絶対に勝てない
艦橋に向かいながら、シトラは頭を抱えていた。
「結局思いつかなかったわ」
「でもせなアカンことは分かったやん」
「ん」
両隣を歩くエンが呟き、イリーナも頷く。
「そうね。現状アタシたちは空より弱い。連れ帰るにしろ倒すにしろまずは強くならないと」
シトラたちはまだ一度も空に勝てたことはない。よくて引き分け。しかも彼が狙うか油断しているときだけの勝率だ。
強くならなければ、言葉は届かない。
「だからボクの邪魔しに来たのかな?」
スイが呆れたような視線でシトラたちを睨んだ。その目はうんざりだと語っている。
「兄さん暇やろ?」
「君たちと一緒にしないでほしいんだな」
「何よ釣れないわね」
同じパイロットじゃない。そっちは司令官代理としても働いているみたいだけど。
同期が上司になってしまったので、シトラはまだ敬おうとは思えずにいた。
「君たちは強いから出番を失ったんだな。今更鍛えたところで意味があるとは思えないんだな」
シトラたちには待機命令が出されている。理由は簡単、シトラたちが出るまでもないぐらい、戦力が集中しているからだ。
エースパイロットが出る必要がないのなら、温存したいと考えてもおかしくない。健太郎の考えだから、シトラも文句を言うつもりはなかった。もちろん本音ではもっと戦いたいと思っている。
「んーん」
「イリーナの言う通りや」
イリーナは首を横に振って、スイの言葉を否定する。
「空はアタシたちじゃ絶対に勝てない。何回も対戦したアタシが言うんだから間違いないわ」
「うわーぉ、シトラが言うと説得力がちゃうなぁ」
「何。喧嘩売ってるわけ?」
エンが口元を手で隠して呟く。隠しているつもりみたいだが、口元がニヤニヤと歪んでいるのはすぐに理解できた。
「ウチはタイマンで引き分けまで持っていったし」
「ん」
”そもそも対戦してないからあまり負けてない”
「んぐっ」
勝ち誇った顔になるエンと相変わらずの無表情であるイリーナに痛いところを突かれて、彼女たちの上官でもあるシトラは唸った。
「シトラだけやん。積極的に対戦したの。それで一度でも落とせたんかいな?」
「ないわよ。空が自爆でもしなかった限り」
「ボクは空君を一度落とせたんだな」
「んぐぅ」
スイも勝利を掴んでいた。しかもシトラたちの目の前でだ。こればかりは否定しようがない。
今気付いたが、もしかしたら空相手に敗北を積み重ねていったのは自分だけではないだろうか。最強だと胸を張っていた間に、いつの間にか追い越されていたというのか。
「まあ冗談はそこまでにしてやな」
シトラが衝撃の事実を前に言葉を失っていると、エンが話を進め始める。
「兄さんはウチらの中でも唯一空に勝てたやん?」
「そうだな」
スイは一度頷いた。
「んで、ウチらは空に勝ちたいやん?」
「そうなのかな?」
スイは首を傾げた。
「なら兄さんに教えを乞うのは当然の流れやん」
「確かに合理性はあるかもしれないな」
納得したようにスイは何度も頷く。
「せやろ! やから」
「もちろん答えはノーなんだな」
「なんでや!?」
ぱあっと表情を明るくした妹に、スイは無情に首を振った。
期待を裏切られたエンが叫ぶ。イリーナの肩が少しだけ震えていた。見ただけで相手の感情を読める少女はどうやらこの展開を予想していたらしい。
「言ったよな? ボクは忙しいんだな。だから君たちに構う暇なんてないな」
「ならアンタは部下の命を投げ捨てるわけ?」
「……何か言ったかな?」
やはりエンでは話にならないようだ。まあ兄妹喧嘩のときも終始言い負かされていたから予想通りと言えば予想通りだが。
正気に戻ったシトラの言葉に、スイは片眉を上げて訝しんだ。
彼は優秀な指揮官だ。常に部下の安全を最優先に考えて行動するような男だ。部下を大切にすれば結果的に効率がよくなっていると知っているような男だ。
だからシトラの言葉を、スイが聞き逃せるわけがなかった。
「空は場をまとめる能力こそ高かったけど、決してリーダーに向いているとは言えなかった」
何度か彼の機転で救われたことがあったけど、それでも単独で行動することのほうが圧倒的に多かった。彼が万全に戦えるようフォローに回るのが、彼が来てからのシトラたちにとって最適解だった。
空はリーダーに向いていない。相手に自分と同じ技術を要求するような奴は場を乱すだけだ。
「そうだな。カリスマだけで兵を率いるのは難しいからな。どんな劣勢でもひっくり返す頼もしさに機転の利いた策の考案が最低でも必要だな」
「そう。空にはその二つが足りていない。何故ならアタシやアンタみたいな優秀な指揮官が常にいたから」
「自画自賛、といいたいところだけど事実そうだから何も言えないな」
褒められては悪い気がしない。そして、シトラの評価は決して自惚れではない。
空が最強でいれたのは、彼の強さを知った優秀な指揮官が活躍できるよう手を尽くしたからだ。きっと空一人だったらここまでの戦果はあげられなかっただろう。
「そして空は自分の弱点を放置するほど自信家じゃない。絶対に克服させてくる」
「努力家だとでも言いたいのかな? それがどうしてボクの部下に関係してくるのかな?」
「決まってるわ。空にとっての脅威はエース級のアタシたちじゃなくて、有象無象の一般兵たちだからよ」
シトラの言葉に、スイだけではなくエンやイリーナも反応した。
「空は現状最強のパイロットよ。この場にいる四人じゃ空には敵わない。流れ弾の方がまだ脅威になるはず」
「ボクたちでは止められない上に彼は脅威を先に潰す性格だな。だから部下が死ぬというわけかな?」
「そうよ。空を倒すためにはアタシたちが強くならなければならない。それが結果的にエイロネイアを救う」
空はシトラたちの動きをほとんど完璧に読んでいる。集団戦でも連鎖爆発があるから無双できる。
だが空にだって弱点がある。それは連鎖爆発を強敵相手には使えないということだ。
エンの話だと連鎖爆発をするには集団の動きを一機残さず見通さなければならない。終わった後は頭痛が起こって知恵熱が出るのだそうだ。それだけ神経と頭を使うのだろう。
集中していなければ使えない技。強敵も同時に相手をすれば、集中力が削がれて使えなくなる。
落とせないのなら、まぐれが起きる可能性も高くなってくる。
「なるほどな。一理あるかもな」
スイは一度頷いて、腕を組んで考え込む。
多分彼の頭の中ではシトラの言葉の正当性を検討しているのだろう。
「分かったんだな。君たちの訓練プログラムを特別に組んでやるんだな」
頷いて一番欲しかった言葉を出したスイに、シトラたちはガッツポーズをした。
「ただし覚悟するんだな。君たちには休憩する暇もないんだからな」
「上等よ」
脅してくるスイに、シトラは不敵に笑った。
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