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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
小学生編
2/37

運命の扉はスチール製



 意外にも、というか、予想通り、というか、高遠洸は五年三組のアイドルになった。

 最初、顔がいい、というだけできゃあきゃあと騒いでいた女の子たちは、日が経つに従って落ち着いたり沈静化したりしたかというと、それがまったく逆で、興奮度は高まる一方だった。

 女の子とは、小学校高学年にもなると、同じ年齢の男の子なんかよりも格段にませていて、生意気なことを言ったり考えたりするものだ。だから、テレビに出てくる芸能人にはカッコイイねと騒いでも、クラスメートの男の子に対しては、そんな素直な反応はしない。多少好意を持っていたって、わざと素っ気なくしたり、あんたにその気があるならこっちだって仲良くしてあげてもいいけど、というような態度を取るのが普通だ。


 でも、高遠の場合は違った。


 多分、それくらい、高遠洸という子供が、他のクラスメートの男の子とは格段に「モノが違う」ということを、幼くとも鋭い女の嗅覚で感じ取ったのだろう。高遠は、顔が人並み外れて綺麗である、という以外に、頭も良くて、スポーツも得意で、すべてにおいて際立って高い能力を有していた。その万能さは、まるで漫画のヒーローみたいにバカバカしいほど現実離れしており、だからこそ、女の子たちは、彼に対してはあからさまに好意と興味と憧憬を剥き出しにした目を向けることに、なんら違和感を覚えないのらしかった。

 テストを受ければどの科目も満点、難しい英単語だってスラスラと読めてしまい、みんながお絵かきソフトを使っているその横で、無言でパソコンのキーボードをカタカタ操ったりしている。誰にも追いつけないほど足が速く、サッカーをすればボールを自在に扱って矢のようなシュートをゴールポストの内側に放り込む。それらすべてを当然のようにこなして、いつだって淡々とした言動。しかも他の男の子のように幼稚なことを言って女子をからかったりすることもないし、下品なことも、ふざけたことも言ったりしない。

 これだけ揃ったら、もう王子様のように崇めるより他にない、という結論に、女の子たちは至ったようなのだった。



「高遠君って、ホントにカッコイイよねえ!」

「ふーん」

「こないだ、どっかの先生と何か話しててね、こっそり聞いてみたら、自然科学、とか、なんかそういうムズカシイ内容だったんだよ。先生も、『高遠はよく知ってるな』って、すごくビックリしてた」

「ふーん」

「そんななのに、高遠君て自慢げなとこもないしさ。ホラ、クラスに近見って男がいるじゃん? あいつ、幼稚園の頃から英会話習ってるからペラペラだって、いつもよく自慢してたけど、高遠君の前では絶対にそれ言わないもんね。きっと、ヘタなこと喋って、間違いを指摘されたら困るからだよ」

「ふーん」

「もう、フミちゃん、真面目に聞いてるの?!」

 友達の結衣ちゃんに怒られて、史緒は慌てて、「聞いてる、聞いてる」と弁明した。ちっとも興味はなかったし、実際ほとんど真面目になんて聞いてはいなかったのだが、女同士の友情は壊さないに限る。

「えーっと」

 なんの話でしたっけ? と曖昧に教室を見渡し、女の子たちとお喋りをしている高遠を目に入れて、思い出した。そうそうアレの話だった。

「それで結衣ちゃんは、高遠君とはもう喋ったの?」

「うん、ちょっとね。フミちゃんは、まだなんでしょ」

 すでに高遠洸のファンだと公言して憚らない結衣ちゃんは、そう頷いて、少し自慢げに胸を張った。もちろん史緒は、面倒なので、ウサギ小屋でのアレコレは誰にも話していない。

「高遠君てね、すごく礼儀正しいし、キチンとした態度で話す子なんだよ」

「……へー」

 礼儀正しい、というか、難しい言葉で言うと、あれははっきり「慇懃無礼」というやつなのだが、普段クラスメートのバカ男子を見慣れている結衣ちゃんの目にはそう映るらしい。

 史緒にしてみたら、あんなのよりは、周りにいる子供っぽい男の子たちのほうがよっぽど可愛げがあるように思うのだが、まあ人それぞれなのだろう。

「話す内容も、難しいことが多くて、ちょっとわかんなかったりするんだけどさー」

 と結衣ちゃんはふっくらした頬を恥ずかしそうに染めて、えへへと笑ったが、そりゃ無理もないだろうと、史緒は心の底から納得した。SF妄想に取りつかれた虚言癖のある男の子の話は、一般的に言って、あまり理解できるものではないと思われる。


 ──しかし不思議だな、と史緒は首を傾げた。


 いくら顔が良くて頭が良くて運動神経が良くたって、人は、「自分には理解できないもの」、つまり異端者には冷淡になりがちだ。高遠が、史緒にべらべらと身勝手に語った、僕は地球外生物云々の話を他の子にもしているのだったら、女の子たちはみんなしてドン引きしそうなものなのだが。

「高遠君の話、ってさ」

「うん」

「宇宙とか、そういうのも出てくる?」

「宇宙?」

 結衣ちゃんはきょとんと聞き返した。

「そういうのはなかったと思うけどなあー。なんで?」

「僕、実は宇宙人で、この地球には侵略のための偵察にやって来たんだとか、そういう話は出なかった?」

「ええー、なにそれえー」

 ぷぷーっと面白そうに噴き出された。

「それって、アニメかなんかの話? やだあ、フミちゃんて、そういうの好きなんだー。そういうの、オタクって言うんでしょー」

 笑いながらの結衣ちゃんの言葉に、ガーン、と史緒は大ショックを受けた。

 よりにもよって、よりにもよって、この自分に、「オタク」とは。父の姿を見て、オタクにだけは絶対ならないぞ、と決意している史緒に向かって、なんという心無い言葉だろう。地味に堅実に人生を歩んで、将来の夢は安定した公務員、漫画やアニメは見ても決してハマったりしないように注意して、当たらず障らず、なにごとも浅く広い知識だけを身につけていけばよし、と常に自分自身に戒めているというのに。

「わたしじゃなくて、高遠君がさ」

「マジメな高遠君が、そんな子どもっぽいこと言うわけないじゃん」

 おのれ、アイツ、自分がSFオタクだということを、クラスのみんなには秘密にしているな、と史緒はむらむらと腹が立ってきた。

 隠れオタクか。オタクの道は修羅の道だが、それを伏せて一般人のように振る舞うのはさもしいことさ、とパパも言っていたぞ。オタクなら、自分の欲求に忠実に行動しろ!

 自分がオタク疑惑をかけられた腹立ちも手伝って、史緒が尖った眼つきで睨みつけていることに気がついたのか、女の子たちの相手をしていた高遠が、ふいにこちらを振り向いた。

 微笑して、座っていた椅子から立ち上がる。背の高いその少年がまっすぐ向かってくることに気づいて、結衣ちゃんが、「わ、どうしよう、こっちに来るよ」と興奮気味の小声で囁いた。

「わたし、ちょっとトイレ」

 史緒は大きな声でそう宣言して、自分の席を立つと、すたこらと教室から逃げだした。



          ***



 そんなこんなでその人物から逃げ続けていた史緒だったが、しかし同じ小学校の同じクラスに所属している以上、いつまでもそれが通じるわけもなく、ある日、とうとう捕まってしまった。

 その時もやっぱり、ウサギ小屋の掃除をしていて、逃げようがなかったのである。給食の後の昼休み、渋々、当番の仕事をしていたのだ。やっぱり田中少年はサボリで、史緒は一人だった。

 田中のやつめ、許さん、と史緒は怒りに燃えた。あんたのせいで、またしても自分はこいつの鬱陶しい話に付き合わなきゃならない羽目になってしまったではないか!

「君、女の子があんなにも大きな声で、トイレに行くことを宣言するのはどうかと思うよ」

 高遠が、やれやれと厭味ったらしく肩を竦めて最初に口にしたのがそれだった。

「地球の女は、恥じらいと慎みに欠けている。いくら僕が容貌・品性・資質のどれもが優れている完璧な存在だからって、あそこまで露骨に騒ぎ立てるなんて」

 またそれか。しかもなんだその自分こそよっぽど露骨な自慢は。結衣ちゃんが「自慢げなとこがない」とか言っていたような気がするが、さてはあれは幻聴だな。はあ~、と首を振っている仕草が無性にムカつく。どうして他の女の子たちは平気でいられるのだろう。

「静かに観察したいと思っていたのに、それも出来そうになくて、ほとほと困り果てているんだ。ま、しょうがないけどね、なにしろ僕ときたら、地球人の男に比べたらそりゃ抜きんでて目立つんだろうから。抑えても抑えても、内面から滲み出る輝きが漏れ出てしまうっていうかさ」

 だあ~~~っ、うぜえ!!

「あのね高遠君」

 箒を片手に、史緒はくるりと高遠のほうを向き、仁王立ちになった。

「ハッキリ言うけど、わたしに関わらないでくれる?」

「そういうわけにはいかないよ。僕には僕の使命というものがある」

「その使命なんちゃらにはわたしは関係ないし」

「ぼ・く・が、き・み・を、選んだんだ。関係ないことはない」

「勝手に選ばれたら迷惑なんだよ。大体、転校先で最初に会った相手、なんて、適当でいい加減で運任せの選び方じゃん。アミダくじみたいに」

「君は判っていないな」

 ハッ、という感じで、高遠は鼻で笑った。どうしよう、小学生にして、ちょっぴり殺意が芽生えてしまいそう。

「それがまさに、運命、というやつじゃないか」

「…………」

 こいつダメだ、「本物」だ、と史緒は確信した。


 本物のバカだ。


「とにかくわたしは厄介なことも面倒なことも嫌いなの。アニメのDVD鑑賞に寝食を忘れて没頭したり、一時間も二時間も延々と奥さんと子供にカメラアングルがどうのとか演出がどうのとか語ったりする人間にはなりたくないし、そういう相手もゴメンなの。パパのことは嫌いじゃないけど、ママには、『お願いだから史緒はこんな結婚相手を連れてこないでね』って泣きながら懇願されてんの。だから高遠君の妄想話には付き合いたくないの、わかった?」

 一方的にスパスパとした物言いでそれだけ言うと、史緒は身を屈ませて、ウサギ小屋の小さな出口から外に出た。

 かちゃんと音を立てて出口の鍵をかけると、ウサギがようやくホッとしたように、ねぐらから出て、フンフンと餌の匂いを嗅ぎはじめる。

「いいかい、君はこの栄誉ある役目を、誇りに思うべきだよ」

 集めたウサギのフンをゴミ箱に捨てて、箒とチリトリをしまうべく、ウサギ小屋のすぐ横に設置されてあるスチール製の物置へと向かった史緒の後について歩いて、高遠が説教がましくくどくどと言った。

 何が栄誉ある役目だ、と憤然とした気分で、史緒は物置の戸をガラリと開ける。そんなものは、ウサギのフンと一緒に、ゴミ箱に捨ててしまうがよい。

「たとえばだ」

 史緒がまだ箒とチリトリをしまわないのに、高遠はそう言って、せっかく開けた物置の戸を、またパタンと閉めた。

 そして、その閉じられた戸を示し、重々しい口調になった。

「──このように、今、君の前に、地球の命運を左右しかねない、運命の扉がある」

 ベコベコにへこんで薄汚れた、安物の物置の扉がか。

「君の前で、まさに、その運命の扉が、ゆっくりと開きかけているんだよ。さあ、君はどうする?」

「閉める」

「なぜ?! ここは感動に胸打たれ、扉の中に一歩を踏み出すのが常套だろう?!」

 なぜもへったくれもあるか。本気で驚愕したような顔をするんじゃない。

「一歩踏み込んだばっかりに、したくもない冒険に巻き込まれてしまったり、巫女様に祀り上げられてしまったり、運命の塔を上ってラスボスと戦ったりしなきゃならないんでしょ。やだよそんなの」

「君には未知の世界への憧れや探究心というものはないのか」

「ない」

 きっぱりと言って、史緒はガラガラと物置の戸を開けると、箒とチリトリを大雑把に放り込んだ。

「そういうことは他の子にやってもらいなよ。いくらウザくても、高遠君の話なら、聞いてくれる女の子がいるかもしれないよ」

「ウザいとは何だ。君はどうしてそう言葉遣いがなっていないんだ。そんな最初の段階から教育しなければならないなんて、とんだ相手を選んでしまったものだ。僕は不運だ」

 おおう、なんてことだ、というように、高遠は胸に両手を当て、綺麗な顔を歪ませて大げさに嘆いている。鬱陶しい。お前に教育される筋合いはない、という言葉を呑み込むのに、史緒はえらく苦労した。

「だから遊びの相手を替えりゃいいだけの話でしょ。なんで、他の子にはそういう話をしないの?」

「遊びではない、僕はこれ以上なく真剣だ。こんな重大な内容を、軽々しく口外できるわけがない。僕の特殊な任務について打ち明けているのは、君一人なんだ。そのことをもっと真面目に受け止めたまえ」

 嘘つけ。「このオタクが」と後ろ指をさされるのがイヤなんだろう。世間から疎外されても奇異な目で見られても、自分の好きなことに偏向してのめり込む、それがオタクの真髄ではないか(と、父親が言っていた)。オタクの風上にも置けないやつだ。

「大体、君はこのことを──」

「あっ、高遠君!」

 高遠が史緒に向かってびしりと人差し指を突き付けて何かを言いかけたところで、はしゃぐような甲高い声が割って入った。

 そちらに顔を向けると、クラスの女の子数人が、ニコニコしながら駆け寄ってくる。

「高遠君、こんなところにいたんだ、探したんだよ!」

「ねえ、人工池のところに、今、白い鳥が飛んできててね」

「あれ何ていう名前の鳥だろうって、みんなで話してて、高遠君なら知ってるんじゃないかと思って」

 数人が頬を紅潮させていっぺんに口を開くので、今ひとつ内容は把握できないのだが、とにかく人工池にやって来た白い鳥、を口実に、高遠を誘いに来たらしいことは判った。つまらないことでも、とにかくお喋りしたりして一緒に時間を過ごしたい、ということであるようだ。

 史緒は心の中でひそかに手を叩く。どうぞどうぞ、熨斗をつけて差し出しましょう。

「あ、いや」

 高遠は、少しだけ困ったように笑って、一歩後ずさった。

「ごめんね、僕、ちょっと図書室に行って、本を返しに行かないといけないんだ」

 史緒の前ではまったく見せたことのない、優しげで人の好さそうな微笑を浮かべている。

 こいつ、他の女の子の前では、こんな顔を見せていたのか、と史緒は驚いた。何が「ごめんね」だ、この詐欺師。その言葉は、わたしにこそ言え。

「またね、じゃあ」

 手を挙げて、高遠がさっさとその場を離れてしまう。その背中を、女の子たちは、がっかりしたように見送っていた。

 その傍らで、なにげないように、史緒は口を開いた。

「……確か今週って、図書週間だったよね。みんなも、図書室に行って、本でも借りてきたらどうかなあ」

 水を向けてやると、彼女たちはいっせいに、ぱあっと顔を明るくした。

「そうだね、先生も本を借りて読みなさい、って言ってたし」

「追いかけるんじゃなくて、たまたま同じところに行くんだよね!」

 きゃあっ、と笑いながら、走っていく女の子たちを眺めて、史緒はやれやれと息をついた。高遠洸も、つきまとわれる迷惑さを、少しは思い知ればいいのである。

 それから、バン、と大きな音を立てて、目の前の物置の戸を乱暴に閉めてやった。




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