白と出会う
帝都『コーダル』。
巨大な城を背景に、大小様々な建物が並んでいる。下町よりも治安は良く、貴族街よりも小汚い。そんな場所に、僕は住んでいる。
住んでいる、というより、住み着いている?みたいな感じだけど。
まぁそれはいいとして。
・・・・・・重い。
「女性にそれは失礼だろ」
どうやら言葉に出していたようだ。
「つか、何で僕なの」
「俺は疲れてんの。肉体労働は腰に来るぜぇ」
「二十歳になったばっかの癖に、何言ってんの」
「若者は歳上を敬うものだぞ」
「ひとつだけね」
「そのひとつが今後の決定的な差になんのさ。おら、着いたぞ」
意味の分からない理屈を言いやがって。この単細胞め。
スキアは疲れなど微塵も感じさせない笑みを浮かべたまま、目の前に迫る建物を指差した。
酒場『縁の傘』。
ここが、僕の、スキアの居場所。
そして、帝都で活動するギルドのひとつだ。ギルドは主に帝国騎士団では取り扱わないような小さな依頼や、騎士と連携してこなす依頼などを取り扱っている。それ以外にも色々あるが、この『縁の傘』は荒事が専門のギルドだ。
スキアは両開きの扉を押し、中に入る。僕もその背を追った。
外よりも少し暗めの照明。不規則に並べられたテーブルには、複数のギルド員がそれぞれに座っている。
・・・顔見知りは少ない。そもそも僕は、人の顔を覚えるのが苦手なんだ。興味ないし。あまり他のギルド員と会話をすることも無い・・・・・・のに。
中にいる人全員から注目されているのは、きっと、僕に背負われている女性が原因なのだろう。
「ほら、行くぜ」
複数の視線など気にもしないスキアが、女性越しに僕の背を押す。
はぁ。
何でこんなことに。
誰もいないカウンターに近付き、スキアが声を上げる。
「じいちゃん!帰ったぜ!」
静かだった空間に、スキアの透き通った声が響く。暫くして、カウンターの奧の扉が開かれた。
やって来たのは白髪に白髭の爺。・・・ギルド『縁の傘』の、首領。
「おぅ、ご苦労だった・・・な・・・」
いつもの威厳のあるしゃがれた声が、徐々に小さくなっていく。視線はやはり、僕の背後。
僕は、苦笑するしかなかった。
午前中、荷馬車の護衛という依頼を、僕とスキアはこなしていた。結果依頼は無事完了。護送ルートの魔物を退治し、一件落着・・・と思ったのだが。
目に、ついてしまった。
視界に入ってしまったのだ。
地面に力なく倒れ伏す、女性を。白髪の首領とは違う白髪に、全く日に焼けていない色素の薄い肌。顔も・・・まぁ、多分美人の部類に入るだろう。スキア曰く、滅多に出会えない系女子、らしい。良く分からない。しかも着ている服が、結構合格するというか、普通の一般人ぽくないっていうか。
ともかく、目に入ってしまったのだから、見逃すわけにもいかず、このまま連れてきてしまったのだが・・・。荷馬車の爺さんはそそくさと帰ってしまうし。
午後になっても女性は目を覚ます気配を見せず、どうせならギルドに連れていこう、ということになったわけだ。
「・・・どうしよう」
「それをおれに聞くか」
首領はやれやれ、と首を横に降った。
「取り敢えず二階の空き部屋に入れとけ。まずはそれからだ」
「うーい。ほら、スキア、パス」
「あ?お前運べよ。お前が背負ってんだから」
「・・・・・・」
くそ、面倒くさい。
「首領、パス」
「上司を顎で使うんじゃねぇよ」
・・・薄情者どもめっ。
言われた通り、空き部屋に向かう。酒場は三階建てになっており、特定の家を持たないギルド員はここで生活している。僕とスキアもそうだ。
空き部屋のベッドの埃を少し払い、女性を置く。
あぁ、重かった。起きたら文句のひとつぐらい言っても構わないぐらい、疲れた。
窓を開け、換気をする。
「・・・・・・・・・」
ほんとに、起きないな。
・・・・・・。
・・・。
ちょっと、失礼しまーす。
ギュッ
「・・・・・・・・・」
ギュウゥ
「・・・ぃたたたたたたたた!!!」
あ、起きた。
女性は勢い良く上半身を起こし、僕を睨む。おお、瞳まで真っ白だ。
「な、何をするんです野蛮人!!」
髪も白いし瞳も白いし肌も薄いし、なんか、変な女だな。これが美人というものなのか・・・?
さっきは気付かなかったが、首に十字架をかけている。ということは、教会の人間?
「いきなり頬をつねるだなんて、有り得ないです!」
ん、そういえば、起きたら文句を言うんだったな。
「ちょっと、聞いているんですか!?」
「なぁ」
「っはい?」
「あんた、めっちゃ重かったぞ」
思いっきり殴られた。
「おいおい、すげー音聞こえたんだが」
程なくして、首領が部屋に入ってきた。
・・・まだ頭がじんじんする。くそ、首から上は鍛えられないんだぞ。
苦笑しつつ部屋に入る首領の背に、スキアと、首領の右腕であるラギが見える。相変わらずフードを深くかぶり、目元をしっかり隠している。口許は一文字に結ばれ、表情が見えないのも相変わらずだ。
「あ・・・貴方方は・・・?」
声からも、女性が緊張していることが分かる。まぁ、目を覚ませば見ず知らずの男がいて、更に知らない部屋で横になっていたのだから、無理も無いことだろう。
首領は安心させるような笑みを浮かべ、言う。
「おれたちはギルドのもんだ」
「ギルド・・・?」
「お前、倒れてたんだ。中々目を覚まさないから、心配したざ」
スキアが割り込むように言う。嘘つけ。心配なんて、そんな素振り全く見せなかったというのに。かくいう僕も心配したかどうかと言われれば、答えに詰まるんだけど。
「そ、そうでしたか・・・」
女性はベッドに座り直し、首領と向き合う。
「では私は、貴方方に助けられた、という訳ですね。・・・有り難う御座いました」
「いや、当たり前のことをしたまでだ。・・・・・・んん?」
首領の顔がいぶかしむようなそれに変わる。顎に手を当て、女性の顔をまじまじと見つめ始めた。
・・・まさか。
「・・・スキア」
「あ?」
「じいちゃんの守備範囲、どんくらいだっけ?」
「・・・聞いた話じゃ、年下が好みらしいけど・・・ま、まさか!?」
「再び芽生えた青春・・・」
「やめとけじいちゃん!実る可能性は低い!!」
「ごちゃごちゃうるせぇっ!!」
もう一発、殴られた。
この世は理不尽だ。
じんじんする頭の痛みに耐えていると、頭上から何かが降ってきた。・・・手、か?そのまま優しく撫でられる。見上げれば、仏頂面のラギが立っていた。
「・・・僕の味方はラギだけだよ」
「おい俺は」
単細胞は無視だ。
「名は?」
「・・・リ、リア、と申します」
首領はますます顔を歪めさせる。何か疑問に思うことがあったのだろか。
ラギ以上の仏頂面で黙ってしまったっ首領に変わり、スキアが身を乗り出して訊いた。
「なぁ、何で倒れてたんだ?見たところ怪我もないようだし」
「・・・そ、それは・・・その・・・」
僕を殴った時の快活さはどこへいったのか。女性・・・リアは目を泳がせ、言葉に詰まっているようだ。
何か、良く分からないが、怪しい。
面倒くさいことにならなきゃいいけど。
中々答えようとしない彼女の様子に、スキアは困ったように首を傾げた。
「?言えないような理由でもあんのか?」
「え、えぇと・・・」
もしかして、とスキアは手を打つ。
「家出か?」
流石単細胞だな。
「そ・・・そんなもの、です」
しかも当たっちゃったよ。
もしかして、と今度は首領が声をあげた。
一度リアの顔と首にさげている十字架を確認し、振り替える。振り返った先にいたラギは、徐に懐に手を入れ、一枚の紙を取り出した。
・・・何だ?
それを、皆に見せるように広げる。
そこに載っていたのは・・・白髪に、白い瞳の女性の顔。そして、下に小さく、導師リア=クライネリア、と書いてあった。更に、この女性を見つけたらすぐに騎士団に伝えるよう、注意書が書かれている。
・・・・・・は?
なにこれ。面倒くさい臭いがぷんぷんするんだけど。
「こいつはつい五日前に帝都で出されたもんだ。普通只の行方不明者の探索なんざ、ギルドの仕事だが、騎士が直々に人探しするんだ。よほどのお偉いさんなんだろうなぁ」
「う・・・」
リアは唸りながら、紙を睨み付ける。
いや、ちょっと待ってくれ。え、何、こいつ、そんなに偉い奴なの?
「導師ってのは、教会の最高権力者といっても過言でもねぇ権力を持っている。おれも詳しくは知らんが、聞けば、皇帝と同等の権力者らしいじゃねぇか」
・・・皇帝と同等!?んなの、偉すぎるだろ!そんな奴を僕は背負っていたっていうのか。
「面倒くさいことしちゃったな・・・」
「いや、もっと敬えよ」
スキアはそう言うが、口許がひくついている。そりゃそうだ。皇帝同等の権力者との出会いなんて、もう二度と無いだろう。
「・・・何で倒れてたかは聞かないでやる。が、拾ったからにはちゃんと送り届けねぇとな」
「あっ・・・」
首領の言葉に、リアの顔が青ざめていく。不都合なことでもあるのだろうか。僕としては、すぐにお帰り願いたいんだけど。絶対ろくなことにならない。そんな気がした。
拾ったのは僕だけど。
「ラギ、騎士呼んでこい。誰でもいい。ここは帝都だ。そこら辺うろうろしてんだろ」
「じいちゃん、せめて巡回してるって言ってよ」
「同じだろ」
ぶっきらぼうにいい放つと、ラギは頷き、部屋の扉のノブに手をかけ―――――――
「っ待ってください!!」
かん高い叫びが、部屋に響いた。
いつの間にか立ち上がっていたリアが、首領の服を掴む。凄い必死な形相だ。首領も驚いている。
「き、騎士団には、戻れませんっ!」
「・・・理由を、聞かせな」
「・・・・・・逃げて、きたんです」
逃げてきた?何から?それが、戻れない理由?
て、あれ?導師って、教会にいるんだよね?何で、教会からの距離があって、騎士団本部のある帝都で追われてるんだ?
「私は、騎士団に監禁されていたんです」
はっきりとした口調で、リアは言い切った。
一瞬、言葉を失った。
は?監禁?
「ちょ、待ってくれよ!」
スキアが口を挟む。
「導師が監禁って、一大事件じゃねぇか!そんな話聞いたことねぇよ!」
「大方行方不明で済ませているんだろう」
「いやいや、それだけでも十分事件だって!」
「恐らく・・・民衆にはあまり知らさないよう、教会側が情報を操作しているのでしょう」
神妙な顔でリアは続ける。
「民に不安を与え、混乱を招くだけでしょうから」
「あぁ・・・まぁ、そうだけど・・・」
腑に落ちない表情でスキアは言う。元騎士のスキアからしたら、確かに納得はできないだろうけど。
「・・・でも、何で導師を」
尚も訊くと、リアではなく、顔を強張らせた首領が答えた。
「『精霊使い』、だからだろうな」
『精霊使い』・・・。
まぁ、導師と呼ばれるぐらいなんだから、何かしらの力を持っているとは思うんだ、けど・・・。
それって・・・。
「そんなに、珍しいもんでもないでしょ」
確か、素質があれば誰でもなれるって聞くし・・・。
「素質はな」
首領はそう言い切る。
「だが本来『精霊使い』は『精霊』と契約し、その力を一時的に借りる者のことを指す。素質があっても、肝心の『精霊』に出会い、契約しなければ、『精霊使い』にはなれん」
一拍置き、リアと、向き合う。
「しかも導師の力は、他の『精霊使い』とは比べ物にならんだろう。・・・詳しくは知らんがな」
「それが、監禁された理由?」
リアにそう問えば、彼女は困った顔で頷いた。自信は無いが、恐らく、といったところか。
しっかし、ますますおかしな話だ。そんなことして、騎士団に何の利益がある?
「・・・騎士の方に知り合いがいまして、その方の手助けで、何とか脱出てまきたのですが・・・」
「倒れてたのは?」
「・・・それは、私にも分かりません。急に意識が遠退いて・・・気付いたら、此処に」
本当に分からないようだ。首を横に振り、悲しそうに項垂れている。・・・まぁ、そうだろうな。折角逃げ切れたのに、僕が拾ってきたせいで、騎士団本部のある帝都に戻ってきてしまったんだから。
「と、とにかく!」
拳を握りしめ、いきなりリアは叫ぶ。まっすぐに首領の顔を見つめ、宣言するように言う。
「私は騎士に捕まるわけにはいかないんです!教会で私を待つ人々の為に、早く戻らなければ!」
んん?いや、これ、え?まさかとは思うけどさ。ちょ、何険しい顔で頷いてんの首領。ほんとに惚れちゃった?ほんとに青春が戻ってきた?・・・何で僕の顔を一瞬見るの?
嫌な予感が止まらないんだけど。
「お願いします!私を、見逃してください!」
座ったままの状態でリアは頭を下げた。首領は堅い表情のまま、その頭に武骨な手を乗せた。
「他に、頼むことがあんじゃねぇのか?」
「・・・・・・え?」
「嘘言ってる顔じゃ無さそうだ。・・・導師の監禁に手を貸す気は無いし、義理もねぇ。そもそもの騎士団の意図が分からねぇしな」
がし。
あ?え?首領。何で僕の頭を掴むんすか。え、ニッて笑われても。
「帝都から教会までの道のりは長い。女・・・導師ひとりで行かせるわけにはいかねぇなぁ」
「え、あと、そ、そう・・・ですね」
リアは狼狽しながらも、頷く。
いや、そうですね、じゃないでしょ。一度ひとりで行こうとしたくせに。
「で、だ。この件、うちのギルドに任せる気はねぇか?」
・・・・・・・・・やっぱり。面倒くさいことになったぁ・・・・・・。
「あっ・・・・・・」
導師も、その手があったか、みたいな顔してんじゃないよ。
「で、では、ギルドの皆さんに、依頼します。私を教会に・・・イリミア大陸のユリアス教会まで、連れていってください・・・!」
その目は真剣そのもので。
誰も断る人はいなくて。
首領にいたっては豪快に笑いながら了承してるし。
「報酬は後払いってことでいいよな?」
「は、はい!」
もう・・・どうにでもなれ。
『・・・願い・・・す・・・!』
ん?
『・・・まで、私を連れていって・・・!』
ん、んん?
何?・・・デジャブ?
前にも、こんなこと、あったっけ?
灰の風。
赤の地面。
白い空。
黒い雲。
いや、何で。
こんな景色、僕は知らない。
視界に映るのはリアなのに。
その背後は、僕の知らない世界。
知らない。
知らないのに・・・。
「・・・・・・アスラ?」
久々に名を呼ばれ、はっとする。
スキアが視界に入ってきた。リアの姿が霞む。・・・知らない世界が、消えた。
「なんだ?顔色悪いけど」
顔を除き混んでくる。
嘘のつけない友人は、心の底から心配してくれているんだろうな。
いつもは意地悪い癖に。
「別に」
話すようなことじゃないはずだ。
「何でもないよ」
笑って、誤魔化した。
なんだったんだろう。あれは。
ちら、とリアを見るが、さっきの景色は見えない。
白い空に黒い雲って・・・普通有り得ないでしょ。
そんなの、知らなくて当然だ。
導師だから、か?
導師が契約した『精霊』の力だろうか。
・・・・・・やっぱ、拾わない方が良かったかもなぁ。