やっぱりまだ
空間が歪み、一人の男がステラに降り立った。
「随分と久しぶりだな。まだ一か月ぐらいしか経ってないはずなのに」
音もなくかつて暮らしていた敵の本拠地に現れた空は、懐かしさから目を細める。
適当に広い場所を選んだからか、食堂に来てしまったらしい。色褪せてはいるが色々と思い出がある場所だ。あまりの懐かしさに涙が出てきそうだ。
「ん」
「そして自然に俺のそばにいるなお前は」
いつの間に袖を掴んだんだまったく気付かなかったぞ。
厨二病感溢れる特製コートを見ても無表情のイリーナに、空はたまらず苦笑した。
「ん?」
”どうしてここに?”
イリーナが小さく首を傾げる。以前なら手放しで可愛いと言えていたんだが、今は若干怖くもある。
「どうしていつもシュテルンの発見が遅れると思う? 答えは簡単、お前らの持ってない技術を持っているからだ」
例えば転移装置とか。この黒コートだってこちらの世界ではオーバーテクノロジーだ。見た目はもう少しどうにかならんのかとも思うがアガペの趣味なので仕方がない。
シュテルンはいくらなんでも手を抜き過ぎではないだろうか。
「んーん」
”そんなことが聞きたいわけじゃない”
「分かってるよ。だからはぐらかしてんだ」
仮にも敵同士なのに、どうして易々と目的を教えると思ったんだ。
イリーナは眉を二ミリぐらい寄せた。どうやら空の感情を読んで、話する気がないと理解したらしい。
「よく俺に気付けたな。一応レーダーにも映らないはずなんだが」
何のためにこんな黒コートを着たと思っているんだ。気分が高ぶっただけじゃないか。
空は割とコートを気に入っていた。ツンデレである。
「ん」
「だよな。やっぱり共感覚ってチートだよ。手に入れて初めて分かったっての」
予想はできていた。というかイリーナと言えば共感覚みたいなところがあるし。
ただ同じ能力を手に入れて改めて思うがイリーナの共感覚は優れ過ぎている。シュテルンとの間にドラマがあった空の完全上位互換なのだから、あまり面白くない。
「ん?」
「お前には俺が見えているんだろ? しかも普通に会話もできる。こちとら隠密装備だってのに、何一つ通用しねえ」
アガペがデザイン監修した黒コートは認識阻害の機能を持っている。機械に探知されないのはもちろん、空がわざと電源を切らない限りはステルス機能によって人間の目ですらも誤魔化せる。
コート以外にもあれやこれやと準備してきたのに、イリーナのせいで台無しだ。
「ん」
「無駄だってのは痛感させられたって……帰ったら改良するかな」
重たい溜息を吐いて、空は手をヒラヒラと振って食堂を出ようと歩き出す。
背後から金属音がした。聞き間違いじゃなければ、ホルスターから拳銃を抜いたような音だ。
カチャ
「……何のつもりだ?」
「ん?」
”敵の自覚がないの?”
「ああそっか。初めからそれが目的ってわけね。まあ当然か」
振り返ると無表情のイリーナが拳銃を構えていた。
空はへらっと笑って両手を上げる。一応対策はしているが、当たり所が悪ければ即死だ。脳裏に嫌な予感がよぎる。
「いい目だな。殺意が見える」
「んっ!」
”動かないで!”
ゆっくりじりじりと歩み寄ると、予想通りのつまらない言葉と共に拳銃がピクリと動いた。
「撃つ気がないくせに何言ってんだ」
「んーん」
イリーナが首を横に振る。どこかの誰かと違い、引き金に指がかかっていた。
「じゃあどうしてセーフティがかかってるんだ?」
ハッタリだ。
「んっ!?」
空の指摘を確認しようと意識が拳銃に向けたイリーナ。空はその隙に距離を詰め、手を引っ張るようにして片手で投げ飛ばした。いくら肉体改造をしたからと言っても、小柄な彼女が相手でなければ不可能だろう。
イリーナは食堂に置かれていた椅子やテーブルをなぎ倒しながら地面を滑った。凄く痛そうだ。
「やっぱりまだ子供だな。敵の言葉を簡単に信じるんじゃねえよ」
空は投げ飛ばしたイリーナに近付く。途中落ちていた拳銃を回収することも忘れない。これで形勢は逆転した。イリーナに不意をつかれることはない。
「――んん」
「まだ動けるか。どうも手加減しちまう自分がいるな」
呻き声を出して抵抗しようとするイリーナを前に、空は懐からスタンガンを取り出して彼女の首に当てる。
スタンガンを当てる
「っ」
スイッチを入れるとイリーナの体は一瞬跳ね、そして気を失った。
「安心しろ、傷一つ残さない特注品だ。聞こえてないだろうけど」
空はスタンガンを懐にしまい直して、届かない説明をする自分に呆れた。
「初めて会ったときとは立場が逆転したな……さてと、こいつの部屋はどこだったかな」
イリーナをお姫様抱っこで抱き上げる空は、疲れた娘を運んでいるようにも、子供を誘拐する不審者のようにも見えた。
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次回は今日午後12時更新予定です。