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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
中学生編
17/37

告白タイム覗き見作戦



「あの、フミちゃん、ちょっと相談したいことがあるの……」

 と瑠佳にもじもじと話しかけられて、史緒は、うん? と友人の顔を見返した。

 眉を下げて、困ったような表情をしているが、色白の頬はちょっぴりピンク色に染まっている。それを見ても、至極現実的な方向にのみ進みがちな史緒の残念な思考は、トイレなら一緒に行ってあげるけど? ということしか浮かばなかった。

「どうかした?」

「あの……ちょっと……」

 さらにもじもじして、瑠佳は周囲を憚るように視線をうろうろとさせた。

「相談って、ここでは出来ない話?」

「うん……」

「昼休みか、今日の放課後までは時間を置きたくない?」

「うん……」

 少し俯きがちになって、小さな声で頷く。込み入った相談事なら、こんな一限目の休み時間ではなく、時間のある時にゆっくり話したほうがいいのではと思ったが、瑠佳としてはそこまで待てないほど気分的に切羽詰まっているらしい。史緒は「わかった」と答えて、椅子から立ち上がった。

「じゃ、とにかく教室を出ようか」

 なるべく人目につかない場所というと、非常階段方面か準備室のあたりかな──と考えながら、瑠佳とともに移動を開始する。休み時間は十分くらいしかないから、教室からあまり遠くないところで、目立たないところで、なるべく静かなところ。これは意外と難問だ。

 早足で歩いてそんなことを思いつつ、ちょっと首を捻った。

 ──朝、おはようと挨拶した時、瑠佳には特に変わったところは見られなかったんだけどな。普通にお喋りして、授業が始まって、休み時間になったらいきなり相談事って、どういうことなんだろう。



 結局、上階の被服室が使われていなかったので、そこにこっそりと入ることにした。用もないのに入っているところを見つかると先生に叱られるから、教室の戸の裏側あたりで、二人してしゃがみ込んで身を隠す。

「あの、これなんだけど……」

 瑠佳がためらいがちに制服のスカートのポケットから取り出したのは、薄いブルーの封筒に入れられた手紙だった。

 このメール時代に手紙か、とまず思い、まさかバカとか死ねとか幼稚なことが書かれたものなんじゃないだろうなと警戒する。瑠佳は大人しくて繊細な性格をしているのだから、そんな類の手紙を見たらショックで登校拒否になりかねない。

「見るね」

 と断って、史緒は手紙を受け取り、さっさと開けて中身を見た。



  好きです。

  話がしたいので、今日の放課後、教室に残っていてください。



「…………」

 一応、二回読んでみた。

 読み終えてから、目の前の瑠佳に目をやると、彼女は真っ赤になった顔を下に向けている。何を言うべきか迷ったが、出てくる結論は一つしかないので、とりあえず思ったことをそのまま口に出してみることにした。

「ラブレターだね」

 そうしたら、瑠佳はますます赤くなって、ますます俯いてしまった。大丈夫なのか、そんなに赤くなって、とそっちのほうが心配になる。そのうちボンッと爆発しちゃったりしたらどうしよう。

「……つ、机の中に、入ってたの……」

 消え入りそうな声で言われて、ははあ、と納得した。一限目がはじまる直前か、あるいは授業の途中で、これを見つけたということだな。一限目は数学だったのだが、さぞかし先生の声は瑠佳の耳にも頭にも入らなかったに違いない。

「今どき、古風なやり方だね」

 としか、史緒には言いようがない。正直、ダセエな、とか、男ならもっと堂々と言ってこんかい、とか、字がヘッタクソだな、とかいろいろ思うところはあるのだが、別にわざわざ言うようなことでもないだろう。

「ど……どうしよう?」

 やっと顔を上げた瑠佳は、真っ赤ではあるものの、心底困り果てたような顔をしている。しかし申し訳ないが、致命的に女の子成分に欠けている史緒は、その問いにきょとんとするばかりだ。

「どうしようって?」

「……ど、どうしたらいいと思う? フミちゃん……」

「どうしたらって、教室に残っていてくださいってあるんだから、残ってればいいんじゃない? 誰かわかんないけど、そこに来るって意味でしょ?」

 手紙には、差出人の名前は書いていなかった。度胸があるんだかないんだか、よく判らないやつである。

 史緒の至ってサッパリな回答に、瑠佳は泣きそうになった。

「わ、私一人で? だって、もし教室にその手紙の人が来たら、どうするの? 誰かも判らないのに……」

「来れば誰か判るからいいんじゃない? 机に手紙なんか入れるってことは、多分間違いなく相手はこの学校の生徒なんだろうし。ぜんぜん見も知らぬどこかの誰かってわけじゃないだろうから、特に危険はないと思うけど」

「だ、だって、どういう話をすればいいのか……」

「別に瑠佳は話をしなくてもいいじゃん。ふつう、こんな手紙を寄越すってことはあっちから告白するってことでしょ。それで流れからいって、付き合ってほしい、みたいなことを言われるだろうから、それに頷くか断るかすればいいだけだと思うけど」

「……そんなこと、出来ないよう……」

 とうとう瑠佳の眦に、じんわりと涙が浮かびだして、史緒は焦った。あれ、わたし、何か間違ったことを言ってるかな? とは思うものの、この友人と同じくらいの繊細さを、自分が持ち合わせていないということくらいは自覚がある。

「ごめんごめん」

 慌てて謝り、もう少し穏便な方法と柔和な言い方を考えた。

「えーと、瑠佳にはその場ですぐに結論を出す、っていうのが難しいのかな。じゃあ、ちょっとそこでは保留にして、うちに帰ってゆっくり考えてみる、とか」

「そういうんじゃなくて……私一人で、誰かも判らない男の子と話をするのが、もう無理……」

 え、そこからして無理なのか。スタート地点前にハードルがあるようなもんだな。

「じゃ、ほっとけば? こんな手紙を一方的に入れるのも向こうの勝手であって、瑠佳がそれに付き合う義務も義理もないわけだし」

「……そんな……それも、悪いような気がするし……」

 そこまで誰かも知らない相手を気遣うことはないんじゃないか、と史緒は思うのだが、心優しい瑠佳は、それはそれで耐えられないらしい。難儀であることよ、とあまり優しくもなければデリケートでもない史緒としては思うしかない。

「ね、フミちゃん」

 瑠佳にがしっと腕を掴まれた。

 イヤな予感がするな、と思ったら、やっぱり縋るような目を向けられて、「お願い」と言われてしまった。


「今日の放課後、私と一緒に教室に残って」

「ええー……」


 つい渋る声が出た。面倒だな、と思ったわけではなく、友人とはいえ他人の告白タイムに立ち会うなんてことは、誰だって気が進まないに決まっている。そりゃちょっとは面倒だなと思うのもあるが。

「わたしなんかがいたら、相手もびっくりするかもよ? ていうか、恥ずかしがって引き返しちゃうかもよ?」

 そもそも、こんなヘッタクソな字で手紙なんて持った廻ったやり方をするようなやつなんだし、と心の中で付け加える。

 いちいち見方が厳しくなってしまうのは、史緒はなんとなく、この手紙にいい印象を抱けないからなのだった。手紙を書くなら書くで差出人の名前くらいは記すべきだと思うし、呼び出すなら呼び出すでもうちょっと正々堂々とやれよと思う。自分が誰かも明かさずに、一方的に好きだと言っておいて、こちらの言い分を聞いて欲しいと強要してくるなんて、なんだかちょっと感じ悪い、と思えてしまう。

 でもそれは史緒の考え方であって、女の子としてはそういうのが嫌いじゃない子もいるのかもしれない。シャイな男の子にきゅんとすることだってあるだろう。どういうきっかけであろうと、お互いに仲良くなれるのならそれはそれで幸福なことだとも思う。だからその感想は、口には出さずに、胸の中だけに留めておいた。

「それだったらそれでいいの。ううん、どっちかっていうと、そっちのほうがいい」

 瑠佳は史緒の言葉に迷いもせずにそう言った。うーむ、結衣ちゃんもそうだったが、女の子っていうのは、一旦「お願い態勢」になると、ちょっとやそっとじゃびくとも揺れないよな。

「一対一で男の子と話なんて、出来ないもん」

「でも、それで話自体が壊れちゃうかもしれないよ。相手が誰か知らないけど、ひょっとしたら、すごく瑠佳の好みのカッコイイ先輩だったりする可能性もあるじゃん。そうしたら後悔するんじゃない?」

「ううん」

 瑠佳は首を横に振った。

「私、誰が相手でも、そういう……お付き合いとか、する気はないの。まだ早いと思うし、自分にも自信が持てないのに誰かを楽しませたり出来ない。そんなことまでする余裕がない」

 なるほど。相手が誰であろうと、断るという方向で決意は固まっているわけか、と史緒は理解した。

 瑠佳は弱々しくて頼りなさそうに見えるし、実際そういうところもあるのだろうけれど、それをちゃんと自分で知っていて、冷静に判断することも出来ている、ということだ。うん、瑠佳は、いきなり貰ったラブレターにふわふわ浮かれて、自分のことも周りもまるで見えなくなるということはない。史緒はそういう人間が好きだ。

「でも、私一人だと、そういうことをしっかり伝えられる自信もないし……」

 確かになあ。もしも強引にぐいぐい押してこられたら、きっぱり断るのは瑠佳の性格上、ちょっと難しいだろう。しっかりした考えを持っていても、それを口にするのが得手ではないという人もいる。みんながみんな、史緒の父のように、オタク理論をべらべらべらと垂れ流すことが出来るわけではないのである。

「わかった」

 史緒はうんと頷いた。そういうことなら仕方がない。他人の告白タイムに割り込むのは性に合わないが、瑠佳が男に押し切られて下手な揉め事に巻き込まれるのを黙って見逃すわけにもいかない。

「今日の放課後ね。付き合うよ」

 そう言うと、瑠佳はほっとしたように微笑んだ。

 その時、ちょうどチャイムが鳴った。



          ***



 その日の昼休み、トイレから出た直後に、突然腕を掴まれた。

「うわ、びっくりした!……メガネちゃん?」

 相変わらず、唐突な出現の仕方で史緒を驚かせたメガネちゃんは、真面目な顔で「しいっ」と人差し指を唇に当てた。そして、きょろきょろ周囲を見回して、ぐっと史緒の腕を掴んだままいきなり走り出した。

「え、な、なに?」

 つられて走り出したものの、史緒は訳が判らない。メガネちゃんは小柄なのに力は強くて、引っ張るようにして史緒を廊下の端まで連れて行った。

「どしたのメガネちゃん。今日は高遠君のストー……じゃない、見張りはしなくていいの?」

「それはしますが」

 するんだ。ブレないね、メガネちゃん。

「塚原先輩にはいつもお世話になっているので、ご忠告に来ました」

「へ? 忠告?」

 それ以前に、史緒はメガネちゃんのお世話をした覚えもないのだが。

「塚原先輩のお友達のところに来た手紙の件ですけど」

「はあ?」

 目を丸くして、間抜けな声が出る。瑠佳へのラブレターのことを、なんでこの子が知っているのか、意味が判らない。

「なんで知ってんの? 瑠佳から聞いた?」

「私はあの先輩とはほとんど面識がありません。個人的に話をしたこともありません」

「じゃなんで知ってんの?」

「塚原先輩周辺の情報は、高遠先輩に関わってくるかもしれないので、大体把握するようにしています」

「メガネちゃん、プライバシーって言葉、知ってる?」

「そんなことはこの際問題ではないんです、塚原先輩」

「いや問題だよ! さては被服室での会話を盗み聞きしてたでしょ! そういう対象は高遠君だけにしてよ!」

「塚原先輩、放課後はそのまま帰ったほうがいいです。お友達も」

「え」

 今日こそストーカー行為についての説教をしてやろうと思って口を開きかけていた史緒は、メガネちゃんに真面目な声で言われてその先を呑み込んだ。まじまじと見返す。

 メガネちゃんの顔には、盗み聞きしていたことについての反省も罪悪感もまったく見えなかったが、冗談やからかうような色もまったく見えなかった。

「……メガネちゃん、もしかして、あの手紙の差出人のこと、知ってんの?」

 声を潜めて訊ねると、メガネちゃんは頷いた。

「知ってます。高遠先輩が在籍していらっしゃる二年生の間で起きていることは、大体」

 怖いな!

「二年生の間で起きてること? じゃあ、同級生? もしかして同じクラスの男子?」

「二年生ですが、違うクラスの人です。そして、男の子ではありません」

「…………」

 その瞬間、薄々、全体像が見えた。不快感がざらりと背中を撫ぜて、眉を寄せる。

 あの手紙の、ヘタクソだ、と史緒が思った歪んだ字のことを思い出す。あれは、女の子独特の丸文字を隠すために、わざと字体を崩して書いたものだった?

 一目見て、なんだか感じ悪い、と思ったのは、そういう不自然さが頭に引っかかったためだったか。


「──イタズラ?」


 低い声で言うと、メガネちゃんはもう一度、こっくりと頷いた。

「というより、はっきり言って、イジメの一種かと。ああやってニセの手紙で呼び出して、教室で待っているところをこっそり覗いてクスクス笑ったり、『何してるのー? 誰か待ってるのー?』なんて訊ねたりして反応を見たりするんです。いくら待っていても、お友達を好きだという男の子は現れません。今までにも、同じことをされた人がいます。大体、美人と言われたり可愛いと言われたりする人たちです」

「……アホか」

 つい、吐き捨てるような口調になった。なんというくっだらないことをして楽しむのか。小学生のイジメよりも手が込んでいて、その分陰湿だ。クスクス笑った女の子にわざとらしく訊ねられ、困惑したり赤くなったりする瑠佳の姿を頭に浮かべるだけで、怒りがむくむくと腹の中にもたげてくる。

 瑠佳はあの手紙を受け取って、ちゃんと真面目に悩んでいたし、考えてもいたのだ。それがイタズラだと知ったら、どんなに傷つくだろう。

 アホか。見てろよ。

「ありがとう、メガネちゃん。このことは他言無用だよ」

 きっぱり言うと、メガネちゃんは「はい」と素直に返事をした。

「いずれ、高遠君のサインをもらっとく」

「ぜひお願いします」



          ***



 ──そして、放課後。

 罠に嵌めた獲物の様子を窺うべく、クスクス笑いを浮かべながら、四人の女の子たちは、こそこそと教室にやって来た。

 どんな顔をして待っているのだろう。何をしてるのと聞いたら、どんなに慌てるだろう。てっきり告白されるだろうと期待して、ドキドキしながら髪の毛を整えている様子を眺めるのはたまらなく愉快だ。その場では知らん顔して立ち去って、あとでみんなで思いきり笑うのだ。どれだけ待っていても誰も現れないのに! 一体あの子、何時間あそこで待ち続けてると思う?!

 しかし、身を隠しながらちらっと教室を覗いてみた彼女たちは、そこで一斉に当惑した表情を浮かべることになった。

 今回のターゲットが教室にいない。ちょっと美人だからって取り澄ました態度が鼻につく女子。この学校の王子の使いっ走りと仲がいいからって、どさくさまぎれに王子と言葉を交わすのも気に喰わない。だからちょっとイジッて笑いものにしてやろうと思った、その相手がいない──だけでなく。


 思ってもいなかった人物がいる。


「あ、の……どうしたの? アキラ君」

 困惑し、全員で目を見交わした後で、思いきって教室に入っていき、声をかけた。何がどうしてこうなっているのかよく判らないが、この機会に距離を縮められるのなら、それに越したことはない、と思ったのもある。

 席に座って、窓から外を眺めていた高遠が、そちらを振り向く。しらじらとした美貌に、赤く染まりはじめた空の色が重なって、誰もがため息をつくほどにうっとりした。

「人を待っているんだけど」

 高遠は言葉少なに言って、ふ、と短く息を吐いた。声変わりもしていないのに落ち着いた澄んだ声は、胸を上擦らせるのに効果覿面だ。高遠という少年は、普段からクラスメート相手にもあまり気安くお喋りをしたりすることはないが、たまに話をする時は、この年齢には不似合いなほどに柔らかく丁寧な物腰で接する。そこがまた、王子と呼ばれる所以でもあるが。

「待ってるって……塚原さん?」

 高遠が日頃構いつけるのはその女子しかいないので名前を出したが、彼は静かに首を横に振った。

「いや。ここで待ってるようにって、手紙を受け取ったんだ」

 え……と四人全員が同時に息を呑む。顔を見合わせ、互いに相手を問い詰めるような目つきをした。

「でも、誰も来ないんだ。ずっと待ってるんだけどね」

 やれやれ、とでも言うように深く息を吐きだす姿にびくっとする。四人それぞれがしばらく逡巡してから、一人がおずおずと問いかけた。

「その、手紙って……」

「朝、机の中に入ってた」

「そんな、はず……」

 口走った言葉を慌てて止めた。手紙を入れたのは、確かに標的の机だったはず。本当なら見つけて驚くところも見たかったが、授業がはじまるまで気づかなかったので、しょうがなく自分たちも教室に戻るしかなかったのだ。だから、あの手紙が確実に彼女のところに行ったという確認はしていない。していないけれど。

 入れる机を間違えた? よりによって、「アキラ君」の机と?

 戸惑う四人が声には出さずに仲間を責めているところに、新たな声がいきなり後ろから割って入った。

「おい、高遠。何してんだよ」

 しゃがれた声に、飛び上がりそうになる。弾かれたように振り返ると、のっそりと背の高いサッカー部のユニフォームを着た男子が戸のところに立っていた。

「ここで待ってるようにと手紙をもらってね……でも、誰も現れない」

「ああ、そりゃあれだ、イタズラだろ」

 あっさりとサッカー部員に口にされて、一瞬、四人とも心臓が縮むような気分になった。

「なんか、最近、流行ってんだってよ、そういう遊びが。手紙を受け取って、待っててもだーれも来ないんだとさ」

「なんだ、そうなのか」

 高遠が呆れたように言って、椅子から立ち上がった。

「どうしてそんなイタズラをするんだろう。理解に苦しむ」

「まったくだ。なにが楽しいのかね。本人にしてみりゃ、ちょっとした悪ふざけなんだろうけどな。やられたほうがどんな気分になるか、考えないんだろ」

「想像力の欠如だな」

「ケツジョってなんだ」

 サッカー部はどうでもいいところに突っ込んでいる。

「──ねえ、君たちもそう思わないかい?」

 ふいに高遠に振られて、四人組は揃って身体を強張らせた。こちらに向けられる微笑は優しげだが、感情を窺わせない。それどころか、どこかひんやりとしたものを漂わせている。

「そんな手紙を書く時に、その人はきっと楽しげにくすくす笑っていたんだろうね。これから起こることを考えるくらいの想像力はあっても、相手の気持ちを慮るところまでは頭が廻らない。未熟で、稚拙で、無理解の塊だ。誰かを引きずり落とすことで、自分が優位に立てると錯覚して嬉しくなって笑うんだ。そんな笑いが、どれほど……」

 ゆるりと口の端を上げた。

「……どれほど、醜いものかも、気づかずに」

「…………」

 四人の女の子たちは、ぱっと顔を赤くして、俯きながら足早に教室を出ていった。



「はい、お疲れー」

 潜っていた教卓の下から這い出して、ぱちぱちと拍手した史緒に、高遠は冷たい視線を向けた。

「言うことはそれだけか。この僕をこんなバカバカしい茶番に参加させておいて、まず真っ先に出てくるのは感謝と謝罪の言葉であって然るべきじゃないのか」

「はいはい、ありがとね」

「なぜだ、非常にイラつく」

「なあ塚原、俺、もう行っていい? 練習、途中で抜けてきたんだけど」

「あ、うん。ありがとう田中君。付き合わせてごめんね」

「君、僕と田中君とで、態度が違わないか? 僕に対してももっと誠意ある言葉をだな」

 があがあ続く高遠の小言を、史緒は聞き流した。文句言ってるわりに、けっこうノリノリでお芝居してたじゃん。ぜったい楽しんでただろ、あれ。

 しかし威力は絶大だった。

「……まあ、これで、つまんないことも止めるんじゃないかな、多分」

 瑠佳に 「あの手紙は高遠君宛てだったんだって。女の子が、恥ずかしそうにこっそり訂正に来たよ」と苦しい言い訳をしたり、高遠と田中君を抱き込んで台詞の練習をさせたりするのは大変だったのだから、多少は彼女らにも反省してもらわねばワリに合わない。高遠はすぐオーバーアクションになるし、田中君は棒読みするし、史緒とて苦労したのだ。

 高遠は大威張りで胸を反らせ、ふんと鼻で息をした。

「史緒、これで君は僕に借りが出来たわけだな」

「さ、帰ろっと」

「聞こえないフリをするな。なんとしても返してもらうぞ」

 張り切って言われて、史緒は、はあーっとため息をつく。

 やむを得ないこととはいえ。


 こいつにだけは、借りを作りたくなかった……。




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