賛成
「さてどうしましょうか」
シミュレーション室でシトラは顔の前で両手を組んだ。
「ん」
”議長。議題が不透明です”
イリーナが手を上げて立ち上がり、抱いていたんだろう疑問を口にした。
なるほど貴重な意見をありがとう。
「あらそう? 言わなくても分かるでしょ?」
ただまあ意見を聞き入れるかどうかは別の話だが。
「それは乱暴すぎひんか? 確かに分かるけども」
「ほら分かってるじゃない」
エンが呆れているが、シトラはその理由が分からなかった。
「どうすれば空を連れ帰れると思う?」
「難しい、やろなぁ」
「……ん」
「そうね。とても難しいと思うわ」
エンとイリーナが唸るのを見て、既に何度も考えていたシトラはあっさりと現状の難しさを認めた。
エイロネイアに所属する三人は空に接触する方法を持たない。シュテルンの本拠地を知らないからだ。だから空が望まない限りは三人は説得することすらできない。
「そもそもなんだけど」
シトラは二人の顔を交互に見つめる。
「二人は空を連れ帰ることに賛成してる?」
「突然何を言い出すんや」
「ん」
二人がしかめっ面になってシトラの言葉の真意を探ろうとする。
ここで怒鳴られないのはシトラたちの信頼が固いからだ。スイやネオン教授が同じことを言えば、きっとエンは怒鳴り声をあげていたしイリーナも不機嫌そうに眉を動かしただろう。
「スイが言っていたわ。空は司令官を殺した。もうアタシたちの敵なんだって」
言われた直後はカチンと来た。だが今は違う。
「確かにスイの言う通りだと思う。空は司令官の仇でシュテルンの一員。敵だって言われれば頷くしかない状況よ」
空はシュテルンだと名乗り、足取りはまったく掴めない。嘘だとしても本当だとしても、健太郎を殺した以上彼はエイロネイアの敵だ。
敵は殺さなければならない。それがかつての仲間だったとしても。
「もしも二人が空に対して恨みを抱えているのなら、この場から出ていってちょうだい。アタシは一人でも空を連れ帰るつもりだから」
シトラは空を殺したくない。
彼だって立派な部下だ。そして仲間以上の強い繋がりを求めている。
もう大切な人を失いたくはない。だからシトラは誰に反対されようと彼を連れ戻す覚悟を決めていた。
「ウチは空に借りがある。兄さんとのいざこざに巻き込んでしもうた借りが」
二人の反応を待っていると、ポツリとエンが口を開いた。
「せやからウチは空を死なせるわけにはいかん。借りを返さなウチの気がスマン」
エンはシトラに視線をぶつける。覚悟の決まった視線で、彼女のリーダーに訴える。
「ん」
”空は私を助けてくれた”
エンに気圧されていると、イリーナも小さく頷いた。
「ん」
”シュテルンに操られている可能性もゼロじゃないから、私は戦う”
イリーナの動かない表情からは、共感覚を持っている人間にしか気付けない覚悟を感じ取れた。
「二人とも……」
二人の覚悟に、不覚にもシトラの瞳は潤んだ。
スイは空を敵だと断言した。
状況は確かに彼が敵だと物語っている。だけどシトラはどうしても彼を連れ戻したいと考えていた。
だが信頼している二人に拒絶されてもまだ祈り続けられるかどうか自信がなかった。エンとイリーナのどちらかがスイと同じ結論を抱いていたら、空を連れ帰るという願いが叶えられるか分からなかった。
エンとイリーナがシトラと同じ未来を描いていると知っただけで、彼女は込み上げてくるものがあった。
「まっ、司令官には悪い思うけどな」
「そうね。誰も司令官の仇を取ろうとしてないもの」
ヘラッと笑うエンに釣られて、シトラも笑みがこぼれる。
空が健太郎の仇なのは間違いない。だけど誰も復讐に走らない。あの世にいる司令官は不本意だろう。
「ん」
「そうね。空の人望だからこそ」
嫌いというわけではない。健太郎にはお世話になった。すべてを奪われて絶望していたシトラに前を向かせてくれたのは司令官がいたからだ。彼がいなければ大切な三人の仲間に出会うこともなかった。
心の底から健太郎には感謝している。だけどそれ以上に、三人は空を大切に思っていた。
「違うでシトラ」
「ん」
「えっ?」
エンとイリーナが首を横に振って、二人の言いたいことを予測できなかったシトラは戸惑った。
「空もウチらの仲間やからや」
「……そうだったわね」
断言するエンに、シトラは胸の奥に安堵が生まれた。
彼はまだ敵ではない。大切な仲間の一人なのだ。
「なんや忘れとったんか。ホンマ困ったリーダーや」
「じゃあ優秀なエンは空の救出作戦に心当たりがあるのね?」
「んげっ、それは卑怯やないか?」
「ん」
ニヤニヤと笑うエンにシトラが言い返すと青髪の少女は困ったように眉を寄せる。
イリーナは二人のやり取りを、楽しそうに聞いていた。
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次回は今日午後6時更新予定です。