5月上旬
その日、久々に旭さんと直接話をしました。
私が部活帰りのことでした。
夕焼け色に染まる廊下をぼんやりと歩いている時、目の前に旭さんがいることに気付きました。
「あ… 先輩。」
先に口を開いたのは私でした。いつもなら隠れて見ているところを私は無意識に声をかけてしまったのです。
気付いて声を抑えた頃にはもう遅く、気付いて旭さんが私の目を見ました。
「… …依利ちゃん。」
旭さんがゆっくりと私の名前を口にしました。
「…お、お久しぶりです。」
このときの私は踊り出しそうなほど興奮していました。
冷静を装っていても、彼女が私の名前を覚えていてくれたことだけで随分嬉しかったのです。
旭さんが此方へかけよって、私の制服を見て言いました。
「今帰り?」
はい、と答えると彼女はそっか、と頷きました。
「この時間に帰るってことは、文芸部とか? 」
「あ、いえ、あの… …オカ研です…」
あまり胸を張って言えることではないのに、旭さんは目を丸くしていました。
「ん、どうしましたか…?」
「ああ、ううん、オカ研にあたしの友達がいるの。何か凄い偶然だなあって。」
「え、ほんとですか?」
その時咄嗟に椿のことだと思いました。椿は旭さんについてよく知っていたからです。
あの二人の仲が良いとなると、そこだけ雰囲気が別世界ののうになりそうだ、と真っ先に想像しました。
そこで旭さんが何も喋らなくなったので、私は勢いに任せて彼女に話題を持ちかける他ありませんでした。
「せ、先輩は… 何の部活ですか」
見れば彼女は荷物こそ持っていないものの、手ぶらでした。
部活中なのか、それとも部活をさぼっているのか。
私は当時の勝手な予想で、彼女は後者だと自分の中で断定していました。
ですからそうと断定しておきながらこの質問をするのは少し失礼である、というのは当時の私にも多少はわかっていました。
彼女は何も答えずに、数秒此方をじっと見つめていました。
私を見ている、というよりは何かを決めかねているような顔でした。
「…来る?」
予想外の一言だった為勢いで間髪いれずに頷くと、旭さんは笑顔で一つ頷いて私の制服の袖を少し引っ張りこっちこっち、と歩き出しました。