はじまり
暗い、暗い、揺れる視界。
立っているのか、座っているのか、そもそも、地面などあっただろうか。
気味の悪い、生暖かい空間。
あぁ夢だ。
これはきっと、夢――――――。
「・・・ろ」
あ、地面だ。
僕は、座っているのか。
「・・・・・・きろ、おい」
んん?生暖かいものが消えた。どちらかと言うと、涼しい感じ。
というか、この声、誰のだっけ?
「いい加減起きろ馬鹿野郎!!」
あぁ、思い出した。
瞬間、視界が開く。
・・・吃驚した。目の前に、般若みたいな顔があるなんて。
「お前がそうさせたんだよごらぁ」
「声に出してた?」
「バッチリと、な。まだ寝ぼけてんだろ」
そう言って、僕の額を指で弾く。地味にこれ痛いから、やめてほしいんだけどな。
ガタンッ
地面が揺れた。
思わず辺りを見渡す。木造の小さな荷台の壁。同じく小さな窓から見える景色は、一瞬で姿を変えていく。
・・・・・そうだった。今、僕らは馬車の荷台にいるんだ。
「寝ちゃった、の」
「俺が依頼人と話をしてる間にな」
スキアの声にはどこか刺々しさを感じる。別にいいじゃん。ちょっとくらい。
濃い緑の髪を束ね、琥珀色の瞳を細めながら溜め息をつくその姿は、普通の、どこにでもいそうな青年に見えた。・・・そう言うと彼は起こるが。視線を少し下に下げると、腰に細身の剣が目に入り、常に左手を柄に沿えている。
もう一度、床が跳ねた。
「・・・もうすぐ、例のポイントだ」
「らじゃー」
「もうちょいやる気のある返事をしろよ」
「只の魔物退治でしょ」
「荷馬車の護衛と言え」
「ああ言えばこう言う」
「こっちの台詞だ」
それに、とスキアは続ける。
「魔物の巣が近くにあるらしい。いつもの依頼よりかは、楽しめる筈だぜ?」
にたり、と笑う。全く、この戦闘狂が。やる気がみなぎっているのはいいけど、寝起きの僕にそれを押し付けないでほしい。
小刻みに揺れる床。僕は仕方なく、立ち上がる。
程なくして、馬車はスピードを緩めた。
慌てたような、嗄れた声が外から聞こえる。
「きき、来ました!来ましたぞぃ奴等が!」
聞いたことのある・・・あ、馬の手綱を引いてた爺さんか。
「ぃよしっ!行くぜ!」
勢いよくスキアが荷台から飛び出した。それに続くように、僕も動き始める。とはいっても、スキアのように荷馬車の外には行かない。手綱を持つ爺さんの側で立ち止まった。
荷馬車は歩いても追い付けるぐらいのスピードで進んでいる。スキアはゆっくりと歩く馬と並走し、時折空を見上げていた。僕も視線を空に向ける。
「あ、あわわわわ」
腰の引けたような声を聞きながら、目を細めた。
空に浮かぶは、目映い太陽と、雲。それと・・・黒い、何か。鳥のような翼が見える。群れを成してそれは空を飛び、確実に此方に向かっている。
「飛行種・・・クロウゾだ!」
興奮したようにスキアは叫ぶ。
徐々に群れが近づいてくる。黒い身体に鋭く赤い嘴。クロウゾは確か・・・身体はそれほど大きくないが、群れを成す習性があり、大群で襲ってくる、だったっけ?
あぁまぁいいや。とにかく、奴等から馬車を守らなければ。近付けさせるのだけは、回避したい。
慣れているのか馬鹿なのか、馬は暴れる気配を見せず、爺さんの手綱に従っている。好都合だ。
僕は両手を空に突きだす。
「スキア、ちょっと離れてて」
「あいよ」
頭の中で、呼び掛ける。
起きろ。起きろ。未だに少し寝惚けている僕が言うのも何だけど、取り敢えず、起きてくれ。
「悠久の友よ。命の友よ。縁に応え、添えたまえ」
藍色の、光。
「【繰の盾】」
荷馬車を取り囲むように、藍色の光が動き出す。それは次第に透明化し、荷馬車を丸く包み込んでいった。
良し。成功。腕を降ろし、一息着く。
「な・・・あんた・・・」
隣で、震える声が僕を呼ぶ。僕は苦笑いでそれに応えた。
「っらぁぁぁぁぁ!!!」
勇ましいスキアの声に、はっとする。見れば、低く滑空しながら襲いかかってくるクロウゾの群れを、剣ひとつで上手く捌いている。数は多いが、多いだけだ。実力的にはスキアの方が圧倒的に強いだろう。
意気揚々と群れに突っ込むスキアを見て、安心した。あいつひとりでも大丈夫そうだ。僕はこのまま、安全な場所にいよう。
時々、此方に関心を向けたクロウゾが突撃してくるが、すぐにこの光に阻まれる。【繰の盾】は外界からの攻撃をある程度までなら防いでくれる。更に僕の意思で動かすことも可能だ。
「このまま、群れから離れる」
「ひ、ひぃっ」
馬は時折躓きながらも、ゆっくりと進んでいく。それに合わせて、僕は光を操作する。
「だだ、大丈夫なのかぃ?」
爺さんが僕の顔を除き混んだ。ひとり戦うスキアを心配してのことだろうが、いらない心配だ。
「平気でしょ。あいつ、元帝国騎士だし」
「・・・え、えぇ!?」
程なくして、クロウゾの群れは敵わないと思ったのか、黒い身体を翻し、空の彼方へ去っていった。
辺りには、二等分されたクロウゾの死体と、肩で息をするスキアだけが残った。僕も一息つき、光を消す。
意外と、疲れた。・・・いや、疲れない依頼は無いか。遠く離れたスキアに声をかけようとしたが・・・止めた。声を張るのも疲れる。そんなことしなくても、スキアは満面の笑みで走り寄って来る筈だから。
「あー!楽しかった!!」
ほら、来た。
血のついた剣を払い、鞘に収めていく。
未だに目を見開いている爺さんを他所に、スキアは荷台に乗り込む。
僕もそれに続こうと、振り返ろうと-----
「・・・・・・ん?」
プロローグでしたー。
誤字が見つかり次第修正します。