大した話
「ただいま」
「どやったシトラ!? 見つかったか?」
ステラに帰還したシトラに、エンは詰め寄った。
「ええ。空に会ったわ」
「ホンマか!?」
「へぶっ!」
さらに詰め寄ったエンは勢い余ってシトラに頭突きを与える。
「いったー。なんて石頭してんのよ」
「シトラに言われたないわ」
シトラに頭突きされた経験があるエンは謝る素振りを見せず逆に責めるような目で睨む。
睨まれたシトラは、自分に非はないとばかりに睨み返した。
「それで空はなんて?」
シトラに勝るとも劣らず、エンも彼の動向を気にしていた。
シトラほどではないが健太郎に恩義を感じていた。だが、空にも助けてもらったと感謝している。
板挟みになったエンの心情は、シトラよりも辛いのかもしれない。
『シトラの家族は、生きてるよ』
記憶の中の空が呟く。
シトラの家族が生きている。安易に信じれられる話ではないが、もしも本当だとしたら彼女が戦う理由の半分は消失する。
「いえ、大した話じゃないわ」
ただ、そのことをエンに言うわけにはいかない。彼女の戦う理由はシトラと違って復讐によるものではない。もしも話をすれば、戦いが無力なものであると理解してしまうかもしれない。
背中を預けられる大事な友人がまた一人、戦場を離れるかもしれない。
「大した話じゃないわけあらへんやん」
言葉の嘘を見抜けるエンが、訝し気に目を細める。
人のことは言えないが、共感覚の持ち主とは面倒なものだ。
シトラはため息を吐いた。どうやら隠し通すのは不可能らしい。
「空が裏切ったのはシュテルンだったからですって。司令官も同じだってのには驚いたけど」
「は、はぁっ!? じゃあウチらは初めからシュテルンの手の上で遊んどった言うんか」
エンがよろめいて、エイロネイアという組織の核心に触れる。
そう。健太郎は、エイロネイアの創設者はシュテルンだった。シュテルンがシュテルンと戦おうとしていたのだ。
空は初めから計画の一つだと言っていた。健太郎は裏切ったのではなく、人間からすれば裏切りだが、シュテルンは敵対組織の存在を自分で作ったのは間違いない。彼らからすれば、シュテルンに歯向かおうとするシトラたちはさぞ笑いの種になっただろう。
「そうなるわね」
「そうなるわねって……反応ドライすぎひん?」
「アタシは話を聞いてきたもの。聞いてすぐのエンとリアクションが違うのはしょうがないじゃない」
聞いてもエンほどは驚かなかったが。他にも色々聞かされたわけだし。驚くような内容がポンポン出てきて感覚がマヒしてしまったのは確かだろう。
もしかしたら空はエンのような反応を期待していたのかもしれない。シトラはちょっとだけざまあみろという気分になった。
「それにアタシ、優秀な軍略家だし」
「今の落ち着きっぷりを見るにあながち間違いやないんやろな」
「最初から間違ってないっての」
シトラが半眼になってエンの肩を軽く小突いた。
ずっと言ってきたのに信用していないなんて、この部下は本当に可愛げがない。
「ん? シトラ、なんか変やで?」
「えっ? 何が?」
「ちょっとジャンプしてみ?」
色々説明を聞きたい気分だったがエンを信用しているので、シトラは頭にハテナを浮かべたままその場で二回ジャンプした。
「全然揺れへんな」
「ぶっ飛ばすわよ」
急に何を言い出すかと思えば、そんなに取っ組み合いの喧嘩をご所望か。
シトラの額にはいくつもの青筋が浮かんだ。真面目に指示に従ったの自分がバカみたいではないか。
「冗談や。スカートのポケットに何かあらへんか?」
ヘラッと笑って、エンは右手をヒラヒラと振った。
「ポケット? あっホントだ。気付かなかった」
「なんか変な色が聞こえたからなんやろ思ったけどやっぱり何かあったんか」
シトラはスカートのポケットに両手を突っ込むと、何かが指先に当たった。
彼女はポケットに入っていた違和感を取り出す。二つに折られた紙が出てきた。
「……手紙?」
シトラの目が折りたたまれた紙に色を捉えた。何かが書いてあるようだ。
折りたたまれた紙を広げると、やはり汚い文字がびっしりと書き連ねてあった。メモのようにも見えるが、メモなら左下に署名を残さないはずだ。
「空からみたいね」
「なんて書いてあるんや?」
「待ちなさいよ今から読むから――えっ?」
目を通したシトラの口から、意味が分からないという感情を多分に込めた声が漏れる。
「何が書いてあるんや?」
「日時よ」
「日時?」
何のこと、とエンが首を傾げる。
「ええ。シュテルンの最終攻撃のね」
手紙にはシュテルンの総体しか知らない情報が山のように書かれていた。
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次回は明日午前8時更新予定です。