有り得ない
立ち話もなんなので、空たち二人は適当に見つけた喫茶店に入ることにした。
木造を意識しているのかフローリングや柱は木材を使っている。壁は白塗りだが木造の温かさを邪魔してはいない。壁の一面はガラス張りとなっており、通りの喧騒をアクセントに取り入れている。全体的に落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。今度は一人で来よう。
「改めて、久しぶりシトラ」
とりあえずコーヒーを注文し、空は口を開いた。
窓際一番奥の席に二人は座っている。これからする話は大声で話せない内容だ。他の客からはできる限り離れたほうがいいだろう。
「流暢に挨拶している場合じゃないと思うわ。アンタには聞きたいことが山ほどあるの」
シトラは立ち上がり拳銃を取り出す。店内がパニックになる。人がせっかく配慮したというのに一瞬でぶち壊しやがった。
「落ち着けよ。騒ぎになってる」
拳銃を突きつけられた空は、周りを見渡しながら平然と呟いた。
店を変えたほうがいいだろうか。せっかくいい雰囲気だったのに店員に顔を覚えられた以上はもう来れないだろう。残念だ。
頭に浮かぶのは店に対してのものばかりで、シトラには何も思わなかった。
「アンタ自分が何したのか分かってるわけ?」
「分かってるよ。その理由も含めて俺も話がしたかったところだ。だから銃を下ろしてくれ。騒ぎを起こしたくない」
シトラも周りを一瞥し、現状を理解したようだ。不服そうに拳銃を太もものホルスターにしまい、空を睨みつけながら腰を下ろした。
彼女も騒ぎを起こしたくはないのは確かだろう。いくらテレビで報じられて一躍ポピュラーな組織になったからといって、むしろだからこそともいえるが、イメージダウンは避けたいはずだ。
「……全部話しなさいよ」
「もちろんそのつもりだ」
言われるまでもないと、空は一息つく。
シトラに全部話した。
シュテルンが戦う目的とこの世界の結末。空や健太郎の出身になぜ殺したか。空の強さの秘訣に信号機を倒した者の末路。
シュテルンを受け入れた空が持つすべての情報を、彼女に話した。
「そんな空も、それに司令官もシュテルンだったなんて」
「すべて事実だ。俺が裏切ることも、健太郎が俺に殺されることも、すべて計画の内だった」
一か月間で、空も健太郎の死を受け入れていた。受け入れざるを得なくなっていたのもあるが、彼に託されたという気持ちもある。
健太郎は戦争を終わらせるため、空に命を託した。親友を殺させることでシュテルンとして戦う覚悟を与えた。
「計画って誰の」
「シュテルンの総体。エイロネイアにとってのラスボスであり、今のオレだ」
怯えた様子の店員が運んでくれたコーヒーに口をつけて、空は一息ついた。
「落ち着けって言ったけど、オレを撃った方がよかったかもな。そうすればお前たちの目的は達成されるんだから」
空はシュテルンの総体を受け入れ、健太郎を殺し、そして今やシュテルンの総体そのものになった。
こうしてシトラと話ができるのも空の外出を止められる役職がいないからだ。
「ふざけないで! そんなの――」
「有り得ない。もしくはできない、か?」
シトラの言葉に被せ、空はため息を吐いた。
「シトラ。俺は健太郎を殺した。仕組まれていたとしても、俺はもう覚悟を決めたんだ。なのにお前はまだ、敵を殺すことに躊躇うのか?」
「アンタは仲間よ。敵じゃない」
「敵じゃない、か。なら一個いいことを教えてやるよ」
シトラが簡単に意見を曲げるような人間じゃないのは知っている。
そして彼女が空を敵だと認められない根幹の理由は仲間を失いたくないという恐怖だと知っている。
だから牙をへし折ってやる。
「お前が俺を殺す気だったら黙ってようと思ってたんだ。戦意を削ぐ必要はない。どうせやるなら全力でやりたかったからな」
「何よ。アンタはまだ何か隠し持っているわけ?」
シトラの表情に若干の恐怖が混じっているのは、いくつもの衝撃の事実を聞かされたからだろう。
いくら事実を事実のままに受け入れる優秀な軍略家でも受け入れる容量には限りがあるらしい。
「シトラの家族は、生きてるよ」
「――――――――――え?」
容量を超えたようだ。シトラは皿のように目を見開いた。
「じゃあな。会計はしといてやるよ」
空はテーブルに置かれたままの領収書を取り、シトラの肩を軽く叩いてレジに向かった。
……そんなに怯えないでよ店員さん。俺は何もしてないじゃん。
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