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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
高校生編
36/37

星に願いを(後編)



 高遠の言葉に、少女は絶句したが、史緒のほうがもっと絶句した。

「なっ……な、な、な」

 ようやく途切れ途切れの単語が口から漏れはじめると同時に、赤かった顔がさらにがーっと朱に染まる。ついでにぐるんぐるんと世界が廻った。いやいや待て待て待て、さっき史緒も言ってたじゃないか、って、わたし、なに言ったっけ?

「……ちょっと、高遠君」

「なんだ」

「参考までに教えて欲しいんだけど、どのあたりから聞いてた?」

「『高遠君はあげないよ』、のあたりから」

 そんなところからかあっ!!

「じゃあなんでそこで声をかけなかったの?!」

「こういう機会でもないと、君の口からそんな言葉を聞くことはないだろうと思ったからな。傷をつけられる前に来られなかったのは不覚だったが、君の発言のひとつひとつは悪くなかった」

 しれっとした顔で言ってのけられて、史緒はその場に倒れそうになった。さっき少女に向かって怒鳴ったことを全力で撤回しよう。お願いだから、十分前から今までに起こったことの記憶を、わたしと高遠の頭から綺麗さっぱり抜いて! 今すぐ!

「もちろん、自分が何を言ったか覚えているだろうな?」

「記憶にございません」

「君はこの国の政治家か。今は、記憶操作の力は働いていないはずだぞ。君ももう高校生なんだし、自分の発言には責任を持ったらどうだ。僕の頭には一言一句欠けることなく保存されているから、なんなら最初からすべて再生して……」

「やめてよおっ!」

 そんなことをされたら羞恥で死ぬ。ていうか、死にはしないがこの先高遠の顔を正面から見られる自信がない。今でさえ見られないのに。

「ちょっと!」

 その時、大きな声に割って入られて、史緒は心底ほっとした。もうこの際、今の話題から離れられるのなら、悪魔の囁きにだって飛びつくよ!

「私の質問に答えていないわよ! どうしていつまでもそんなものと関わっているのか!」

「だから僕はその質問に答えたはずだが」

 眉を上げる少女に怪訝な顔を向けかけた高遠は、ふいに思いついたように、ああ、と呟いた。

「……そうか、君には『それ』が理解できないんだったな? だから僕の言葉も解答として受け取れないわけだ。だったら何度その問答を繰り返したところで、平行線を辿るだけだろう。時間の無駄じゃないか?」

「な……なんですって」

 淡々と告げられて、少女が表情を引き攣らせた。史緒に対しては、「対等に話なんてできない」と放り投げられても、高遠相手ではそういうわけにもいかないらしい。

「別に、恥じることはない」

 高遠にそんな気があるのかどうかは不明だが、どう考えても向こうを逆撫でするような慰めの言葉を吐き、いっそ憐れむような目つきをした。素なのか、わざとなのか。史緒でさえ、少女の顔色がさっと変わったのが見て取れたのに、高遠はまったく気にも留めていない。

「この僕でさえ、理解するには、多くの時間を要したからな。『それ』は、自分でも気づかないうちに、いつの間にか湧いているもの、頭で考えたところで到底理解が及ばないものだ。だから君に判らなくとも、無理はない」

 そろそろ黙ったほうがいいんじゃないかな、高遠。黒髪の女の子、握りしめた拳が、ぶるぶると震えているみたいだぞ。

「……そ、そんなことは、どうでもいいのよ。私が言いたいのは、あなたはさっさと帰還すべきだということよ。それだけこちらのことを理解したというなら、もう十分でしょう?」

 その言葉に、史緒の心臓が跳ねる。思わず、近くにあった自分のものではない長い腕を、ぎゅっと掴んだ。

 高遠は、史緒をちらっと振り返ってから、また少女のほうに顔を戻した。

 そして、落ち着いた口調で言った。


「帰らない」


 今度こそ、少女の顔が大きく強張った。史緒は下を向き、止めていた呼吸を再開して、静かに息を吐きだす。

「──なんですって?」

「君、さっきから同じ言葉ばかり口にしているが、聞き取り能力に問題があるんじゃないか? こんな簡単な一言すら呑み込めないというのは、耳か精神のほうに、相当重大な支障が発生して──」

「なにを言ってるのよ、あなたは!」

 バン、という激しい音がして、工場の窓ガラスがいきなり破裂するように割れた。

「帰らないってどういうことよ! あなたのここでの役目はもう終わったはずよ! 調査内容をすべてあちらに送って、ただちに帰りなさい!」

「君から命令を受ける筋合いはない」

 高遠の顔と声は、背中がひやりとするくらい、冷たかった。

「それにもう、あちらには報告済みだ。この星には、我々にはどうにも解明できない深刻な病が存在している。しかもそれは伝染性で、一度かかってしまったら治療することは不可能だ。さらに言うなら、その病に罹患すると、命取りになりかねない。よって計画は白紙に戻すのが最善である、とね。……不本意ではあるが、僕はその病に感染してしまったため、帰還するのは諦めた」

 肩を竦めて言ってから、すぐ後ろを振り向き、口許を緩める。

「僕は、ここにいる」

 史緒はなんだかどぎまぎしてしまい、今さらのように慌てて掴んでいた腕を離した。

「な、な……」

 少女は、今度はわなわなと肩を震わせて、高遠を思いきり睨みつけた。

「そんな出鱈目が通じるとでも」

「僕は事実しか述べていない。そういう君だって、すでに汚染されつつあるんじゃないか? その間の抜けた顔、どう見ても、史緒から影響を受けている」

 どういう意味?!

「ふざけないで!」

 その声と共に、またガラスが勢いよく割れた。

 大声を上げてから、少女はすうっと表情を一変させた。

 細い眉を吊り上げた怒り顔が、能面のような無表情に。まとう空気も、一気に氷のような冷え切ったものになった。硬玉に似た黒い瞳は動きもせず、底のほうで不気味な光をたたえている。

「──そう。あくまで、私に逆らうというのね?」

「さっきも言ったが、君の命令に従う義務はない」

「では、あなたには、もう何の価値もないということよ。このちっぽけな星の住人と同レベルまで堕落した者に、話すことなどない。私にとっても、あちらにとっても、不要な存在だわ。望みどおり、そこにいる愚か者と共に」

 まっすぐ立った少女の輪郭が、突然ぼやけた。と同時に、素早く史緒の視界が何かに覆われる。

 高遠に抱き寄せられたんだ、と理解が追いついた瞬間、静かな言葉が耳に届いた。

「……消えなさい」

 廃工場が、爆発した。



          ***



 たぶん、意識が飛んでいたのは、ほんの数分のことだったと思う。

 はっと気がついた時には、史緒は工場の敷地内に植えられた、背の高い木の影に座り込んでいた。目の前には高遠の姿もあって、そのことにまず、ほっとする。

 少し目線を動かしてみれば、今の自分たちの状況が、決してよくないものであることはすぐに判った。

 小さな廃工場は強烈な赤い炎を噴き出し、あっという間に喉をやられてしまいそうな、真っ黒な煙をおびただしく吐き続けている。傍らの木の幹が、迫りくる熱気を多少は阻んでくれているとはいえ、それも近いうちに役に立たなくなるだろうことは、容易に推測できた。

「た……高遠君」

 早いところ逃げようよ、と言いかけて口を噤む。


 ──いつも、何をしても、汗ひとつかかず涼しい顔をしている高遠が、幹にもたれてしゃがみ込んだまま、下を向いて、ぴくりとも動かない。


「高遠君? どうしたの? どっか痛い?」

 矢継ぎ早に問いかけながら、ざっと高遠の全身を検分する。どこも怪我をしているようには見えないのだが。制服に焦げもないから、火の粉をかぶって火傷をしたということでもなさそうだし。

「足をくじいたとか? わたし、手を貸すよ。立てる?」

「この僕が、足をくじくなんて間抜けなことをするか」

 立てた片膝に額を置いたままだが、ぼそぼそと偉そうな反論が返ってきて、安心した。大丈夫、いつもの高遠だ。

「……ただ」

「ただ?」

「四肢の機能が停止した」

「意味がわかんないんだけど」

 眉を寄せて聞き返すと、やっと高遠がのろりと顔を上げた。相変わらず整った美形はどこも崩れていなかったが、いつものように高飛車な表情も乗っていなかった。

「君にも判るように言うとだな」

「うん」

「動けない」

 最初からそう言えよ!

「動けないって、つまりどこかにぶつけたりして」

「だから、この僕がそんな迂闊な真似をするわけがないだろう。ここは彼女が作ったエリアだからな、侵入した対象を無力化することも可能だということだ。立ち去る前に、僕を処分していくことにしたらしい」

 処分って。燃えるごみみたいにか。

「まったく、やりすぎだ。必要以上に力を使って、原住民の記憶を操作したり、他惑星の建造物を破壊したりするのは、重大な違反行為に当たるのに……これでは第二級程度の処罰を受けても文句は……」

 ぶつぶつ続く高遠の独り言を、史緒はぶった切った。

「とにかく、動けないんだね?」

「正確に言うと、手足の動作を司る神経を麻痺させられて」

「それはいいよ!」

 面倒な説明をはじめようとした高遠に向かって叫ぶ。そんなことを言っている場合か。今にも背後から盛大な炎が押し寄せてこようとしている時に、動けないなんて致命的ではないか。

 あの女、今度会ったら、殴ってやる!

「じゃ、わたしに負ぶさって」

 消防車が駆けつけてくるまで、何分だ。五分? 十分? この木が、そこまで火炎を防いでくれるとは思えない。今でさえ、吹きつけてくる熱風と煙で、こんなにも息苦しいのだ。

「君が僕を? どう考えても、無理があるとは思わないか」

「いいから!」

 疑問を呈する高遠を遮って、史緒はその身体を背負おうとした。だらんとした両腕を掴み、肩に廻して、力を入れる。

 が、そんなことでは、高遠の長身は、まったく動かなかった。両足を踏ん張り、なんとか立ち上がろうと試みたが、どうやっても持ち上がらない。靴底がずるりと滑り、その勢いで腕を掴んでいた手が離れ、つんのめって顔面を地面に激突した。

 ごほっ、と咳き込みながら、ぐいぐいと汚れた顔を手で拭い、もう一度高遠の腕を取る。

 でも、駄目だった。もう一度、もう一度と挑戦したが、両手両足が動かない人間を運ぼうというのが、どれほど無謀なことであるかということを、身をもって知ることになっただけだった。小柄で非力な史緒では、引きずることすら出来ない。

 背負おうとしても、抱き上げようとしても、どんなに渾身の力を込めても、高遠の身体は、ちっとも史緒の意のままにはならない。

 こんなにも、自分の小さな手が、腹立たしく思えたことはなかった。


 ……熱い。

 鼻と口から熱気が入って、喉が焼けそうだ。煙でやられた目をしばたき、汗を振り落とす。一度咳き込んだら、止まらなくなった。

 呼吸が続かない。


「……史緒」

「やだよ」

「君は元気そうでなによりだ。このエリアが僕を元に計算して作られているのは幸いだった。早く、ここから」

「いやだ」

「もっと理性的に考えることは出来ないのか君は。一方が動けなくて、一方が動ける場合、動けるほうが先に脱出して助けを求めるという手段が最も合理的だということに、思い至ら」

「やだ!」

 史緒はそう言って、ごしごし乱暴に自分の目をこすった。何度こすっても、そこから零れ落ちる滴を止めることが出来ず、視界は滲む一方だ。ああ、もう、この煙がぜんぶ悪いんだ。

 高遠の言うとおりだということは、史緒だって判っている。どう考えたって、スーパーヒロインでもなんでもない、ただの女子高生にしか過ぎない自分が、高遠を背負って華麗に危機を脱するなんてこと、出来るわけがない。このままじゃ、二人揃ってバーベキューになるのは目に見えていて、それくらいだったら他の誰かを探して呼んでくるというのが、まだしもマシだということは。

 ──でも。

 史緒一人がここを逃げて外に出て、すぐにその誰かは見つかるのか。野次馬くらいは集まりつつあっても、その中の誰が、危ないと判りきっている場所へ向かってくれるだろう。炎は激しさを増している。史緒がなんとか助けを見つけた時には、もうここは火に呑み込まれてしまっているかもしれない。

「……わたしもここにいる」

 そう言うと、高遠は深いため息をついた。

「史緒……」

「高遠君を一人にするのはいやだよ。そんな寂しい思いはさせたくないよ」


 目を閉じるその時に、自分が一人きりだと思い知る。

 そんな寂しいことにはさせない。

 だから、そばにいる。


「僕はウサギか」

 高遠が、呆れたように呟いた。

「どうして君はそう、感情を基にした愚かな行動をとるんだろう」

 悪かったね。

「大体、君がさっさと最初から隠し立てせず僕に何もかも説明していれば、こんなことにはならなかったんだ。もう無茶なことはしないよう、君の『大事なもの』を保護していたのに、何の意味もない」

 ここで説教か。手足は動かなくても、口はよく動くな、高遠。

 その「大事なもの」の中に、どうして自分を含めておかなかったんだ。

「だってさ」

「うん」

「だって、怖かったんだもん」

「怖かった? 彼女が未知の力を持っているから?」

「そんなんじゃないよ。いや、それも怖かったけどさ」

 怖いに決まってるじゃないか。あんなわけのわかんない相手だぞ。この工場についてくるのも、たった一人で対峙するのも、本当に怖かった。手も足も、ずっと震えっぱなしだったんだ。

「でも、それよりも」

「それよりも?」

 高遠が首を傾げた。史緒はぐしっと鼻を啜りながらまた涙を手の甲で拭って、腹を括る。

 もういいや、どうせこれが最後になるんだろうし。


「──高遠君が、どっかに行っちゃうんじゃないかと思ったら、怖かった」


 史緒がぽつりとそう言うと、高遠は口を閉じた。

「考えるだけでも、嫌だった。あの女の子に会わせたら、高遠君をそのまま遠いところに連れて行っちゃうんじゃないかって、思って、それが」

 怖くて、怖くて。

 夢を見るのもしんどくなって、眠れなくなった。

 だからずっと、寝不足だ。

「忘れるのも、忘れられるのも、もう会えなくなるのも、どれもイヤだよ。どこにも行かないで、ここにいて」

 さよならを言うのも。

 「思い出」に変えてしまうのも。

 どうしても、嫌だ。

 本当のところ、史緒は未だに恋愛感情がどういうものかってことが、よく判らない。ましてや相手は、「愛情とは何か」なんてことを真面目にほざく変人だ。いくら人によって形はいろいろだと言っても、一般的なものとはどう考えてもかけ離れすぎていて、何を参考にしていいのかも判らなかった。

 自分がどうしたらいいのか、どう考えていいのか、どうしたいのかも、判らなかった。

 自分だけがこんな風にモヤモヤするなんて、悔しいし、恥ずかしい。だからずっと、まともに見るのは避けていた。

 ──でも、もういいよ。


 SF妄想オタクでも、地球外生命体でも、どうだっていい。

 高遠は、高遠だ。

 これからも、一緒にいたいよ。


 俯いたら、ぼたぼたと涙の滴が落ちた。しゃくり上げたら、ついでに咳き込んだ。熱いし、苦しい。手入れもされず茂った葉っぱが、飛んできた火の粉でじりじりと熱を持ちはじめる。そろそろ燃え出すかもしれない。この木が炎に包まれたら、もうおしまいだ。

「──腕が動かないのは、不便だな」

 高遠がぼそりと言った。

「うん?」

「君の涙を拭いてやりたくても出来ない。僕は、君が泣くのを見るのは、あまり好きじゃないんだ」

「前もそれ、言ってた」

「笑っていろ。僕が願うのはそれだけだ。史緒はその顔がいちばん」

「いちばん?」

「……いちばん、可愛い」

 高遠の整った唇が、優しい笑いの形をつくる。

 いつの間に、そんな顔が出来るようになったんだ、高遠。はじめて会った頃の、ウソくさくいかがわしい、見るだけでムカッ腹が立つような笑い方とは大違いだ。


 そうだね。七年、経つんだもんね。

 わたしたち、お互いに、いろんなことを学んで、あれこれ考えて、変わってきたところもあって、少しずつ、何かを育ててきたのかもね。


 ごうごうと燃え上がる炎に照らされて、高遠の綺麗な顔が赤く染まっている。あーこの顔も見るのはこれが最後かあ、と思うと、やけに惜しい気がした。たくさん厄介事を引き起こした元凶でもあるが、実を言えば、けっこう嫌いじゃなかったよ。

 高遠の視線がまっすぐこちらに向かってくる。

 その瞳に吸い寄せられるように、史緒もそこに顔を近づけていった。

 触れ合うまでもうあと数センチ──というところで。

「高遠先輩、塚原先輩、ご無事ですか! もうすぐ消防車が来ますからね!」

 と、元気のいい声が飛び込んできた。

 振り返ると、両手に水の入ったバケツを持ったメガネちゃんが、こちらに向かって突進してくるところだった。その背後には、同じようにバケツを持った体格のいいおじさんが、泡を喰ったようにドタドタと走っている。

 でかした、メガネちゃん!

「高遠君、助かったよ。ここから出られる!」

「……ちっ」

「舌打ち?!」

 ──その後、二人とも無事に救出されたが、高遠はやたらと不機嫌そうだった。



 廃工場の突然の爆発は、原因不明の事故として片づけられた。

 その場にいた二人の高校生については、どういうわけか、初めからいなかったものとして扱われ、消防や警察に事情を聞かれることもなかった。

 どういうわけか。うん、どういうわけかね。

 深く考えないようにしよう、と史緒は思っている。

 そういうのは、得意中の得意だ。




          ***



 その事件から数日後、駅前のファストフードの店で、またもばったり田中君と会った。

「よう、塚原、高遠」

 ポテトをつまんで口に放り込んでいた史緒と、コーヒーを飲んでいた高遠に、田中君は気さくに手を上げて挨拶してきた。以前、水島先輩と一緒にいた時とはえらい違いだな。そうか、今日は彼女連れじゃないからか。

「デートか?」

「ただの寄り道だよ」

 にやっと笑う田中君に、素っ気なく返す。あっそ、と応じながら、田中君は高遠の隣の席に腰を下ろした。

 テーブルに肘を突き、ぐっと身を乗り出す。

「なあ、この間、近くの工場が爆発したろ。えらい騒ぎだったよな」

「へー」

「ふーん」

 他人事のような返事をする史緒と高遠に、田中君はちょっと拍子抜けのような顔をした。

「なんだよ、二人とも、反応がうっすいなあ」

「興味ないんだ」

「わたし、あんまり野次馬根性ないんだよね」

「でも、このあたりじゃ数十年に一度あるかないか、ってくらいの大ニュースだったじゃん。新聞にもデカデカと載ったし、テレビ局だっていっぱい来たしさ。死んだ社長の祟りだって噂も広がったけど、なんかさあ、聞いた話じゃ、あの爆発って謎の人物が関わってたらしいぞ」

「へー。謎の人物」

「若い男女が目撃されたって情報があるんだってよ。でも、どう調べても、その情報は曖昧なところで途切れちゃうんだとさ」

 まあ、探っても探っても、今後も何も出てこないんじゃないかな。高遠をあの敷地内から運び出すのに手を貸してくれたおじさんも、翌日にはどうして自分があんな場所にいたのか、覚えていなかったそうだから。

 ちなみにメガネちゃんは全部記憶が残ったままなのだが、高遠によると、「あれは放っておいても問題ない」らしい。本人はひたすらご機嫌でニコニコしているだけである。世界にはまだまだ謎が多い。でも、謎は謎のままにしておこう。面倒くさいからね。

「そんなことより、恋愛についての田中君の見解をまだ……」

 高遠が話の方向を変えると、田中君は真っ赤になった。

「お前、まだそんなこと言ってんのかよ!」

「よっ、愛の伝道師」

「塚原あっ!!」

「僕にはまだ判らないことも多いからな、この件についてじっくりと意見を聞いてみたいと思ったんだが」

「絶対にいやだ! お前らこそ、いい加減先に進んだらどうだよ!」

「進んだぞ」

 しゃらっとした答えに、田中君はぽかんとした。

 真顔の高遠と、ポテトを咥えて明後日の方向を向いた史緒とを、交互に見比べる。それから、にんまりとした笑みを口元に浮かべた。

「……なんだ。なんだよ、塚原ー、お前、やっとかよー」

「なんのことかな」

「ごまかすなって。で、告白はどっちからしたんだ?」

「してないし」

「史緒だ」

「してないし!」

「君、あんなにもはっきりと言ったじゃないか」

「なにを?! わたし、決定的なことは一言も言ってない!」

「君はまたそういう……なんなら、あの時の会話を一言一句違うことなくここで再現して」

「わー! わー!」

 両手で耳を塞いで、大声を出す。ああもう、こいつのあの時の記憶こそ、消してしまいたい!

「ほんっとに、意地っ張りだよなあ、塚原」

 田中君が呆れ返ったような目をして言ったが、それも聞こえないフリをした。いいじゃん、そんなことはあからさまにしなくても!

 自分の気持ちはちゃんと認めた。とりあえず、今はそれでいいではないか。

 田中君は、やれやれと大きな息を吐いた。

「高遠も苦労するよな。こいつ、まだ時間がかかりそうだぞ」

「しょうがない」

 癇に障る気障な仕草で、高遠が軽く肩を竦める。

「最初の出会いで僕が史緒を選んだ時点から、こうなることは決まっていたようなものだ。史緒もそのうち、それを受け入れるだろう」

「すげえこと言ってんなあ」

 田中君がちょっと引いている。甘いな、田中君。この程度でドン引きしていたら、高遠とは付き合っていけないぞ。

 しかし、いつものごとく空気を読まない高遠は、綺麗に微笑した。

「それこそが、運命というものだ。僕はそう言ったろ?」

「…………」

 田中君はすっかり閉口した顔つきになった。史緒も文句を言ってやろうとしたが、結局やめて、口を閉じた。

 その代わり、思いきり噴き出した。

 ま、いいや。

 ウザいやつだけど、これからも面倒を見てあげるよ。



 星を見上げる時には傍らに。

 もう帰らない場所を想う時には手を握り。


 この広い広い宇宙の中、一人ぼっちで、寂しくならないように。





高校生編はここでおしまいです。次回、最終話。


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