お前なら
空は自室でベッドに体を預け、仰向けになっていた。
「やっぱり俺は、もう――」
続きの言葉は出てこなかった。
イリーナの共感覚に疑いはない。彼女の実力も言語を話さない理由を否定することになるからだ。彼女が喋れない原因も人並み外れた実力も、空は正しいものだと認識している。
だから彼女は嘘を吐いていないし間違ってもいない。空の予想と同じ結論は紛れもなく真実なのだ。
自覚はしていた。だが分かっていたとしても、第三者に肯定されると辛いものがある。
「どうしたらいいんだろうか」
『決まっている。裏切り者を抹殺せよ』
「だけど健太郎は知らないかもしれない」
また勝手に人の口を使うシュテルンには、もうリアクションを起こす気にもならなかった。
健太郎は復讐にとらわれている。シュテルンに抵抗するためエイロネイアを結成し抵抗している。シュテルンが忌避したい環境破壊に手を染めていると理解していながらも、躊躇いなく円盤を墜とさせている。
シュテルンの天敵である、信号機を育てている。
『構うものか。奴は人類を破滅へと導いている』
「お前のやり方が悪いからだろうが」
乱暴的なシュテルンを、空は一喝した。
「話はしなかったのか? 誘拐じみた方法じゃなく、話し合いだってできたはずだ」
人類側に黙って住人を移住させる。どう見ても誘拐で犯罪だ。確かに手っ取り早いかもしれないが、反抗されるのは目に見えている。
それならこじれる可能性があっても話し合いをするべきだった。シュテルンにはそれだけの力があると、空は敵としても味方としても実感している。
『もうすぐお前の住む星は滅びます。そう言われて信じるような人間がいると思うか?』
「まともな奴だったら聞く耳持たないだろうな」
『そういうことだ。だからオレはこの世界で敵を演じる必要があった』
シュテルンだって空に言われるまでもなく対話の可能性を考えたらしい。
だがそう簡単に信じられる話ではない。突拍子がないし根拠も提示できないからだ。頭がおかしいと判断されて聞く耳を持たれないだろう。
だからこそ、健太郎は戦闘機の燃料に核融合炉なんてとんでもないものを積めるのだ。
「でも健太郎には話し合いが通じたかもしれないだろ。俺と同じ、お前の世界出身なんだから」
空は偏見なくシュテルンの言葉を受け入れられた。シュテルンと同調したことと記憶を渡されたことが影響しているのは確かだが、それでも有り得ないことではないと頭から否定はしなかった。
シュテルンのいた世界ではありえない事象がたくさんあり、その理由が環境破壊ですべて説明できるものばかりだったからだ。
健太郎も空と同じ世界を渡った異世界人だ。シュテルンの突拍子のない主張も健太郎なら理解してくれるはずである。
『不可能だ。それに奴にも話はした。その結果がレジスタンスだ』
「徹底抗戦の道を選んだ、か。誘拐と話し合いはどっちが先だった?」
『奴はイレギュラーだ。存在を知らなかった』
「そりゃあ抵抗するわ」
空は額を押さえて、健太郎に同情した。
シュテルンが健太郎の存在に気付いたのは、恐らく健太郎がエイロネイアを立ち上げてからだろう。反抗勢力のトップがかつての同胞だと知り、慌てて連絡を取ったに違いない。
だが、そのときの健太郎がシュテルンの話に納得するはずがない。
健太郎はようやく軌道に乗った幸せをシュテルンに奪われた。仇に実は仲間なんだと言われて、どれだけ器が大きければ受け入れられるのだろう。
「なあ、本当に健太郎を殺すしか道がないのか?」
『ない。と言いたい』
「可能性があるのか?」
言い淀むシュテルンに、空は噛み付いた。
『お前なら、あるいは説得できるかもしれない』
「俺なら……?」
『元々お前たちは親友同士だった。あの反逆者も甲破空の話なら聞くかもしれない』
それは親友だからこそ生まれた可能性だった。
例え親であろうとシュテルンは滅ぼすと断言した、でも同じ目標を掲げて共に歩んできた友人ならどうだろう。
殺すとまではいかず話を聞いてくれる可能性だってあるはずだ。
「そっか。そうだよ。俺ならできるかもしれない。平和的に解決できるかもしれないじゃないか!」
気付かなかった可能性に喜んで、空は勢いよく上体を起こした。
『どこへ行く?』
「決まってるだろ。健太郎のところへ行くんだよ。もしかしたら戦争を回避できるかもしれないんだろ?」
『そうか』
空は自分の口から出てくる言葉を、半分ぐらい聞いていなかった。
『――それは好都合だ』
そして部屋に鏡がなかったから、邪悪な笑みを刻んでいる自分の顔に気付かなかった。
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