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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
中学生編
19/37

健全な中学生の健全な希望



「え、してほしいこと?」

 委員会が終わって、教室を出ようとしたところを史緒に捕まった田中君は、いきなり問われた内容に、面喰らった顔をした。

「なんだよ、突然」

「だからほら、この間、ちょっとしたお芝居に協力してもらったでしょ。そのお礼というか、お返しに」

「ああ……」

 田中君は目線を上空に飛ばし、そういやそんなこともあったなという声を出した。どうやらすっかり忘れていたか、日常の記憶のかなり下のほうに埋められていたらしい。史緒が言わなきゃ、きっと思い出しもしなかっただろう。ちぇっ、しまったな、余計なことをしてしまったか。

 脳の八十パーセントくらいはサッカーのことで占められていると思われる田中君にとって、女子同士のつまらない諍いや嫌がらせなんて、本当に些細なことでしかないのだろう。だから、自分が参加した小さな芝居のことも、さらっと流されて記憶に残らない。健全である。いやそもそも、たかがあれくらいのことで借りだのなんだのとうるさく言い張る高遠の精神がみみっちいのだ、そうに決まっている。

「あんなの、別に……」

「だよね、気にしないよね。うん、このことは綺麗さっぱり忘れて。じゃあね」

「いやいや、待て待て」

 史緒とて、何がなんでもお返しをしなければ気が済まない、というわけではない。むしろ面倒事がひとつでも減るのは大歓迎だ。もごもご何かを言いかける田中君に、清々しい笑みを見せてすっぱり背を向けようとしたら、後ろから慌てて止められた。

「その……たとえば、どういうことをしてくれるんだよ?」

 あちゃー。やっぱり、余計なことを言ってしまったな。人間というものは、最初から無いと思っているものには無関心でいられるが、存在をちらつかされれば欲が出てくる。と、新しいアニメグッズが出ると買い求めずにはいられない父が、母に向かって言い訳していたのを聞いたことがあるが、あれはまさにこういうことなのだろう。オタクの理屈は時々世の中の教訓となり得る。

 とはいえそもそも言い出したのは自分である。史緒は諦めて、腕を組んだ。

「うーん、何かのお手伝い、とか? 宿題を代わりにやる、っていうんでもいいし、使いっ走りみたいなことでもいいよ。あんまり面倒くさくない範囲でね。あ、それと、なるべく世の中の常識に沿った内容にしてね」

 なにしろ、次には高遠が控えているのだ。普通の田中君には、ぜひ普通の返済方法をお願いしたい。

「何か、わたしにしてもらいたいことって、ある?」

「塚原にしてもらいたいこと……」

 田中君はそう呟いて、少し顔を赤らめた。


 ん?


 このテの質問が、純情な中学生男子をひどく動揺させる、なんてこと、てんから頭に浮かばない史緒は、それを見てきょとんと目を瞬く。

 ──ははあ、さては、人には内緒にしたいことなんだな。

 というところまでは思いつくものの、

 ──苦手な子猫や小鳥の世話を頼みたいとか。

 という方向にしか推測が進まない史緒は、とことん、女子力というものには恵まれていないのだった。

「言いにくいことなんだ? じゃあ、こっちこっち」

 視線をあちこちに飛ばしてもじもじする挙動不審な田中君を気遣い(少なくとも本人はそのつもりで)、制服の袖を引っ張って、なるべくひと気のない非常階段あたりまで連れて行く。そこが結構な割合で告白スポットとして使用されているなどという事実を、壊滅的に疎い史緒はまったく知らないが、知っている田中君はますます赤くなった。

「うん。で、なに? わたし、何をすればいいの?」

 周りにあまり人がいないのを確かめてから、声を潜めて訊ねる。気のせいか、すぐ前に突っ立っている田中君は、ガチガチに固くなっているようだった。やだなあ、わたしたち友達じゃん。そんなに緊張しなくても。心配しなくたって、サッカー部のキャプテンで後輩をビシビシしごいて教室じゃ硬派っぽく振る舞ってる田中君が、実は可愛いウサギが怖くて近寄るのもイヤ、なんてことは誰にも言わないよ。

「いや……その……何、っていうか……サ、サッカーの試合……」

「サッカーの試合?」

 この間もそんなこと言ってなかったっけ、と史緒は首を捻った。サッカー部っていうのは、そうも頻繁に試合ばっかりしてんのか、大変だねえ。

 その試合のための買い出しを頼みたいってことかな? それとも、試合会場で猫が子供を産んだからどうにかして欲しいってことかな?

「その、試合の応……い、いや、そうじゃなくて」

 ごにょごにょと言ってから、田中君は何かを決意したかのように、きっと眉を上げて史緒を睨みつけてきた。え、なに、怖いよ。そんな風に脅しつけなくたって、ちゃんと秘密は守るよ?

「こっ……今度の日曜、なんだけど!」

「うん?」

 日曜? 卯月がよく衣装を着せられる魔法少女のアニメがやる曜日だな。ひょっとして、アレを録画しておいて、とか、そういうことかな? それだったら、別に頼まれなくても、父親が毎週欠かさず録画してるけど。今までの放映分もすべて洩れなくバッチリ保存してあるけど。

「何か、用事とか、ある?」

「え、ないよ」

 毎週日曜は、朝にやるそのアニメを父と史緒と卯月で三人並んで鑑賞する習慣となっているが、それ以外は大して用事はない。せいぜい家族でのんびり散歩をしたり、卯月を連れて近くの公園に行く程度である。

 田中君は、史緒の返事を聞くと、制服のズボンのポケットに手を突っ込んで、上履きに包まれた足の裏でとんとんと床を叩いた。なんだろ、なんでそんなに苛々してんの、田中君。

「あのさ、今度の日曜、緑広場で、祭りがあるだろ」

「ああ……」

 言われて、史緒も思い出した。

 緑広場というのはこの区域内にある結構広いグラウンドの名称で、そこでは毎年十一月に規模の大きな祭りが開催されるのである。野外ステージで有志出演のダンスや演奏が披露されたり、フリマスペースが設けられたり、クレープやたこ焼きなどのいろんな屋台が出たりするのだ。子供だましといえばそうだが、それなりに人出も多くて賑わう、このあたりの一大イベントのうちのひとつなのだった。

「うん、あるね」

 史緒自身は、さして興味がないので、そう応じるしかない。大体がそういう場所に行くのも面倒だし、以前に行った時に、あまりの混雑ぶりに辟易した思い出があるからだ。

「……行かないか?」

 目線を下に向けた田中君が、ぼそりと言った。

「ん? お祭りに?」

「そう」

「それは、いちばん最初のわたしの質問の流れからきてるものなの?」

 今ひとつよく判らなくて問い返す。それって単に、「日曜日、遊びに行こう」ってことじゃない? しかも、サッカーの試合とぜんぜん関係なくない? 借りを返す、というのとは、微妙に違っているような気がするのだが。

「そんなことでいいの?」

「塚原に、してもらいたいこと、なんだろ」

「うん」

「だったら、それ」

 ぼそぼそと続ける田中君の声は、少しずつ低くなっている。変声期のしゃがれ声でもあるので、そうなると、何を言っているのか聞き取るのも難しい。かといって、だんだん不機嫌さが増していっているような田中君に、「なんて?」と聞くのも憚られる。まったくもう、思春期の男の子は扱いが厄介だな!

「うん、よくわかんないけど、わかった」

 お祭りに行きたいのなら、クラスや部活の友達と一緒に行ったほうが楽しいんじゃないかと思うのだが、そこはそれ、年頃の男の子の見栄とか恥とかがあるのかもしれない。体面上、同年代の友人たちの前では、無邪気に、祭りに行きたーい! と言い出せないとか。それで史緒を隠れ蓑にしたいと。そうまでしてお祭りに行きたいか、田中君。

 そこまで考えて、ピンときた。

 あ、わかったぞ。


 つまり、見返りとして、屋台の何かをオゴらせようとしてるんだな!


 なーんだ、そんなことか。まあ、中学生の懐事情が寂しいのは、史緒だって共感できるところである。食欲旺盛な十代男子にとって、屋台のあれこれはさぞかし興味を惹かれるものばかりであろう。誰かの財布で食べ歩きが出来るのなら、そりゃさぞかし魅力的なことに違いない。

 ま、そういうことならそれでいいけど、と史緒はあっさり受け入れた。屋台の食べ物は大体ひとつ五百円くらいで、その出費は少々痛いが、出来ないことではない。

 ある意味、非常に健全で真っ当で、常識的な要求だ。

「でも、わたしもそんなにたくさんお小遣いがあるわけじゃないから、ひとつかふたつくらいしかオゴってあげられないよ? それでもいい?」

 際限なくねだられても困るので、一応念のために釘を刺しておくと、田中君は非常に奇妙な表情をした。

「……ちょっと待て。お前、何か、変なこと考えて」

「あ、もう帰りの会がはじまっちゃう。えーと、どうしよう、二時くらいがいいかな。ちょうど小腹が空く時間帯でしょ。緑広場の南出口のあたりで待ち合わせってことで。それでいい?」

「お、おう、いいけど、塚原、あのさ……」

「じゃあ、そういうことでねー」

 さっさと約束を取りつけると、慌てて口を開きかけた田中君に片手を挙げて、史緒は自分の教室に向かって駆け出した。



          ***



 ところが間の悪いことに、翌日になって、結衣ちゃんと瑠佳からも、同様のお誘いを受けてしまった。

「ねえねえフミちゃん、今度の日曜、三人で緑広場のお祭りに行こうよー!」

 きゃっきゃと楽しげに顔を綻ばせる友人たちに、うーん、と史緒は曖昧な返事をする。みんな、お祭りが好きだなあ。

「あ、都合が悪い?」

 史緒の反応を見て、他人の気持ちに敏感な瑠佳が、遠慮がちな声を出した。そこには少しばかり悲しさと落胆も滲んでいて、別に悪いことをしたわけではないのに、なんだか罪悪感に捉われる。

「都合が悪いっていうか……もう先に約束しちゃった」

「家族で行くの?」

 結衣ちゃんの問いに、首を横に振る。父はアニメの関わらないイベントには大概無関心である。頼めば連れて行ってくれるだろうが、きっと緑広場の祭りのことなんて知りもしないと思われる。

「田中君と」

 正直に言ったら、結衣ちゃんと瑠佳に揃って「えっ」と絶句された。二人して同時にちらっと教室内のどこかに視線を投げ、またこちらに目を戻す。なんでそんなシンジラレナイ的な顔をしているのか、よく判らない。田中君のことは、結衣ちゃんも瑠佳も知っているはずなのだが。

「た、田中君と……二人で?」

「だと思うけど」

 そういえば、そこは確認してなかったな、と気がついた。どうしよう、友達とか兄弟とかを大勢引き連れてこられて、「こいつらにもオゴってやってくれよ!」とか言われたら。間違いなく財政破綻してしまう。

「そ、それって……」

「え……だって、え?」

 結衣ちゃんと瑠佳は、なんだかオロオロした風情で、教室の一方向と史緒との間で、視線を行ったり来たりさせている。その方向には一体何があるわけ? と不思議になって史緒もそちらを振り返ってみたが、そこには自分の席で本を読んでいる高遠くらいしかいない。

「?」

 二人とも、何を見てんの?

「え、えーと、どうしてまた、そんなことに……?」

「どうしてって……」

 結衣ちゃんに訊ねられ、史緒はちょっと迷った。「借り」の内容については瑠佳には言えないしなあ。

「田中君が、屋台のアレコレをオゴれ、って言うからさあ」

 言ってはいないが、史緒の中ではすでにそうなっているのである。

「ええー?! それって、たかり行為じゃん!」

 結衣ちゃんが驚愕の声を上げた。史緒も驚いた。いやいや、違うよ?

「フ……フミちゃん、田中君に、何か弱味でも握られてるの?」

 瑠佳の史緒に対して向ける目は、完全に恐喝の被害者に向けるそれだ。大人しい彼女が、怒りに燃えてぶるぶると拳を握っているのを見て、さすがに慌てる。いかん、二人の「田中君像」がえらいことになっている。

「違う違う、えーとね、なんていうか、対等な取引の結果としてね……」

「屋台でオゴることを条件に、写メとか録音した何かと交換するってこと?!」

 結衣ちゃん、ドラマの見すぎです。大体、それでいくと、ヤバいことをして証拠隠滅を図っているのは史緒のほうではないか。

「そんなの、許せない!」

「あのさ」

「だっ大丈夫だよ、フミちゃん! 私たちはフミちゃんの味方だから!」

「ありがとう。でもね」

「そんなの、一度言うことを聞いたら、どんどん要求がエスカレートしていく一方だって、この間観たドラマで言ってた!」

「うん、やっぱりドラマなんだ。そうじゃなくて」

「日曜日は、私たちも行くから! 一緒に戦おうね!」

「えーと……」

 どうしよう、ぜんぜん聞いてくれないよ。

 史緒の困惑にはお構いなしに、結衣ちゃんと瑠佳は手に手を取って、何があっても脅しには屈しない、と熱く友情の誓いを立てている。気弱な瑠佳に至っては、びくびくと泣きそうな真っ赤な顔で、しかしそれでも眦には強い決意が見える。史緒のために戦ってくれようとしているのは嬉しいが、その決心はもうちょっと普通の場面で使ったほうがいいと思う、正直なところ。

「何か盛り上がっているな」

 賑やかな女子二人に気づいたのか、高遠が偵察にやって来たが、目まぐるしく流れていく状況から完全に取り残されていた史緒はそれに舌打ちする気力も残っていなかった。オタクの暴走は怖いが、女の子の妄想力の暴走はもっと怖い。今さらどうやって訂正すりゃいいんだか、さっぱり判らない。

「行く行くって、どこに行くんだ?」

「お祭りだよ」

 滅多にないことだが、ごうごうと炎を立てている友人たちより、高遠のほうがまだしも話がしやすかった。とりあえず手のつけられない二人は放置して、高遠に向かって緑広場の祭りについて説明する。

「へえ……知ってるぞ。この国でいう祭りとは超自然的な存在に対する行為を指すものであって、鎮めたり慰めたり感謝したり祈ったりする諸々のことをいうんだろう。古代においては、祭祀と政治を同時に司りそれによって」

 などという能書きをだらだらと垂れられて、史緒は前言を撤回した。やっぱりちっとも話しやすくなんてない。

「で、そういう祭りが日曜日に開催されると」

「高遠君の思う『そういう祭り』っていうのとは確実に違うとは思うけど、まあ、そう」

「なるほど。地球人と宗教とは、切っても切り離せない関係にあるからな……僕もこの日本地方に降り立ったからには、いつか神道について深く極めてみたいとは思っていたんだ。これはいい機会だろうか」

 屋台やフリマやダンスが、神道を極める機会になるとは到底思えないのだが、もういいや、どうでも。

「じゃあ、一緒に行く?」

 ここで史緒は腹を括った。この際、面倒なことは、ひとつでもふたつでも同じである。結衣ちゃんと瑠佳はついてくる気満々なようだし、この上高遠の一人や二人増えたところで厄介なのはそう変わるまい。高遠はちょっとアレだが、いつでも冷静なのは確かなので、何かの役には立つかもしれない。

「そうだな、行ってやってもいい」

「……じゃ、二時に、緑広場の南出口ね」

「高遠君が一緒なら心強いよ! 田中君を懲らしめてやろうね!」

「安心してね、フミちゃん! 田中君の魔の手から私たちが守ってあげるから!」

「…………」

 史緒は心の中で、株価大暴落の田中君に謝罪した。


 ごめん、田中君。



          ***



「…………」

 日曜日、緑広場の南出口で顔を合わせた田中君は、しばらく硬直から解けなかった。

 だよなあ。なんかいきなり、人数が増えてるもんね。しかもうち二人は鼻息荒く史緒の前に立ち塞がってるし、もう一人の高遠はまるでそんなことは眼中になく渡された案内図に真剣に見入ってるもんね。

「あの、塚原……これ……」

「うん、なんかいろいろあってね……」

「いろいろって……」

「田中君、見損なったよ! ただのサッカーバカだと思ってたのに、いつの間に悪事に手を染めるようになったの?!」

「は……?」

「フ、フミちゃんは私の大事な友達なの、泣かせるようなことはしないで!」

「はあ……?」

「田中君田中君、祭りというからには、祀るべき対象、つまり御神体のようなものがあるんじゃないかと思うんだが、この案内図には見当たらないな。どこか秘密の場所に設置されているのか?」

「…………」

 田中君は、どこか泣きそうな顔で史緒のほうを見た。無理もない。史緒はふうーっと深い息を吐き、遠いところへと視線を向ける。

 世の中は、面倒くさいことだらけだねえ……。



 しかしまあ、結衣ちゃんと瑠佳の誤解は、わりと早い段階でとけた。詳細は省くが田中君に借りのある史緒が、屋台の食べ物をオゴるということで話をつけたのだ、という説明に、なんだかんだあって納得してくれたのである。田中君は複雑な表情をしていたし、高遠は祭りの意義についてまだぶつぶつ言っていたが、この際そんなのは些細な問題なので無視することにする。

 というわけで、そのまま成り行き上、五人で祭り会場をぐるぐる廻ることになった。

 散々田中君を悪者扱いしていた結衣ちゃんと瑠佳が、その引け目もあるのか、何かと気を遣ってプランを練ってくれたので、時間の無駄もなく効率的にいろんなものを見て廻れて、こういった場所にさして興味のなかった史緒もかなり楽しめた。面倒なこと全般が嫌いな史緒とはいえ、遊んだり騒いだりはしゃいだりするのは嫌いじゃない。

 フリマを見て、ステージを見て、あちこちで催されているゲームなどをやってみる。そして最終的に、屋台の立ち並ぶ場所に出た。

 ずらりと両側に並んでいる屋台の間で、結衣ちゃんと瑠佳は、リンゴ飴がいいか、クレープがいいか、しきりと迷って相談しながら後方を歩いている。高遠は単独でどの店に対してもまんべんなく一通り観察している。史緒は当初の目的を遂行すべく、隣を歩く田中君にあれこれと訊ねた。

「何がいい? たこ焼き? 唐揚げ? あ、イカ焼きとかもあるよ」

「……うん」

 田中君は口数少なく答えながら、ほとんど屋台のほうには目も向けず、足を動かしている。まだ、おかしな疑いをかけられたことを怒ってるのだろうか。

「……あのさ、塚原」

「うん、決まった?」

「いや、その」

 もごもごと言葉を濁す。田中君、もしかして、けっこう遠慮深い性格なのかな。

「そんなに高いものじゃなきゃ、大丈夫だよ?」

「そうじゃなくて、その……私服、久しぶりに見たなと思って」

「服?」

 言われて自分の恰好を見下ろす。着ているのは、普通のセーター、ショートパンツ、ニーハイソックス、頭にキャップという組み合わせである。色合いの華やかさでいえば結衣ちゃんのほうが上だし、センスでいうなら瑠佳のほうが上だ。取り立てて口に出されるようなものではないと思うのだが。

「小学校の時とそう変わらないでしょ」

「いや、そんなことない……最近ずっと制服しか見てないし。……か」

 か?

「可愛い!」

 いきなり後ろから叫ばれた声に、田中君が飛び上がった。その脇を、可愛いー、と言いながら結衣ちゃんと瑠佳が小走りで通り過ぎ、とある屋台へと突進していく。そこでは、リンゴ飴ならぬイチゴ飴なるものが売られていて、女の子たちがきゃあきゃあ言いながら群らがっていた。なるほど、「可愛い」のはアレか。

「大丈夫? 田中君」

「どうしてイチゴが『可愛い』なんだ? 普通にスーパーなどで売られているイチゴには、あんな反応はないぞ」

 と言ったのは、心臓を押さえてしゃがみ込んでいる田中君ではなく、フラフラしているわりに何も買う様子のない高遠だ。イチゴ飴の屋台に目を向けて、不思議そうに首を傾げている。

「見た目の問題だよ。真っ赤っ赤でつやつやしてるから、食べ物っていうより小物みたいで可愛いじゃん」

「理解できない」

「高遠君は、そもそも『可愛い』って概念が理解できないんでしょ」

「そんなことはない。最近は少し判るようになった」

 へえ、と史緒は意外に思った。高遠が可愛いと思うものって何だ。

「どういうものに対して?」

「だから……」

 そこへ、結衣ちゃんと瑠佳がゲットしたイチゴ飴を手に、にこにこしながら戻ってきた。高遠が、そちらをちらっと見る。

「史緒はいらないのか?」

「イチゴ飴? うーん、欲しいけど、そんなにお金があるわけじゃないし」

 なにしろ、田中君が何を欲しがるのか判らないうちは、無駄遣いは出来ない。そう思って、史緒はさっきからいろいろと我慢しているのである。イチゴ飴には惹かれるが。かなり惹かれるが。

「僕が買ってやろうか」

 さらりと言われて、びっくりした。

「えっ、ホント?! いいの?! あとで三倍にして返せって言わない?!」

「言うか。素直に受けろ」

「わーい、やったあ! ありがとう!」

 ぱあっと満面の笑顔になる。高遠がぼそっと何かを呟いたようだったが、嬉しすぎてまったく耳に入らなかった。

 わあい、わあいと大喜びでぴょんぴょん跳ねながらイチゴ飴の屋台に向かう史緒のあとを、澄ました顔で財布を取り出す高遠がついていく。

 茫然と二人を見送る田中君の背中を、慈愛溢れる笑みを浮かべた結衣ちゃんと瑠佳が、ぽんと叩いた。




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