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銀河の生きもの係  作者: 雨咲はな
中学生編
14/37

偶像崇拝に物申す



 最近、妙な視線を感じる。


 昼休み、お弁当を食べながら、そのことを友人の瑠佳に打ち明けると、ちょっと心配そうな顔をされた。

「高遠君のファンの子たち?」

 と問われ、史緒は首を傾げる。

「うーん、そうなのかなあ……確かに、ヤツが近くにいる時に視線を感じることが多いんだけど、それにしてはなんか、敵意っていうのがこもってないような気がするんだよね。でもそのわりに、ものすごく熱心に観察されてるようにも思えるし……」

 小学五年生の時の、高遠の「塚原さんは僕の召使 (みたいなもの)」発言が尾を引いて、中二の現在に至るまで、史緒は周囲から、高遠のパシリ認定をされている。友達でもなく、妹分でもなく、子分ですらなく、パシリだ。史緒と話している時の、高遠の尊大な態度からそういうイメージが継続して持たれているらしいのだが、えらい誤解である。

 あの男は、いつだって、どんな時だって、誰に対しても、天上天下唯我独尊の場所から見下ろしている、尊大と傲慢とオタク成分だけで出来ているような人間なのだ。史緒にだけでなく、世界中の誰より威張っているようなやつなのだ。ただそれを、史緒の前以外では、態度に出さない、というだけなのだ。「王子は今日も爽やかで優しげな笑顔でステキ」って、みなさーん、騙されてますよー! そいつは限りなく疫病神に近い、ただの妄想オタクですよー!

 しかしまあ、とにかくその誤解で、史緒は高遠のファンたちの敵視から逃れられている、という側面も確かにあるので黙っている。女の子としての史緒は、高遠のアウトオブ眼中、と見なされているからこそ、しょっちゅうヤツに絡まれているわりに、そこそこ平穏な学校生活を送っていられるわけだ。村八分になったり、イジメられることもない。むしろ、高遠との橋渡し役として、便利に使われたりしている。

 でも中には、やっぱり史緒の存在を面白くなく思う子もいるようで、たまにインネンをふっかけられたり、ガンを飛ばされてひそひそと悪口を言われたりすることくらいはある。だから最初、今回のもそんなもんなのだろうと、史緒はほとんど気にかけていなかった、のだが。


「ずーっと視線だけを受け続けるっていうのも、意外と鬱陶しいね」


 背中から熱視線を感じて、ぱっと振り返ると誰もいない。教室でだらっとしていても、校舎内を歩いていても、トイレに行こうとしている時も、いつも誰かに見られているような気がする。視線を感じる時は、高遠が近くにいることが多いので、そっちを見てりゃいいじゃんと思うのに、なぜか史緒のほうまでマークしているようなのが判らない。

 しかもその視線には、とりたてて、怒りだとか敵意だとかは入っていないらしいのだから、なおさらだ。

「そんなノンキなこと言って……」

 瑠佳はますます心配そうな顔つきになって、眉を下げた。美人さんなので、そんな顔をしても非常に絵になる。

 中学二年になって、転校生としてこのクラスにやってきた瑠佳は、背が高く、手足が長く、色の白い、顔立ちの整った女の子である。この描写、どこかの誰かを彷彿とさせるが、中身のほうはまったく違い、物静かで優しい性格をしている。

 高遠とは逆に、口数が少なく、人見知りも激しいので、他人によく誤解されてしまうらしく、前の学校ではちょっとイジメに遭ったりもし、そのせいか、心を許した相手以外はひどく警戒してしまうようなところがある。でも、性質は穏やかなので、史緒を仲立ちに、今はクラスの離れた結衣ちゃんとも仲良くやれているようだ。

「誰かは判らないの?」

「うん、わかんない」

「正体を突き止めよう、とかは……」

「めんどくさいから、別にいいや」

「フミちゃん……」

 瑠佳はなんだか悲しげな目つきをした。

「大丈夫? 高遠君のファンの子だったら、嫌がらせとかされるかも……」

 まるで自分のほうが嫌がらせを受けたような暗い表情になっているのを見て、史緒は余計なことを言ってしまったことを少し後悔した。瑠佳はまだ、苛められた時の心の傷から、完全には立ち直れていないのだ。まったく、高遠のあの図々しさをちょっと分けてやって欲しい。

「大丈夫だよ。わたし、そういうの、あんまり気にしないし。それに、多分そういう感じじゃないと思うんだよねー」

 どう言えばいいのかなあ……と、言葉を探しながら、何気なく教室内に顔を巡らせると、片手に牛乳パック、片手に白いプリントを持った高遠の姿が目に入った。

 何が書いてあるものなのかは知らないが、高遠はざっと目を滑らせるように一瞥しただけで、さっさとその紙をぞんざいに丸めて、近くにあったゴミ箱につかつかと寄り、ぽいっと投げ捨ててしまう。

「…………」

 そういや、この間、「どうして学校というのは、口で言えば判るようなことをいちいち印刷して配布するという手間をかけるんだ、バカバカしい。そんなことも記憶できない愚かな生徒のほうを調教する努力をすべきだ。資源の無駄だし、荷物も増える」と散々文句を言ってたっけなあ……と、史緒は思い出した。

 高遠は、鞄がかさばるのがイヤらしくて、しょっちゅうそういう愚痴を言っては、せっせと持ち帰る荷物を減らそうとするのである。小学校時代、重いランドセルに相当辟易したのだという。言うことは一人前なのだが、その行動の理由はおおむね結構子供っぽい。

 まあ確かに、必要ないお知らせも多いけどね、と思いつつ、なんとなく高遠が去った後のゴミ箱を眺めていたら、そこに、そそくさと近づいていく人影に気がついた。


 ……んん?


 と怪訝に思ったのは、その人物が、まったく見覚えのない顔だったからだ。

 二つに分けて結び肩に下ろすという髪型は中学生女子によく見られるものだが、あんなに小柄で、メガネをかけた女の子、見たことないぞ。

 つまり、このクラスの人間ではない。ついでに言うと、同学年でもない。あれどう見ても、一年生だ。

 その一年生の女の子は、さささっという擬音がつきそうな素早い動作で教室内に入り込むと、ざわざわとお弁当を食べたり騒いだりしているクラスメートたちの間を、ものすごくさりげなく目立たずに移動した。忍者みたいな動きだった。誰も、教室内に見知らぬ下級生が入り込んでいることに気づいていない。すごい。

 女の子は、ゴミ箱に到達すると、そこでまた素早く、いちばん上にあったくしゃくしゃのプリントを手に取った。

 そして、にやり、と笑みを零した。

「…………」

 黙って眺めている史緒には気づかずに、彼女はその紙を隠すように持って、またさささっと動き、誰にも何も言われることなく、見咎められることもなく、教室を出て行った。

 ──この間、一分にも満たない時間で行われた出来事である。

「フミちゃん? どうかした?」

 ずっと視線を余所に向けた史緒を訝しく思ったのか、問いかける瑠佳の声で我に返った。「あ、うん」と返事をしながら向き直り、今のことを言ったものか、一瞬考える。

 しかし結論を出すのは早かった。にこっと笑う。

「なんでもない」

 わたしは何も見なかった、と。



「史緒、僕は最近になって気がついたんだが」

 そこに、いきなり一方的に会話を切り出しながら、高遠が現れた。

 手に牛乳の紙パックを持ったまま、なにやら難しい表情をしている。こいつがこういう顔をする時は、大体が、とてつもなくくだらないことを考えている時だ。

 ガタガタと音をさせて、手近にあった椅子を引っ張り寄せ、勝手に史緒と瑠佳のランチの輪に混じる。厚かましい。

 瑠佳が怯えたように身を引いて、史緒に寄り添うような位置に移動した。彼女はこの高遠という傍若無人な帝王気質が苦手なようだ。良いことである。

「どうやら人間というのは、感情を基にして行動するものらしい」

「へー。偉大な発見、おめでとう」

 てんで聞く気がない史緒は、大変にいい加減な受け答えをした。しかし高遠は、うむ、と大真面目にそれに頷いたりしている。

「……あの、フミちゃん……」

 まだ今ひとつこのアホに順応していない瑠佳が、戸惑った視線をこちらに投げかけてきたので、史緒は手をひらひらと振り、「平気だよ、近づかなきゃそう害はないからね」と宥めておいた。

「君、軽く言うが、これは大変なことなんだぞ。以前から些細なことで感情的になる生物だなとは思っていたが、それでもいざという時には、必ず理性が優先されるものだと考えていたのに……まだまだ発達が遅れているとはいえ、それでも他惑星まで移動できる程度の文明力を持った人類の、行動の基準となるものが個人の感情だなんて……そうすると、事が起きた時、どういう事態になるのか計算できないということじゃないか……まずは人間の思考のプログラムというものから学んで、どういう過程を辿るのかシミュレーションを立てていかないと……」

 真剣な表情でぶつぶつと呟き続ける高遠に、瑠佳が史緒に向ける顔は、困惑が深まっていく一方だ。ほっといていいから、お弁当食べようよ。

「僕が思うに、人間の感情には、愛憎というものが大きな影響を与える場合が大きいようだ」

「愛情とは何か、っていう質問はしないでよ」

 先回りして牽制しておくと、高遠は露骨にガッカリしたような顔になった。

「まだ君はその答えを得ていないのか」

 不出来な弟子を嘆くような言い方するな!

「それでは、愛情の中でも、結構な割合を占めているらしい、『恋愛』というものについてはどうだ?」

「知らないよ」

「知らないのか」

 だからそのガッカリしたような顔をやめろ。無性にムカつく。

「君は?」

 突然振られて、気の毒に、瑠佳は狼狽している。

「わ、私も……よく……」

「そうなのか?」

 役に立たないな、と言わんばかりに眉を寄せる高遠に、瑠佳は申し訳なさそうに顔を伏せて身を縮めてしまった。瑠佳はまったく何ひとつとして悪くないのに、理不尽な。

「ちょっと、やめなよ。そういうことなら、人に聞かなくたって、自分でいくらでも学習すりゃいいでしょ。相手には不自由してないんだし」

 なにしろ、中学生になってからというもの、高遠はこれでもかというくらいの告白ラッシュに入っているのだ。小学生の時は遠巻きにきゃっきゃと騒いでいただけの女の子たちも、これは乗り遅れたら誰かに取られる、と焦ったのか、次から次へと突撃してきて、高遠への交際の申し込みは後を絶たない。その中から適当に相手を見つけて、恋のレッスンでも自習でも好きにすればいいじゃん、と史緒は思う。

「くだらない。あれはただの、偶像崇拝というやつだろう?」

 女の子からの告白を、学校から渡されるプリントと同じようにポイポイと投げ捨てている高遠は、まったく興味なさげに肩を竦めた。

「テレビに出てくる、アイドル、と呼ばれる存在と同じように見ているだけじゃないか。まあ僕の場合は、あんな軽薄な形ばかりの偶像と違って、容姿頭脳人格品性すべてが完璧な、いわば神のごとく優れた偶像として見ているのだろうけれども」

 今すぐこいつに天罰が落ちればいいのに。

「偶像崇拝と恋とは違う。恋、というのは、もっと別のものなんだろう? 僕もよく判らないんだが、なんていうかこう……キラキラして、ドキドキして、ズキズキして、世界全体が光り輝いたり、暗黒になったり、はたまた花が咲き乱れたり……」

「…………」

「…………」

 史緒と瑠佳は、思わず無言になって、大真面目に説明を続ける高遠を凝視した。

 ──こいつ、なに言ってんだ?

 イヤだったが、しょうがないので、史緒は確認してみることにした。

「……あのさ、高遠君」

「なんだ」

「その、『恋』についての大いに偏った知識は、一体どこから……?」

「君が先日休み時間に読んでいた本を、少し見せてもらっただろう」


 少女漫画かーーっ!


「あの日、帰りに僕も同じ本を購入して、改めて熟読してみたんだ」

 アレを?! 帯に「胸が切なくキュンとなる……甘酸っぱいときめきラブストーリー(はあと)」とか書いてある、表紙からしてデロデロでベッタベタのアレを?! 借りて読んだ史緒でさえ三分の一進んだところで挫折して、あとはほとんど適当に読み飛ばしてしまったアレを、本屋で堂々と買って、しかも熟読したの?!

「いろいろと勉強になった」

 勉強すんなよ! あんたただでさえSFオタクなのに、この上さらに他のオタクまでこじらせちゃったら、もう手に負えないぞ! そのうち二次元の女の子にしか興味がなくなっちゃったら、それはそれで大変だぞ!

「……高遠君……」

 いや、高遠が二次元世界の住人と仲良くなるのは別に構わない。構わないが、そうなると、史緒がものすごく厄介なことに巻き込まれていくような予感がする。ものすごくする。この三年半の間に、高遠の奇行は、巡り巡っていつの間にやら史緒にとばっちりが集中して廻ってくる、ということくらいは学習済みなのだ。

「ちょっと落ち着こう」

「僕はいつでも冷静だ」

「あのね、漫画やアニメはあくまでも創作物だから。現実とは違うから。そこをまず理解しようね。普通、一組のカップルが出来るまでにあんなに紆余曲折があるもんじゃないし、トラブルや災難が降りかかったりもしないから。大体の恋愛なんていうものは、ちょっといいなー、くらいの軽い気持ちからはじまるもので、恋に落ちる瞬間に、雷が落ちたり時間が止まったり地球が崩壊するくらいの衝撃を受けたりしないから」

 ちなみに、若い頃の母が、オタクの父と付き合うことを決めた理由は、「顔がよかったから」だそうである。そんな母に育てられた史緒は、恋愛というものに、ほとんど幻想を抱いていない。妹の卯月も、そのうちそうなるだろうと思われる。

「……そう、なのか?」

 高遠は史緒の言葉に首を傾げ、問いかけるように瑠佳の顔を見た。こくこくと必死になって頷く瑠佳の肯定を見て、納得しきれないように、うーむと唸る。

「……ちょっと、もう一度、恋というものについて、じっくり考えてみる……」

 呟くようにそう言うと、椅子から立ち上がり、考え込みながら去って行った。

 男子中学生が、恋について真剣に考える後ろ姿は、はっきり言って不気味以外の何物でもなかった。



「……高遠君って、なんだか少し、変わってる、よ、ね……?」

「猛烈に変わってるよ」

 遠慮がちに聞いてくる瑠佳にあっさりと返してから、史緒は気がついた。

 あっ、高遠のやつ、持ってきた牛乳パックをそのまま机に置いて行った! 勝手に来て、勝手にゴミを押しつけていくなよ!

「もうー……」

 ぶうぶう言いながら、自分と瑠佳の分と一緒に捨てに行くかとそれを手に取った瞬間。

 別方向から伸びてきた手に、ほぼ同時にがしっと掴まれた。

「…………」

 小さい紙パックである。自動的に、その手は史緒の手の上に重ねられるような形になったが、あちらにはまったく退く気配がない。

「…………」

 その手を見て、次に視線を上げ、手の持ち主の顔を見る。

 二つに分けられた髪、ちっちゃい背丈、丸っこいメガネ。


 また入って来てるよ、この子……!


「……あのー」

「つつつ、塚原先輩っ!」

 この手、離してくれないかな、と言いかけたところで、上擦った声で呼びかけられた。なんで史緒の名前を知ってるんですか。史緒は帰宅部で、特に親しい後輩もいなければ、「先輩」と懐いてくるような後輩もいない。

 ていうか、あんた誰?

「つか、塚原先輩っ! ああああの、すみませんけど、これ、譲ってもらえませんか?!」

「…………」

 これ、というのは多分、この紙パックのことなんだろうな……昼休みに全員に配布され、強制的に飲まされる牛乳……もう中味、空なんだけど……自分は完全にゴミとしか見てなかったんだけど……欲しいんだ……。

「うん、まあ……」

「いいんですか?!」

「別に、いいんじゃないかな」

 史緒のじゃないし。高遠本人も、きっとゴミとしてしか認識しないだろうし。これが自分が飲んだ紙パックで、同じことを依頼されたらかなり躊躇するだろうけど、高遠のだからね。

 メガネちゃんの手の下から、なんとか自分の手を抜くと、彼女はものすごく嬉しそうなキラキラ輝く瞳で、まるで捧げ持つように紙パック(ゴミ)を両手で包んだ。

「ありがとうございます! 塚原先輩! こんな貴重なお宝を譲ってくださって!」

 何度も言いますが、ゴミです。

「塚原先輩の近くにいると、やっぱりお宝ゲットの確率が高いです! こんなものまで手に入るなんて! ずっと見張ってた甲斐がありました!」

「…………」

 ここ最近の視線の主はあんたか。

「またよろしくお願いします! このお礼は今度改めてしますから! じゃあ、今日はこれで!」

 見るからにウキウキして、弾んだ口調でそう言うと、紙パックを大事に抱えたメガネちゃんはまた、さささーっと忍者のように教室内から出て行った。

 やっぱり、だーれも気づかなかった。



 その姿がすっかり見えなくなってから、一連のことをただ唖然と眺めているしかなかった瑠佳が、ぽつりと呟いた。

「……フミちゃん、私、高遠君の言う『偶像崇拝』の意味が、少しだけ判った気がするよ……確かに、恋、じゃないよね……」

「…………」

 ふー、と、史緒は深いため息をつく。


 また変なのと関わってしまった……




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