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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
高校生編
35/37

星に願いを(前編)



 三月一日、天漢高校の卒業式が行われた。

 式次第は、小学校でも中学校でも高校でも、ほとんど変わりはない。校長の言葉があり、国歌斉唱があり、来賓の祝辞、在校生の送辞、卒業生の答辞などがずらずらと続くのを、ある者は泣きながら、ある者は欠伸を噛み殺しながら、ひたすら粛々とこなしていくだけだ。

 史緒はどちらかというと欠伸を噛み殺しているほうだったが、それはこの一連の行事に退屈しているから、という理由ばかりではない。もちろんそれもあるけれども。

 でも、いちばん大きな理由は、最近の寝不足によるものだ。本当なら、何もせずに目を閉じていればいいという睡眠は、怠惰で面倒くさがりの史緒にとっては至福の時だというのになあ。

 しょぼしょぼする目を擦りながら、ぶちぶちと心の中で不満を呟いた。あー、厄介事が片付いたら、もういっそ一カ月くらい眠りに就いていたい。

 卒業証書を授与されていく生徒たちが、順番に壇上に上がっていく。名前を読み上げられた水島先輩が、校長から証書を手渡された時、後ろのほうから押し殺した嗚咽が聞こえた。

 史緒はそちらを振り返らないでおいた。



 式が終了すると、卒業生は在校生に送られて体育館を出て行くが、もちろんそのまますぐに帰ったりするわけなくて、ほとんどは校庭に居残って友達と写真を撮ったりお喋りしたりして、名残を惜しむ。

 奈々子はソフトボール部の先輩に後輩一同で挨拶をするということで、慌ただしく行ってしまった。一人ずつに花束を手渡したり、部員全員で円陣を組んで、ファイトー・オー! とかやったりするらしい。ずっと帰宅部で、そういった浮世の義理とはあまり縁のない史緒としては、大変だなあとしみじみ思うしかない。

「もう帰るのか、史緒?」

 かけられた声に顔を向けると、高遠がいつもと同じように澄ました表情で隣に立っていた。

「うん、そうだね。帰ろうかな」

 別に、やることもないしね。

「じゃあ行くぞ」

 当然のようにそう言って歩き出すので、史緒も足を動かしかけたのだが、その時、「あっ、いたいたー!」と賑やかな声と、バタバタした足音が後ろから聞こえてきた。

 やって来たのは、卒業生の女子五人だった。

「ねえ、アキラ君、私たちと一緒に写真撮って!」

「最後なんだし、いいでしょ、お願い!」

「一生の記念にするから!」

 彼女たちは瞬時のうちに高遠を取り囲むと、一斉に、お願い、お願い、と連呼しはじめた。五人で連携して逃げ道を作らないあたり、計画的なものを感じる。あっという間に弾き出された史緒からは、女子たちの壁の上に飛び出ている高遠の頭部しか見えない。

「いや、僕は……」

「写真だけ!」

「一枚だけ!」

 優等生の仮面を被った高遠は、やんわりと断りの言葉を出そうとしたようなのだが、相手のほうにまったく聞く気がなかった。さすが今日が最後だけあって、卒業生女子たちは、遠慮も気遣いも遠い空の彼方にうっちゃってしまっている。

「行っておいでよ」

 史緒が言うと、高遠は「しかし……」と渋い顔をした。

「校門のところで、待ってるから」

 続けた言葉に、高遠が少し驚いたように目を瞬いた。五人の女子たちには、ぎろっと睨みつけられたが、史緒は特になんとも思わない。そんなのぜんぜん怖くないもんね。大体、強引に割り込んできたのはそっちだし。

「じゃあ、行こ、アキラ君!」

「あっちが背景キレイだから!」

 さあさあさあと五人がかりで連行されていく高遠を見送って、史緒は踵を返した。一枚写真を撮ったら、他の女子たちが続々と押し寄せてくることくらいは予想がつくが、ま、どうせヤツのことだから、きっとすぐにするりと上手いこと抜け出してくるだろう。


「──塚原ちゃん」


 歩いていたら、今度は自分の名前を呼ばれた。

 振り返ると、証書の入った筒を持って駆け寄ってきたのは、水島先輩だ。誰かにあげたのかむしり取られたのか、彼の制服のブレザーには、ボタンがひとつもついていなかった。

「モテモテですね、先輩」

「いやー、俺ってけっこう人気あるのかなあ」

 あははと笑って受け流す。大人の余裕だな。

「塚原ちゃんには、フラれちゃったけどねー」

 でも余計なことは言うあたり、まだちょっと子供の部分もあるのかもね。

「卒業、おめでとうございます」

「うん」

 史緒が頭を下げると、水島先輩は軽そうな笑いを、優しげな微笑に変えた。卒業後、遠方の大学に進学することが決まっている彼は、四月になる前には引っ越して、一人暮らしをはじめるのだという。

 奈々子は結局、「ずっと憧れていた」ということだけを伝えて、先輩の携帯の番号とアドレスを貰ったのだそうだ。本当に連絡するかどうかは判らないけど、これからの心の支えにする、と言っていた。

 史緒は先輩の連絡先を一切知らないし、知るつもりもない。あちらも何も言わなかったし、史緒のそれを聞こうともしなかった。それでいいのだと思う。

 ……もう、会うことはないだろう。

「あのさ、塚原ちゃん、いろいろと」

 水島先輩はそこまで口にして、言い淀んだ。視線を宙に彷徨わせ、その先をどう続けようか、迷うような顔つきになる。

 そして、少ししてから、ほんのりと笑って言った。

「──いろいろと、ありがとう。楽しかったよ」

 史緒も口元を綻ばせた。

 先輩が選んだのが、「ごめん」なんていう言葉でなくて、よかった。

「わたしも、楽しかったです」

 さよなら、とお互いに手を振った。



          ***



 校門に辿り着くと、そこでは写真を撮る人たちでごった返していた。

 そりゃそうか。考えてみたら、「天漢高等学校 卒業式」と書かれた看板のある校門前は、絶好の記念写真スポットである。友達同士だったり、親子だったり、カップルだったり、とにかくそこで一枚を、と希望する人たちが列をなしていて、部外者がそんなところに立っていても、撮影を頼まれる以外は邪魔にしかならない。

 どこかもうちょっと離れたところにいようかな、と周囲を見回して、史緒は「彼女」に気づいた。

 学校の敷地外だが、今日は電柱の横や路地の入口などではなく、歩道の真ん中に堂々と立っている。

 写真を撮っている人たちは気づいていない。こんなにもたくさんいるのに、誰一人として、その長い黒髪の少女に注目する人はいなかった。史緒は校庭のほうに顔を向けたが、そちらでも、こっちに目をやる人はいないようだ。

 高遠の姿も、まだ見えない。

「…………」

 史緒はくるりと身を翻すと、少女のほうに向かって踏み出した。

 彼女は薄っすらとした笑みを浮かべたが、いつものようにふっと消えたりはしなかった。ふわりと身軽に方向転換し、歩きはじめる。二、三歩進んで、ちらりと後ろを振り向き、また顔を戻すと、前へ足を動かした。

 つまり、「ついてこい」ってことだな、と史緒は解釈して、彼女と一定の距離を保ちながら、ゆっくりと歩を進めた。



 着いた先は、近くの小さな廃工場だった。

 ここのことなら、史緒も知っている。一年くらい前、この会社の社長が急死し、そのゴタゴタの最中に従業員がお金を持ち逃げして、潰れてしまったという話を聞いた。なんでも死んでしまった社長にはひそかに愛人と隠し子までがいたそうで、相続問題でかなり揉め、まだ解決していないらしい。

 残されたこの工場はそのとばっちりで、売ることも解体してしまうことも出来ず、現在に至るまでそのままの形で放置されている。夜になると、浮かばれない社長の幽霊が、工場のガラス越しに見える、という因縁めいた噂までが飛び交う場所だ。

 子供や浮浪者が入り込まないようにと、いつもは厳重に施錠され、鎖までつけられているはずの敷地内への通用口は、なぜか少女が軽く触れただけで、すんなりと門戸を開けた。

 史緒もそれに続いたが、その門を通って敷地内に一歩踏み入れた瞬間、違和感を覚えた。


 何かの薄い膜を通り抜けたような。目には見えないけれど。


「……呆れるほどに、無防備なのね」

 ずっとまっすぐに歩いているだけだった彼女は、工場の建物の前まで来ると、ようやく後ろを振り返り、史緒に向かって嘲笑を投げかけた。

「ここが私のエリアだということを、まったくわかっていないのかしら。あら失礼、そもそもあなたには、私が何を言っているのか、理解も出来ないのだったわね」

 史緒は肩を竦めた。

「だってしょうがないよね。他の場所だと、スタコラ逃げて行っちゃうんだもん。まともに話をしようと思ったら、こっちが折れてあげないとさ」

 黒髪の少女の顔から嗤いが消える。

「……なんですって」

「よその家では猫を被ってるけど、自分ちだと途端にふんぞり返って威張り散らす子供と一緒だよね。自分が好き勝手できるところじゃないと、言いたいことも言えないっていうんじゃ、わたしのほうが大人になってあげないとしょうがない──」

 ひゅっ、と空気を切って、どこからともなく飛んできた小石が顔の横を通り過ぎた。

「…………」

 史緒は口を閉じ、下に視線を向けてみた。

 荒れた敷地内では、コンクリートの割れ目から雑草が伸び、ごろごろと大小の石が転がっている。

 それらの石が、まるで小さく踊るように、カタカタと音を立てて小刻みに揺れていた。


 あーそーか、地震だな。そういうことにしておこう。


「下等生物のくせに、生意気なことを言わないで。あなたなんかと私が、対等に話せるとでも思って?」

「対等かどうかはともかく、いちいちわたしの売り言葉に反応する人のほうが、小学生並みだということは判るよ」

「黙りなさい!」

 今度飛んできた小石は、史緒の頬を掠めていった。一拍の間を置いて、線のような傷口から、つつっと血が流れだす。

「あなたは何も、何ひとつわかっていないのよ。私がどうして、あの領域に入らなかったと思っているの」

「あの領域?」

 天漢高校のことか。

「さあ。わたしが怖かったから?」

 また小石が飛んできて、今度は反対側の頬に傷をつけた。まったく、これだから小学生並みだっつーんだよ。

「ふざけないで。あなたなんて、私がその気になれば、いつだってどうにでもなるのよ。その程度の、ちっぽけな存在でしかないのよ。でもあの領域とあなたには、今までずっと、防御システムが張られていたの。あれがある限り、あそこに侵入することはおろか、あなたには誰からも危害が加えられないようになっている」

「防御システムねえ……」

 オタクの父に育てられたがゆえに、至極真っ当に生きようとしている史緒は、そういう厨二くさい単語を聞くと、無意識のうちに拒否反応が働いてしまう。片耳に指を突っ込んで、ほけーっと明後日の方向を向いたら、「真面目に聞きなさいよ!」と叱られた。

「あなたの脳は、理解不能な事柄を一片も受け付けることが出来ないの?!」

「いやー、そんなことをもういちいち気にしない癖がついちゃって……」

 考えてみたら、小学生の頃からずーっと、高遠の話に付き合ってきたんだもんなあ。いい加減、その内容の真偽についてなんて、どうだってよくなるよね。

「いいこと? あなたはちっともわかっていないけれど、これまであなたはそうやって守られていたのよ。あなただけではなく、あなたの家も、家族もよ。何も理解しないまま、自分勝手にふんぞり返っていたのはあなたのほうよ!」

「……わたしの家と、家族」

 そういや、高遠が史緒の家に時々来るようになってから、どれくらい経ったんだっけ。二年? いや、もっと?


 近所で火事があっても、空き巣が頻発しても、史緒の家だけは常に被害から免れていた。

 中学の体育祭の時以降、史緒は怪我らしい怪我をしたことがない。


「なんで?」

「それを知りたいのは私よ! どうして……は、あなたのようなつまらない存在を、そうまでして守ろうとしているのよ!」

 純粋に疑問で首を傾げた史緒に、少女が叫ぶ。やっぱり、「……」の部分は、聞き取れなかった。

「まるで理解できないわ。いいこと? あなたにはどうせ判らないでしょうけれど、あちらではね、生まれてすぐ、パートナーが決められるの。いちばん優秀な子孫を残すための最適な組み合わせを、あらゆる観点から綿密に計算して割り出すのよ。その結果、私のパートナーとなったのが彼。その彼が、あなたみたいな卑小なモノをまともに相手にするなんて、あり得ない。なのに一体、どうして」

「……へえ……」

 よくは判らないが、つまりこの少女は、高遠の名目上の「婚約者」みたいなもの、ということか。

 ……なんだろ。なんか、ものすごくイラッとする。

「でも、ここは私のエリアですもの。彼の力は干渉できない。あなたの周りに張られているシステムも、ここでは無効よ。それどころか、あなたがここにいることも、彼には感知できないわ。どう? 今の自分が本当に無防備であることを知った気分は?」

「…………」

 ほほほ、と高笑いされたが、どんな気分もこんな気分も、別に、としか史緒には言いようがない。

 だって、そのなんやらシステムとかいうものを、史緒はこれまで一度も意識したことがない。大体、高遠に自分の居所を感知されたいかと言ったら、断固として答えは否だ。

 無防備であろうとどうであろうと、こうして彼女と二人、面と向かって話が出来さえすれば、それでいい。

「まあ、そんなのはどうでもいいとしてさ」

「ど……どうでもいい、ですって?」

「話をしようよ。わたし、言いたいことがあったんだよね」

 史緒のやる気のない態度にぽかんと口を開きかけた少女は、その言葉に我に返ったように再び表情を引き締めた。

 腕を組み、まっすぐに立って、傲然とこちらを見下ろす。

「聞いてあげるわ。なにかしら」

 史緒は頷いて、彼女を正面から見返すと、はっきり言った。


「高遠君は、あげないよ」


 今まで作りものめいた笑顔と、怒った顔の二つくらいしか表情のレパートリーがなかった少女が、目をぱちくりさせた。

 鳩が豆鉄砲を喰らう顔、だな、と史緒は心の中で名前をつける。

「……なんですって?」

「いろいろとちょっかいかけてくるのは、要するに、わたしが邪魔だってことなんでしょ? だから高遠君のそばから、排除しようとしたんでしょ?」

 史緒を取り巻くなんちゃらシステムのせいで、肉体的には攻撃がかけられない。学校にも家にも入れない。だから精神的に疲弊させようとしたのだろう。やり方がまどろっこしいんだよ。少しは紗菜ちゃんを見習え。

 チラチラと姿だけを見せて、追いかけたら逃げて、こちらの言い分には耳も貸さず、勝手に周りの人に手を出して。

 それで、自分のプライドが傷つけられたら、怒るのか。ふざけるんじゃない。史緒はそんなの、認めない。次元が違うだの、格の上下だのは、本当にどうでもいい。

 サシで向き合おうじゃないか。史緒だって、ずっと怒っているのだ。

「そ──そうよ。あなたが……あなたのような、下賤な生物が」

「下賤だろうがなんだろうが、あんたに高遠君は渡さない」

「何を言ってるのよ! そもそも、彼とあなたでは、生物としての格が違うのよ、わかってるの?! はじめから、するべきことをしたら、ここの住人から彼にまつわるすべての記憶を抜いて、さっさとこんな場所、立ち去る予定になっていたのよ! もっと早くあちらに戻っているはずだったのに、いつまでもこんなものに関わり合って! だからあなたを消してやろうとしたんじゃない! あなたの頭からも、彼の記憶を抜いてしまいたかったのに!」

「記憶なんて、抜かせない!」

 史緒も大きな声で怒鳴り返した。

「小学生の時からずっと、わたしたちが培ってきたものだよ! 七年も、一緒にいたんだよ! そりゃもうウザいし鬱陶しいし面倒なこともいっぱいあったけど、どれもがわたしには大事なものなんだよ!」


 ウサギ小屋の掃除を巡って喧嘩をした。

 林間学校で遭難しかけた時、偉そうに助けに来た。

 ニンニンから離れようとしなかった史緒にずっと付き合い居残っていた。

 ぶつぶつ言いながらもノリノリで田中君とおかしな芝居を演じた。

 体育祭で馬から落ちたら誰よりも早く駆けつけた。

 コンビニ強盗から、史緒と卯月を守ってくれた。


 全部全部、史緒にとってはかけがえのない大事な記憶だ。

 それを奪わせたりはしない。その価値を、その尊さを、理解できない、理解しようともしない人間に、絶対に渡したりしない!

「あんたにはそれがまるっきり、わからないんでしょ。誰かを大事に思う気持ち、誰かと一緒にいて楽しいと思う心、考えるだけで胸があったかくなることも、そばにいるだけで安心することも、大事なものを失って味わう痛みも、苦しみも、まったくわからないんでしょ! そんな人に、記憶も、高遠君も、わたしの大事なものは何ひとつ、渡さない!」

「黙りなさい!」

 少女が叫ぶと同時に、近くにあった石がふわっと浮いた。

 今までのような小さなものではなくて、漬け物石になりそうなくらいの大きさと重量をもった石だ。これが顔にぶつかったら、さすがに切り傷では済まないだろう、ということくらいは推測できた。

 避けるか、受け止めるか、レシーブするか、というバカな三択で迷って思考と身体が動きを止めた瞬間、その声は聞こえてきた。


「──頭に衝撃を受けて、それ以上残念なことになったらどうするつもりだ、史緒」


 今にもこちらに吹っ飛んできそうだった石が、ぴたりと重力に逆らうのをやめて、落下する。ごとん、と低音で響く音を耳にして、あんなのがぶつかったら死んでたかもしれないじゃん、と今さらなことを思い、史緒は息を吐きだした。

「なっ……ど、どうして」

 前方からすたすたと歩いてくるその男の姿を見て、少女が驚愕する。

「ここにいることは、あなたには感知できないはずよ!」

「そうだな、できなかった」

 さらりと答えて、高遠はそのまま足を動かし、史緒の前に立った。

 まじまじと顔を見つめ、眉を寄せる。黒髪の少女のほうには、ほとんど視線も向けなかった。

「また君はこんな傷をつけて……女性というものは、この部分が汚れたり傷めたりするのをもっとも忌避すると聞いていたが、君に限ってはその常識が当てはまらないのか」

 別に好んで傷をつけたわけじゃない、と史緒が反論する前に、高遠の指が伸びてきて、頬をするりとなぞった。

 ひやりとした感触。でも、じんじんとした痛みはそのままだ。

 高遠は、さらに眉間に皺を刻んで、呟いた。

「ああそうか……ここは僕の力が弾かれるんだった」

「どうしてこの場所がわかったのよ!」

 そこでやっと、高遠は自分の後ろにいる存在のことを思い出したらしい。いかにも面倒くさげに振り返って、「どうしてって」と短いため息と共に言葉を落とした。

「この間から、史緒が僕に黙って何かコソコソと活動をしているのは気づいていたんでね。でも調べようとしても、必ず途中で何かに遮られてしまう。これはどうやら、僕限定で反応して働くもののようだと思ったから、別の手段を使って調べることにしたんだ」

「別の手段って」

「眼鏡をかけた一年生を、史緒に張り付かせておいた」

 メガネちゃんか! どうりで、最近あの子も姿を見せないと思ったよ! 高遠に命じられて、ずっとわたしのストーカーしてたの?!

「君が作ったシールドは、僕には作用しても、地球人には効力を発揮しない。最初からそれを問題にもしていなかったんだろうが、こちらの調査能力も、意外と馬鹿にしたものじゃないぞ。今回も、ちゃんと史緒の行き先を掴んできた」

 さすが筋金入りだね、メガネちゃん! 感謝すべきなのか迷うよ! ていうか怖いよストーカー!

 高遠は再びくるっと史緒に向き直った。

「君、校門のところで待ってると言ったはずだろう。それを破って他の人間にのこのことついていくとは何事だ。約束というのは、一種の契約だぞ。それを守れない人間は、この先社会人になるにあたってだな」

「あとにしてよ!」

 くどくどと説教を開始しようとする高遠に怒鳴る。今はどう考えてもそんな場合じゃないだろ!

「ああ、そうだな」

 高遠も現在の状況に思い至ったのか、納得したようにそう言うと、ぐいっと史緒の腕を取って、足を動かした。

「ここは気分が悪い。続きはあとだ、さっさと出るぞ。その傷も手当てしないといけないだろう」

 すでに言いたいことを言った史緒も、その意見に同意したいのは山々だ。しかしもちろん、少女はそんな言い分を許してはくれなかった。

「待ちなさい! なぜあなたは、そんなモノにいつまでも関わっているのよ?! 調査はもう十分のはずでしょ、早く終わらせて帰るべきだわ!」

「なぜって」

 高遠が素っ気なく言って、史緒の手を掴んだまま、顔だけ振り返る。

「さっき、史緒も言っていたじゃないか。聞いてなかったのか?」

 え。

 史緒はぎょっとした。

 ちょっと待て、高遠。あんた一体、どこから聞いて……

 高遠が、顔を赤くした史緒と目を合わせ、にこりと笑った。


「──史緒は僕の、『大事なもの』だからだ」




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