利害の一致
「予想外に時間食ったな……」
イリーナの部屋から出てきた空は肩を落とした。
予定ではもっとスマートに悪役を演じていたんだが。ニヒルな笑みを浮かべて帰るつもりだったんだが。
子供をベッドまで運ぶ父親のようにイリーナを寝かしつける羽目になった。どうしてこうなった。
「いやでも幼い少女を硬い床に転がしとくわけにはいかないし、仕方ないんだうん」
空が原因とは擦り傷だらけだったし。放置したままだと騒ぎになっていたかもしれないし。
空が予定を変更するだけの価値はあった。はずだ。多分。きっと。
「誰に言い訳しとるん?」
「そりゃあもちろん――ってうおっ!?」
「なんやの急に大声出して」
そう言って、青髪の少女は呆れたような表情を浮かべていた。
「いたのか。ていうかいつからいたんだよ」
イリーナといいエンといい、どうしていつの間に接近しているんだ。あれか、最近は後ろから声かけるのが流行ってんのか。
「大きな独り言を言いながらイリーナの部屋から出てきたところからや。まさか空がロリコンやったなんて知りたくなかったっ!」
「違うから! 断じて俺はロリコンじゃない!」
「だって空今までウチがいくら誘惑しても乗らへんかったやんっ!」
「俺は奥ゆかしい方が好きなんだよ! って前もやったよなこのやりとり!?」
「せやな!」
無駄に高いエンのテンションにつられて、隠密行動中の空も声を張り上げる。
一連のやり取りが終わると、エンと空は同時に吹き出した。
「いやー、やっぱ空は空やなぁ。全然変わってへんやん」
「俺は逆に心配だけどな。立場は真逆になったのに」
空はシュテルンの総体であり、エンたちが倒さなければならない最大の敵だ。
なのにエンとのやり取りには距離をまるで感じなかった。一応空は大罪人のはずなのだが、エンの態度はまるで変わらない。
「そうや。会ったらいっぺん聞きたかったんやけど」
「なんだ?」
「空はどうして司令官を殺したん?」
いつも浮かべている笑みが消え、エンが空を睨む。
「ギャップが凄いな。真面目に答えなきゃ駄目か?」
「当然やろ。あっウチに嘘は通じひんからな」
「知ってるよ。誤魔化しも効かないってことは」
どうやらふざけたらいけないらしい。
エンの共感覚は音に色を感じる。嘘の色だって見抜ける。音でしか判別できない劣化版だが、条件がない分空よりも使いやすい。ついでに年季も違うから信頼度も違う。
「お前には言ったっけ。俺が戦う理由を」
「どうやったやろ。覚えてへん」
「俺はな、三人の美少女を守るために戦うって決めたんだ」
どれだけ時間が経とうが、どれだけ自分の立場が変わろうが、戦う理由だけは変わっていない。
空が戦闘機に乗るのは三人を守るためだ。誰かなんて言わない。エン、シトラ、イリーナを守るためだ。
「ふざけてるやろ」
「ふざけてない。大真面目だ。分かってるだろ?」
「嘘やん! だって司令官を殺す理由にはならへん!」
空の言葉に嘘がないと分かっているからこそ、エンは声を荒げる。
「なるんだよ。オレの、シュテルンの計画が絡んでくるんだけどな」
点と点を結ぶ事情はシュテルンでなければ理解できない。エイロネイアとして戦う限り、エンが空の事情を理解することは永遠にない。
「俺は戦争を終わらせたい。オレはシュテルンを勝利に導きたい。利害の一致ってヤツだ」
「だから司令官を殺したん? そんな理由で?」
「ああ、健太郎がいる限り戦争は終わらない。どれだけ完膚なきまで叩き潰そうとあいつは必ず反抗勢力を築く。元は絶たないと駄目だった」
半分はこじつけだ。空はもともと健太郎を殺すつもりはなかった。話し合いで平和に血を流さず解決できると本気で信じていた。
だけどシュテルンの総体の計画では、空が健太郎を殺すとなっていた。下手な情けをかけないように、情に流されないようにするための処置として。
健太郎の最期の言葉が恨み節だったなら、空は自分の頭を撃ち抜いていただろう。
「終わってへんよ。まだ戦争は続いている」
「兵士のほとんどが消えたのに?」
「まだウチらがいる」
エンがはっきりと告げ、空はヘラヘラと表情を崩していた。
いつもと似たやり取り。だけど立場が逆転したやり取りだ。
「勇ましいな。でも勇気と無謀は違うぞ?」
「言われんでも分かっとうよ。吠え面をかくんはそっちやけどな」
「楽しみにしてるよ」
最終決戦はもうすぐなのだから。
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次回は今日午後6時更新予定です。