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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
小学生編
7/37

黒助手の陰謀と策略



 生きもの係の当番交代、という史緒のナイスな提案に乗っかった結衣ちゃんは、やって来たその当番の日、朝からずっとソワソワしっぱなしだった。

 ちらっちらっと高遠のほうを見てはぽっと頬を染め、何かの想像でもしているのか、時々ぼーんやりと視線を宙に彷徨わせたりしている。自分の仕事を結衣ちゃんに押しつけて上機嫌の史緒は、可愛いねえ、とその姿を温かく見守った。面倒なことが自分の手を離れると、人間というのはどこまでも心が広くなれるものらしい。

 が、昼休みになる前に、

「ねえフミちゃん、当番を代わること、高遠君に前もって言っておいてもらえない?」

 と結衣ちゃんに言われた途端、広くなった史緒の心がしゅーっと音を立てて縮んだ。

「えー、別にそんなこと、言っておかなくてもいいんじゃないかな」

 史緒は出来る限り、高遠とは関わり合いになりたくないのである。自分から話しかけるという行為もイヤだが、その件を話してどういう反応をされるのかを考えるだけでもイヤなのである。だからなるべく婉曲に、しかし拒絶の意志がはっきり伝わるように言ってみたのだが、結衣ちゃんは退いてくれなかった。

「そういうわけにはいかないよ。だってフミちゃんじゃなくて私がいきなり行ったら、高遠君、ビックリするかもしれないでしょ」

 そりゃビックリするかもしれないが、そこまでは史緒の知ったこっちゃない、正直なところ。

「今日は代わりに当番の仕事するよ、って普通に言えばいいんじゃない?」

「どうして? って、高遠君にいろいろ聞かれたら困るもん」

 なるほど。結衣ちゃんは、高遠目当てに生きもの係の仕事をするということを、高遠本人には知られたくないのだな、と史緒は悟った。

 純粋に生きものに興味があって当番仕事をしている(と、結衣ちゃんは思っている)高遠に対して、ちょっと決まりが悪い、とか、恥ずかしい、とか、ガツガツしているように思われたくない、とかいうオトメ心があるのだろう。当番を代わるのは結衣ちゃんの意志ではなく、史緒に頼まれてということを、しっかり伝えておいてもらいたいわけだ。

「じゃあ、わたしに頼まれて、しょうがなく、って言えばいいよ。いきなり具合が悪くなった、でもいいし、はっきり、サボったって言ってもいいし。わたしのことはなんて言ってもいいからさ、適当に口実を作れば大丈夫だよ」

 別に史緒は高遠にどう思われようが、全然まったく気にならない。どうとでもお好きに言っておいてください、という感じである。上手に言えば結衣ちゃんの株も上がるかもしれないし、呆れた高遠も史緒を見限るかもしれない。そうなったらもう万々歳ではないか。

「ええー、でもー、高遠君相手にそんなにぺらぺら調子よく喋れないかもしれないしー」

 いつも高遠に他の女の子が近づくと、猛烈な勢いで突進して割り込んでいく結衣ちゃんは、いかにも恥ずかしげにもじもじして身体をくねくねさせた。恋する女の子ってやつはよくわからない。高遠も、どうせ観察するのなら結衣ちゃんを観察すればいいのに、面白いから。

「お願いフミちゃん、今日は自分の代わりに私が行くってこと、高遠君にちょっと言っておいてよ。そうすれば話がスムーズにいくじゃない」

「ええ~……」

 面倒だなあ、という声と顔で史緒は言ったが、結衣ちゃんは「いいから、お願い」とお構いなしだ。ぐいぐいと強引に背中を押され、仕方なく椅子から立ち上がる。

 とりあえず教室のドアの外に一旦出て、そこからこっそり顔だけを出し、相変わらず女の子に囲まれている高遠の視線を捕まえて、ちょいちょいと手招きした。みんながいる前でこんな話は出来ないし、これ以上女の子の敵意が自分に向けられるのも真っ平だ。

 高遠は史緒の合図に気がつくと、周りの女の子たちに何かを言って席から立ち上がった。

 やれやれ、手間がかかる、と史緒はうんざりして息を吐きだした。



 人目につかない場所まで高遠を連れ出して、「そういうわけで今日の当番はわたしの代わりに結衣ちゃんが行くからよろしく」と一方的に告げると、高遠は驚いたように目を見開いた。

「そういうわけでって、どういうわけだ。さっぱり事情が判らない」

「とにかくややこしい人間関係のいろいろがあってさ」

「うん」

「複雑な事情のあれこれをなんやかんやと考察した結果ね」

「うん」

「結衣ちゃんに当番を代わると、それが解決するんだよ。わたしも楽だし」

「君、最後に思いきり本音を漏らしてるぞ。それに途中経過がとてつもなくいい加減な説明で、さっぱり事情が判らないという点では何も変わっていないじゃないか」

「別にいいじゃん。要するにわたしの代わりに結衣ちゃんが仕事をするっていう結論は同じなんだから」

「別にいいじゃん、で済ませるな。君はどうして何もかもがそう大雑把なんだ? そんな無責任極まりない態度で仕事を放り出して、それについての事情説明もろくにしないとはどういうつもりだ。生きもの係としての義務について、君は一体どう考えているのか、僕に話してみろ」

 ガミガミと史緒を偉そうに叱りつける高遠は、自分は生きもの係ではない、という事実を綺麗さっぱり忘れているらしい。

「大体、君は以前、生きもの係の意義は、『役割分担の重要性だとか自己責任だとかを心と体に染み込ませていく』ことだと僕に言ったじゃないか」

「わたし、そんなこと言ったっけ?」

「君の脳内メモリは、どこか致命的な欠陥があるんじゃないか? どうしてそう、都合の悪いことはコロコロ忘れてしまえるんだ」

 お前が言うな。

「それが人間というものだよ」

「一般論にするな、騙されないぞ。君の精神構造は、明らかに少し特殊だ」

「そんなことないもん!」

 そこだけは聞き捨てならず、史緒はぱっと顔を赤くしてすぐさま反論した。平凡に平穏に世間に埋没しながら生きていきたいと願う史緒は、「特殊」とか「異端」とかの言葉が大嫌いだ。

「大体ね、高遠君!」

 眉を吊り上げたまま、ビシリと人差し指を高遠に向けて突きつける。

「あんた、そもそも地球にやってきた使命とその目的を忘れたの?!」

 こいつを言いくるめるためやむを得ない、という気分で、史緒は高遠が作り上げた「設定」を持ち出すことにした。ちっちゃい頃、父親と一緒に正義のヒロインごっこをした感覚を思い出す。羞恥心はこの際脇に追いやって、役になりきるのがコツだ。いいトシをした父親だって、いつでも即座にノリノリでクールな悪役になりきっていたではないか。見習いたくないけど見習おう。

「……え」

 高遠がやや狼狽した表情になった。頼むから、今さら「なに言ってんだ」とか言うなよ。その場合、史緒の居たたまれなさがハンパない。

「地球人の様子を観察研究して、この星が征服するに値するかどうかを見極めるのが高遠君の任務なんでしょ! 違う?!」

「い、いや……その通りだが……」

「だったらわたしだけに限ったことじゃなく、他の人たちもまんべんなく調査すべきでしょうが! 結衣ちゃんと一緒に生きもの係の仕事をして、しっかり近くで言動を見ておけば、その助けになること間違いなし!」

「……そ、そうか……?」

「そうです!」

 この上なくキッパリ言い切ると、高遠は考えるような顔になって、おもむろに腕を組んだ。

「そうだな……確かに、君の言うことも一理ある。なるほど、小動物への対応、という切り口で人間をタイプ別に分けてみるという試みは悪くない。金網とはいえ、外界とは遮断されているから、邪魔が入る気遣いもないし……」

 ぶつぶつと呟いている高遠を見て、史緒はよしよしというように頷いた。これ、上手くいけば、クラスの他の女の子たちに順番に生きもの係の当番を廻すことも可能だな、とひそかに考えてほくそ笑む。そうすれば史緒だけが敵視されることもないし、当番仕事からも逃げられる。

 正義のヒロインより、悪役のほうが楽しいかもしれない、と史緒はニヤリと邪悪に口の端を上げた。悪魔に魂を売る生きもの係。なかなかいい。

 高遠がくるりと振り返り、史緒を見た。しみじみと満足げな息を吐く。

「うん、そうか。つまり君も、ようやく僕の任務の重要性について、理解するようになったわけだな」

「…………」

 断じてそういうわけではないが、姑息なことを企む史緒は無言を貫くことにした。悪役が無口な理由が判ったぞ。きっと、バカなことばかり言うズレた部下や主人公に対して、ツッコむのをこらえるためだ。

「助手として、君がいろいろと考えていることが判って、僕も一安心だ。これからも僕の手となり足となり、存分に働いてくれたまえ」

「…………」

 断じてそういうわけではない!



          ***



 さて昼休み、給食が終わると、結衣ちゃんは顔を上気させながら、いそいそと教室を出て行った。高遠に声をかけないのは、周囲を憚っているためだろう。一緒に行こうよ、などというセリフを聞こうものなら、女の子たちが一斉に目を吊り上げるのは必至だ。

 そして少し間を置いてから、食器を片づけた高遠が静かに席を立ち、廊下へと出て行く。

「…………」

 うーん。

 その背中を見送りつつ、史緒は迷った。

 心配だなあ、と今になって心が揺れる。心配なのはもちろん高遠ではなく、結衣ちゃんでもない。ウサギたちだ。

 ただでさえ高遠にあんなにも怯えているウサギたちは、またも見知らぬ闖入者の存在に、混乱したりしないだろうか。史緒が一緒にいる時は、なるべく高遠が発する毒電波からウサギたちを守ってやっているのだけど、結衣ちゃんは果たしてその役目を果たしてくれるかな。

 ……そもそも、あんなに浮ついていて、ちゃんとウサギの世話が出来るのか?

 ウサギに罪はないのに、なんだか非常に悪いことをしているような気になってくる。愛らしいふわふわの毛玉を頭に浮かべると、胸がチクチクして痛い。特に動物好きというわけではない史緒だが、やっぱりこれまで接触してきた時間がある分、ウサギに対する愛着は湧いているのだ。

 ああ、身も心も悪役になりきるのって、難しい。

 ──結局、史緒も教室を出て、こっそりと様子を見に行くことにした。



 ウサギ小屋から離れた校舎の陰から、気づかれないように頭だけを覗かせてそうっと窺うと、小屋の中で話をしている高遠と結衣ちゃんの姿が目に入った。

 高遠は箒とチリトリを持って、今まさに、仕事のやり方をレクチャーしようとしているところのようだった。結衣ちゃんは嬉しそうにニコニコして高遠を眺めている。ウサギはまったく見えないから、きっと穴の奥でビクビク震えて二人の子供を怖がっているのだろう。

「いいかい? 代理とはいえ、引き受けたからには、きちんと責任を持って仕事を全うしなければならないよ」

 と、高遠が分別くさく言っているのが聞こえる。史緒に話す時よりは柔らかい口調だが、教室で優しげな優等生の仮面を被っている時よりはやや厳しい。結衣ちゃんは真面目に、うん、わかった、と返事をした。

 よしよしいいぞ、その調子だ高遠、と史緒は拳を握り、声には出さずに応援した。

「当番の仕事内容については、僕の指示に従ってもらうから、そのつもりで」

「うん」

「難しいと思うことがあったら、自分でなんとかしようとせず、僕に聞くといい」

「うん」

「質問があれば、すみやかに挙手して聞いてくれ」

「え……う、うん」

 なんでこの狭い空間に二人しかいないのに、挙手する必要があるんだろう──という疑問を、結衣ちゃんは高遠の綺麗な顔に免じて胸の奥に押し込めることにしたらしい。一瞬戸惑った様子を見せたものの、それでも従順に返事をした。

 しかしそういう結衣ちゃんの態度は、ますます高遠を増長させていった。

「まずは掃除。この小屋の中にあちこち散らばった小さなフンを始末しなければならないが、それは君の役割ということにしよう」

「あ、うん」

「言っておくけど、不満は受け付けないよ」

「え、別に、不満は……」

「生きものの世話をするということは、汚れ仕事も甘んじて引き受けねばならないという覚悟を持つということだ。決して、決して僕がその仕事が嫌いだから、君に押しつけようとしているわけではない」

「……う、ん」

 だんだん高遠の話し方が熱を帯びてきた。教室の中での、涼しげで淡々とした態度を崩さない姿しか知らない結衣ちゃんは、困惑を深めているように見える。

「…………」

 おいおいその辺にしとけよ高遠、と校舎陰で史緒はハラハラした。

「生きもの係において、君は初心者だ。つまり僕は、君の先輩で、上司で、ラスボスで、司令官にあたる。よって、僕は君に命令する権利がある。いいね?」

「…………」

 史緒のセリフをほとんど丸パクリしてふんぞり返る高遠は、なんだかやたら生き生きと目を輝かせているのだった。いつもは史緒にあれこれと指示されるばかりのウサギ小屋で、采配を振るえることがよっぽど嬉しいのか。

「では箒を持って、仕事をはじめよう。僕は水を替えてくるが、その前に何か生きもの係についての質問があるかい? あれば何なりと手を挙げて聞いてくれ」

 だから、手を挙げる必要はないだろ。

「僕はもう何度も経験したから、どんな質問にもすぐに答えられる用意がある。さあ、なんなりと」

「……別に、特には」

「遠慮しなくてもいいんだ。何かあるだろう、何か」

「…………」

 この時、結衣ちゃんが心の中で思っていることが、史緒にははっきりと読み取れた。目には見えない友情の絆が、今しっかりと、二人の間を繋いでいる。

 うんうん、結衣ちゃんとわたしは友達同士だもんね、わかる、わかるよ。だってわたしも今、同じこと思ってるもん。


 こいつ、めんどくせえ……!



          ***



 その後、昼休みが終わる直前になって教室に帰ってきた結衣ちゃんは、まっすぐ史緒の許へとやって来て、「今までいろいろとごめんね、フミちゃん。私が悪かったよ」と、真情溢れる顔つきで謝ってくれた。

「フミちゃんは生きもの係の当番を真面目にしてただけなのにね。これからは、他の女の子が何を言っても、私は絶対にフミちゃんの味方だよ」

「あ、うん、ありがとう……えーと、じゃあ、当番の代わりは」

「うん、もういい」

 ものすごく素早い返事だった。そ、そう……と、史緒としては頷くしかない。

 あーあ、これでもう面倒な当番仕事ともおさらばだと思ったのに、とガックリ肩を落とす。

「私ねえ、判ったことがあるんだ」

 と、結衣ちゃんはどこかしら遠い目をして言った。

「世の中には、離れたところから見ているほうがいいものっていうのが、あるんだね……」

 夏休みはこれからだというのに、結衣ちゃんは、大人の階段をひとつ、のぼったようだ。




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