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君と出会った夏の海に星の歌を残す

作者: えま

始まりの海、終わりの丘の改良版です


これは僕の半年前の記憶の物語だ。


第1章 出会い、始まりの海


僕は一つ年上の先輩カナ先輩とある約束を交わす。

それは僕が夜の海で最期の場所を探しているときだった。

両親が交通事故で他界し、そのショックが大きかったのか、それを起点に僕の人生は一変する。


これまでずっと同じだった友達が離れていき、これまでは普通にこなせていた勉強もできなくなる。

しかしだからといってイジメを受けている訳ではない。ぼくという存在が、皆の中から消えているだけだ。


それでも僕は両親を恨む真似はしなかった。僕の人生を一変させた元凶を恨んだりはしなかった。

父と母は共に仕事に励みながらも、ずっと僕を見てくれていた。一度たりとも八つ当たりをしなかった。

そんな両親が他界し、何もかもが終わりを告げ僕はよく両親に連れていってもらった海に向かう。


ここで最期の時を迎えれば、両親に会える気がしたからだ。

今日はよく空が澄んでいる。星空がきれいだ。そんな事を思い空を見上げていると


「君は夏の星は好き?」と尋ねられた。彼女の横顔は月の光でとても儚げに見えた。夜が終わると居なくなりそうな、どこか支えてやりたいと思えるような印象だった。僕がなにも言わなかったからなのか、その少女は

「私は好きだよ。冬の空気は澄んでいて星がたくさんあるけれど、やっぱり私は夏の夜が好き」


彼女はくるりと体をこちらに向け、寂しそうな声で僕の耳元でささやく

「君はまだまだ生きなきゃだよ?世の中には星の数ほど素敵なことがあるんだよ?私は病弱だからいつ死んじゃうかわからない。明日かもしれないし明後日かもしれない。だから君は生きて?」


「なにを言ってるんだ?何で僕がここに来た理由を知ってるんだ?」


「前に一度ねここにあなたのような人が来たんだよ?夜中に一人、何もかも諦めたような面持ちでふらふらと歩いてたんだ。その人はその後死んじゃったんだけどね」


 悲しそうな声のトーンで呟く。なんで他人の死をそこまで悲しむことができるのか、僕には理解できなかった。でも一つだけ、根拠もなにもないけどこの人を悲しませたくなかった。

「君もあの人と同じに見えたから。だからお願い 君は死なないで?」

優しく抱き止められた。そして刹那、自分が泣いていることに気がついた。そして本心が「死にたくない」

と叫んでいる気がした。僕は彼女の腕の中で、泣き崩れた。死にたくない、死んではいけないと感じた。


そして、

「これで君は私に一つ貸しが出来たわけだよね?なら私のお願い、一つ聞いてくれないかな?」

 僕は情けない面を見せられないと、彼女の腕の中でコクとうなずく。

「なら、私と約束をして?君はもう、自分を追い込むようなことはしない。そしてたまにでいいからさ、私の部屋に遊びに来てよ?そこの病院の108号室だからさ。その代わり私は君を支え続ける。辛いときにはまたこうしてあげるからさ。君は一人じゃないってそう思わせてあげるよ。」


 僕はようやく泣き止み彼女を見据える。凄く儚げな笑顔が僕を包んでくれた。潮風が吹き、彼女の髪を揺らす。この人を悲しませない。ずっとそばにいてやりたい。心からそう思った。

「私のことはカナって呼んでね さっきから言おうと思ってたけど君より一歳だけ年上だよ?」


「そういやその制服うちのですよね?同じ学校とはいえ面識はないはずですが」


「それはね、各学年の写真を眺めててからかな?確か1年の木山ハルくんだよね?」


「はい。そうですけど」


「じゃあハルくんだね!よろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします。カナ先輩」


「じゃあ、指切りしようか?私たちの約束の」


「はい」

 二人で夏の海で出会い、約束を交わす



第2章 お見舞い、澄んだ夜空




カナ先輩とあの約束を交わした次の日の朝、僕は学校に行く準備を済ませ、ただなにをするでもなく、ソファーに座り込んだ。

学校に行くとしてもまでまだ時間はある。僕は昨日あった事を思い出す。


僕は最期の場所を探しに海に向かった。夜風に紛れる潮の匂いが、

僕の鼻孔をくすぐる。空は澄んでいて肉眼だけで、すべての

星が見えてしまいそうなほどに。

目は自分でも分かるほどにうつろになり、足元がふらつく。


そんな僕をカナ先輩は救ってくれた。

少しでも、彼女の力になってあげたい。否、ならなくてはいけないのだと、そう気づいた。

僕に生きる理由と機会と生きる意味をくれたカナ先輩になにか恩返しをしたい。そんな大したことは出来なくても、ただ側にいてあげたい。その為にもまずは学校に行くことにした。


外に出ると夏特有の暑くてムシムシとした空気に見舞われる。桜はすっかり緑に染まり、春の気配を消している。そういえば昔桜の木の下には死体が埋まっているとか誰かが言っていた気がする。実際どうなのか、そこまで気にはならないが、どこからその都市伝説が発症したのか、そこは割りと気になるところだが…

そんなどうだっていい事を考えていると知らない間に学校に着いていた。


僕が僕でいる事を拒絶させる、僕からすれば学校なんて青春のステージなんて輝かしいものではなく、監獄という真っ暗な場所だ。生徒玄関で上履きに履き替え、僕が属するクラスに向かう。

教室に入ると生徒たちの賑やかな団らんが聞こえてくる。

その大半がテレビの話や休日の話など、比較的どうでもいいような内容だった。僕が教室に入っても誰とも顔を合わせることもなく、

まるで、そこにいないかのような、そんな扱いだった。


以前まではその光景に苛立ちを覚えていたが、最近となっては割りと慣れてきた気がする。むしろ今さら声をかけられたところで、何も嬉しくないし、同情されているようで自分が情けなく思えるだけだ。だからいっその事クラスに籍だけをおいている幽霊のようなものになってしまおうと、最近では思うようになった。

自分の席に着くと日課でもある読書を始める。


しかし、何故か読書に集中出来なかった。理由は分かっている。

昨日の出来事がフラッシュバックしているからだ。

そして考えてしまう。もし昨日、カナ先輩に会わずに海をうろついていたら、自分はどうなっていたのだろう?そんな事を考えると、夏なのに体中に寒気が襲う。思わず吐きそうになってトイレに駆け込む。体に溜まっていた不要物を吐き出す。それと同時に先程までの寒気は消え失せ、少しだけ、気が楽になった。

廊下を歩きながら考える。もし僕が昨日死んでいたらクラスの皆は気が付くのだうか。考えるまでもないと、心で整理し教室に向かう。


教室は先程と変わらず騒がしく、そんな騒音を聞き流しながら席に向かう。席は窓側の一番後ろ。僕はこの席を気に入っている。

誰の視界にも入らず、誰からも同情されず、好きなときに外の景色を眺めることが出来る。外はセミがミンミンと鳴き、生ぬるい風が緑の木々を揺らす。まだ登校中の生徒も多々存在し、その大半が暑さを気にせずに笑顔で学校と言う名の牢獄に収監されていく。


そんな景色を眺めながら今日の放課後の予定を組む。

僕は部活には入っていないので放課後はいつも自由だ。

今日も自由なことに変わりはないので、何をするか、考える。

真っ先に浮かんだのがカナ先輩との約束だ。

「たまにいいからさ、私の部屋に遊びに来てよ!」

夜風に溶け込むような優しい声を思い出す。

今日はお見舞いに行ってあげよう。


そう決意し、今日の授業に挑む。授業が終わるのが早く感じた。

しかし、今日習った事が出てこない。ずっとぼーっとしていたんだろう。授業が終わり放課後になると、教室は、活気付いたように騒がしくなった。部活動に所属している生徒たちが集まり先輩の愚痴を言い合い談笑している。

そんな事に興味を示さず僕は臨海にある病院を目指す。

その前に一度家に戻り、着替えと財布をもって出かける。


なにか手土産でも持っていってあげよう。何にしようか悩んでいると一つの物に目が移る。小型の天体望遠鏡だ。カナ先輩と出会ったあの日、

ずっと星を見ていたことを思い出す。きっと喜んでくれると、そう思い予想外の出費ではあるが、望遠鏡を購入し、病院に向かう。

途中の臨海部の道を通り潮風を浴び、陰気臭さを消す。


カナ先輩に会うときは明るくしていたいから、これ以上の心配をかけたくない。それからしばらくして臨海部に位置する病院に到着する。しっかりとした構造で中もとてもきれいだった。

そして、カナ先輩がいる108号室の前までやって来た。

軽くノックを2回行い中からカナ先輩の声が聞こえる。


失礼します。と短く挨拶を行い室内に入る。とてもきれいで、

一人部屋のようだ。カナ先輩の姿を探すと爽やかな潮風が室内に入り込む。潮風のなかに微かだが昨日嗅いだカナ先輩の匂いが混ざっている。窓の方に目を向けると、潮風に揺られたカーテンとその横で耳に髪をかけ、それを抑えながら優しく微笑む。

「来てくれたんだねハルくん!ずっと待ち遠しかったよ」


「まあ…はい約束したので、それより昨日はありがとうございました。」

 心からお礼を言う。そして購入した望遠鏡の袋を差し出し、

「えっと、これ手土産なんですけど、開けてみてくださいよ」


「んー?なにかな~?すごく重たいね~」

 ウキウキしながら僕が買ってきた望遠鏡の包み紙を剥がす。

「わー!これ天体望遠鏡じゃーん!すごいねハルくん!どうしたのこれ~?」


「昨日のお礼とお見舞い用の手土産に…と、気に入ってくれましたか?」


「うん!最高だよハルくん。今日の夜一緒に海に行かない?」


「いいですね。でも先輩病室から抜けて大丈夫なんですか?」


「大丈夫だよーハルくんは心配性だな~」

 そんな会話をしていると自然と緊張もほぐれ、自然に笑顔も出るようになった。そして暫くの会話の後、ご飯を食べ終え、海に向かう。夜の海は少し寒く、昼とは比べ物になら無かった。

「ついたよハルくん!さあ天体観測タイムだよ!」

 謎のテンションの高さに遅れを取りながらも、カナ先輩と浜辺の堤防に腰を掛ける。

「私ね、ハルくん。1回でもいいから友達と天体観測がしたかったんだ~」


「そうだったんですね。そのはじめての相手が僕で良かったんですか?」

 日頃の癖か、随分と自分を過小評価してしまう。そんな僕に対して、月にも負けない明るい笑顔で

「ハルくんだからよかったんだよー?こんな立派な天体望遠鏡まで用意してくれてさ!」


「それじゃあ、なんだか望遠鏡持って来なかったら相手にしなかったみたいじゃないですか~」


「たはは~ごめんごめん」

 そう冗談めいた謝罪を終えると、カナ先輩は望遠鏡を通して夜空を見上げる。

「今日は空が澄んでいるからか星が沢山見えるね~ハルくんも聞いたことくらいあるでしょ?夏の大三角形」


「まあ、聞いたことくらいならありますよ。あっ!先輩あれ見てくださいよ!一等星ですよ。」


「あっ本当だ~きれいだね~」

 僕は星に見とれたカナ先輩の横顔を横目で見た。元々美しく整っていた顔のパーツ一つ一つが夜になると光の反射のせいか、

より一層美しくみえた。この時間が永遠に続けばいいのに…そう

思ってしまう程にカナ先輩との時間は楽しい。


星に見とれた彼女の横顔に見とれてしまったのか、放心状態に陥ってしまっていた。彼女が僕の視線に気付き、昨日も見せてくれた優しい笑顔で振り替える。それでようやく自分が放心状態に陥ってしまっていたことに気づく。あわてて顔を反らすが、彼女は僕に語り掛ける。


「今、こうやって見ている星の光は本当に今も存在しているとは限らないんだよね。何万年も掛けてようやく私たちの元に光が届くの。なんだかロマンチックじゃない?」


「そうですね。そう考えると、僕らの悩みなんてどうでもよくなりますね」


「そうだね~」


 そう答え、カナ先輩は立ち上がる。立ちくらみでも起こしたのか

フラフラとなり堤防から落下しそうになる。

あわてて僕が手を伸ばす。カナ先輩は僕の手を掴んだまま、

堤防から落下した。


幸い下が砂だった事もあってか、僕が下地気になる形で落下したが、そこまでの痛さは伝わってこない。


「大丈夫ですか?先輩」

 無事だとは思うが聞かずにはいられない。

カナ先輩は僕の胸の上からひょこっと顔を出すと、


「てへへーごめんねハルくん~」

なにがそんなに面白かったのか僕とカナ先輩はその体制のまま少しの間笑いあった。しばらく時間がたつとカナ先輩はその場に立ち上がり、その場でクルっと回って僕の方を向いた。


「今日はとても楽しかったよ!ありがとうハルくん。

ハルくんさえ良ければこれからも私のところに遊びに来てね?」


「言われなくても毎日のように押し掛けますよ。」


こうして僕とカナ先輩の夏が終わる。




第3章 告白 くすんだ冬の空 



あの天体観測以来、僕は毎日のように108号室に出向いている。

秋には一緒に焼きいもを食べたりした。毎日が充実していた。

もうすぐ冬が来る。カナ先輩曰く冬は星が凄くキレイだそうだ。


そんなある日、当たり前のように108号室に向かい、カナ先輩とお話をする。だが今日は違った。病室にはいると、寂しそうな顔をしたカナ先輩がいた。寂しそうな、凄く儚げであの時とは違った意味で儚いその顔を僕は初めて見た。

カナ先輩は僕の存在に気がつくといつもの笑顔で


「いらっしゃーい。待ってたよー」

 と、言った。僕は見なかったふりをして

「いやー、冷えてきましたね~」

 もう12月半ば。もうすぐクリスマスだ。

友達がいない僕にとってはどうでもいいイベントだが、教室ではカップル達がクリスマスの予定を話し合っているのを思い出す。

「ところでハルくん?」


「何ですか?先輩」


「クリスマス…何か予定はあるかい?」


「いえ…特にないですけど、どうしたんですか?」

 ふっふっふーと不気味に笑うカナ先輩を目の前にして、少し身構えたが、

「ならクリスマスは私とデートをしようじゃないか~!」


「デート…ですか?」


 実際に女の子と町に出掛けたことが無いのだが、デートとは本来カップルが行うものだと僕は思っている。しかし、彼女のとってデートとはただ単に出かけるだけだと思っているのでそこの認識の違いをどうにかしたい。


「そう…デートだよハルくん」

 凄く意味深な口調で呟く。

その光景を見て、生唾をゴクリと飲み込み

「クリスマスにはハルくんとお出掛けしてハルくんの家に泊まるからね?」 


「いやいや、ちょっと待ってください。幾つか質問をしてもいいですか?」 


「どうぞ?」


「まず一つ目。そんなお泊まりするほど病院から離れてもいいんですか?」


「その面に関しては問題ないよ。話もつけてきたし、うん」

 なんだか少しだけその横顔が寂しそうに見えたが、気にせずに次の質問に入る。

「次に二つ目。町に行くのはいいとしましょう。そこから僕の家に来る必要性とは?」


「んー一度ハルくんの家にいってみたかったの。あとお泊まりの経験もしたかったのよー!」

 なるほど、ずっと病院にいればそんなことに憧れるのもわかる気がする。たまには良いかもしれないしな。

「わかりましたよ。じゃあ用意してるんで楽しみにしていてくださいね」


「本当に⁉やったー!」

 子供のようにはしゃぐカナ先輩に別れを告げ、家に帰る。


そして12月25日 クリスマス当日。

待ち合わせに設定した、町にそびえる一本の巨大なクリスマスツリー。辺りを見渡せば町全体がクリスマスムード。売り子はサンタの衣装。道行くカップルたちもいつもより幸せそうだ。そんなクリスマスの情景を眺めていると、急に視界が真っ暗になる。

「だーれだ!」


「こんなことするのもされる相手も先輩だけですよ」


「たははーばれちゃったかー」

 まさかバレないとでも思っていたのだろうか。

振り向きカナ先輩の姿を確認する。

クリーム色のコートに黒の長ズボン、白色のスキー用の帽子という

謎ではあるが、カナ先輩らしく、それにどこか似合っている気がする。いつものラフな格好とは比べ物にならないくらいきっちりしている。するとカナ先輩は僕の手をつかんで

「よっし!行きますか~」


「ちょ、待って下さい。手をつないだまま行くんですか?」


「うん!だって寒いしね~」


「うー、わかりましたよ。じゃあどこから回ります?」

 毎回押しに弱いところは直さなくてはいけない所だ。

カナ先輩のペースに乗るとへんな方に物事が行くからな。

「うーん今が4時でしょ~?じゃあ~ご飯買ってハルくんの家に行こうか?」


「え?買い物はどうするんですか?買いたいものがある~って」


「そんなの口実に決まってるじゃない。」 

 いやいや素面で言うところじゃないよね?この人ただ単にお泊まりしたいだけなのでは?と思う僕がいた。


「じゃあお惣菜買って帰りましょうか」


「はーい!」

 そのあとスーパーでお惣菜を五品購入し、家に向かう。

「そういえば先輩、布団とか持ってきてませんよね?」


「持ってきてるわけないでしょ~。そもそも無いし~。あっもしかしてハルくん?」


「恐らくそのもしかしてです。」


「布団がないなら一緒に寝ればいいじゃない!」


「パンが無ければみたく言わないで下さい。僕はソファーで寝るのでご心配なく。」


「むー!私と寝るのがそんなに嫌かー」


「そうじゃなくて、色々問題があるでしょう?」


「ハルくんならしないって信じているよ!」


「僕をそんなに過大評価しないで下さい!とにかく僕はソファーで寝るので先輩はベッド使ってください!」


「むー。仕方ないなー」

 そんな事を話ながら僕とカナ先輩は家についた。

「晩御飯の準備するんで、そこに座っておいてください」


「はーい。わかったよー」

 買ってきた惣菜と橋を並べ手を合わせ食事が始まる

「ハルくんハルくん!この唐揚げ美味しいよー。はいあーん」


「自分で食べられますって!あーもうお茶こぼしましたよ。」


「ごめんごめん~すぐ拭くね~」


「大丈夫ですから、座ってて下さい!これ以上厄介事作らないでくださーい!」

 そんなこんなで食事が終わり、次はお風呂にはいる。

万が一の事を考え、扉にはきちんと鍵をかけておく。

湯船に浸かり今日の疲れをとっていると、洗面所の扉が開く音がした。そして数十秒後ガチャンという音が響く。恐らく扉を開けようとしたのだろう。

「せんぱーい。そこ鍵かけてるんで開きませんよー!」


「はうぅ…何故ばれたの?」


「いや、何となくの対策です」


「そっかーハルくんは私に覗かれること期待してたんだー!」


「してませんからね⁉」

 こうしてお風呂回は終わり、ようやく眠ることが出来る。

リビングに戻り、少し考え事をする。

何故、学校にも行けない程に体が弱いはずなのに、長期外出が許可されたのだろう。なぜあそこまで気丈に振る舞う必要があるのだろうか。考えた後答えが分からなかったので、カナ先輩の元に向かう。


扉をノックしようとしたその時、扉の向こうで何か音がするのを感じ取った。扉に耳を当て様子をうかがう。独り言のように聞こえたそれとは、まるで違う。

彼女は、カナ先輩は泣いているのだ。扉の向こう側で、いつも笑顔を絶やさずに、優しく接してくれている、命の恩人が泣いているんだ。僕は、その場から動くことが出来なかった。そしてふと、僕がカナ先輩に救われたときに誓った言葉を思い出す。


何か力になりたい?そんな大きな事はできなくてもただ、側にいたい?どの口がそんな事を言ってるんだよ…僕にとっての恩返しは泣いている恩人の声をドア越しに聞いていることか?違うだろ?

そんなの口だけの偽善者だ。僕は一生を生き抜く為の勇気と希望を

カナ先輩からもらった。なら僕は何をすべきか…そんな事、決まってんだろ?何でドアにへばりついてんだよヘタレが…動けよ

お前の命の恩人が泣いてるんだぞ?寄り添って少しでも彼女の力になれよ。そう自分に言い聞かせ、ドアノブに手をかけた。


何が自分をそこまでさせられるか、命の恩人だからなんかじゃない

僕はずっと気づかないふりをして逃げてきた。拒絶されるのが、この幸せな日常が消えるのが嫌だったから。でもそんなのは所詮自分のご都合主義でしかない。自分のためにも、何よりもカナ先輩の為にもこの感情を受け入れるしかない。

『僕はカナ先輩の事が好きなんだと』


ドアノブをひねり、カナ先輩が泣いている僕の部屋に入る。

カナ先輩は僕のベッドの上で体育座りをし、普段は綺麗にまとまっている髪も乱れ、いつもは優しく微笑んでくれる顔も涙でクシャクシャになっている。ここで立ち止まったら全てが終わる。それだけは絶対に嫌だ。ようやくこの気持ちを受け入れられたのだから。


ゆっくりと一歩ずつ、彼女に歩み寄る。カナ先輩は泣き顔を見られたくないのか、ずっと膝に顔を埋めている。

それでも歩みを止めない。彼女の隣まで来ると自然と緊張は解けた。今、すべき事は分かっている。自分の命の恩人を、自分の初恋の相手を、救ってやらなくてはいけない。

彼女のとなりに座り、ティッシュとハンカチを差し出す。


「せっかくの綺麗な顔が台無しになってしまいますよ」


 そう言うと更に彼女は泣き崩れ、震える手で僕の差し出したティッシュとハンカチを受けとる。


「今までお疲れ様でした。今だけはみっともないなんて思いません。溜まってたもの、全て吐いて楽になってください。僕は弱くて先輩の力になるなんて事は出来ないかもしれませんが、ありのままの先輩を受け止めることはできます。なぜなら僕は先輩の事が好きだからです。」


 きちんと自分の気持ちを伝えることが出来ただろうか。

今、目の前で泣いている初恋の少女を救ってやることが出来るだろうか。後悔はしていないだろうか。覚悟は出来ているだろうか。


一つ一つを確かめるよりも先に体が動いていた。

自分でも驚くほどに自然に、彼女を抱き締めていた。

それが、彼女にとって安心したのか。それとも溜め込んでいたものが心のダムの崩壊で流れ出たのか、彼女は心に抱えていた事を話始める。


「死ぬのが、死ぬのが怖いよ…お医者様に言われたの君はもう永くないって。一人で死ぬのは構わない。けど、けれども…君という大切な存在が出来て…毎日が楽しくなって、この幸せな日常を終わらせたくなくて…自分に嘘をついてきた。君の事が好きだって!

もしこの感情がホンモノで、もし君も同じ気持ちだったらって!

何度も考えた。私なりの愛情表現はいつも君に届かなくて…

私なんて…『約束』が無かったら、捨てられてたんじゃないかって!…」


 そこまでは時より「うん」と相づちを打って話を聞いていたが

最後のセリフだけは聞き流せなくて、口を挟んでしまった。


「バカ言ってんじゃねーよ!僕がどれ程先輩に救われたか。あの時あの場所に先輩が居なかったら、僕は死んでたんですよ?

あの笑顔に、何度救われたか、思い返せば僕はあのときからずっと、先輩のことがすきだったんです。毎日の授業が長くて、病院で先輩に会うのが楽しみであり、生き甲斐でした。」


「でも君は、私を好きになって、必ず後悔する。だって私は、

『そう遠くない未来に君を置いて逝っちゃうから』だから君は必ず後悔する。今日のお泊まりだって、もう今の医学じゃどうしようもない位に深刻な状態だったから、最期の思い出にって理由で出ていったの。ハルくんの前でだけは気丈に振る舞うと、そう決めてたのよ」


カナ先輩の顔は涙でクシャクシャになっていながらも、いつもの笑顔で僕を見てくれた。ここで言わなきゃ後悔する。後悔なんて、

したくないから 


「例えカナ先輩がこの先永くないとしても、僕はカナ先輩の事を

愛しています」


 言ってしまった。だが後悔はしていない。例え拒絶されたとしても最期までありのままの彼女を受け止めると、誓ったから。

 決意を胸に目を見開くと


僕とカナ先輩の唇が重なった事に気づく。涙に濡れた長いまつげの下から、カナ先輩の涙で真珠のように透き通り輝く瞳がこちらを見つめる。10数秒間その状態が続きカナ先輩の唇が離れる。


「ハルくんは…本当にズルい。人が覚悟を決めたのに…

ハルくんのせいで死ぬのがもっと嫌になったじゃない…」


 暫しの沈黙。そしていつもの、僕が大好きだった笑顔で

「私はハルくんを愛しています!」

僕が最後に見た彼女の姿は僕の大好きな笑顔だった。

カナ先輩の最期の告白を聞いて数秒、首の裏筋に激痛が走る。

それから僕は気を失ってしまった。


「本当に…心のそこから愛していますよ。ハルくん。

最期の私の姿は笑顔が良かったもので…死に顔なんて見せられませんよ」彼女は微笑みながらそう言い残し、気を失った僕に最期の口づけをする。


この晩、彼女は他界した





第4章  お手紙    終わりの丘



僕は目を覚ますと自室のベッドで寝ていた。

なんだか首の後がとても痛い。

昨日起きたことを思い出そうとしても、頭痛が僕を襲い、まるで

昨日起きたことを思い出させないようにしているかのようだった。


ベッドから体をお越し、カーテンを開ける。そしてもう一度ベッドを見ると、手紙が置いてあることに気がついた。

学校じゃ誰も僕と話さないからラブレターで無いことを決めつけ、手紙を拾う。その手紙にハートのシールが貼ってあることに気がついた。


「いや。まさかな」

と自己完結し、手紙の中身を見る。その手紙を見た途端、

昨日起きた出来事がフラッシュバックする。

自分の気持ちを認め、命の恩人であり、初恋の相手の全てを受け止め、

気持ちを確かめあった。なんでこんな大事なことを忘れてしまったのだろう。数10秒前の自分を恨みたくなるような気持ちになった。


夏の夜に海で運命的な出会いをした少女、カナ先輩

僕に生きる理由と意味そして勇気をくれた、恩人であり初恋の相手

その彼女が遺した手紙を読む。



『ハルくんへ

君がこの手紙を読んでいる頃、私はこの世界にいないでしょう。

本当はもっと一緒に居たかったんだけどね。

首裏バシッとしたの…本当にごめんね?

ハルくんには笑顔の私が最期に映っててほしかったの。

君と過ごした半年間は実に有意義だったよ。

毎日君が来るのが待ち遠しくて、夜も眠れなかった。

初めて出会ったとき、正直に言うと一目惚れでした。

だから、ここで死んだ人がいるって嘘を付いたの。

君に死んでほしくなかったからさ。

ハルくんが買ってきてくれた望遠鏡さ、あれで見る星空も、また違った感じで面白かったよ。

私ね?本当は私の気持ち伝える気は無かったの。例え、死ぬ直前だったとしても。なのにハルくんはさ、泣いてる私を見つけて慰めてくれた。凄くカッコよかったよ。それに、死ぬ前に私に「好き」って言ってくれて本当に嬉しかった。言葉じゃ表せないくらいに君が好きだよ。ありがとう

        カナ先輩より』


頬を伝う一筋の液体がなんなのか理解するのには時間がかからなかった。あまり泣かない僕にとって涙は貴重なものだ。

涙を見ると昨晩起こった出来事を思い出す。

あんなに身近にいた人が急にいなくなる喪失感に耐えきれず僕は昨日いた今は亡きカナ先輩と同じ場所で涙を流す。

そして僕はもう一枚手紙が入っている事に気づく。


『私のお墓の場所です。

機会があれば来てくれると嬉しいな


千早町623-21』


千早町は初めてカナ先輩とであった場所の近くだ。

僕は急いで用意し、墓のある場所へと向かう。途中病院により、カナ先輩とよく覗いた望遠鏡を回収する。


墓に続く道は険しくそれでも、カナ先輩のために頂上を目指す。

10分程の戦いを制し、カナ先輩のお墓へと向かう。丘の大地は少し雪が残っている。丘の一番端に、お墓が見える。そこには

『菊乃宮 香奈』の文字が記されている。


ここに来る途中までは、きっとどこかで元気に暮らしているんだろうな。なんて考えていたが、実際に墓を見てしまうと、もうこの世には居ないんだと、痛感させられる。


喪失感が心の底から沸いてきて、自分も一緒に逝こうと思わせられる。丘の先端まで来ると、今までの事を思い出してしまう。

そこからは、カナ先輩と運命の出会いをした海、いつも学校が終わると通った病院、それと、互いの気持ちを確かめあった、僕の家

ここから見える景色には、僕がカナ先輩と出会ってからの半年間が全て詰まっていた。その眺めを見ながら確信した。


カナ先輩との何にも替え難い半年間は全て『思い出』になってしまうのだと。これから二人で作る思い出は存在しない。

そう思えると涙が止まらない。でも後悔は何一つ無い。

今の現状も全て受け止め望遠鏡を供える。

僕の生活は何も変わっていない。

来るべき場所が変わっただけ。


これは僕の何事にも替え難い『運命』のお話。

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