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最終決戦! 心を燃やせ! 鋼のように!!


 昼食を終え、部屋に戻った愛奈は、泥のように眠り続ける榛銘にかいがいしく世話をした。

 汗を拭き、温くなったタオルを取り替える。

 結局、その日に榛銘が目覚めることはなく、愛奈は夕食とお風呂も一人で済ませた。

 消灯と同時に眼を閉じる。

 今日は疲れた。睡魔はすぐに這い寄り、愛奈を闇へ落とす。

 瞬間、目が覚めた。

 微睡みに意識の半分以上を支配されながらもスマホに手を伸ばし、画面を起動させる。

 充電完了、ケーブルを引き抜きながら時刻を確認。

 午前一時。

 ここから先は、草木も眠る丑三つ時。

「……綾部さん?」

 目が覚めた原因は、よく憶えていないが、物音がしただろうか?

 現に、隣のベッドに榛銘の姿はない。トイレにでも行った? いや、ここまで汗を掻きながら寝ていた。脱水症状を起こしていてもおかしくない。一応、水と塩は置いておいたが、足りなかっただろうか?

「そんなわけないですよね……」

 愛奈は学校指定のジャージを脱ぎ、黒いセーラー服に手を通す。

 靴下を履き、靴を引っ掛け扉に手をかける。先生に見つかれば面倒なことになるだろうな、なんて考えながら。

 愛奈は榛銘のことを考えながら、寮を歩いていく。自然と、愛奈の足は外に向かった。

 空は朧月夜。月光は弱く、薄く桜の花弁を照らしていた。

 桜の花は満開を超え、あとは散るだけとなっている。その光景を楽しみながら、愛奈は軽やかな足取りで坂道を登り始めた。

 きっとこれから、三年間通い続ける通学路。でも、どんなに時間が経っても、この日のことは良い思い出として愛奈の心に残り続けるだろう。

 思えば、初めて榛銘と出逢ったのはこの坂だ。薄暗い坂を登りながら、あの日のことを思い出す。

 つい数日前のことなのに、もうこんなに懐かしい。本当に、酷い出逢いだったと思う。

 帰りも考えて、走らないように、それでも気持ち早めで歩いていく。

 鬼と出るか蛇と出るか、なんて考えて、顔が綻んだ。

 しばらくして校舎に辿り着き、扉を押す。鍵は壊されていたが、きっと後で、認識されなくなった後には直っているのだろう。

 校舎内に入ると、愛奈は耳を澄ませた。痛いほどの無音、静寂。

 心臓の音と呼吸の音がこんなにうるさい。

 ならばと、愛奈は階段に足をかける。玄関口の鍵は壊されていた。ならば榛銘はここに居る。後は校舎をくまなく探せばいい。

 虱潰しにするでもなく、愛奈は最上階を目指す。奇妙な確信があった。

 一段飛ばして階段を登っていく。

 榛銘を見つけたら、なんと言ってやろうと、考えながら。

 榛銘は、予想を違えることなく最上階の廊下にいた。まるで、あの日の焼き直しだ。

 だが、獣が違った。

 あの日見た獣は飢えた餓狼のような獣だった。

 そこにいるのは、まるで縄張りを守る熊のような獣。

 獣は威嚇をするように唸り声を上げ、二本の足で立ち、両手を上げている。

 榛銘は、静かに槍を構えたまま、動かない。

 獣の姿が、また変わっている。

 いや、それよりも愛奈が気になったのは、獣が縄張りを守る荒熊のように見えた点だ。

 もしも獣が愛奈の想像する通りのものなら、榛銘はどう思っているのか。

 ふと、榛銘がこちらを振り向いた。愛奈と目が合う。不思議と、榛銘に動揺はなかった。

 背を向けた榛銘に獣は飛びかかった。榛銘はただ槍を獣に向けていた。

 獣は榛銘を押し倒し、メキメキと鈍い音が鳴る。榛銘は苦悶に顔を歪めながらも、スカートに手を伸ばす。

 スカートの裾から出てきたのは、先端を短く切られた散弾銃。

 獣の腹に刺さった槍の、すぐ横に銃口を押し付ける。

 轟音。着弾。

 獣の血飛沫は榛銘に雨を降らし、そのまま力尽きて倒れ伏した。

 榛銘に重なるように。

 愛奈は眼を瞑る。

 大丈夫、そうすれば元通りだ。 

 そのまま大きく深呼吸。吐き気をもよおすような生臭い血臭が消える。

 眼を開くと、艶のある黒髪を下敷きに、何処か呆然と寝転がる榛銘がいる。

 愛奈は静かに歩み寄り、榛銘に手を差し伸べた。

「立てますか?」

「……怒らないの?」

 榛銘の様子はまるでいたずらが見つかった子供のようで、愛奈は必死に笑いそうになるのを堪えた。

「怒りませんよ。綾部さんがそれを選んだなら、それをわたしがどうこう言うことはないです」

 寂しくないかと言われたらそんなことはなかった。なのに、愛奈はそれでも榛銘を愛おしく思った。

「……いや、違う。私は、これまで禄に考えずに生きてきて、さっきも、考えるのが面倒になったんだ。それで、獣と戦ってる時は何も考えないで済むから、」

「わかりました。わたしは怒っています。大激怒です。もう口も利いてあげません」

 呆れながらも冗談めかしてそう言うと、榛銘は露骨にしょんぼりとしながらも、

「……でも、もう大丈夫。何かわかったんだ。私はこれまでずっと獣を殺すことしか考えないで、それしか知らなかった」

 言う。きっと、その後の人生を大きく変えるであろうことを、躊躇なく。

「あと一度、もう一度戦えば、全部わかる気がするんだ。幸せとか、夢とか、そういうの、なにもかも」

 その横顔は、なぜだかいつもよりも幼く見えて、愛奈は強い違和感を。

 そして二人は手を繋いだまま、寮へと帰った。誰にも見つからなかったことが、幸運だとも思うが、少し寂しい。



「起きろ愛奈。おい、起きろ」

 榛銘の声で起きて、スマホの時間を確認すると、午前七時。少し急がないと間に合わない時間だ。

 愛奈は榛銘の顔を見て、満面の笑みを浮かべた。

「おはようございます、綾部さん!」

 榛銘は顔を赤くしてそっぽを向く。

 愛奈は榛銘が起こしてくれたことが嬉しくて、上機嫌だった。二人で朝食を摂り、二人で登校する。

 愛奈は終始ニコニコしていたし、榛銘はその笑顔を受けて、照れたように笑っていた。


 今日は学力確認のテストが三教科あり、それらが終わった後、学校は終わり。午前中授業だ。

 そろそろ、本格的に授業が始まる。

 終わりのHRが終わると、榛銘は愛奈の席に駆け寄った。

「あ、綾部さん、お疲れ様です。テストは」

「愛奈」

 改まって、真剣な榛銘。初めて見る表情に、愛奈は何となく呆けてしまった。

「今日、最後の獣と戦おうと思う。これが終わったら、私はもう獣を探さない。求めないだから――」

榛銘は愛奈の耳元に口を近づけた。顔を見られるのが恥ずかしかったのだろうか。

「私と一緒に居て欲しい。私を、見守っててくれ」

 囁く。

 その言葉が嬉しくて、愛奈は思わず榛銘を抱きしめてしまった。

まだ少なからず教室に残っていた他の生徒が騒ぎ出すが、愛奈の耳には入っていなかった。



 一旦寮に戻って昼食を摂り、休憩や精神集中をしながら夕暮れを待った。

 獣は望めばいつでも現れるのだそうだが、今回は人が校舎から消えるタイミングを待った。場所もわざわざ校舎を選ばなくてもいいだろうが、そこは気分である。

榛銘は何も言わず、立ち上がった。愛奈もそれに続く。

道中も、榛銘は一言も喋らなかった。ただ、鋭い眼光に不安になって、愛奈は榛銘の手を握った。榛銘は驚いてこちらを見、すぐに前を見た。その横顔は幾分か和らいで見えた。

薄暗い斜光が坂道を妖しく照らす。桜の木々はどんどんと命を散らしていく。寂しい光景だった。

 校舎に到着する。

 部活動はあるのだろうが、午前中授業なのとそもそもの活気から、人の気配は感じられない。

 愛奈と榛銘は手を繋いだまま校舎に入り、四階まで登る。三階から続く階段で、榛銘は言った。

「今から、獣を望む。お前は獣が現れたら後ろに下がって、安全なところから見ていてくれ」

「はい、綾部さんも、怪我だけはしない様に、気を付けて」

 獣との戦いで怪我なんてしないだろうけど、愛奈はそう言って微笑んだ。

 四階に着く。

 最期の戦いが、始まる。


 そこには、三メートル程の距離を開けて、黒い獣が立っていた。

 獣が人型をしていることに、愛奈は驚いた。だが、榛銘は一切の迷いを見せず、ポケットから刀を、薄く鋭く、斬る事に特化した日本刀を引き抜き、獣に殺到する。

 獣もまた、同じ動きで同じ武器を取り出しながら、応戦した。

 不気味な鏡写し。榛銘と獣は全く同じ角度から刀を振り下ろし、二人の中間で激突した。

 そのまま鍔迫り合う。力も同じか、絶妙な均衡で二人は停止し、同時に足で互いの腹を蹴って距離を取る。

 まるで、生きるために人を殺す人のような獣。

愛奈は何が起こっているのか、思考を放棄し掛かる。

戦闘は続く。

榛銘は髪の束から木と鉄でできた長い銃を取り出し、撃ちまくる。獣もそうした。

互いの狙いは同じ。銃弾は全て同じ軌道を描いて、衝突した。

銃弾が弾き合い、壁を、床を、窓を撃ち壊していく。角度の逸れた銃弾が互いの脇腹を掠め、背後に跳んでいった。

榛銘は思わず愛奈の安否を確認するために振り向いた。均衡が、崩れた。

榛銘は気付き、獣に応戦する。

繰り出される斬撃を逸らし、いなし、弾いて距離を取ろうとする。

ほぼ同時に、二人は左手にリボルバーを持っていた。

至近距離で撃ち合う。それが牽制だと、既に気付いている。

踏み出し、斬り裂こうとする。

榛銘と獣が壮絶な殺陣を演じている間、愛奈の頭を、閃きが駆け巡った。

 榛銘は、魔法を何だと言った?

『自分がわからなくなるまで見失う。そうして、失った心に別の誰かが細工することで、私の心は魔力を生み出すようになる。だから、魔力ってのは感情なんだ』

 獣とは、なんなのか?

『私たち魔法使いの敵よ、可愛いお嬢さん』

 獣は、単に魔法使いの敵なのか?

『襲われたこと無いだろ? お前。獣ってのはさ、私たち魔法使いが殺したいと願った時に、都合よく現れるモノなんだよ』

 むしろ、獣は魔法に似ている。

『いやいや! ないない! あいつが優しい? 嘘でしょう? 獣を見たって分かる。あいつは残酷。貴女が知らないだけよ』

――獣は、榛銘に似ている?

互いに人の認識をすり抜けるようにして活動している榛銘と獣。

初めて榛銘と会った。

――餓えた狼のような獣と戦っていた。

榛銘の正体を知って、どうにかしたいと思った。

――初めて外敵に遇った鳥のような獣を追いかけた。

榛銘に夢を語った。

――縄張りを守る熊のような獣を一人、殺していた。

榛銘は全てを終わりにすると言った。

――目の前には、生きるために人を殺す人のような獣が。

剣戟の音が響く。互いを抹殺せんと死を迫る。生死を賭けた火花が散る。

もしも獣が榛銘の魔法なら、

魔法が、失われて細工された、榛銘の心だというなら、

獣が、榛銘がいつか無くした心だというのなら。

「迷うな、わたし」

 獣との戦いで、榛銘の魔法で、負った怪我は直ぐに治る。

 安全を気にする必要なんかない。

 愛奈は駆け出す。榛銘と獣の戦場へ。

 愛奈は全ての真実に辿り着いたという訳ではないだろう。ただ、獣が榛銘なら、その戦闘を傍観していることなんて、出来る訳がなかった。

 跳弾した弾丸が愛奈の腹を打った。それでも足は止めない。

 背後から背を追い抜いた愛奈に気付かず、榛銘はその体に刀を振り下ろした。それでも、ここでは止まれない。

 獣は動きを止めた。

 飛び出した勢いを殺し切れず、愛奈は獣と激突した。

 そのまま、倒れ込む。獣の背には窓があった。

「愛奈っ!」

榛銘が手を伸ばす。差し出した手は宙を掴み、愛奈と獣は窓の外に落ちていった。

 愛奈は憶えていた。このすぐ下には桜の木がある。三階から見下ろせる程度の背丈の桜。

 四階の高さなら、きっと死なない。

 バキバキバキと、桜の枝をへし折りながら、愛奈と獣は、桜の花の中へ落ちていった。

 愛奈も獣も、全身擦り傷だらけで血塗れだ。愛奈に至っては、肩口とお腹から血が溢れ出ている。

 愛奈はおろおろと愛奈の体に手を伸ばす獣の眼を掌で遮り、自分も眼を瞑る。

 意識した時にはもう重さと熱さが支配する傷口は消えていた。

 それでも、桜の枝で付いた傷は無くならなかった。

 視界を遮り、世界を愛奈と獣だけにする桜の花びら。そんな幻想的な光景を意識の外に、愛奈はゆっくりと不安定な足場で体重を移動させ、すぐそばで縮こまっていた獣を優しく抱きしめた。

「綾部さん、ですよね? 大丈夫ですか? 痛くないですか?」

 獣は、失われた心は、うめき声上げながら、ふるふると首を振った。

「怖がらないでください。私は、あなたとお話がしたいんです」

 黒い影が、後ろに下がろうとして音を鳴らす。奇跡的なバランスで成り立っている体制は、一本でも枝でも折れれば崩れそうだった。

「ごめんなさい。今まで、あなたが綾部さんだって気が付きませんでした。ずっと、言葉も通じない獣なんだって、思い込んでました。それは、きっと綾部さんも同じです」

 桜が軋む音が止む。腕の中の小さな生き物から、力が抜けていく。

「でも、もう大丈夫です。もうあなたを傷付ける人はいません。あなたは、あなたが本来居るべき場所に帰ってください」

 愛奈の首筋に、温かい雫が落ちた。

「綾部さんにはちゃんと言って聞かせますから、綾部さんのところに一緒に帰りましょう?」

 榛銘の心が、口を開く気配がした。

 心が、囁く。

「何を言っているの? コレは私の物。ぽっと出の貴女にくれてやる義理なんてないわ」

 愛奈の体が思い切り突き飛ばされる。

 視界がぶれ、桜の花が一瞬で遠ざかっていく。愛奈は背中に衝撃を受けて、肺の中の空気を吐き出した。

 バラバラになる意識を掻き集め、グラグラする頭を押さえつける。

 桜の木から、真っ黒な心が落ちて来た。

 それは、死者を連想せずにはいられない、退廃的な気配を纏った、細工された心だったものだ。

「あなたは……」

 痛みに蹲る愛奈に、心から声が降ってきた。

「あとちょっとで榛銘の心は全部失われる。そうしたら、アレの身も心も、全部私の物。邪魔しないでくれる?」

「……綾部さんの!」

 怒りが痛みを消す。興奮のままに、体を突き動かす。

 勢いよく立ち上がった愛奈を見て、榛銘の母が操っているのだろう、心が動き出す。

「榛銘の心同士を争わせることで、残りの心も抜き取るつもりだったけど、貴女のせいで台無しよ。でもいいの、貴女が死ねば、やっぱり榛銘は心身喪失するでしょう。そうなれば榛銘は私の物よ」

 夕暮れ、マジックアワー、逢魔が時。

校庭の隅、桜の木の下で、愛奈は心を睨みつけた。

「どうして、綾部さんの心を奪おうとするんですか、親子でしょう」

「違うわ。アレは夫の連れ子。ほら、似てないでしょう?」

 心は両手を広げながら、おどけて嗤った。

「それにね、これは仕方ないことなのよ? 人はいつか死ぬ。どんなにお金を稼いでも、どんなに幸せでも。死んでしまったら、なんの意味もないじゃない?」

 愛奈の中で両親がフラッシュバックする。思い出なんかほとんどなくて、いつの間にか死んでしまった人たち。

 それでも、愛奈は二人が好きだった。

「意味は、あります。幸せなら、それが最高じゃないですか」

「別に貴女の意見なんて聞いてないけど。とにかく、私は榛銘の心を奪う。そうして、がらんどうになった榛銘の中に私の心を入れる。そうやって誰かの体を乗っ取り続けることで、私は不老不死になるのよ!」

 愛奈の背筋が泡立つ。

 もしかしたらこの女は、そうしてもう何度も他人の心を殺し続けて、他人の体を奪い続けてきたのだろうか。

「……その獣は、あなたの心ですか?」

 愛奈は黒いヒトガタを指差す。もしも榛銘の心じゃないなら、愛奈は容赦しない。

「ええ、榛銘が失った、私の心よ? 醜い心だけど、捨てるのも勿体ないからこうして使ってるんだけど、貴女を殺したら処分しようかしら?」

 心は、背に手を回し、背後から黒い拳銃を取り出して、愛奈に向けた。

「このまま、榛銘が来るまで待ちましょう、アレの前で貴女を殺してあげるの。だから、動かないでね?」

 愛奈は聞き終わらない内に、勢いよく前に飛び出す。

 どうすれば榛銘の心をあの女から取り戻せるかなんてわからない。それでも、一秒でも榛銘の一部を他人に好き勝手に使われていたくなかった。

 心は冷静に愛奈の右の太ももを撃ち抜いた。

 体勢が崩れて、勢いのままに地面を転がった。愛奈は素早く立ち上がろうとして、今度は左肩を撃たれて倒れる。

 もう体はボロボロで、心は愛奈から視線を外さない。

 認識することを、止めない。

 どうにかなりそうなほどの痛みの中、愛奈は体をめちゃくちゃに動かしながら、考えも纏まらない頭でなんとかしようと考えようとする。

 心は、それをゴミでも視るような目で、冷酷に見下している。

 その時、一発の銃声が鳴り響いた。

愛奈の朦朧とする意識のなかで、心の右腕が、血を撒き散らしながら消し飛んでいった。

心は右腕の有った場所を左手で抑えながら、辺りを見回す。

その上空から、榛銘が降ってきた。


 榛銘は地面に着地すると、刀を一閃、心の両目を斬った。

「愛奈、眼を閉じろ」

 言われてぎゅっと瞼をきつく締めると、愛奈の体からあり得ないほどの熱が引いていく。

「綾部さん!」

「悪い、待ってろ、今こいつを殺す」

 榛銘が正面に刀を構える。愛奈は思わず叫んだ。

「ダメッ!」

 驚いて愛奈を見る榛銘。その耳に、もっとも聞きたくない声が聞こえた。

「あら榛銘、丁度いいところに来たわね? 今からそこのお嬢さんを殺すから、よおく見てなさい?」

 心は眼を潰されて何も見えないだろうに、榛銘と対峙する。

 瞬間、榛銘が横から吹き飛ばされる。いつかと同じ、見えない腕。

 愛奈にはそれが、飽くなき弱い人の欲望のように見えた。

 愛奈は立ち上がる。

 見えない腕が伸びて来る。それを、前に踏み込むことで躱した。

 腕の大体の位置は榛銘が殴り飛ばされた時の方向で予測する。

 後は、全力疾走だ。

 愛奈と心の距離は二メートルも離れていない。一秒も掛けず、愛奈は心に接近した。

 心は左腕に大きな銃を持っていた。その腕ごと、愛奈は抱きしめる。

 そのまま、愛奈は心を押して、桜の木の下、校舎の壁に心を押し付けた。

 愛奈は眼をぎゅっと閉じて、精一杯叫ぶ。

「眼を閉じて!」

 心に頭突きを喰らわした。

 何度も、何度も。

 心は何度かまでは痛みに喘いでいたが、その声も消える。

 愛奈は痛みで瞳を濡らしながら、心を見た。

 心も泣いている。

「……綾部さんのところに、戻りましょう?」

 愛奈は泣きながら言う。心も、泣きながら頷いた。


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