できたなら
「お前の目的はなんだ、シュテルン」
「ちげーよ。俺はエイロネイアのパイロットだ」
まるで親の仇でも見るような目で睨んでくる健太郎に、空は気圧されまいと正面から睨み返す。
健太郎の態度は仕方がないと思う。空は家族を奪った存在の仲間ではないかと嫌疑がかけられているのだ。仲良く談笑なんてできる立場ではない。
「気付いていないと思うか? 総体を入れてるだろう」
『オレに気付くか。共感覚は持っていないはずだが』
「吐き気のする気配を忘れるか」
健太郎が睨んでいたのは、空の中にいるシュテルンのほうだったようだ。
一度話をしたというのは本当らしい。初対面の存在、しかも実体を持たない相手の気配なんて分かるわけがない。
「俺は話をしにきたんだ」
「シュテルンとするような話はない」
空の言葉を健太郎は即答で拒否した。取りつく島もない。これは長期戦になりそうだ。
「聞けって。シュテルンは人類を救おうとしているんだぞ」
拒否されたぐらいで怯んでいてはとても対話なんてできない。空はこれから健太郎を説得しなければならないのだ。
「だがエイロネイアはそれを妨害している。だから武装を放棄しろ、とでも?」
「それは……」
「どうした? 違うとは言わせないぞ空。お前は総体に騙されているんだ」
空が喧嘩したときに見せていた、相手の反論を許さない口調。
なるほどシトラが黙り込むのも頷ける。高校のときでも負けなしだった舌戦は、彼の年齢と一緒に熟練されていったらしい。
「世界を救う? なら話の場を作らなかったのはなぜだ」
「信じてもらえるとは思わなかったからだ。俺だって、いきなり世界が滅びるなんて言われても鼻で笑う」
「だが宣言はできた。知っているか空。この世界でも前の世界でも、先制攻撃の際には世界に宣言をしなければならない」
空は軍人じゃない普通の高校生だ。そんなルールなんてもちろん知らない。だから健太郎の話には頷かず、そういうものなのだろうと適当に納得した。
「戦争を仕掛けるような悪党であっても、守らなければならないルールが存在していたんだ」
『黙れ人間。オレがどうして貴様らのルールを守らなければならない』
「だから俺はお前を滅ぼす。空はどうする?」
シュテルンが嫌悪を露わにし、相容れないと分かっているのか健太郎も淡泊に殺意を表明した。
「俺は――」
健太郎が初めて空を見て、聞いた。
彼の中で空とシュテルンは別々だと考えているのかもしれない。もしくは親友だからこそ与えた引き返す最後のチャンス。
「――俺はそれでも皆を助けたい」
だが空は、親友の心遣いを蹴った。
引き返したとしても、シュテルンを滅ぼしたとしても、エイロネイアに未来はない。やがておとずれる終わりの前に、成す術もなく潰されてしまう。
生き延びるには、シュテルンの戯言を信じなければならない。武装放棄か共存かを選ばなければならない。戦争をやめなければならない。
少なくともシトラの両親は生きているのだ。信じるだけの価値はある。
「そうか。なら俺とお前は敵同士だ」
健太郎が懐から銃を取り出し、空に照準を合わせた。
『任務ご苦労。これで甲破空は完成する』
健太郎の口からすっかり耳に馴染んでしまった声がした。
彼は構えていた拳銃を空へ向けて投げる。
「えっ」
空は狼狽えた声を出して銃を受け取り、流れるように健太郎に向け、引き金を引いた。
渇いた破裂音が仮眠室に響き渡る。
「なっ、健太郎!?」
空は硝煙の香りを残す拳銃を放り投げて、倒れた健太郎へと駆け寄った。
健太郎を撃ったのは空の意思ではない。そして恐らく、健太郎が拳銃を投げ渡してきたのも本人の意思じゃないだろう。
「ごふっ、やっぱりこうなるのか」
健太郎の口から赤い液体がこぼれた。
「おいっ大丈夫か?」
大丈夫なわけがない。健太郎の左胸からは血が溢れてくる。心臓を撃ってしまったのだろう。本能で、彼はもう助からないと察してしまう。
「落ち着け。これこそが俺の仕事だったんだ」
健太郎はうつろな瞳で、薄く笑みを刻んだ。
「俺はシュテルンの敵を作り、育成し、のちに現れるオレを成長させるためにこの世界に来た」
衝撃的な告白だ。この状況でなければ、それこそ十分前であれば驚いていた。
「じっじゃあ家族を失ったというのは、愛する人を失ったというのは?」
「実際に起こったことだ。だが復讐にとらわれていたわけじゃない」
健太郎の目が泳ぎ始める。焦点が合わなくなってきたのか目がかすんできたのかは分からない。血が流れ過ぎた今、どちらの可能性も高いと思った。
「安全な場所で生活している。それは確かだ。真相を知っている俺が、復讐心なんて抱くわけがない」
健太郎はシュテルンの目的を知っていた。知ったうえで、自分の役目のために心の底から恨んでいる演技をしていた。
「機を見て空が総体と接触する。真実を知り力を得る。そしたら俺は不要だ」
計画から必要じゃなくなった時点で、健太郎は死ぬ運命だったというのか。それはあまりにもあんまりだ。
健太郎はもう、奪われた家族と再会することもできないのだから。
「シュテルンは正しい。空が思っているよりも」
エイロネイアを率いたシュテルンの言葉は、空に冷たい楔を打ち込んだ。
疑う必要はないという呪いの楔を。
「――でも、できたなら――」
健太郎は震える瞼を閉じた。
「――あの子の復讐を、一人無力に涙を流した女の子の救済を、為し得てあげたかった」
「健、太郎……」
空は名前を呼んだが、親友は二度と目を開けなかった。
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