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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
高校生編
32/37

戦いのゴングが鳴り響く



 ──史緒の目の前には、映画のチケットが二枚、並んでいる。

 ハリウッド映画である。製作費に数億円をかけ、撮影に二年もの月日を費やしたという大作である。

 有名な監督の手によるもので、主演は現在人気絶頂の男優、ヒロインはこれまた絶賛売り出し中の美人女優、脇を固めるのも名の通ったベテランばかり、という錚々たる顔ぶれだ。コンピューターグラフィックもふんだんに取り入れられたSFもの。日本よりも先に上映されたアメリカでは、観客動員数が断トツで一位となり、早くも今年度の映画賞総ナメ間違いなし、と言われているそうだ。

 以前からテレビのCMなどで宣伝されていたその作品について、史緒も興味を持っていた。

 基本的に面倒くさがりでものぐさな性格だが、なにも史緒だって、毎日毎日何もしないで寝転がっているわけではないのである。小説や漫画も読むし、ドラマやバラエティーも観る。面白いものは素直に面白いと思うし、これ好きだなあと思ったりすることもある。あまりハマったりしないようにしているだけで。

 で、件の映画の監督は、前々からわりと好きなほうだったのだ。これまで彼が監督した映画も、DVDをレンタルしたりして、多数観ている。あまり真面目すぎず、かといってふざけすぎてもいない作品全体の雰囲気が、なんとなく心地よくて、つい最後まで引き込まれてしまうのである。

 その監督の最新作。

 大画面で見たら、そりゃ迫力満点で楽しいだろうなあと思う。同じ映画でも、DVDで観るのと、映画館で観るのとでは、やっぱりぜんぜん違うもんね。ちっちゃい頃から父親によくアニメ映画に連れて行かれていた史緒だが、イヤイヤだったかというとそうでもなくて、いつもそれなりに喜んでいた。映画の中身はともかく、場の独特の空気というか、みんな無言だけどいろんなものを大勢の観客が共有している感じというか、そういうものがワクワクさせられるからだ。

 これがたとえば、上映される映画館がものすごく遠い、とか、チケットを手に入れるために長蛇の列に並ばねばならない、ということであれば、史緒もいつもの面倒くさがりを発揮して、DVDになるのを待とう、という結論になったかもしれない。が、シネコンは電車で三駅という場所にあって、その上チケットはすでに目の前にある。つまり、行かない、という選択をする理由がない。本音を言えば、心はすでにそこで買うポップコーンは何味にしようかな、というところにまで飛んでいるくらいだ。

 その作品に興味はある。観に行く時間もあり、交通手段もあり、チケットもある。ていうか観たい。行きたい。そりゃここまで揃ってたら行くだろ、普通。

 でもなあ。

 映画のチケットは、二枚、なんだよなあ。



 母親にもらったチケットが、最初から一枚だったら、史緒もこんなに迷ったりはしなかった。もう高校生だしね、魔法少女が世界を滅亡の危機から救っちゃったりする映画でもなければ、一人で行くのになんの躊躇もない。

 もともと、母親は学生時代の友人と一緒に行くつもりで、このチケットを購入したのだそうだ。

 まだちょっと目の離せない卯月を父と史緒に預け、育児から一日だけ解放されて、久しぶりに気の置けない友人と思う存分楽しもう、と張り切って前売り券を手に入れたはいいが、その後友人から、子供が急に病気で入院してしまった、という連絡が入ったのだという。とてもじゃないが、出かけるどころではなくなり、母はがっかりして、もう観に行く気も失せちゃった、と史緒にタダで譲ってくれたのである。

 よって、二枚。

 普通なら、ラッキーとばかりに友人を誘って映画館に駆け込むところだ。史緒もそう思い、まずは奈々子を誘った。でも、「もうすぐ大会なのよ、練習練習また練習のあたしに、ノンキに映画を観る余裕なんてないのよ」とけんもほろろに断られた。彼女にとって、ソフトボールの大会で上位に食い込む以外に重要なことは、今のところ世の中に存在しないらしい。

 そこで次に、中学時代の友人を誘うことを考えた。瑠佳と結衣ちゃんだ。しかしチケットは二枚。彼女らと史緒は合わせて三人。いつも会う時は三人でだったため、どちらか一人を誘うのも気が引ける。そして二人とも映画にはさして興味がないほうなのに、三人で行って一人分だけ実費で支払い、というのもなんだか変だ。

 高校に他に友人と呼べる人間がいないわけではないのだが、なにしろ現在の史緒は、三角関係で揉めている真っ最中、と思われている。多少は騒ぎも収まってきたとはいえ、未だに周囲の目は厳しい。誰を誘っても、「二人のうちのどっちかと行けばいいじゃーん」などという返事をされそうだなあと思うと、それだけでうんざりして、早々に諦めることにした。

 父はもちろんアニメじゃない映画は見向きもしないし、卯月にはまだ長時間の映画鑑賞は無理。

 というわけで、史緒はチケットを手に唸る。

「ううううーーーん」


 ここはやっぱり、アレだよなあ。


 不本意だけど、せっかくのチケットとチャンスを無駄にするのももったいないし。

 SF、といえば、史緒の頭にははじめからそいつの顔しか思い浮かばなかったし。

 他に道はない。あるかもしれないが、もう考えるのも面倒になってきた。

 しょうがない。まったくもって、やむを得ない。


 決して、デートに誘うわけじゃないんだからね!



          ***



 非常に持って回った自分への言い訳と成り行きを経たわりに、あっさりと高遠はこの話に乗った。

 帰り道、例によって一緒になった高遠に、チケットを見せて事情を話したら、だったら今度の休みに行くか、と答えたのである。高遠にしてはものすごく普通の返答に、ちょっと拍子抜けしたくらいだった。


「ふうん……未来の地球で、異星人と共存しなければならなくなった人類の苦悩と困惑を描いた話、か」


 二人で映画を観に行く、という点について、特にあれこれと突っ込んでくることはなかったので、史緒はほっとした。紗菜ちゃんの、「男女交際定義における条件」とかを持ち出して来られたら、ホントにどうしようかと思った。しかし、チケットをしげしげと眺めながら映画の内容を呟く高遠を見て、新たな不安がふつふつと湧き上がる。

「あのさ、言っとくけど」

 今のうちに、ちゃんと釘を刺しておこう。

「映画っていうのは、ただの創作だからね? そこは理解してね? 頼むから、上映中に『あのワープ航法は理論上おかしい』みたいなことを滔々とまくしたてるのはやめてね?」

 史緒の言葉に、高遠は眉を寄せた。

「君は僕をなんだと思ってるんだ。こんなものは、もちろん創作に決まってるだろう。科学力の乏しい地球人の夢と理想が作り上げる、空想という名の幻だ。僕のように次元の違う優れた存在が、そんなことくらい寛大に受け止めなくてどうする」

 うん、いつもの高遠だね。「空想の世界でしか宇宙を語れないとは哀れだな」と鼻で笑っているのが若干ムカつくが、静かに映画鑑賞をするというのならよしとしよう。

「じゃあ、土曜日、最寄駅で待ち合わせってことにしようか」

 と自分で言いながら、なんだか背中がむずがゆくなる。

 今までも休みの日に高遠と会うことはあったが、毎回卯月や両親がそばにいたし、二人でお店に入ってお喋りすることがあっても、それは学校帰りの寄り道、あくまで「ついで」だった。

 休日、高遠と二人だけでどこかに行く、というのははじめてだ。

「わかった。時間はどうする」

「ちょっと待って、んーと……」

 スマホを取り出して映画の上映時間を調べると、昼間は十時台と十四時台くらいしかなかった。なにしろ大作なので、本編だけで三時間以上あるのだ。

「やっぱり十四時のほうかな。じゃ、お昼食べてから家を出て」

「どうせ君は、休日は遅くまで寝ているんだろう」

「よくわかるね」

「どうして判らないと思うんだ? 起床が遅いということは、必然的に朝食も遅くなるということだろう。だったら駅まで来て、何かをつまんでから映画を観る、というのが論理的だ。ハンバーガーとかな」

「……そう?」

 史緒は首を捻った。

 何が論理的なのか、今ひとつよく判らないのだが。それに、なんでハンバーガー? このあたりと違って、シネコンの最寄駅は規模が大きいから、お店の種類はけっこういっぱいあるのに。

「別にお昼は食べなくてもいいんだけど。映画館でポップコーンも買うし」

「昼をしっかり食べてポップコーンをやめる、という発想は君にはないのか」

「ポップコーンなしの映画なんてあり得ない。それに、高遠君はファストフード系、好きじゃないでしょ?」

 今までそういう店に寄り道したことはあるが、高遠はいつもコーヒーを飲むくらいで、それさえも不味いとぶつぶつ言っていた。ましてや、ハンバーガーをぱくついている姿なんて、一度も見たことがない。

 駅に着いてから昼を食べる、ということでも別に構わないが、それだったらもっと他の店を探したほうがいいんじゃないの? と言うと、高遠はなんとなく不機嫌そうな表情になった。

「史緒はその手の食べ物が好きなんだろう」

「まあ……嫌いではないね」

 塩気のきついポテトとか、時々無性に食べたくなるしね。でも、なにもそれじゃないとイヤだ、と思うほどではない。

 それに、この間、水島先輩と一緒に食べたばかりだし。

「だけど、高遠君はさ」

「僕はそれでいい」

「そ……そう」

 いやにキッパリと言い切る高遠に困惑して、史緒はそれ以上の言葉を呑み込んだ。なんでそんな怒ったような顔してんの? いきなりジャンクフードに目覚めでもしたのかな?

「だったら、そうしようか。余裕を持って一時に待ち合わせすればいいよね」

「わかった。寝坊するなよ。眠る前に、アラームを忘れずにセットしておけ。持ち物の用意は前夜のうちに済ませておくんだぞ」

「小学生に注意するような言い方するのやめてよ! いくらなんでも、そんな時間まで寝ないし!」

 結局、いつものような言い合いになった。

 安心した。



         ***



 さて、やって来た土曜日。

 史緒と高遠は、最寄駅で待ち合わせをして、本当にファストフードで食事をして、映画を観に行った。

 高遠は、いつもは食べないハンバーガーを文句も言わずに食べて、映画館ではいきなりウンチクを長々と語りだしたい発作に襲われもせず、黙って画面に目を向けていた。

 史緒はポップコーンを奢ってもらい、タダで観た映画も予想を裏切らず良い出来で、大満足だ。

「面白かった!」

 シネコンの中でいちばん大きなスクリーンを出てから、弾んだ声でそう言うと、高遠がちらっと視線を向けた。

「まあ、そうだな。百年程度でこの星の科学文明があそこまで飛躍的に発達するはずがないが、地球人の貧弱な発想力で生み出したものにしては、悪くはない」

「もっと普通に褒めなよ! CGも凝ってたし、ストーリーも良かったじゃん!」

 異星人が出てくるわりに、NASAとか国防省とかスケールの大きいものに視点が偏らず、一般人の心情を丁寧に追っていく、というのがよかった。

 拒絶があり、差別があり、怒りもあるけれど、愛情もある。悲しい場面もあるが、楽しい場面や、ちょっととぼけた場面もあったりして、そういうところが妙にリアルで感情移入できた。

「特に、主人公が自分の大事なもののために、戦いを決意する場面でさ……」

「話すのはいいが、前を向いて歩け」

 言われたそばから、横を歩いていた人とぶつかった。高遠がやれやれと息を吐きだしながら、史緒の手を取って引き寄せる。

「そんなに語りたいのなら、感想文にしてまとめろ。四百字詰め原稿用紙五枚以内だ。僕が読んで採点してやる」

「やだよ! こういうのは、レアものなんだよ! 熱が冷めないうちに外に出さないと消えちゃうんだよ!」

「君は熱が冷めるのが人の数倍は早そうだ」

 そうだろう。自分でもそう思うもんね。だから気分が上擦っている今のうちに、あれこれ喋りたいのではないか。

 高遠が館内の時計に目をやった。

「もう夕方だが、意地汚い君でもさすがにまだ空腹にはならないだろう。どこかでお茶でも飲むか」

「そういえば、喉が渇いた」

「ポテトを食べた上に、ポップコーンまで食べたら当たり前だ」

「あっ、じゃあ、わたしその前にトイレに行ってくる!」

「君、高校生になったんだから、そろそろ相応の慎みというものをだな……」

 高遠の説教を聞き流して、トイレを目指して小走りに駆けていった史緒は、そこでまたもや知り合いの顔を見つけて、げっ、と思った。

 なんなんだ、史緒の世間ってのはなんでこうも異常に狭いのだ。こんなに知り合い遭遇率が高いことってあるか普通。

 それも今回は、よりにもよって、という相手である。この状況下で絶対に会いたくなかった人物である。このところしばらく姿を見せないと思ったら、まさかこんな場所で出会うとは!

「あっ、史緒じゃない!」

 逃げようとして、一瞬足を止めたところを、すかさず見つかった。ちいっ、と舌打ちしたくなる。

「あー、紗菜ちゃん……」

 口ごもり、つい及び腰になってしまう。

 高遠と二人で映画館にいるところを見て、紗菜ちゃんがどんな反応をするのか、想像するだけで怖い。映画を観終わった客たちがまだたくさんゾロゾロと歩いている中、大声で絡まれたら注目の的になること間違いなしだ。ここで、二股がどうのと叫ばれでもしたら、天漢高校の校門前での悪夢再びではないか。

「久しぶりね! 映画、観に来たの?」

 しかし、紗菜ちゃんは、いつものように敵意剥き出しの態度はとらなかった。それどころか、友好的、と言ってもいい笑顔を向けられて、戸惑う。


 ……あれ?


「もう観終わったところ? 私たち、三番スクリーンでこれからなの。友達と一緒に来たんだけど、史緒も?」

 紗菜ちゃんの近くには、同じ年頃の女の子が立っている。学校の友達だろうか。友達の前だから、いつものようにぎゃんぎゃんと噛みついては来ないのだろうか。

 ……でも、なんか。

 ざわりとしたものが胸を撫でる。なんだろう。

 なんだろう、この、違和感。

「やだ、ひょっとして、デート?」

 紗菜ちゃんがそう言うのを聞いて、今度は背中が冷たくなった。

 彼女が浮かべている笑みは、どこまでも屈託がない。演技、なんかじゃない。

 本気で、そう言ってる。

「──そうだよ」

 強張った顔で、史緒はそう返事をした。

 紗菜ちゃんが驚いたようにええーっと口を開けて、また笑う。今度は、からかうように。

「やだ、史緒ったら、ちゃんと彼氏がいたんだあ! ねっ、どんな人? どこにいるの?」

 周りをキョロキョロして、紗菜ちゃんは、視線の先に、人待ち顔で立っているその人物を見つけたらしい。

 すらりとした長身に、黒いコート。通り過ぎる人が必ず振り返るほどの美形。

 そこにいるのは、間違いなく高遠、その人だ。

 紗菜ちゃんはくるりとまた史緒のほうに向き直ると、目を真ん丸に見開いた。薄っすらと頬を染めている。

「やだ、もしかして、あの人? すごい、カッコイイね! いいなあ、史緒、あんな人が彼氏なんて!」

「…………」

 しばらく、声が出なかった。顔から血の気が引いているのを紗菜ちゃんに悟られないように、引き攣った笑いを保たせるので精一杯だった。

「……紗菜ちゃんは」

 その問いを、やっとの思いで喉から絞り出す。


「高遠君と会うのは、はじめてだったかな?」


 紗菜ちゃんは、やだあ、とコロコロ笑った。いつものように怒った顔で、冗談よそんなわけないでしょ、と続けられることを期待したけれど、彼女の口から出たのは全く別の答えだった。

「高遠君、っていうんだ? だめよ史緒、彼氏だったら、名前で呼ぶくらいのことしなきゃ!」

 ぽんと軽く腕を叩かれる。そのままぐらりと身体が傾いてしまいそうなのを、なんとか堪えた。

「あーあ、私も彼氏欲しい! あっ、あんまり引き留めてちゃダメよね、待たせてるのに! じゃあね、また!」

 紗菜ちゃんは明るくそう言って手を振ると、友達と一緒に、人波に混じっていった。

「…………」

 史緒は青い顔でその場に立ち尽くした。

 頭が上手に働かない。紗菜ちゃんを追って問い詰めるべきなのか、高遠のいるところに戻るべきなのか、トイレに行って気を鎮めるべきなのか、どれを選べばいいのか判断がつかない。

 顔を向けている先には、スクリーンの出入り口がある。さっき、史緒と高遠が出てきたところだ。扉は開放されたまま、暗い場内へと続く廊下が見える。

 ──そこに、長い黒髪の少女。

 彼女は、まっすぐ立って史緒を見ていた。瞬間、息が止まりそうになる。

 ぎこちなく視線を横に流すと、高遠が怪訝そうにこちらを向いているのが目に入った。角度的に、あそこからは、黒髪の少女の姿は見えない。どうして史緒がそんな風に突っ立っているのかと訝っているのだろう。

「つきまとわれて、迷惑していたのでしょう? 面倒事をひとつ減らしてあげたのだから、感謝して欲しいわ」

 少女は目を細めてそれだけ言うと、するりと動いて暗闇の中に消えた。

「……っ」

 史緒はぐっと拳を握った。

 強く握りすぎて、ぶるぶる震えるくらいに。



          ***



「──やけに静かだな」

 映画館からセルフ式のカフェに移動して、向かい合って席に着くと、高遠がそう言って顔を顰めた。

「さっきまで、あんなに興奮して騒いでいたのに」

 そうかな? と史緒は首を傾げる。

「熱しやすく、冷めやすいんだよね」

「それにしたって」

「でもさ」

 続けて疑問を出しかけた高遠を遮るように、素早く言った。目の前で湯気を上げているカフェラテに、視線を据える。

「でも、怒ることはあるよ」

「それは知ってる。君は昔から、つまらないことで唐突に怒り出す癖があった」

「つまらなくないんだよ。わたしにとってはね」

 そうだ、と内心で強く言って、カップの取っ手をぎゅっと握る。

 つまらなくなんかない。


 今のわたしは、めちゃめちゃ怒ってる。


「高遠君」

 目を上げて呼びかけると、高遠がこちらを見返した。窓際のテーブルに座ったので、異様に整ったその顔が、ブラインド越しに差し射る赤い夕日に照らされている。

「なんだ?」

「わたしは誰でしょう」

「……なに言ってるんだ」

「いいから。わたしの名前。フルネームで」

「また訳の判らないことを……塚原史緒、だろう」

「正解です。わたしも知ってるよ、高遠洸君」

「君、もしかして眠いんじゃないのか?」

 高遠が史緒の顔を覗き込む。眠くない。頭ははっきりしている。クリアすぎるほどクリアだ。なんだったら、小学生の頃からの、高遠にまつわる厄介事とトラブルを、ひとつひとつ詳細に並べられるくらいだ。

 思い出すだけで腹立たしいこともある。普段は記憶の底のほうに沈めていることもある。まったく、と思いつつ、噴き出してしまうこともある。

 ちょっとだけ、懐かしさにしんみりすることもある。


 それらは全部、わたしだけのもの、わたしだけの記憶だ。

 他の人間に、簡単に奪われていいもんじゃない。


「わたし、決めた」

「なにを」

「自分の大事なもののために、戦うことにする」

 決然とした口調でそう言った史緒に、

「……史緒、そこまで映画に毒されるのはどうかと思うぞ。言っておくが、あれはただの創作だからな」

 と、高遠が呆れるような顔をした。




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