人類救済組織
エイロネイアがシュテルンに勝利してから一週間。戦後処理とか捕虜の扱い方など色々なことがありました。
「なあ、本当に俺が出るのか?」
なんやかんやな一週間を締めくくるために袖をクロスさせた囚人服を着た空は呟いた。
その顔は嫌だ行きたくないと書いてありそうなほど渋い。
「当たり前だな。君がいないと話にならないからな」
黒のスーツをばっちり着こなしているスイは首を振り、空の拒否をさらに拒否した。
女性と見間違うほどの中性的な顔立ちだ。スーツを着て立っているだけで絵になっている。生物学的に美女ではないが、美人というのはこういう人のためにあるのだろう。イケメン死すべし慈悲はない。
空が顔面偏差値の差に血涙を流している間に準備は終わったようだ。スイに背中を押されて、たくさんのカメラが並んでいるステージに立たされる。
夢の全国テレビ生中継だ。囚人服じゃなければピースの一つぐらいしたんだが。
「……えー、みなさんはじめまして。シュテルン総体の甲破空です。あっちなみに放送はエイロネイアが主体ですのでご安心ください。放送局を襲ってるとかそういうんじゃないんで」
重苦しい空間を和らげようと冗談めかして言ってみたがカメラマンはピクリとも反応しない。泣きたくなってくる。
「我々についてみなさんは何も知らないと思います。我々の正体も戦う目的もみなさんを襲う理由さえ分かっていないでしょう」
真面目なお話なので空は気持ちを切り替える。決して滑ったからではない。か、勘違いしないでよね。
「なので告白します。我々はみなさんを救うために恐怖を振りまいていました」
カメラマンとカメラの向こう側にいる視聴者が反応したと、なんとなく空は理解した。
「この星はあまり長くありません。環境汚染や食糧問題、人間が科学的に効率を求めた結果星の体力を奪ったことが原因です」
どうせ空の言葉はテレビで何度も取り扱われるだろう。そしてコメンテーターが面白おかしく解説してくれるに違いない。嘘だ本当だと議論も繰り広げられるだろう。
だから空は堂々と言い切る。態度だけで事実を信じさせるために。
「なので一度この星を休ませなければいけません。具体的に言うと人間をこの星から追い出してしばらく時間を置く必要があるのです」
カメラの向こうにいる人間たちが、追い出すという言葉に反応して怒った、ような気がした。イリーナと違って触れなければ色は見えないのであくまでも予感だが、多分間違っていないだろう。
「信じられないと言う人も当然いるでしょう。その反応はまったく不思議ではありませんし、得体のしれないやつが何を言ってるんだとも思うでしょう」
一応空はシュテルンの総体だが、エイロネイアのパイロットだった時期もある。初めてシュテルンの目的を聞いたときの彼は人間だったから、人間たちの気持ちも共感できる。
「ですが我々の言葉を信じてもらわなければいけません。その証明のためならなんだってするつもりです」
空がこの場に立てているのはシトラたちが必死にエイロネイアを説得したからだ。
説得しシュテルンの目的を突きつけ、嘘はないと信用させた。スイは空の目的を信じているからこそ、全人類に話をする機会をくれた。
空がすることは、シュテルンがしなければならないことはただ一つ。今度は全人類を説得することだ。
「なのでこの場を借りて、みなさんの質問を受け付けます。我々は助けるために人々を襲いましたが、殺してしまっては意味がありません。なので我々が管理する別の環境に移住してもらっています」
シュテルンが保有していた人類はシトラの両親だけではなかった。誰もが皆、空が生まれ育った世界で平和を謳歌している。
「もちろん質問ですから、我々が回収した誰かと再会させてほしいと問われれば実際に会わせましょう。ただ残念ながら返すことはできません。我々はこの星から人間を排除することが目的です。我々についてくるという選択肢しか与えられません」
あの世界から人間を移すことは事実上不可能だ。できるのは空と同化する前のシュテルンの総体のみだが、完全に同化したにもかかわらずあの世界に干渉する方法は分からなかった。
空がいた世界に移すことはできるため無理やりなら干渉できる。だがあの世界にどんな影響が出るのかは予想がつかないのが現状だ。
「我々に協力するか、この星と運命を共にするか。それを我々は決めません。エイロネイアに阻まれましたから、後はみなさんの勝手にしてください」
投げやりと言われるかもしれないが空は敗北者だ。自由はかなり制限されている。
エイロネイアをかんしてでなければ、シュテルンは何もできなくなっていた。
「――以上が、シュテルンの総意です」
話を終えて下がった空の代わりに一歩進み、スーツ姿の男が言った。
「エイロネイア総司令官、スイ・ジュンシンです。シュテルンの言葉、特にボクの部下の生存に関してはこちらで全員の生存を確認しました。資料がないためなんとも言えませんが、恐らくみなさんの友人や家族も生きている可能性が高いでしょう」
名乗りながら頭を下げるスイに、出番を終えた空は律儀だなあと感心していた。
「シュテルンは人類の敵です。なので言葉のほとんどは信じられない。これは確かです」
スイはとんでもないことを言ってのけた。
信用していないのならどうして話の場を設けたんだ。
「ですが、奴の言う通り環境問題や一部貧困地域での飢餓問題など当てはまる部分が多いのも事実です」
世界を股にかける組織のトップに君臨していたスイの言葉には、実際に見てきたからこその説得力があった。
「エイロネイアは勝利しシュテルンは撤退を約束しました。ですから後はボクたちこの星に住む人間の問題です」
確かに約束した。ついでに署名も書かされた。
嘘吐いたら滅ぼすからなという脅し文句がついた脅迫文書に、シュテルンの総体は確かにサインした。
「この機に一緒に考えていくのはどうでしょうか。自らの手で絶滅を選ぶか、ここで見つめなおし永遠の繁栄を選ぶか」
シュテルンは考える時間を与えなかった。結果怨恨と悲劇を生み、ついには戦争で敗北した。
だから今度は人類だけで頭を使う番だ。考えて考えて考えて、どうすれば最善になるのか選択するときなのだ。
「ただいまよりエイロネイアは人類救済組織として生まれ変わることを宣言します」
スイの宣言は、かつてシュテルンが勝手に掲げていた看板と同じだった。
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