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色々なこと

 雲一つない快晴の下、シトラたち三人は甲板に集まっていた。


「これが、最後の戦いね」


 スイの話では世界中で既に円盤が出現しているらしい。必要最低限の戦力が残っているとはいえ被害は免れない。手伝いたいのは山々だが救援には行けない。もちろん救援が来ることもない。


「泣いても笑っても、やな。いやー長かったなぁ」

「ん」

「色々なことがあったものね」


 彼女たちは目を閉じて、戦争に明け暮れた数年間の記憶を掘り起こしていく。

 彼女たちが集まったのは最後のブリーフィングをするためだ。と言っても長年の連携の甲斐あって相手が何を考えているのかほぼ理解している。だから思い出に浸っていられるのだが。


「初めて会ったときはなんて怖い奴や思うたな」

「ん」

”なんて暗い人なんだろうって思った”

「まったく喋らなかったから、初めて会ったときはやっていけるか不安だったわ」


 シトラ、エン、イリーナはそれぞれに抱いた第一印象を話す。

 初めから好印象だった人なんていない。むしろ三人ともが他二人に不安を抱いていた。性格に難ありどころかいいところは一つも見つからなかった。意見がぶつかるなんてしょっちゅうだった。取っ組み合いになったことも一度や二度ではない。


「でも」

「ん」

「ええ。アタシたちは結局三人揃ってここまで来た」


 時に罵り合い、時に心配し合い、常に支え合ってきた。

 家族を奪われたシトラにとって二人は姉妹も同然だ。血は繋がってないけど、家族のぬくもりを確かに与えてくれた。きっと二人にも与えられたと思う。


「全員、とはいかへんかったけど」


 エンの言葉に、シトラも表情が暗くなる。

 四人いたこのチームも今は三人しかいない。裏切り者の彼は倒すべき敵として青空の向こうで待っている。


「んーん」

”四人揃ってこのときを迎える”


 イリーナは首を左右に振って、エンの言葉を否定した。


「イリーナは凄いわね。もう感じるの?」

「ん」


 イリーナが頷く。

 シュテルンの総体を名乗る彼はシトラたちを倒すためだけに作られた。彼が出撃するとしたらステラの近海だろう。


「やっぱりおるんか。あのバカは」

「ん」


 イリーナが頷く。

 彼が目的を果たすためには三人を倒さなければならない。各国で同時に行われている大規模作戦で最強を撃墜するのが彼の役目なのだろう。


「今度こそはウチらが勝つ。そのために兄さんにだって頭を下げたわけやしな」

「ん」


 エンは空の向こうを眺め、イリーナは大変だったと言うように肩をすくめる。

 慣れない戦い方を覚えこませるため、食事と気分転換の意見交換以外は無眠無休での三日間、たっぷりと訓練を積み重ねた。たった三日で、とか言われそうだが彼女たちは天才だ。天才の本気の三日は凡人の十年に相当する。


「ウチらの強さ思い知らせに行こか!」

「んっ!」

「ちょっと待って」


 意気揚々と自分の愛機に乗り込もうとする二人を、シトラは呼び止めた。


「なんや? せっかく気合い入れとったのに」

「リーダーとして、二人に支給品があるの」

「支給品? これって……」


 シトラが手渡したのは大きめのリュックサックだ。パンパンに膨らんでいるくせに妙に軽い。

 エンは肩紐に引っ張るためのロープが付いたこのリュックサックに心当たりがあった。まだ誰にも心を開いていない訓練生時代に何度か背負ったことがあったからだ。


「パラシュートよ。緊急用に全パイロットが支給されているやつ」

「舐めとるんか? 今まで一回も使ったことあらへんやん」

「ん」

”こんなのいらないってシトラが撤廃させた”


 常勝無敗のアタシたちには必要ありませんとシトラが健太郎に大見得を切っていたのは今でも覚えている。

 だが、そのシトラから緊急脱出用のパラシュートを渡された。弱くなったと告げられているような気がした。


「そうよ。でも今回の戦いは違う」


 部下二人に睨まれて、シトラは首を横に振る。


「確かに訓練はしたわ。だけど空に通用するかは分からない」


 シトラの言葉にエンとイリーナは納得せざるを得ない。

 甲破空というパイロットの実力は掴みきれない。シトラたち三人を簡単にあしらったかと思えばスイとは接戦の末に敗れた。共感覚を持っていなかったにもかかわらず天才たちでも簡単に真似できない技を駆使している。

 今となっては三人を倒すために特化しているからということで納得はできるが、それでも戦法を変えたシトラたちがどこまで通用するのかは未知数だ。


「それにあの装甲戦闘機に攻撃が通るかどうかも分からない。タイミングを合わせればいけるとは考えているけど、あの空が簡単に隙を晒すとも思えない」

「勝てるかどうか分からない。そう言うんか?」

「勝つつもりでいるわ。だけど勝てるかどうかは不透明だと思ってる。よくて引き分け、悪ければ全滅だってあり得る」


 エンが問いかけると、シトラはどっちつかずな曖昧な答えを出した。いつも自信に溢れている彼女にしては珍しい。きっとそれだけ空の実力を認めているのだろう。


「だから二人にもこれを渡しておきたいの。四人でまた笑いたいから」

「んー」

”臆病風に吹かれたわけじゃない、みたい”

「せやな。一発ぶん殴らなあかんかなと思ったけど、その心配はなさそうや」


 他人の感情を読めるイリーナが肩をすくめ、嘘か聞き分けられるエンがやれやれと首を横に振る。


「シトラ、ウチはアンタに感謝しとうよ。やからそんな泣きそうな顔せんでえな」

「泣きそうだなんて、そんなことないわよ」


 怖いのだろう。この戦いが。

 シトラと親友同然の付き合いの深さを誇るエンは彼女の気持ちを理解していた。


 シトラは家族を奪われて以来、大切な人がいなくなることを何よりも怖れている。空が健太郎を殺したときもシトラは取り乱し、普段の彼女ではまずしないだろう判断のもと空を追いかけようとしていた。

 だからこそ、シトラはこの戦いを誰よりも恐怖している。戦いが終わったとき誰一人欠けていない可能性はかなり低いのだから。


「ホンマ強がりなリーダーさんやで。ま、いつものことやけど」

「ん」


 イリーナも呆れたように頷く。どうやら彼女もエンと同じ意見のようだ。


「リーダーの貴重な弱気や。これは貰っておく」


 いつも気丈に振る舞っているシトラが持てと言うのだ。断れば命令違反。銃殺刑ものだ。


「やけどウチはこんなもん使うつもりはあらへんで。ラスボスを止めてハッピーエンドといこうや」

「ん」

”任せて”


 エンの豊満さとイリーナの慎ましげさを強調するように、二人は胸を張った。


「二人とも。ええ、ええそうね! 悪役気取りの鼻を折ってやりましょ!」

「オー!」

「んー!」


 目元を指で拭うシトラに二人は片手を上げて、今度こそ最終決戦へと乗り込んだ。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後6時更新予定です。

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