活路
「なんやねん、あれは」
たった一機に味方が全滅させられるという光景を目の当たりにしたエンが、艦橋で唖然としていた。
艦橋は船の要。本来ならたくさんの乗組員が忙しなく動いているが、今は誰もが手を止めエンと同じ顔になっている。
「シュテルンの新型? でもどうして今になって」
艦橋から呼び出された司令官代理。エースパイロットたちはその剣幕に引きずられるようにして艦橋にやってきた。
ついてきてよかったと思う。もしも初見で相対していれば、あまりに圧倒的な機体の性能差に焦りを抱いていただろう。
「最終決戦が近い証拠なんだな。恐らく試運転を兼ねたデモンストレーションってところじゃないかな?」「デモンストレーションって、こっち側の戦力は壊滅してんねんで。もう勝負は決したようなもんやないか」
スイは正確に相手の思惑を読み取り、エンが最終決戦を待たずして敗北したと告げる。
艦橋にいる他の乗組員もエンと同じ意見なのか、誰も反論しようとはしなかった。それどころか頷いている人までいる。
諦めるなと言いたいところだが、戦えない人間の絶望はシトラよりも大きいのは容易に想像がつく。一般論ではエイロネイアは壊滅した。後はどのタイミングで白旗を振るかぐらいしか考えることはない。
――本来ならば。
「んーん」
イリーナが首を横に振った。
彼女の言いたいことは理解できない乗組員たちも、吐息交じりの声に乗っている力強さに気付いて顔を上げる。
「イリーナの言う通りよ。まだ戦争は終わっていない」
「そうだな。まだボクたちの最大戦力は残ってるな」
シトラが頷き、スイはシトラ、エン、イリーナの順で目配せする。
まだ、まだエイロネイアの戦いは終わっていない。三人の最強がまだ残っている。
エイロネイアを壊滅状態まで追い込んだのはたった一機の新型機だ。一機が相手なら三人いれば事足りる。
「そしてアタシたちこそが黒い新型機パイロットの狙いね」
「ん」
シトラの予想にイリーナは小さく頷いた。
艦橋にいるほとんどの人間は気付かなかったみたいだが、共感覚を持っている四人は気付いていた。
あの新型機のパイロットは、常にシトラたちしか見ていなかった。
「尋常やないプレッシャーやったけど、あの気配はやっぱり」
「それは分からないわ。でも、シュテルンはアタシたち三人を目の仇にしている」
「んーん」
イリーナがシトラの袖を掴み、首を横に振って否定する。目を背けてはダメだと注意してくる。
「まだ空だと決まったわけじゃない。アタシたちをコピーしたぐらいだから、空だってコピーされているかもしれないじゃない」
真実から目を背けている色を感じたイリーナは、味方になってくれそうな人間にちらりと視線を送る。
「ボクは何も言うつもりはないな。三人のコピーという話自体初耳だしな」
イリーナに目で訴えられたスイは肩をすくめ、力にはなれないと言外に語る。
「今はあの機体の対抗策を考える方が大事よ。どう思うスイ?」
「装甲の厚さだけでもボクらが勝利の道は大分閉じられたな。部下たちの集中砲火を食らっても無傷だったってことはボクとエンが一点集中しても突破できない可能性が高いな」
指揮官としてシトラがたずねると、すぐにもう一人の指揮官であるスイが答える。
彼の分析はシトラとほとんど同じだった。武装についてはどうとでもなりそうだが、装甲だけはしっかりと対策を練らなければならない。こちらの攻撃が通じないと話にならないからだ。
「ウチも兄さんも優先しとんのは攻撃範囲やからなぁ。一撃の威力はほとんど変わらへんし」
紅龍、蒼龍、黄龍の中でも、火力に特化しているエンが装甲を正面から破るのは無理だと断言した。
エンが無理なら、当然シトラやイリーナも正攻法では敵わない。
「ん」
”でも勝てないわけじゃない”
イリーナの言葉に、他三人も頷いた。
「活路はある。なんかよく分からない小さい奴を出す瞬間とあのレーザーを出す瞬間」
「そのときだけ装甲が薄くなる、か。簡単やとは思えへんな」
小さなミサイルのようなものを出す間隔はとても早く、狙うのはかなり難しいだろう。味方をまとめて薙ぎ払ったレーザーはチャージタイムがある分狙いやすいだろうが、下手すれば呑み込まれる可能性がある。どちらのタイミングを狙っても無事で済む可能性は低かった。
「だけど落とすとしたらそのタイミングを狙うしかないな。君たちにしかできないな」
「簡単に言ってくれるで」
「ん」
司令官代理の無責任なプレッシャーに、エンとイリーナがうげぇと顔をしかめた。
「でもそうね。アタシたち以外には不可能でしょ」
「せやな」
「ん」
続く自信に溢れた言葉に、部下たちは呆れかえって苦笑いを浮かべていた。
どんな状況であっても、それこそ絶望の淵に立たされようとも、変わらないシトラの態度は頼もしかった。
「任せたんだな。部下の仇、しっかり取ってきてほしいな」
司令官代理に、三人は敬礼で返した。
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