いくらなんでも卑怯
とても長い間戦っているような気がする。
一瞬の油断が命取りになる空戦で、拮抗しているのだから仕方ない。脳が焼け切れそうなぐらい回転を続けている。
「そおおらああああああ!」
『シィトォォラァァアア!』
シトラと空は互いの名を叫びながら激戦を繰り広げる。
互いにすれ違ってばかりで背後が取れない。笑える。この戦況が二人の状況を表しているような気がした。
「なんでなの! 奪って奪ってみんな奪って! どうして空はそこまでしてアタシを乏しめるの!」
『救ってきただけだ! お前を守って世界も救おう! なのにどうしてシトラは俺の邪魔をする!』
「納得できないからに決まってるでしょうが!!」
シトラも空も、叫びながら相手の背後に回ろうと動く。相手も同じ考えなのは分かっているから相手の動きを牽制しながらだ。結果お互いに背後が取れずすれ違っているのだが。
『納得できないだと!? お前はまだ感情的に戦っているっていうのか!』
「初めから感情以外の理由で戦ってないわよ! 使命感なんて下らないものに振り回されるなんて情けない!!」
シトラも使命感はある。シュテルンから人類を守るという立派な使命がある。
だけどそれとこれとは話が別だ。仲間を撃たねばならない使命なんてくそくらえ。
『俺だって感情があるとも! 親友を殺しても殺しきれなかった想いがあるとも!』
「なによ言ってみなさいよ! どうせしょうもない理由なんでしょ!?」
紅龍が積んでいる最後のミサイルは、機銃で撃ち落とされた。シトラもできるが、敵として改めて思う。厄介なことこの上ない。
『好きな女を守ろうとすることの何がしょうもない!』
「そのために全部捨てたらそれこそ本末転倒じゃない!」
機銃が一発、紅龍の胴体を叩く。角度が悪かったのか、銃弾は弾かれてコクピットを叩いた。割れなかったのはラッキーだ。
紅龍も轟龍も、たくさんの小さな傷が刻まれていた。被害を最小限に抑えようとしても実力は拮抗している。撃墜こそされないが避けられないダメージが蓄積していく。
いつ墜ちてもおかしくない。
『捨てていない! 新しい場所があるんだ! お前らが勝手に拒んでいるだけで!』
「勝手にやってきて勝手に人をさらっといて、拒まないわけがないでしょ!」
お返しと引き金を引くが、紅龍は沈黙したままだ。
どうやら弾薬も尽きたらしい。シトラは攻撃手段を失ってしまった。
『この分からず屋!』
「この言葉足らず!」
何十回目のすれ違い。攻撃のチャンスのはずだが轟龍も機銃を撃ってこなかった。
直感で理解する。轟龍も弾幕が尽きて使える武装がなくなったのだ。
「『お前(アンタ)にだけは絶対負けない!!」』
武装は失った。だけど攻撃手段が無くなったわけではない。
シトラは素早く切り返す。轟龍も同じように紅龍を正面に捉えていた。
空の考えは手に取るように分かる。二人の初戦と同じ方法で決着をつけようとしている。
紅龍と轟龍は真正面からぶつかり合い、大きな火花を咲かせた。
シトラは激突する寸前にコクピットの座席下部についているレバーを力いっぱい引っ張った。コクピットを守っていた防弾ガラスが吹っ飛び、座席ごと投げ出される。
錐もみ飛行しながら、シトラは最期を迎えた相棒に黙とうする。これでシトラたちは戦力をすべて失った。シュテルンが第二陣を用意していたら敗北だ。
そうだ。シュテルンのトップはどこだろう。彼を捕まえられたら交渉材料になるのではないだろうか。
シトラは錐もみ状態で飛びながら、彼の姿を探す。すぐに見つけた。
轟龍と紅龍のバラバラになったパーツたち。それに紛れるようにして、落ちていく空。彼は目を閉じており、気を失っているようにも見える。
「あのバカ……!」
シトラは空中で座席のシートベルトを外し、体をたたんで自由落下を続けている空を追う。
彼は急ピッチで訓練を終えた。緊急離脱の方法を知らない可能性がある。
「起きろ! 起きろ起きろ起きろ!」
シトラは空に追いつくと抱き着くように引っ付き、彼の様子を確認する。やはり意識がないようだ。
仕方がないので往復ビンタをした。
「いだいいだい! 何しやがる!」
空はすぐに目を覚まして、命の恩人であるシトラを怒鳴りつける。
「なんでパラシュート持ってないのよ!」
「やり方知らないんだからしょうがないだろ!」
「知っときなさいよ!」
シトラは空をしっかりと抱きかかえていることを確認してから肩紐にぶら下がっている紐を引っ張る。
バサッと音がして、シトラと空の体は急減速した。
「ったく二人なんて耐えれるかしら。緊急用なんだけど」
「……なんで俺を掴んでるんだ離れろよ」
「嫌よ。空が死んじゃうじゃない」
「殺せって言ってるんだ。まだエイロネイアにはスイが残ってる。俺たちの敗北だ」
スイは司令官代理という立場上、今もステラに乗り込んで指揮に専念している。
シトラほどではないが強いパイロットがいるのだ。最高戦力を失ったシュテルンに勝ち目はない。
「嫌よ」
「俺たちは敵だ。いつも落としてきたときみたいに見捨てろよ」
「っるさいのよ! いつもいつも真面目な顔して誤魔化すくせに!」
ネチネチと殺せと言い続ける空に、シトラは溜まっていたものを吐き出すように激怒した。
いつもいつも全部一人で抱え込んで誰にも相談をしようとしない。自分のことになると誰にも助けを求めようとしない。
本当に手がかかる部下だ。エンやイリーナも問題児だったが、その中でも彼は群を抜いている。
「しかも一番大事なことは勢いで言ってくるし、ホント空って最低ね」
「はっ? 何のこと――――っ!?」
何か言おうとする空の口を、シトラは自分の唇で塞いだ。
「アタシも好きよ。空が世界で一番好き。だから殺させないし死なせない。絶対に二人で助かるんだから」
「…………………………それはいくらなんでも卑怯だろ」
シトラが唇を離して生まれて初めての告白をすると、空は口元を手の甲で押さえて呟いた。
その顔は真っ赤だ。多分今鏡を見ればシトラも同じような顔色になっているのだろう。
「何か言った?」
「こんな美人の恋人ができて俺は世界一の幸せ者だって言ったんだ」
「なっ何言ってんのよ!!」
シトラと空は結局、海上に落ちて救助されるまでずっと言い争いを続けていた。
二人とも幸せそうな笑顔で。
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次回は今日午後12時更新予定です。