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「春告げ鳥の憂鬱」

◇◇ 春告げ鳥の憂鬱 ◇◇


 高いところが好きなのは、きっと名前のせいかも知れない。それは滑り台から始まってジャングルジム、登り棒のてっぺんを経由して校舎の屋上から見る旅客機のパイロットになりたいと思ったことも。だが今は何を隠そう、本気で宇宙飛行士になりたいと思っているのだ。

「ひばり ! 先に音楽室行ってるよ~」

「わかった、すぐ行く」

 ひばりと呼ばれた私の名前は佐藤ひばり。ニックネームでもない本名だ。おばあちゃんが好きな歌手の名前からもらったらしいが、春先にせわしなく空の高みに上って行く雲雀(ひばり)を見るたび、もう少し優雅に飛べないものかと言ってやりたくなる。おまけにピーチクパーチクうるさいったらありゃしない。

 だから私は高校生になってから、できるだけ寡黙を装うことにした。でも根はおしゃべり好きなので、こちらから話題を振って会話を盛り上げたいという欲求を抑えるのは結構つらいものがある。

 なぜ寡黙にならなければいけないのかと言うと、私は女子の中でただ一人の宇宙飛行士志願生だから。

 男子生徒は九十パーセント以上なのに対して女子の志願率はほぼゼロに近く、担任の話によるとこの高校においては私ひとりだけだっていうから笑っちゃう。どうしてうちの学校の女子は宇宙に興味が無いのだろう ?

 だから同性の友達には言えない。彼女たちの前でうっかり宇宙飛行士になりたいなどと言おうものなら奇異の目で見られるのは明らかだ。

 いつからか、私はクラスの中で自分を封印する術を覚えてしまった。

 物心ついた時から目指している空の仕事の集大成だ。どんな目で見られようとも絶対になってみせる !

「人魚を見せてほしいのぉ !」

 猫なで声に振り向くと、隣のクラスのメルヘントリオだ。今度は誰に何を無茶振りしてるんだか。

 前回はスペースポートで働いているお姉さんがいる子に金星人のサインをねだっていたな。普通にスルーされてたけど(笑)

「お前ら、マジで頭だいじょうぶか ?」

 はは~ん、次のターゲットは浜崎マモルか。彼の家はたしか海洋生物研究所だっけ ? あの子たちの妄想の餌食になるには打ってつけの場所だわ。

「秘密だってことはわかってるしぃ、誰にも言わないしぃ」

 だいたい人魚って、今の時代目指すは宇宙でしょ宇宙 ! 金星人のサインは問題外として、誰も海の底なんかに興味ないっての。これだから女子の陳腐な会話にはついて行けないのよ。


『ひばりは頭がいいのねぇ、お母さんの自慢の娘だわ』

『宇宙飛行士になりたいですって !? お母さんは絶対に反対です。ひばりは女の子なのよ』

『どうしてって……危険だからよ。ひばりにもしものことがあったらお母さんどうすれば……』

『もうこれ以上、宇宙の話は聞きません。いつまでもそんな夢見てないで、素敵な旦那さんを見つけて素敵な家庭を持って、可愛い孫の顔を見せてちょうだい。それがお母さんの夢なのよ』

 ……母とはこの会話以後、進路の話はしていない。

 母の本音はすべて最後の台詞にあった。宇宙飛行士を目指すとなると結婚出産は後回しだ。もちろん現役の宇宙飛行士の中には既婚女性も子供がいる女性もいたが、私はこれと決めたら一つのことしか出来ない(見えない)タイプの人間なので、宇宙飛行士になると決めたからにはその夢に向かって進むのみ !

 今の私に与えられた課題は学力でもなければ協調性でもない、体力の向上だ。制服の下にはそれぞれ3kgのリストバンドとレッグバンドを巻いて筋力アップに励んでいるのも夢のため。

「いくらお願いされたって、いないものは見せられねぇつーの ! おとぎ話じゃあるまいし、ンなもんいたら俺が見たいわ !」

 浜崎マモル……なんで他の男子のように宇宙ネタに食い付かないんだ ? かといって女子と仲良くしているわけでもないし。せっかく男に生まれてきたのに……もったいない。

「ねぇひばり、あんたちょっと逞しくなったんじゃない ?」

 ヤバイヤバイ、何気にふくらはぎのリンパマッサージしてたのを友達に見られてしまった。昨日の筋トレで無理をしたのか足の筋肉が張っているのだ。

「それにしても塾行ってスイミング行って、よく体がもつわね」

 友達にはトレーニングジムではなくダイエットのためスイミングに通っていることにしてある。

 今日はジムでみっちりウェイトトレーニングの予定だ。「ネットワーク・コスモスタイム」も見たかったが、男子ほどリアルタイムにこだわってはいないので録画予約してきた。危ないのは母に見つかると録画を消去されてしまうことだ。消されるたびに母は不可抗力だと言うが、不可抗力の意味わかってないし。

 ジムへ向かう途中、分厚い本を抱えた浜崎マモルを見かけた。今どき活字をアナログ書籍で読む人間も珍しい。何の本かは知らないが、ネットや電子書籍ならあんな荷物にならなくて済むのに……ほんと変なやつ。

 時間があったら筋トレがてら持ってあげるんだけど、今日はそれどころじゃない。先月入った新型トレーニングマシーンの予約がやっと取れたのだ。再来年の宇宙飛行士要員資格試験に向けて頑張らねば !


          ◆ ◆ ◆


 トレーニング中に母からメールが来ていた。

『夜勤になりました。夕食は冷蔵庫の中にあります』

 母は看護師だ。口には出さないが将来は私も看護師になってほしいと思っている。看護師の資格を取ってから宇宙を目指すのも悪くないかなと考えた時期もあったが、毎日仕事に忙殺されている母を見ていると不可能に近いと感じてやめた。

 帰宅後、母が留守なのを幸いに録画していたコスモスタイムを見ながら勉強していると、なんだか遠くの方が騒がしい。何台ものパトカーが青ノ岬の方へ向かっているようだ。何か事件でもあったのだろうか ?

 ふと、机上に違和感を覚えた私は、月曜日学校に提出する進路志望調査用紙が見当たらないことに気が付いた。思いつくかぎりの場所を探したが、やっぱりどこにも無い。もしかしたら……。

 母の部屋をのぞいた。

 悪いと思いつつ部屋の中を見渡すと、鏡台の上にそれはあった。やはり見られていたのだ。

 第一志望『T大学 航空宇宙工学科』 志望理由『宇宙飛行士になるため』

 なんの迷いもなく記入した。担任には以前から私の意志が固いことを伝えてあるし学力も今のところ問題ないと言われていたが、まだ親の許可を得ていないことだけは言ってなかった。

 母は絶対に認めてくれないだろう……書類は部屋へ置いたまま、憂鬱な気分で床についた。


 翌朝、母は病院から帰宅して朝食の準備をしていた。

「ねぇお母さん。昨日の夜、青ノ岬の方でなんかあったの ?」

「なんかって ?」

「やたらパトカーがうるさかったんだけど」

「さぁ ? 怪我人や急病人は運ばれて来なかったわよ」

「ふぅん……」

 テレビのニュースでも特に取り上げられてはいないようだ。

「あのさ……進路のことだけど」

 味噌汁をすくい上げたオタマを持つ母の手が止まった。

「ああ、あの用紙ね。もちろん書き直すわよね ?」

「嫌だ。私、どうしても宇宙飛行士になりたいの !」

 母は味噌汁を入れたお椀をテーブルに叩きつけると、声を殺して泣きだした。

 泣きたいのはこっちの方だ。頭から味噌汁をかけられて顔にワカメが張り付いた状態で親を説得する身にもなってほしい。

「お母さんは私をぜんぜん信用してない。私はお父さんとは違うわ。お父さんみたいに飛ばされたりしないから !」

 私の父は宇宙飛行士だった。

 五年前、船外活動中に宇宙ごみ(スペースデブリ)に接触して外宇宙へ飛ばされてしまい行方不明のまま、今も宇宙空間を彷徨っているのだろう。

「私はお父さんみたいなヘマはしない。お母さんを泣かせたりしないよ、絶対に。だからお願いします、宇宙飛行士になることを認めてください !」

 初めて母に土下座した。

「……考えさせてちょうだい」

 そして「少し寝るわ」とだけ言うと、自分の部屋へ入っていった。


          ◆ ◆ ◆


 月曜日。

 母はすでに仕事へ行った後だった。結局あれからひとことも口をきいていなかったが、食卓の上には朝食とお弁当と……進路志望調査用紙が置いてあり、それにはメモが付けられていた。

『なれるものなら、なってみなさい』

 なによ、バッカじゃないの。ほんっと素直じゃないんだから……。

 なれるものならって、なってみせますとも !

 家を出る前に母へメールした。

『応援ありがとう。がんばるよ』

 

 今日のひばりは、いつもより高く飛べそうです !


~ 終わり ~

 

 


 

 


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