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無茶苦茶な戦い方

『期待してるでぇー』


 通信越しにエンの気楽な声が聞こえてくる。


「頼りにしてるぜ先生」

『先生かええ響きやん』


 空は荒廃したビルの隙間を飛びながら、通信相手に負けないぐらい軽い調子で返事をする。エンが嬉しそうにうんうんと頷いているのが容易に想像できた。


 空はまだ本物の戦闘機を操縦する許可は得ていない。それにどうやらこの世界では建物は地下にあるものらしいから、目の前に広がっているザ・世紀末な光景も現実的なものではない。


 この二つの事柄を結び付ける都合のいいものが一つだけある。それがシミュレーション機だ。


 訓練その二、シミュレーション機にて戦闘経験と戦術を学ぶ。


 戦術指南役にエンが選ばれたのは、単純に信号機で一番器用な戦い方ができると誰もが認めていたからだ。あのシトラでさえ、戦術のバリエーションならエンの方が上だと認めている。それは武装の数が圧倒的なことも理由だったし、何より最強のライバルとして切磋琢磨をしてきたからこその信頼があった。


 シトラが機体の機動力と卓越した操縦技術で最強を張るのなら、エンは機体の攻撃力と最適解を選び続ける戦術眼で追随する。


 ゲームの中にいた信号機とは明らかに異なるが、空は二人の関係がどこか羨ましく思えた。


 ボーッと敵がポップしてくるまで適当に荒廃したビル群を散策していると、ブラウン管テレビのようなブゥンという音が鳴っていくつものポリゴンたちが集まっていった。ようやく雑魚敵が出てくるようだ。


 やがてポリゴンの出現が収まると、空の視界には無数の円盤たちが映っていた。ここはエイロネイアのラスボスである信号機一つ手前のステージ。言ってしまえば最後の雑魚戦というわけだ。数もプレイヤーの心を折るためとしか思えないぐらいには尋常じゃない。


『さあウチの生徒に腑抜けはいらんで! 存分に戦い!』

「イエスマム!」


 エンが暴力的な数の差を理解しつつも、空を叱咤する。彼女の生徒は綺麗な敬礼をしてみせた。


 二人ともノリノリである。


「群れてるだけの奴に負けるかよ!!」

『あっちょい待ちぃ』


 エンの制止を振り切って、空は真正面から敵陣に突っ込む。


 無数の円盤たちから、それこそ壁と見間違うような弾幕が展開される。しかし空にとってこのステージは信号機と戦うための通過点にしか過ぎない。弾幕の隙間、ちょうど一機分ぐらいの穴を縫って接近し、円盤の群れの中に溶け込んだ。


 絶妙な操作で円盤たちの横を抜けながら、操縦桿についている引き金を目いっぱい絞る。機銃が吠えて、鉛の雨が降り注ぐ。狙いを定める必要なんてない。どうせ全方位が敵で埋め尽くされているのだ。撃てば当たる。


 入れ食い状態の円盤をすれ違いざまに何機も落として、さらに誘爆までさせていく。空の機体が通るたびに爆発の道筋が出来ていった。


『なっ、なんちゅう無茶苦茶な戦い方や』


 エンの声が通信越しに聞こえてきた。きっと彼女の表情は声に違わず呆れているのだろう。


 空はその後も五回ほどすれ違いつつ誘爆でさらに撃墜を稼ぐと、数が減ったからか誘爆の効果が半減してしまった。見た目だけでも随分と見劣りしている。もう三十機も残っていないだろう。


 数が減ったことで円盤の行動パターンが変わった。ただ群れていただけだったのに、五機ほどの小規模な隊列を組んでバラけていく。しかしそれもまた空の予想通りだった。


 空は小規模な隊列を組む敵に対して、機銃を駆使して隊列の先頭機だけ落とす。隊列の先頭を落とされた円盤は避け切れず、または回避しようとして後続機と接触してさらに誘爆していった。


 数を優先しているため、個々のAIはかなりお粗末な出来になっているのだ。処理速度の問題上、仕方がないと思う。少しでも軽くしなければフリーズして画面が動かなくなってしまうぐらいの描写量なのだから。


 空が製作者に同情しつつも劣化してしまった部分を六回ほど突くと、円盤は片手で数えるほどしか残っていなかった。ここまでくればもはやチュートリアルと同レベルだ。


「これで最後だ」


 空は呟いて、時短のためにとっておいたミサイルをようやく解放する。空中に汚い花火が三つ咲き誇った。


 クリアの余韻を消すようにして、ミッションコンプリートと輝くような文字が画面いっぱいに浮かび上がった。


「終わったぜー」


 空はコクピット型のゲーム筐体から出て、腕を上に大きく伸びをする。


 シトラに一杯食わされた腹いせができて、結構気分がいい。また紅龍に乗らなければいけないのかと思い出して、浮いた気分はすぐに落ちた。


 空は若干喉に残っているすっぱい感覚に眉を寄せて、お菓子の袋が辺りに散乱しているシミュレーション機の中を覗いた。


 エンは空の指導役だ。指導役が一緒に戦っては生徒のためにならない。だからエンは観戦モードで空の戦闘を見守り、ときに助言を与える役割を担っていた。ちなみにこの機能は空のいた世界では動画投稿用だったりする。


「誘爆で撃墜を稼いで、攻撃は敵機を盾にして避ける。もしくは流れに真っ向から逆らうことにより接触を最小限に抑えるなんてな。紅龍や黄龍ならともかく蒼龍は速度に難があるのが欠点やけど、あたり一面が敵になると速度はほとんど意味があらへん、か。いやそもそも……」


 あごをさすって足を組み、エンはブツブツと空の戦闘に対する考察を練っていた。


 美人が足を組んでるとそれだけで絵になる。まるで絵画のようだ。いつもの軽い印象からは考えられないほどの魅力が、考える人状態のエンから漂っていた。


「ま、どうせ次の訓練まで時間あるからいっか」


 空は独り言を自らに言い聞かせて、エイロネイアから出てきたエンが見つけやすいよう、壁に背を預けて目を閉じた。真剣な表情のエンの姿が瞼の裏で鮮明に浮かび上がる。


 時間がある、というのは事実だ。


 本日の訓練はこれで終了。明日はまたグロッキーになりながらシトラの後ろに座り、エンに手の内を見せびらかさなければならない。しかし、それはあくまで明日の話であって今日じゃない。教官に従い、休憩するぐらいの時間はあるはずだ。決して瞼の裏にいるエンに妄想を働かせようなんて企んでいない。本当だ。


 空が一人言い訳をしていると、あっという間に三十分が経過した。


「――ま、練習あるのみやな。ってアレ? 空いつからおったん?」

「三十分前からだよ」


 ようやくシミュレーション機から出てきたエンが小さく首を傾げて、空は思わず苦笑してしまった。


「あちゃー。堪忍な。昔から考えに集中すると周りが見えなくなんねん」


 エンが額に手を当てて、舞台役者のような大げさな動作で軽く詫びる。その仕草からは、先ほど見惚れるほどの美しさは感じられなかった。良くも悪くもいつものエンだ。


「別にいいさ。美人の横顔堪能できたしな」

「もうっ! 誰が全人類が喉から手が出るほど求める美女や!」

「そこまで言ってねぇよ」


 勢いよく肩を叩かれながら、空はツッコミを入れる。


 へらっと笑いながらだから、叩かれていることには怒っていないと彼女に伝わるはずだ。エンの人懐っこさのある軽い態度は、いたずらに異世界に来てしまった空にとってもっとも居心地がよかった。何も考えず、まるでクラスメイトと駄弁るようなやり取りができるからだ。シトラやイリーナではとてもこうはいかない。健太郎に至ってはろくに話をする時間すらなかった。


「にしてもホンマ強いな自分。ウチが教えられることあらへんやん。さっきもこっちが勉強になったぐらいやし」


 エンの瞳に、空への興味が宿っているとすぐに理解できた。


 空はすぐにその理由を察した。彼女は最強の一角に席を置いている。言い換えるなら仲間以外に敗北した経験などないのだ。しかもその仲間とはライバルとしてお互いに切磋琢磨してきた。不本意だが実力にも納得している。


 だけど空は違う。異世界から来た、信号機の撃墜に長けた人間は、エンからすれば異常でしかなかった。最強である自分たちを瞬殺しただけでなく、何度戦おうと一度も撃墜できなかったのだ。


 自他ともに戦術の引き出しを認めているからこそ、空の実力を育んだ環境に興味を持つのは必然といえた。空と同じ環境に身を置けば、きっとドヤ顔の似合う金髪碧眼のペッタンコ胸のライバルにも勝てる気がしたからだ。


「まあこれしかやってこなかったしなぁ。簡単に負けるつもりもないし」

「ほっほぉん?」


 尊敬の眼差しに居心地よく、けれど異世界から来たなんて話をするわけにもいかない空は、困ったように目を逸らした。


 キランとエンの目が輝く。


「軍事用のシミュレーション機にどやったら人生捧げれるん? 軍事関係者ってわけやないんやろ?」


 やっちまった。信じてもらえないだろうから黙ってようと思ってたのに。


 空は後悔すると同時に、まだ前の世界の常識に捉われていると思ってなんだか嬉しくなった。まだ異世界にいるという感覚が抜けていないのだ。それは無意識でもこの世界から帰りたいと願っているということに他ならない。


「……健太郎のツテだよ」


 だが今はニヤけるわけにはいかない。エンの興味を逸らさなければならない。


 空は苦し紛れに使えるネタはないかと脳をフル回転させて、都合のいい立場の親友を言い訳に使ってみる。


「そもそもそれがおかしいやんか。どうして司令官と仲良くなったん?」

「ゲーセンでたまたま知り合ってからの付き合いなんだ」


 嘘は言っていない。別の世界での話であり同い年だったという前提がないだけで。もっと言うなら空も健太郎も学生であり、司令官として多忙を極めていなかったときの話だということも。


 苦しい言い訳だという自覚はあった。だがこの嘘は突き通さなければならない。空だけでなく、健太郎の威信もかかっているのだ。司令官だと尊敬していた人が実は異世界から来たと妄言を垂れ流す人間だったなんて噂は、なんとしてでも阻止しなければならない。


「へぇ、あの司令官がゲーセンかぁー」


 エンが興味をますます焚きつけられたような瞳を空へと向ける。


 こっち見んな。空は目を逸らしながら切実にそう思った。


「空はウチの知らんことよう知っとうな」


 ふいっとエンの視線が空から外れた。


 空は顔に出さないようにしながら、内心で膝から崩れ落ちそうなぐらい安堵した。


「変なこと聞いて悪かったなぁ。どーも気になってしもうて」

「は?」


 知らない間に親友に春が来たのだろうか。しかし年は結構離れていると思うんだが。というかまだエンは未成年に見えるんだが。その辺はどう考えているんだろうか。


 空は知らぬ間に先を越されていたことに、頭が軽くパニックに襲われた。エンへの返事がおざなりになってしまったのはご愛敬である。


「ほら司令官って働き詰めやろ? んで趣味やら昔話の類は一切せえへん。せやからずっと気になってたんや」


 脱力した。どうやら空の勘違いだったようだ。


 ほら、と言われても空は素直に首を振れない。彼は今の健太郎と会ってまだ一日しか経っていない。働き詰めかどうか、一日では判断できない。確かに真面目なところがあったし、エンが言っているってことは多分そうなんだろう。


「どうにか聞き出せへんかなー思うとるところに空が来た。しかも司令官と親しげに話をしてる。これはもう浮いた話の一つでも聞けるんやないか思いまして」

「それで二人きりで時間もできたから詰問してみたってわけか」

「もっと仲良うなってからの方がええかなとも思ったんやけど、せっかくやから聞いてまえって思ったんや」


 エンの説明に空は納得したように頷いた。確かに詳しく知りたいと思ったところに知っている人間がいれば質問の一つぐらいしたくなる。空だって彼女たちが信号機だと知ってから、色々と聞きたいことがあるんだ。エンたちに頭を下げたくないという意地だけでなんとかこらえているが、意地がなければ質問攻めにしていただろう。


 エンは照れくさそうに頬を人差し指でひっかきながら、顔をわずかに朱に染めて微笑む。先ほどの考える絵画とは違う絵が現れた。


 あれ、おかしいな。勘違いじゃなかったか。


「なるほどな……エンはその……健太郎が好きなのか?」

「何言うてんの!」

「イテェ!」


 聞いていいのか迷いながら結局好奇心に屈した空の肩を、エンは勢いよく叩いた。先ほど冗談を言われたときよりも音が大きい。その分肩へのダメージも大きく、空は思わず叫んでしまった。


「仲間のこともっと知りたいって思うのは当然やんか」


 当然だとばかりの表情になっているエンに、空は言葉が出てこなかった。


 シトラとはまた違った神秘性だった。彼女が彫刻のような無機質なものだとすれば、エンは情緒に訴えかけてくる暖かさ。見ているこちらが眩しいと感じてしまう、人間らしい美しさだった。


「もちろん、空自身のこともいつか問い質してあげるからな」

「ははっ、お手柔らかに」


 渇いた笑いを返すのが精いっぱいだった。


 空は本当に仲間だと思われているのだと認識して、なんとも言えない気持ちになる。元の世界でも感じたことのないその気持ちを、空は何というのかも分からなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前7時頃更新予定です。

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