世界なんだと実感した。


 そうして東京近海から北海道までを三十分ほどで飛んで、空たちはもうすぐ目的地に到着する。


『大丈夫や。ウチが鍛えたんやからな』

「ああ、そうだな」


 エンから通信が聞こえてきて、空は適当に同意した。


『ん』

「おう。訓練は積んできたんだ。簡単には落とされないぜ」

『バカ言うんじゃないわよ』


 吐息にも似た声が聞こえてきたから、イリーナの言いたいことを寸分違わず理解した空は頬を吊り上がらせた。


 実戦は初めてだ。しかし皆が訓練に付き合ってくれた。だから負けるとは思っていない。エイロネイアに色々とつぎ込んできたという何の価値もない事実も、空の自信につながっていた。


『勝つの。絶対に』

「へっ了解だリーダー」


 シトラの揺るがない声に、空のはやる気持ちが落ち着いていく。


 最強の少女が勝つと断言した。つまり負ける要素は一つもない。焦るだけ無駄だ。


 腹立たしいほどの自信も行き過ぎると士気を盛り上げるのだから、彼女にはある意味敵わない。


『敵さんのお出ましやで』


 四人の中でもっとも優れたレーダーを持っているエンが敵を捉える。


 目を凝らすとすぐにその姿が確認できた。数はそれほど多くない。数えられはしないが、少なくともエンと行ったシミュレーションの方が数が多かった。なんだか感覚がおかしくなっているような気がしないでもない。


『イリーナは陽動、エンは援護。アタシが全滅させるから、邪魔すんじゃないわよ』

『はいな』

『ん』


 シトラの通信が入ってきて、エンとイリーナがすぐに返事した。


「あ、あぁ俺に任せろ」


 一拍遅れて空も通信を返し、挨拶代わりに操縦桿についているボタンを押した。バシュゥと音がして、ミサイルが飛んでいった。


 空の放ったミサイルは見事円盤の一つに命中し、爆発した。空は予想以上にばら撒かれた爆発の衝撃に驚きつつ、機体を傾けることで爆発の横を通り抜けていく。


『ナイスや空』


 全身のハッチを開き、はたから見ればハリネズミのようにも見える蒼龍から通信がくる。そして空が放ったミサイルの数十倍の数の小型ミサイルが蒼龍から解き放たれた。


 辺り一面で爆発が巻き起こる。その様子はさながら満開の桜を見ているようだ。


『ん』


 黄色い流星がエンと同じように空を褒め、敵機を囲うように辺りを飛び回る。群れから少しでもはぐれた円盤たちがどんどんと流れ星に落とされていった。


『ぼさっとするな!』


 目で追える程度の速さで、武装も機銃のみしか使っていないにもかかわらず、紅龍が敵を圧倒していた。まるで自分こそが空の支配者だと言わんばかりの活躍っぷりだ。


「負けるかよ」


 どんどんと数を減らしていくシュテルンではなく、絶対的な実力を見せつけている紅龍に向かって呟きながら、空は轟龍を大きく傾かせて敵陣に突っ込んだ。


『あっちょっと』

『出たな必殺技。ウチも続くで』

『ああもうっエンまで』


 空の奇行を初めて目撃したシトラを無視して、エンも空と似た機動で敵陣の真っただ中へと突撃する。


 無視された側のシトラは額に青筋を走らせながらも、奇行に走る二人の邪魔をしないようにと円盤の群れから距離を取った。イリーナもリーダーの考えをくみ取り、はぐれ円盤を落とすのは変えずに少しずつ外周を広くとっていく。


 空だけなら強引にでも止めるつもりだった。しかし実力を認めているエンが加担したため、シトラはとりあえず見守ることにした。もしも危険そうなら、もちろん敵のど真ん中に突っ込む行為は非常識なほど危険ではあるが、介入して助けるつもりである。


 邪魔者がいなくなった空は、パターンを読みつつ円盤たちの中へと突入する。ちなみにもっとも集まるようパターンを誘導しており、数が多くても散会しようとしている機体はほとんどいなかった。


 空が通り過ぎた後には、爆発だけが残されていく。機銃で撃ち抜かれ、円盤通しでぶつかり合い、爆発に巻き込まれ、シトラとイリーナの合計よりも多くの円盤を撃墜していった。


 そして、特攻を仕掛けているのは空だけではない。


 最強の三機。その中でも特に攻撃力に特化した蒼龍がいる。

 エンは蒼龍を巧みに操作して空の後に続きながら、辺り一面にミサイルを撃ちこんでいった。ただでさえ空間爆撃能力が高い蒼龍が、誘爆を狙って敵軍のど真ん中で一発のミサイルもダブらせずに放つ。


 たった一度通り過ぎただけで、円盤は両手の指で足りるぐらいまで数を減らした。


「ふぅ。これで終わりか?」


 残りを倒そうとレーダーに視線を移すと、既に紅龍と黄龍が同時に残りを潰しにかかっており、空が参戦する時間はなさそうだった。


 一息つき、わざと通信回線を開いた状態で空は独り言を呟いた。誰かが反応を返してくれると判断したからだ。決してやる気に満ちていたのに敵を取られて寂しくなったわけではない。


『いやまだだ。一機残っている』

「一機? どこにそんな奴が」


 空は言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 機体が揺れていると錯覚するほどの強烈なプレッシャー。素人である空でも分かる、強敵だからこそ出せる威圧。


 空は辺りに視線を巡らせた。レーダーに反応はない。つまり敵は遠くにいる。だが息が詰まるほどのプレッシャーを放つような相手だ。感覚で、発信源を突き止められるかもしれない。


 空の視界が、漆黒の機体を捉えた。遠目でも円盤とは形が違うと分かる。どちらかと言えば、空の轟龍や信号機に近い造形だ。


『――来たわね。間違いなくアレよ』

『ほっほーう。どう見ても別格やな。面白そうや』

『ん』


 通信から、三人の少女がそれぞれ戦意を漲らせていることは容易に想像ができた。そして赤、青、黄色の機体が散開し、尋常ならざる圧力を放つ敵機を潰そうと動き始める。


「ダメだ三人とも!」

『『『ッ!?』』』


 空の言葉に反応して、それぞれが恐るべき反応速度を見せて回避行動をとった。


『どうしたの空。奴は敵よ』


 三人を代表して、シトラが空へ疑問を投げる。


 空の様子が普通ではないと感じたのだ。そうでなければ、今日が初めての実戦である人間の言うことなんて聞くわけがない。


「分かってる。でも注意してくれ。あの機体は見覚えがある」


 敵機は三人が近付こうとして離れた間も一切の反応を見せなかった。まるで初めから分かっていたかのような動き。そうして先ほどから、信号機のパターンを掌握しようと微調整をしているかのようでもあった。空が黙っていれば、多分敵の意中に落とされていた。


 黒い機体にはところどころ禍々しい装飾がなされている。戦闘機というものは空気抵抗の影響を大きく受けるため流線型となる。当然装飾なんて邪魔になるだけだ。エンジンは三つ。翼は両翼四対にもなり、考えれば考えるだけ何故まともに飛べているのか理解に苦しむようなデザインの戦闘機だった。


 よく言えば特徴的な機体を、空は元の世界の動画で見たことがある。信号機の更に上位にいる隠しボス、メルセデスと装飾も含めてほとんど同じだ。


 運営が作った信号機を倒すためだけの機体。チートである信号機を倒せないと嘆くユーザーのためにデモンストレーションとして用意された機体。


 空の動きも基礎は同じだ。経験で補正をかけているけど、大変参考にさせてもらった。だから目の前を飛ぶ機体に信号機が絶対に勝てないことは覚えている。


「奴はお前らを倒すためだけに作られた機体だ。だから、俺がやる」

『許可できないわ』

「だろうな。でも譲れない」


 空はシトラの返事を待たずにスロットルレバーを強く押して、機体を急加速させた。


 メルセデスも同じように真正面から突っ込んでくる。お互いがわずかに機体の上を取ろうと少しずつ上昇する。すれ違いざまでわずかに機体が上空にいれば、タイミングよく放ったミサイルに向こうから突っ込んでくると知っているからこその動きだ。


 ――このままじゃ激突するか


 空は敵機の上を取ることを諦めて機体を上下反転、さらに宙返りをして姿勢を戻しつつ、ロックオンせずともミサイルが当たる距離を速やかに離脱した。同時に敵の進路に機体を重ねる。ちょうど轟龍が背後に回ったような形だ。


「後ろを取らせては、くれないんだよな」


 空が呟くと同時に、前を飛ぶ機体が後ろへ向けてミサイルを撃ってきた。


 しかし空は機銃を掃射しつつ既に回避行動をとっていた。攻撃してくると分かっているのに、わざわざ待っている理由はない。


 ミサイルが機銃に当たり、爆風を起こした。かなり離れていたのに、機体が衝撃でわずかに揺れた。


「分かってたけどうざいな」


 空は舌打ちして、視線をレーダーへと移した。


 円形がいくつか描かれているモニターは何も映していない。一つだけではない。高度計やその他電子機器の何もかもが落ちており、空のコクピット内のディスプレイ、そのほとんどが沈黙した。


 異常事態だ。普段なら取り乱してもおかしくはない。空は今日が初陣なのだ。初陣でマシントラブルなんて取り乱さないわけがない。だが知っている機体だったからこそ、空には動揺のかけらもなかった。


 レーダーが使えないため、空は目視で敵を見つけようと辺りを見渡す。どこにもいない。つまり死角に潜り込んでいるのだろう。相手のレーダーが使えないと分かっているからこその動きだ。


 空はほとんど鉛直に機体を傾けて、先ほど唯一見渡せなかった下に視界を開く。轟龍をロックオンしているメルセデスと目が合った。


 飛んできたミサイルを、空は蛇行して紙一重で何とか躱した。ミサイルは横を通り過ぎた瞬間に爆発し、轟龍をさらに揺らす。何にも当たっていないが、遠隔操作で爆発させられるのだ。そうじゃなければ、メルセデスの特殊なミサイルは真価を発揮できない。


 メルセデスのミサイルはレーダーを無効化する。範囲は狭いし、ゲームの制約上機体制御までも奪えないが、それでも空中戦では必須なレーダーを潰されれば弱体化は避けられない。


 機動性も武装の種類も単純な速度でさえもそれぞれ信号機を凌駕している。しかもレーダーは無効化してくるしミサイルのロックも不可能。多分通信も使えないだろう。意思の疎通も不可能だ。


 デモンストレーションではレーダーに依存している蒼龍が最初に落とされて、追随を許さない速さだったはずの黄龍が後ろを取られて、紅龍も他二機よりは善戦するが圧倒的な機体スペックの差は覆せずに落ちていった。


「本当に強いな」


 空は相手の動きを読んで、再びメルセデスの正面に機体を動かす。


 ミサイルは使えない。機銃だけでは火力が足らず、落とす前に落とされてしまう。万策尽きたような状態だ。


 しかし、空にはまだとっておきの攻撃手段があった。轟龍そのものをぶつければいいのだ。戦闘機そのものをミサイルにする、神風特攻というやつだ。


『バカ! 何してんの!』


 使えないはずの通信が聞こえてきて、メルセデスに向けて三方向から一斉に機銃が掃射された。


 三機分の火力にはさすがのチート機体も耐えられなかったようで、轟龍に当たる直前でメルセデスは爆発した。


 空は機体を垂直にして操縦桿を操作し、機体の下方、元の姿勢から言えば右方向に回避して、爆発の範囲から逃れようとした。


「っ」


 そのとき、メルセデスのパイロットと目が合った。


 撃墜されたことが信じられず、目を見開いた様子の人間の、助けを求めるような視線が印象的だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前7時頃更新予定です。

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