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なんてな

 赤い光の中、金髪の少女が胸元のロケットを握りしめて佇んでいた。まるで祈りを捧げる聖母のようだ。

 幻想的な光景が甲板に広がっていた。一種の芸術作品のようだ。


「何してんだ?」


 呼吸を忘れるぐらい見惚れていた空だが、五分もすれば正気に戻る。芸術作品を壊すのは気が引けるが、誰かに見られたくない、独り占めしたいという気持ちもあった。


「空。ううん、なんでもないわ」


 シトラは声をかけられて初めて空の存在に気付いたようで、ロケットを離して微笑む。ロケットはしまわないなんて珍しい。

 困ったな。まだ絵画の世界から抜け出せていないようだ。


「そうは見えなかったぜ。そのロケット、中には写真でも入っているのか?」

「ええ、家族の写真がね」

「だろうな。何となくそんな気がしてた」


 ロケットに入れるのは肌身離さず一緒に居たい人間の写真と相場が決まっている。そしてシトラに死に別れの恋人がいたなんて話は聞いたことがない。いたらショックだ。

 空はシトラのロケットの中身を聞いて安堵している自分に気付いた。が、何となく認めたくなかったので気付いていないことにした。


「空が戦うのは、アタシたちを守るためよね?」

「そうだよ。だったら?」

「もうアタシたちが戦うことはほとんどないでしょうね。シュテルンが最後の攻勢にでも出ない限り、男女たちが何とかしてくれる」

「男女? ああ、スイのことか」


 本人が聞いたら怒るだろうな。まあ事情を聞いてしまった空は何も言えないが。

 空は苦笑した。スイもシトラのことをぺったんこ呼ばわりしていた。似た者同士なのだろう。


「アンタは戦う理由を失ってもまだ近くにいてくれる?」


 彫刻のように整った顔立ちの少女が、小さく首を傾げる。

 絵画ではなく彫像だったようだ。きっと題名は悩める少女。さぞ高値で取引されたことだろう。


「きっ、急にどうしたんだよ」


 冗談を言っている場合ではないし、冗談を聞いてくれる雰囲気でもない。

 空は二歩下がって、最近近付きすぎな彼女との距離を取る。


「怖いのよ」

「怖い?」

「アタシはエンやイリーナみたいな共感覚じゃない。だから見たり聞いたりしたところで異変を感じられるわけじゃない」


 シトラの共感覚について知らないから何とも言えないが、少なくとも会話で発動するようなものではないのだろう。発動するのなら、空の異変にいの一番に気付いてたずねてきたはずである。


「でも何となく、空が遠くに行ってしまうような、そんな不安が拭えないの」


 それは恐らく不安ではなく、限りなく近い未来だ。

 空はシュテルンを受け入れて、シトラたちと鬼ごっこをして分かったことがある。

 空の技量はまた上がっていた。共感覚を手に入れたこともあるのだろう。彼女たちの動きを先読みできていた。鬼ごっこという状況上、パターン通りではない動きだったにもかかわらずだ。


 シュテルンと同期すればするほど、協力すればするほど空の技量は優れたものになっていくんだろう。確証はないが、生みの親との同化であり空が元々信号機を倒すために設計されたことも相まって、多分間違っていない。

 ゲーマーとして、強さを求めたい気持ちはある。


「そっか。じゃあ隠してても仕方ないか」


 空は自分で築いた距離を大きな一歩で詰めた。


「そ、空?」

「俺はこの世界に来て、いきなり美少女三人に囲まれて、為すがままに連行されて、正直言って不安しかなかった」


 シトラが狼狽えた様子で名前を呼ぶという珍しいシチュエーションができているが、話すのに夢中な空は気付いていない。


「シトラたちの戦う姿を見て、健太郎に話を聞いて、それでも不安は無くならなかった。昨日までチンピラの喧嘩ぐらいしか縁がなかったんだ。なのに突然世界を救う戦いに参加しろって言われても、納得できるわけがなかった」


 半分ぐらいは覚えていない。だからこれは、シュテルンが補強してくれた記憶によるものだ。

 だが、シュテルンとエイロネイアとの戦争に巻き込まれることには抵抗があったのは事実だ。


「シトラ。お前がいなければ俺は轟龍のパイロットになれなかったんだ」

「空……」

「シトラには感謝してるし、並々ならぬ欲望だって抱いている。今だって壊れるぐらい強く抱きしめたいのに我慢してるんだぜ?」


 自分でも気付かないうちに、空はシトラの肩を掴んでいた。しかもかなり力が入ってしまっている。空は慌てて力を抜いた。しかしまだ触れていたかったので、肩から手は離さない。


「あの、アタシ」


 シトラが目をつむり、夕日で照らされている唇を突き出す。彼女の右手はロケットを握りしめていた。

 見た瞬間に唇に貪りつかなかったことを誰か褒めてほしい。鋼の理性で耐えきるという偉業を達成する難易度は相当なものだ。


「――なんてな」


 空は呟いて、ロケットを握りしめている彼女の手首を掴んだ。


「えっ?」

「さすがに家族が見ている前で愛娘を襲う度胸はねぇよ」


 シトラの手からロケットを奪って、空は中に飾られている写真を見た。

 幸せそうに笑う、見慣れた夫婦の写真が入っている。


「俺たちには必ず戦いの場が訪れる。それまではお前を守るために動くよ」


 空はその写真の人物に心当たりがあった。というより、名前を変えて空の世界で住んでいたのだとすぐに理解できた。


「守るために、な」


 シトラのロケットに入っている、彼女の両親の写真。

 その写真に写っていたのは、空の両親でもあった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前8時更新予定です。

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