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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
小学生編
6/37

昨日の友は今日の敵



 生きもの係は四年生からある係なのだが、四、五、六年生とも学級はそれぞれ四クラスのため、係の児童は全部で十二組しかいない。

 その少数の生きもの係だけで朝と昼の当番をこなしているわけではなく、先生たちも順番で世話をしているから、実質、朝か昼の当番は、十日に一度くらいの割合で廻ってくることになる。一カ月に約三回だ。これを多いと考えるか、少ないと考えるかは、児童の個人的な思い入れとか性質とかによって左右されると思われる。

 もちろん史緒は、多すぎる、と考えるタイプだったが、残念ながら新しい相方はそうは思わないタイプであったらしい。鬱陶しいくらいに張り切って、彼は毎回の当番日には欠かさずウサギ小屋にやって来ては、なんだかんだとうるさく史緒に質問をしつつ仕事をしていた。

 ……別にそれはいいのだが、よくないのは、この相方がクラス内で少々特殊な立場にいる人間であったために、生きもの係とは関係のない人たちまで、「ちょっと当番の回数が多いんじゃないの?」と不満に思うようになってきた、ということなのだ。

 要するに、高遠が生きもの係の仕事を始めてから一カ月が経ち、夏の暑さが日に日に増してきた現在、史緒は五年三組の中で、あんまり面白くない状況に置かれてしまっているわけなのだった。高遠のせいで。高遠のせいでね!



「……フミちゃん、今朝も生きもの係の当番だったんでしょ」

 と言う結衣ちゃんの顔を見て、史緒はその先の台詞を聞く前にすでにげんなりした。

 結衣ちゃんの目はいかにも不満げな色を浮かべて眇められており、口はへの字の形のまま愛想のカケラもない。言葉にはしないが、言葉にすると明らかに「ずるい」という内心を、如実に表していた。

「うん」

 頷きながら、そっとため息を押し殺す。史緒だって決して喜び勇んで早起きして学校に来て当番活動に勤しんでいるわけではないというのに、どうして一時間目の授業が始まる前から、こんな風に詰問めいた言い方をされなければならないのだろう。

「高遠君と一緒だったの?」

「うん」

「田中君は?」

「来なかった」

「じゃ、二人だけで当番やったんだ。また」

「……うん」

 結衣ちゃんの言葉は、「また」の部分に、隠しようもなく嫌味な強調がされている。渋々ながら頷いて、史緒は世の中の理不尽を呪った。なんでわたし、真面目に生きもの係の仕事をしただけで、責められないといけないんだ?

「でもさ、おかしいよね、そんなの。ホントの生きもの係は田中君なのに」

 よくぞ言ってくれました。

「だよね、おかしいよね」

 力強く同意したものの、結衣ちゃんの不機嫌は収まらない。

「いくら生きものに興味があるからってさ、毎回、高遠君が田中君の代わりに当番の仕事をするなんて、変じゃない?」

「本当だよね、いくら生きものに興味があるからってねえ。変だよね」

 史緒の口調はほとんどタイコ持ちのそれである。こういう時、余計なことを言って結衣ちゃんの神経を逆なでさせてはいけない、と本能が告げている。

「先生もさあ、もっと田中君に怒ればいいのに。『動物に関心があるから生きもの係の手伝いをしたいなんて、偉いわね高遠君』なんて、そればっかり。先生のくせに」

 子供といえど女なので、結衣ちゃんの怒りは高遠に甘い担任の独身女性教諭にも飛び火する。先生であってもライバルだ、と直感で感じ取っているらしい。すごい。すごいけど怖い。

「まったくまったく。サボる田中君が悪いんだよね。本当にね」

 切実に巻き込まれたくないので、史緒は調子のいい相槌を打った。ここはもう、ウサギを怖がる田中君に極悪人になっていただこう。史緒は自分の平和のためなら、クラスメートの男子を生贄に差し出すこともためらわない。

「結局、田中君じゃなくて、高遠君が生きもの係になってるじゃん」

「だよね」

「こんなんじゃ、高遠君が田中君や先生にいいように使われて可哀想だよ。そう思わない?」

「……だよね」

 史緒が抱く高遠への感想は、可哀想、とは対極をなすものであるので、その返事はちょっとテンポがずれた。いかん、今のわたしは女優であらねば。

 それにしても、結衣ちゃんがここで、「関係ない高遠が出しゃばるのはおかしい」という方向に思考が向かわないのは不思議だな。結衣ちゃんにとって、それほどまでに高遠という存在は、絶対的に肯定されるものである、ってことか。なんか宗教みたいだな。高遠教? うわー、うぜえ。

「──いくら高遠君が親切だからって、フミちゃんもちょっと甘えすぎじゃないのかな」

 結衣ちゃんの口から、ポツリとした批判が漏れた。げ、とうとうこっちに廻って来ちゃったか。というか、結衣ちゃんは結局はじめから、それが言いたかったんだろうけど。

「うーん……そう、かなあ」

 自分が高遠に甘えている、などという言われ方は不本意極まりないが、今の状態で正面切って「むしろ高遠はうるさいし鬱陶しいし邪魔だから来なくていい」と本当のことを口にする勇気もない。高遠に対しては思ったことをズケズケ言えても、女友達に対してそれをやると非常に面倒なことになる、ということくらいは史緒も知っているのである。

「そうだよ」

 結衣ちゃんは、史緒の曖昧な返事に、迷うことなくキッパリと言い切った。こちらに向かってくる視線には、キラリと光る史緒への敵意がほの見える。高遠が転校してくるまでは、結衣ちゃんは自分の意見を表に出さずに史緒のそばでもじもじしていることが多い女の子だったのだが。

 男の子一人で、こうまで変わっちゃうんだなあ。

 驚きと、感心と、寂しさとが入り混じる、複雑な心境になる。

「他の女の子たちも、そう言ってるよ。高遠君生きもの係じゃないのにいっつも当番の仕事させられて可哀想、って。フミちゃんどうして何も言わないんだろうねえ、って」

 いや、いつも言ってはいるんだけどね。ていうか、最初から明確にお断りしてるし、イヤだ、という主張も何度も表明してるんだけどね。相手に聞く気がまったくないのだから仕方ないではないか。

「今朝、フミちゃんと高遠君が、二人一緒に教室に入ってきたのを見て、みんな怒ってたもん。そろそろ何とかしたほうがいいと思うな」

 結衣ちゃんはそう言うと、ぷいっと顔を背けて、史緒から離れて行ってしまった。それと同時に、一時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。もう十分疲れてんのに、これから一日が始まるのかあ、と史緒はぐったりした。

 はあーっ、と深い息を吐きだす。

 何とか、ったってねえ。




 しかし結衣ちゃんの言葉通り、その朝からあからさまに、他の女の子たちが史緒に向ける態度は、よそよそしく冷たくなった。

 どうやら、クラスの女子の大部分が史緒の敵に廻った、と見ていいだろう。小学生の女の子たちなんて、単純な理由で好意と嫌悪が変動するものだと知ってはいたが、生きもの係の当番、なんてものが仲間外れの口実になるとは、思ってもいなかった。

 しかし謝るのも変だし、低姿勢になるのも嫌なので、史緒は知らんぷりでこの状況をやり過ごすしかなかった。この場合、生きもの係の仕事を高遠に譲り渡した田中君よりも、その得体の知れなさでウサギを怯えさせる高遠よりも、なにより悪いのは史緒、ということになっているのが納得できないのだ。

 一言で言ってしまうと、「自分ばっかり」ってところか。本音は、高遠と一緒に当番の仕事をしているのが腹立たしい、というだけのことだと思われるのに、高遠の申し出を断らないのが悪い、遠慮しないのが悪い、と論点をすり替えてひそひそと史緒の悪口を言い合うなんて、あまりにも身勝手だ。史緒もさすがにムカっ腹を立てて、絶対にこっちから頭を下げるような真似をするもんか、と決意した。

 結衣ちゃんはその悪口グループには入らないものの、今日一日、史緒のほうに近寄っても来なかった。帰りも史緒に何も言わず、他の子とさっさと帰ってしまった。当番の仕事をしているだけの自分が、どうしてこんな目に遭わなくてはならないのかと思うと、けっこう本気でヘコむ。


 なんでオタクでもないのに、周りから疎外されなきゃいけないんだろ。


 そうして、一人っきりで学校からの帰り道をとぼとぼと歩いていると、後ろから声をかけられた。

「姿勢が悪いね、塚原さん」

 出たな、元凶。

 無言で振り返ると、元凶は能天気にも涼しげな表情でランドセルを背負って立っている。

「今日は一人なんだ? あの、いつもきゃんきゃんうるさい子は一緒じゃないの?」

「…………」

 あんたのせいで嫌われちゃったよ、と文句を言う気力も失せて、ふーっとため息をつく。

 うな垂れてしょんぼりと肩を落とす史緒に、高遠は怪訝な顔で首を捻った。

「……本当に元気がないな。悪いものでも食べたのかい」

「みんなと同じ給食しか食べてないよ」

「じゃあ、どこか壊れたのか」

「アンドロイドじゃあるまいし」

「なんなら僕が治療してやらないでもないぞ。僕の星の医療技術は、この星のものと比べて遥かに進歩しているからな」

「心の傷だから、治療不可」

「精神的なものか。もちろん、治療は不可能ではない。まずは力を抜き、リラックスして、気持ちを伸び伸びと広げることが肝要だ。起きた出来事に、柔らかに、しなやかに対応しようという心構えを持ってだな」

「ゴム人間みたいに?」

「ゴム人間とはなんだ。君、生物というものは、どんなものであれ、生命エネルギーを持っているんだぞ。精神が弱るということは、そのエネルギーが微弱になっているということだ。それを自分自身で高めるようにコントロールして」

「元気玉みたいに?」

「元気玉とはなんだ。つまり自身の管理をすることによって、意識的に精神の振り幅の大小、および強弱を、極めて低い数値に抑えるのが可能になるわけだ。そうやって多少のことに動揺しないようになれば──」

「ああ、冷酷無比な悪の総帥みたいにね。でも結局、感情的で無鉄砲な主人公にやられちゃうけどね」

「…………。どうして、君との会話は、時々こうも噛み合わないんだ?」

 高遠は心底、不思議そうな顔をした。言っておくけど、最初から噛み合ったことなんて一度もないよ。

 しかし今日は言い返す気力もなくて、史緒は再びため息をついた。それを見て、わずかに高遠の整った眉が中央に寄せられる。

「……ランドセルが重いなら、持ってやってもいいが」

「いいよ。体調が悪いわけじゃなくて、人間関係の悩みだから」

「人間関係だって?」

 史緒の人間関係を悪化させた張本人は、意味が判らない、という感じで目を瞬いた。

「なに言ってるんだ、バカバカしい。こんなどこを見渡しても低レベルの無知な子供ばかりの世界で、人間関係も何も……あ、いや」

 呆れたような口調でいつもの見下し発言をしかけた高遠は、史緒がちらっと一瞥すると、途端に歯切れ悪く言葉に詰まり、口を噤んだ。

 ん?

 バツの悪そうな表情でそっぽを向く高遠を見て、きょとんとする。珍しいな、こいつが途中で言い淀むなんて……と思いかけ、あれ、もしかして、と気がついた。

 もしかして。


 ──以前、史緒がそういうのを 「最低だ」と言ったのを気にしてる、とか?


「…………」

 そうかそうか、と頷く。

 高遠にも、少しは学習能力というものがあるらしい。今日一日、女の子たちにずっと自分の悪口を言われ続けていただけに、余計にしみじみとした気分になった。

「……ありがと。大丈夫だよ」

 小さな声で言うと、高遠がどこか仏頂面で、「……うん」とぼそりと呟いた。

 少し心が軽くなったその瞬間、史緒はぱっと閃いた。

 なるほど、ほんのちょっとでも、気持ちをリラックスさせたのがよかったらしい。起きた出来事に、柔らかく、しなやかに対応するんだな。高遠の理解しがたい言葉も、たまには素直に聞くものだ。

 いいことを思いついたぞ。



          ***



 翌朝、史緒は下駄箱で顔を合わせた結衣ちゃんに自分から近づいていって、「結衣ちゃん」と話しかけた。

 結衣ちゃんはまだ少し頑なな雰囲気で口を結んだままだったが、それでも史緒の呼びかけを素通りして立ち去ることはしなかった。結衣ちゃんは結衣ちゃんで、怒りと一緒に、やっぱり後ろめたさもあるらしい。

「あのさ、生きもの係の当番のことなんだけど」

「……うん」

 結衣ちゃんが、返事をしながら自分の上靴に目線を下げる。

 史緒はその耳に自分の顔を近づけ、声音を落とした。


「……わたしの代わりに、結衣ちゃん、生きもの係の当番やらない?」


「えっ……」

 結衣ちゃんはぱっと顔を上げると、史緒の提案に最初ぽかんとし、それからみるみる頬を染めた。

「え、でも」

「田中君が来ないのと、高遠……君が生きもの係の仕事をやりたいっていうのは、わたしの意志ではどうにもならないけどさ。だって、それは二人のそれぞれの問題だからね。田中君に注意はするけど、無理やり引きずって行くことは出来ないし。でも、わたしの当番を、結衣ちゃんと代わることは出来るよ」

 高遠のことは自分の意志ではどうにもならない、ということを強調しておく。だって本当だもん。

「……じゃあ、た、高遠君と二人で?」

「そうそう。また十日後、今度は昼の当番が廻ってくるから、やってみる? それで生きものについての関心を深めれば、高遠君とも仲良くなれるかもしれないよ」

「でも……」

 結衣ちゃんは目に見えてそわそわしだした。でも、と言いつつ、口許が緩んでいる。

「係じゃないのに勝手に当番を代わったりしたら、先生に怒られるんじゃないのかな」

「それを言うなら、高遠君だって、正式な生きもの係じゃないよね」

 やつはあの表向きの優等生人格で、先生を上手いこと言いくるめてしまったけどね。でも理屈としては間違ってない、と思う。

「そ……そうか」

 結衣ちゃんのそわそわが増した。あと一息。

「ウサギ可愛いし、やってみると楽しいよ。高遠君はもう一通り仕事の手順を知ってるから、教えてもらうといいよ」

「…………」

 仕事の手順を高遠に手取り足取り教わっている図、を想像したのか、結衣ちゃんはぽうっとしたまま、こっくりと頷いた。

「……ごめんね、フミちゃん。今日、一緒に帰ろ?」

「うん」

 にこっと笑った。



 よし、面倒な仕事を押しつけたぞ、と史緒がその時心の中でガッツポーズをとったのは言うまでもない。




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