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黒の慟哭  作者: 暇人
2/2

白と出会う

帝都『コーダル』。

巨大な城を背景に、大小様々な建物が並んでいる。下町よりも治安は良く、貴族街よりも小汚い。そんな場所に、僕は住んでいる。

住んでいる、というより、住み着いている?みたいな感じだけど。


まぁそれはいいとして。


・・・・・・重い。


「女性にそれは失礼だろ」

どうやら言葉に出していたようだ。

「つか、何で僕なの」

「俺は疲れてんの。肉体労働は腰に来るぜぇ」

「二十歳になったばっかの癖に、何言ってんの」

「若者は歳上を敬うものだぞ」

「ひとつだけね」

「そのひとつが今後の決定的な差になんのさ。おら、着いたぞ」

意味の分からない理屈を言いやがって。この単細胞め。

スキアは疲れなど微塵も感じさせない笑みを浮かべたまま、目の前に迫る建物を指差した。


酒場『縁の傘』。

ここが、僕の、スキアの居場所。

そして、帝都で活動するギルドのひとつだ。ギルドは主に帝国騎士団では取り扱わないような小さな依頼や、騎士と連携してこなす依頼などを取り扱っている。それ以外にも色々あるが、この『縁の傘』は荒事が専門のギルドだ。


スキアは両開きの扉を押し、中に入る。僕もその背を追った。

外よりも少し暗めの照明。不規則に並べられたテーブルには、複数のギルド員がそれぞれに座っている。

・・・顔見知りは少ない。そもそも僕は、人の顔を覚えるのが苦手なんだ。興味ないし。あまり他のギルド員と会話をすることも無い・・・・・・のに。


中にいる人全員から注目されているのは、きっと、僕に背負われている女性が原因なのだろう。


「ほら、行くぜ」

複数の視線など気にもしないスキアが、女性越しに僕の背を押す。

はぁ。

何でこんなことに。

誰もいないカウンターに近付き、スキアが声を上げる。

「じいちゃん!帰ったぜ!」

静かだった空間に、スキアの透き通った声が響く。暫くして、カウンターの奧の扉が開かれた。

やって来たのは白髪に白髭の爺。・・・ギルド『縁の傘』の、首領。

「おぅ、ご苦労だった・・・な・・・」

いつもの威厳のあるしゃがれた声が、徐々に小さくなっていく。視線はやはり、僕の背後。

僕は、苦笑するしかなかった。


午前中、荷馬車の護衛という依頼を、僕とスキアはこなしていた。結果依頼は無事完了。護送ルートの魔物を退治し、一件落着・・・と思ったのだが。

目に、ついてしまった。

視界に入ってしまったのだ。

地面に力なく倒れ伏す、女性を。白髪の首領とは違う白髪に、全く日に焼けていない色素の薄い肌。顔も・・・まぁ、多分美人の部類に入るだろう。スキア曰く、滅多に出会えない系女子、らしい。良く分からない。しかも着ている服が、結構合格するというか、普通の一般人ぽくないっていうか。

ともかく、目に入ってしまったのだから、見逃すわけにもいかず、このまま連れてきてしまったのだが・・・。荷馬車の爺さんはそそくさと帰ってしまうし。

午後になっても女性は目を覚ます気配を見せず、どうせならギルドに連れていこう、ということになったわけだ。


「・・・どうしよう」

「それをおれに聞くか」

首領はやれやれ、と首を横に降った。

「取り敢えず二階の空き部屋に入れとけ。まずはそれからだ」

「うーい。ほら、スキア、パス」

「あ?お前運べよ。お前が背負ってんだから」

「・・・・・・」

くそ、面倒くさい。

「首領、パス」

「上司を顎で使うんじゃねぇよ」

・・・薄情者どもめっ。


言われた通り、空き部屋に向かう。酒場は三階建てになっており、特定の家を持たないギルド員はここで生活している。僕とスキアもそうだ。

空き部屋のベッドの埃を少し払い、女性を置く。

あぁ、重かった。起きたら文句のひとつぐらい言っても構わないぐらい、疲れた。

窓を開け、換気をする。

「・・・・・・・・・」

ほんとに、起きないな。


・・・・・・。

・・・。

ちょっと、失礼しまーす。


ギュッ


「・・・・・・・・・」


ギュウゥ


「・・・ぃたたたたたたたた!!!」


あ、起きた。


女性は勢い良く上半身を起こし、僕を睨む。おお、瞳まで真っ白だ。

「な、何をするんです野蛮人!!」

髪も白いし瞳も白いし肌も薄いし、なんか、変な女だな。これが美人というものなのか・・・?

さっきは気付かなかったが、首に十字架をかけている。ということは、教会の人間?

「いきなり頬をつねるだなんて、有り得ないです!」

ん、そういえば、起きたら文句を言うんだったな。

「ちょっと、聞いているんですか!?」

「なぁ」

「っはい?」


「あんた、めっちゃ重かったぞ」



思いっきり殴られた。




「おいおい、すげー音聞こえたんだが」


程なくして、首領が部屋に入ってきた。

・・・まだ頭がじんじんする。くそ、首から上は鍛えられないんだぞ。

苦笑しつつ部屋に入る首領の背に、スキアと、首領の右腕であるラギが見える。相変わらずフードを深くかぶり、目元をしっかり隠している。口許は一文字に結ばれ、表情が見えないのも相変わらずだ。

「あ・・・貴方方は・・・?」

声からも、女性が緊張していることが分かる。まぁ、目を覚ませば見ず知らずの男がいて、更に知らない部屋で横になっていたのだから、無理も無いことだろう。

首領は安心させるような笑みを浮かべ、言う。

「おれたちはギルドのもんだ」

「ギルド・・・?」

「お前、倒れてたんだ。中々目を覚まさないから、心配したざ」

スキアが割り込むように言う。嘘つけ。心配なんて、そんな素振り全く見せなかったというのに。かくいう僕も心配したかどうかと言われれば、答えに詰まるんだけど。

「そ、そうでしたか・・・」

女性はベッドに座り直し、首領と向き合う。

「では私は、貴方方に助けられた、という訳ですね。・・・有り難う御座いました」

「いや、当たり前のことをしたまでだ。・・・・・・んん?」

首領の顔がいぶかしむようなそれに変わる。顎に手を当て、女性の顔をまじまじと見つめ始めた。


・・・まさか。


「・・・スキア」

「あ?」

「じいちゃんの守備範囲、どんくらいだっけ?」

「・・・聞いた話じゃ、年下が好みらしいけど・・・ま、まさか!?」

「再び芽生えた青春・・・」

「やめとけじいちゃん!実る可能性は低い!!」


「ごちゃごちゃうるせぇっ!!」


もう一発、殴られた。

この世は理不尽だ。

じんじんする頭の痛みに耐えていると、頭上から何かが降ってきた。・・・手、か?そのまま優しく撫でられる。見上げれば、仏頂面のラギが立っていた。

「・・・僕の味方はラギだけだよ」

「おい俺は」

単細胞は無視だ。


「名は?」

「・・・リ、リア、と申します」

首領はますます顔を歪めさせる。何か疑問に思うことがあったのだろか。

ラギ以上の仏頂面で黙ってしまったっ首領に変わり、スキアが身を乗り出して訊いた。

「なぁ、何で倒れてたんだ?見たところ怪我もないようだし」

「・・・そ、それは・・・その・・・」

僕を殴った時の快活さはどこへいったのか。女性・・・リアは目を泳がせ、言葉に詰まっているようだ。

何か、良く分からないが、怪しい。

面倒くさいことにならなきゃいいけど。

中々答えようとしない彼女の様子に、スキアは困ったように首を傾げた。

「?言えないような理由でもあんのか?」

「え、えぇと・・・」

もしかして、とスキアは手を打つ。

「家出か?」

流石単細胞だな。

「そ・・・そんなもの、です」

しかも当たっちゃったよ。


もしかして、と今度は首領が声をあげた。

一度リアの顔と首にさげている十字架を確認し、振り替える。振り返った先にいたラギは、徐に懐に手を入れ、一枚の紙を取り出した。

・・・何だ?

それを、皆に見せるように広げる。

そこに載っていたのは・・・白髪に、白い瞳の女性の顔。そして、下に小さく、導師リア=クライネリア、と書いてあった。更に、この女性を見つけたらすぐに騎士団に伝えるよう、注意書が書かれている。


・・・・・・は?

なにこれ。面倒くさい臭いがぷんぷんするんだけど。


「こいつはつい五日前に帝都で出されたもんだ。普通只の行方不明者の探索なんざ、ギルドの仕事だが、騎士が直々に人探しするんだ。よほどのお偉いさんなんだろうなぁ」

「う・・・」

リアは唸りながら、紙を睨み付ける。

いや、ちょっと待ってくれ。え、何、こいつ、そんなに偉い奴なの?

「導師ってのは、教会の最高権力者といっても過言でもねぇ権力を持っている。おれも詳しくは知らんが、聞けば、皇帝と同等の権力者らしいじゃねぇか」

・・・皇帝と同等!?んなの、偉すぎるだろ!そんな奴を僕は背負っていたっていうのか。

「面倒くさいことしちゃったな・・・」

「いや、もっと敬えよ」

スキアはそう言うが、口許がひくついている。そりゃそうだ。皇帝同等の権力者との出会いなんて、もう二度と無いだろう。

「・・・何で倒れてたかは聞かないでやる。が、拾ったからにはちゃんと送り届けねぇとな」

「あっ・・・」

首領の言葉に、リアの顔が青ざめていく。不都合なことでもあるのだろうか。僕としては、すぐにお帰り願いたいんだけど。絶対ろくなことにならない。そんな気がした。

拾ったのは僕だけど。

「ラギ、騎士呼んでこい。誰でもいい。ここは帝都だ。そこら辺うろうろしてんだろ」

「じいちゃん、せめて巡回してるって言ってよ」

「同じだろ」

ぶっきらぼうにいい放つと、ラギは頷き、部屋の扉のノブに手をかけ―――――――


「っ待ってください!!」


かん高い叫びが、部屋に響いた。

いつの間にか立ち上がっていたリアが、首領の服を掴む。凄い必死な形相だ。首領も驚いている。

「き、騎士団には、戻れませんっ!」

「・・・理由を、聞かせな」

「・・・・・・逃げて、きたんです」

逃げてきた?何から?それが、戻れない理由?

て、あれ?導師って、教会にいるんだよね?何で、教会からの距離があって、騎士団本部のある帝都で追われてるんだ?


「私は、騎士団に監禁されていたんです」


はっきりとした口調で、リアは言い切った。


一瞬、言葉を失った。

は?監禁?

「ちょ、待ってくれよ!」

スキアが口を挟む。

「導師が監禁って、一大事件じゃねぇか!そんな話聞いたことねぇよ!」

「大方行方不明で済ませているんだろう」

「いやいや、それだけでも十分事件だって!」

「恐らく・・・民衆にはあまり知らさないよう、教会側が情報を操作しているのでしょう」

神妙な顔でリアは続ける。

「民に不安を与え、混乱を招くだけでしょうから」

「あぁ・・・まぁ、そうだけど・・・」

腑に落ちない表情でスキアは言う。元騎士のスキアからしたら、確かに納得はできないだろうけど。

「・・・でも、何で導師を」

尚も訊くと、リアではなく、顔を強張らせた首領が答えた。


「『精霊使い』、だからだろうな」


『精霊使い』・・・。

まぁ、導師と呼ばれるぐらいなんだから、何かしらの力を持っているとは思うんだ、けど・・・。

それって・・・。

「そんなに、珍しいもんでもないでしょ」

確か、素質があれば誰でもなれるって聞くし・・・。

「素質はな」

首領はそう言い切る。

「だが本来『精霊使い』は『精霊』と契約し、その力を一時的に借りる者のことを指す。素質があっても、肝心の『精霊』に出会い、契約しなければ、『精霊使い』にはなれん」

一拍置き、リアと、向き合う。

「しかも導師の力は、他の『精霊使い』とは比べ物にならんだろう。・・・詳しくは知らんがな」

「それが、監禁された理由?」

リアにそう問えば、彼女は困った顔で頷いた。自信は無いが、恐らく、といったところか。

しっかし、ますますおかしな話だ。そんなことして、騎士団に何の利益がある?

「・・・騎士の方に知り合いがいまして、その方の手助けで、何とか脱出てまきたのですが・・・」

「倒れてたのは?」

「・・・それは、私にも分かりません。急に意識が遠退いて・・・気付いたら、此処に」

本当に分からないようだ。首を横に振り、悲しそうに項垂れている。・・・まぁ、そうだろうな。折角逃げ切れたのに、僕が拾ってきたせいで、騎士団本部のある帝都に戻ってきてしまったんだから。

「と、とにかく!」

拳を握りしめ、いきなりリアは叫ぶ。まっすぐに首領の顔を見つめ、宣言するように言う。

「私は騎士に捕まるわけにはいかないんです!教会で私を待つ人々の為に、早く戻らなければ!」


んん?いや、これ、え?まさかとは思うけどさ。ちょ、何険しい顔で頷いてんの首領。ほんとに惚れちゃった?ほんとに青春が戻ってきた?・・・何で僕の顔を一瞬見るの?

嫌な予感が止まらないんだけど。

「お願いします!私を、見逃してください!」

座ったままの状態でリアは頭を下げた。首領は堅い表情のまま、その頭に武骨な手を乗せた。

「他に、頼むことがあんじゃねぇのか?」

「・・・・・・え?」

「嘘言ってる顔じゃ無さそうだ。・・・導師の監禁に手を貸す気は無いし、義理もねぇ。そもそもの騎士団の意図が分からねぇしな」


がし。

あ?え?首領。何で僕の頭を掴むんすか。え、ニッて笑われても。

「帝都から教会までの道のりは長い。女・・・導師ひとりで行かせるわけにはいかねぇなぁ」

「え、あと、そ、そう・・・ですね」

リアは狼狽しながらも、頷く。

いや、そうですね、じゃないでしょ。一度ひとりで行こうとしたくせに。

「で、だ。この件、うちのギルドに任せる気はねぇか?」

・・・・・・・・・やっぱり。面倒くさいことになったぁ・・・・・・。

「あっ・・・・・・」

導師も、その手があったか、みたいな顔してんじゃないよ。


「で、では、ギルドの皆さんに、依頼します。私を教会に・・・イリミア大陸のユリアス教会まで、連れていってください・・・!」


その目は真剣そのもので。

誰も断る人はいなくて。

首領にいたっては豪快に笑いながら了承してるし。


「報酬は後払いってことでいいよな?」

「は、はい!」


もう・・・どうにでもなれ。







『・・・願い・・・す・・・!』



ん?




『・・・まで、私を連れていって・・・!』




ん、んん?

何?・・・デジャブ?


前にも、こんなこと、あったっけ?


灰の風。

赤の地面。

白い空。

黒い雲。


いや、何で。

こんな景色、僕は知らない。


視界に映るのはリアなのに。

その背後は、僕の知らない世界。


知らない。

知らないのに・・・。


「・・・・・・アスラ?」


久々に名を呼ばれ、はっとする。

スキアが視界に入ってきた。リアの姿が霞む。・・・知らない世界が、消えた。


「なんだ?顔色悪いけど」

顔を除き混んでくる。

嘘のつけない友人は、心の底から心配してくれているんだろうな。

いつもは意地悪い癖に。

「別に」

話すようなことじゃないはずだ。

「何でもないよ」

笑って、誤魔化した。



なんだったんだろう。あれは。

ちら、とリアを見るが、さっきの景色は見えない。


白い空に黒い雲って・・・普通有り得ないでしょ。

そんなの、知らなくて当然だ。


導師だから、か?

導師が契約した『精霊』の力だろうか。


・・・・・・やっぱ、拾わない方が良かったかもなぁ。




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