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根本から変える

『それじゃ手始めに模擬戦をするんだな』


 シミュレーション室にて、使われなくなった空のシミュレーション機に乗り込んだスイが言った。


「それはいいけど、三人相手よ?」


 シトラは不満そうに鼻を鳴らす。

 シトラの紅龍の近くに蒼龍と黄龍の姿があり、対峙するようにスイの機体と向かい合っていた。

 スイの技量はエン以上シトラ未満だったはず。シトラたち相手に勝てるとは到底思えなかった。


『心配はいらないな。あくまでも手慣らしだからな』


 シトラの不機嫌など気付いていないとばかりに、スイの口調は軽やかだ。絶対に勝つという強い思いも感じ取れない。あくまでデモンストレーション。勝算があるというわけでもなさそうだ。


『自信があるってわけやなさそうやな』


 相手の話を聞くことに特化しているエンもシトラと同じ見解のようだ。


「そうね。ぱぱっと片付けましょ」

『ん』


 紅龍たちが、人類最強の三機が動き出す。同時にスイの機体から三本のミサイルが撃ち出された。


『『「なっ!?」』』


 三か所同時に火花が散り、シトラたち三人は声をはもらせる。

 スイは三機を一瞬で撃墜してみせたのだ。空を彷彿とさせる鮮やかな手際だった。


「こんなところかな」


 シミュレーション機から出てきたスイは、偉業を達成したとは思えない軽やかな口調のままだ。

 初めから三人を瞬殺できると考えていたとしか思えない。


「な、ななな何をしたわけ!?」


 動揺を露わにしている三人を代表して、シトラが震える声でスイに詰め寄った。


「空君が言ってなかったかな? 君たちのパターンを読んでいると」

「聞いたことないわ」

「せやな。ウチもそんな話は聞いたことあらへん」

「ん」

「勝つ理由を話してなかったのかな? それも当然だな」


 首を横に振る三人に、スイは首を傾げた後に納得したように頷いた。

 自分の強さの秘訣をべらべらと語りたがる人間はいないだろう。命がかかっているのだ。ネタバラシは死に繋がる危険性がある。


「空君はどういうわけか君たち三人の動きをほとんど完璧に把握しているんだな。誰がどう動いてどうすれば落とせるのかを完璧にな」


 スイは人差し指を立てて種を明かす。

 スイと空の違いはそれぞれの立場だ。空がシトラたちと一緒に戦っていた頃はシュテルンの一員だと自覚していなかったはずだが、無意識で自分が不利になる情報を話さないようにしていた。

 スイは反対にシトラたちを鍛えなければならない。当然彼が気付いた弱点は教えないといけないし改善してもらわなければならない。情報を隠す利点は存在しなかった。


「ちなみにボクは完璧に把握なんてできないから最初の挙動だけを覚えたんだな。後はミサイルを任意で撃てばご覧の通り簡単に落とせたんだな」

「……だからアタシたちがいくら頑張っても勝てなかったのね」


 スイは簡単なことのように言っているが研究に費やした時間は計り知れない。

 相手の動きのパターンは最初だけでもかなりの数になる。シトラたちは機械ではなく人間だ。パターンはかなり複雑になる。

 慣れない仕事の片手間で覚えるには、かなり骨が折れただろう。


「でもウチらの動きなんていつ見たんや? 出会ってすぐのときからウチらは勝てへんかったで」

「空君はシュテルンだな。だから情報は山ほどあったと思うんだな」

「そういえば空は異世界から来たって言ってたわ。もしもその異世界がシュテルンの世界で、アタシたちを倒すために研究していたとしたら、完璧に把握してても不思議じゃない」


 シュテルンは信号機の戦闘データをひたすら記録していき、ゲームに反映させ続けていた。空は増えていく行動パターンを逆算していき、最終的にはゲームをクリアした。

 シトラの言う通りのことをシュテルンと空は実行していた。さすがシトラとしか言いようがない的中率だ。


「なら空は初めからウチらを倒すことに特化しとったんか」

「そうね。しかもアタシたちは意地になって何度も空と模擬戦をした。情報を与え続けていたみたいね」

「それはシトラのせいやん」

「うるさいわよ。今はどうやって倒すかを考えないと」


 その場にいた全員から呆れたような視線を叩き付けられて、シトラは強引に話を変えた。


「対策はそう多くないんだな。機体の性能は司令官がいない以上どうしようもできないんだからな」

「空の言葉を信じるなら司令官もシュテルンだった。多分司令官の役目は内部から強敵を作り出すことだったんでしょうね」


 指揮官二人がしてやられたと同時に頭を抱える。

 ここに来て初めてシュテルンの目的を理解した。見事手の上で踊らされていたらしい。


「強敵を作ってどうするんや? 自分らの首を絞めるだけやん」

「でも対策を取りやすいでしょ? エースに全部任せる方針を取れば戦力の増強は抑えられるんだし」

「ボクらが自力で戦力を募らせたところで勝てないような機体を用意すれば頼らざるを得なくなるな。ブラックボックスが多いわけだな」


 事実日本はシトラたち三人で守ってきたわけだし、メルセデスという強力な機体を一兵卒に任せるのは荷が重い。

 信号機が特別優れた性能なのは開発に健太郎が加わったからだ。武装を作る段階からシュテルンの息がかかっていた。


「まあいいわよ。過ぎたことは」


 シトラの言葉に司令官代理も同意した。

 最初から手の上で踊らされていたとしても、エイロネイアは勝利しなければならないのだ。


「それで、どういう対策をするんや?」

「決まってるんだな」

「そうね。一つしかないわ」


 エンが首を傾げて、司令官代理と優秀な軍略家は同時に頷いた。


「アタシたちの戦術を根本から変える」


 それは単純な作戦だった。


「火力特化の蒼龍が陽動を担う。速度特化の黄龍が火力を担当する。そして前線を維持するアタシが後方支援に徹する」

「簡単ではないだろうな。染みついた動きを一度白紙に戻すのはな」

「せやな。猛練習せなアカン」

「ん」


 シトラの言葉に他三人は渋い顔で頷いた。

 彼女たち三人の動きはパターンとなるまで体に染み付いてしまったものだ。歴戦のパイロットだからこそ手に入れられた強さの証でもある。

 その証を捨て、新しい戦闘スタイルを確立する。実力者だからこそシトラの策は難易度が高かった。


「でも空に勝つにはそれしかないわ。幸い前線維持はアタシたち抜きでも大丈夫なわけだし」

「心配するな。ボクの部下は優秀だからな」

「時間はたっぷりあるってわけやね」

「ん」


 実戦で訓練してはダメだ。シトラたちの動きをシュテルンは記録しているからすぐに看過されて空に対策を練られてしまう。しかし彼女たちの体に定着させるためには今までの戦い方を封印した方がいい。つまりシミュレーションで訓練しつつ実戦では隠すなんてことはできない。

 各国から戦力が集中している今の状況でなければ断念していただろう。


「入隊してすぐを思い出すわね。あの頃も休憩はほとんどなかったっけ」

「嫌やなー。ウチの完璧なプロポーションが崩れるやん」

「ん」

「分かっとうよ。空を連れ戻すまでは頑張りますとも」


 年下に注意されて、エンは諦めたように唇を尖らせた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後12時更新予定です。

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