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初めまして

「ここは……」


 目が覚めると、空は見慣れた部屋にいた。

 三千年前に住んでいた、空が生まれ育った家。そのリビングに彼はいた。風化した記憶の中でもしっかりと覚えている光景だ。懐かしくて涙が出そうになる。


「空」


 名前を呼ばれた。

 空が声の方向へと顔を向けると、メガネをかけた男性と朗らかに笑う女性が立っていた。どちらも壮齢だ。顔に薄く刻まれたしわの一つさえ懐かしい。実際に口にすればぶん殴られるから絶対に口には出さないが。


「……久しぶり、いや初めましてかな? 二人とも」


 甲破空を育ててくれた両親。そしてシトラを生み育てた男女に、空は何とも言えない顔になった。

 空にとって彼らは確かに両親だ。だけど彼らにとって空は息子ではない。養子と呼んでくれるのならまだマシだ。

 空はシュテルンの総体。二人を拉致して娘から引き剥がした根源の悪なのだから。


「大きくなったな。大人っぽくなった」

「ええ。ゲームセンターに通ってたときはどうなるものかと思ってたけど、立派になったわ」

「悪かったよ。心配かけて」


 しみじみと語る二人に、空は苦笑いを浮かべた。

 その節は本当に迷惑をかけました。


「もう父さん母さんとは呼んでくれないんだな」


 男性が寂しそうな顔で言った。


「当たり前だろ。俺の本当の両親じゃない人を呼べはしないよ」

「全部知ってるのね」

「俺はオレと一緒になったからな。大変だったんだぜ? 敵だった俺を懐柔しようと色々な手を使われたんだから」


 三千年放置されたりずっと語り掛けてきたり親友を殺させたり。

 計画の内だったとはいえ、よく発狂せずに従っていられると自分でも思う。仲間の存在が無ければとっくに壊れていただろう。


「知ってるわ」


 女性が張り裂けそうな顔で言った。


「母さんも、もちろん父さんも空に起こった全部を知ってる」

「記憶、戻ってたのか」


 空は少しだけ目を丸くして呟いた。

 シトラの両親はシュテルンに拉致されて世界を渡った。あの世界には他にも移住者がたくさんいる。

 だが、暴動は起きたことがない。空は聞いたことがない。それはなぜか。

 簡単だ。元からその世界が自分たちの世界だと認識させれば、世界を渡ったと考えることすらない。つまりは洗脳だ。


「じゃあ、俺は罵られるってわけか。それとも殴られるのかな?」

「どうしてそう思うんだ?」

「だってオレはあなたたちの記憶を弄った。そして俺は、これからあなたたちの最愛の娘と殺し合いをしようとしている」


 理由は知らないが二人の洗脳は解けている。

 空は、シュテルンの総体は家族を引き裂き自分の子育てを押し付けて、そして家族と殺意をむき出しにした戦いを仕掛けようとしている。

 二人の立場は相当ひどい。怒っていたとしても不思議ではない。


「恨まれても仕方がないと俺は思ってるよ。それだけひどいことをした」


 どんな処分でも受け入れると空は両手を広げた。夫婦は考え込んでいるのか二人で見つめ合った。


「そうだな。空がしてきたことは許されるものではない。いくら大義があったとしても」


 女性が近付いてくる。そのすぐ後ろには男性も並んでいる。順番に殴られるようだ。

 それでいい。空を殴ることで多少でも気が晴れるのなら、喜んで暴力を受け入れよう。


「――それでも、空は私たちの大切な息子よ」


 女性に抱きしめられた。


「よく頑張ったわ」


 心が崩れてしまいそうになる言葉が、空に注がれた。


「っ! でも俺は――」


 それだけは。その言葉だけは受け入れられない。

 罪を赦されることだけは、許容できない。


「あなたは世界を、私たちの娘を助けようとしている。何の義理もかかわりもないのに、自ら進んで憎まれ役を演じている」


 そう。そうだ。空は憎まれなければならない。だって空は悪魔のような所業に手を染めて、たくさんの人に憎まれている。恨まれている。殺そうとされている。

 その先に唯一少女たちを守れる道がある。茨であろうと、どれだけ傷つこうと進まなければならないとならない。

 空はたくさんの人を傷つけた。だから今度は空が傷つく番なのだ。


「私たちがどうしてあなたを責められるのでしょう。大切な息子が一人で傷つこうとしているのに」

「俺は、おれは、あなたたちの本当の息子じゃない」


 涙腺が勝手に崩れようとしている。ダメだ。憎悪を抱いている人間の前で弱みを見せてはならない。

 女性の腕から逃れるために、空は両手で彼女を押しのけようとする。なぜだか力が入らない。


「血の繋がりは確かにない。でも家族に血の繋がりなんて関係ない。それは空も知ってるでしょ?」

「ああ」


 空は女性の胸の中で頷いた。

 否定できるわけがない。何故なら空は二人を本当の家族だと思っているし、ステラに乗っている人間たちも家族だと感じているからだ。

 血の繋がりの有無で家族か否かを決めるということは、空が大切だと思ってきたすべてを否定することに他ならない。


「なら私たちはあなたの両親よ。母さんに存分に甘えてもいいの」

「……ああ。そうするよ」


 押しのけようとしていた手で空は自分の母親を強く抱きしめる。

 そして、涙腺と一緒に崩壊しようとしていた鼻をすすった。


「よしっ」

「ちょっと空……まったく」

「はははっ大人になったってのは訂正だな。まだまだ悪ガキだ」


 父親が楽しそうに笑っていた。元の世界でもこれほど豪快な笑い方はしなかった。


「親父――へぶっ!?」

「これで説教は終わりだ」

「いてて、説教っていうか鉄拳制裁だけどな」


 殴り飛ばされた空は、左頬を押さえながら苦笑する。

 求めていた対応だった。しかし、何故か父親の拳は暖かかった。込められているものが違うからだろうか。


「勝ってこい空」


 父親の言葉に、母親も頷く。

 二人は空に触れた。だから空には二人の本心が読める。二人とも嘘はついていなかった。


「いいのか? 二人の娘は相当な負けず嫌いだぜ?」

「構わん。天狗の鼻を折るのも教育だ」


 まあ確かに天狗ではあるか。

 父親の言葉に空はまた苦笑する。この人と話をしていると苦笑しっぱなしだ。


「お前は何一つ負い目を感じなくていい。もともと父さんたちの問題だったんだ。お前はただ助けようとしているだけなんだ」


 シュテルンが人間を拉致しているのは世界の寿命が短くなっているからだ。その世界に住む人間たちが何も考えず、寿命を縮めさせているからだ。

 見方によっては、シュテルンは救世主でもある。事実総体は救済だと思って行動していた。


「理屈ではな。でも実際は家族を引き裂いてる。悲しみを作ってる」

「何事にも犠牲は付き物だ。誰も死んでいないだけマシだろう」

「マシって、まあそうなのかもしれないけど」


 これほど暴力的な理屈の持ち主だっただろうか。それとも記憶が戻ったからだろうか。さすがシトラを育てた人である。


「お前が勝て」


 父親が、空の胸に拳を軽く当てる。


「正義の味方は空だ。だから勝て。自分の正義を証明してみせろ」

「わぁったよ。親父にそこまで言われたら勝つしかないもんな」


 親が期待しているのなら、それに応えるのが子供ってものだろう。

 まあ血は繋がってないし、何なら空は心配ばかりかけてきた親不孝者だが。


「孫の顔を早く見せてくれ。そしたらまどろっこしい倫理なんて関係ない」

「これから殺し合いに行こうとしてる息子に何てこといいやがる」


 最後まで苦笑して、手を振りながら消えていく二人に、空は笑顔で手を振り返した。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後6時更新予定です。

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