仁義なき結末
だって小学生男子だもん。
僕が絶望の中で呆然としていると、また足音が聞こえてきた。
もう、僕は、何も期待しない。そう思いながら、音の方角を見た。
アヤちゃんだった。何も期待しない、そう思っていたのに、僕は嬉しくなった。
アヤちゃんは僕を見つけると、安心したような顔になり、すぐさま僕を抱き上げて、ランドセルにしまった。
なんという幸運! いつも笛なんて持って帰らないだろうに、今日は特別持って帰る気になったということだろう。
この薄気味悪い夜の教室に一人残されずにすみ、かつ、アヤちゃんの側で一夜を共に出来るのなら、こんなに素敵な事はない。
僕はランドセルの中で小躍りした。いや、ただアヤちゃんの歩く振動に合わせて、背中のランドセルが揺れているだけだが。
「おい、アヤ!お前なんで笛なんか持って帰ってきたんだよ?」
居間でランドセルを広げるアヤちゃんに、アヤちゃんの2つ年上のお兄さんの祐樹君が話しかけてきた。
「明日は笛のテストなの。家で練習しようと思って」
「へー……。ちょっと貸せよ!」
言うや否や、祐樹君は僕を取り上げた。
「ちょっと!返してよ!」
アヤちゃんは祐樹君にくってかかった。だが、祐樹君は僕を高々と掲げ、アヤちゃんをからかっている。
「とれるもんなら、とってみろよ!」
「お母さん! お兄ちゃんをどうにかしてよ!」
アヤちゃんが目を離した、その瞬間の出来事だった。
祐樹君は僕を尻に挟むや否や、物凄い勢いで放屁した。
毒ガスとはまさにこれか。気が遠くなるような臭気を受けて、ピュオウと間抜けな音が僕の尻から鳴った。
そうか。僕は笛だもんな。そりゃあ気体を送り込まれれば、音も鳴るよね。うん。知ってた、知ってた。たとえその気体が口から出ようとも、尻から出ようとも。
アヤちゃんは一瞬目を見開いて、その後、声をあげて号泣した。祐樹君、もとい下品の権化は、アヤちゃんの泣く姿を見てげらげらと笑い転げている。僕はというと、下品の権化の手に握られたまま、もう死んでしまいたいと思っていた。
「ちょっと、アヤをいじめないの! まったくもう!」
僕の体がひょいっと浮いた。アヤちゃんのお母さんが下品の権化から僕を取り上げたからだった。
「ほら! アヤも泣かないの! ちゃんと消毒すれば綺麗になるから!」
アヤちゃんのお母さんはそういうや否や、僕を熱湯の中に落とした。突然のこの仕打ちに頭がついていきません。なにこれ、熱い。ていうか、熱い。……熱いんじゃー!!!!
やめて、やめて。僕死んでしまいます。さっき死にたいと思ったのは嘘です。いやいや、確かにこの体は安物のプラスチックですけど。でも熱いんです!
助けてくださいサンタマリア。いや、仏様でもいいです。貧乏神様でも何でもいいですから。
アヤちゃんのお母さん、もとい灼熱地獄の鬼は鼻歌を歌いながら、僕を何度も熱湯の中に沈めて、そして満足そうに、僕をアヤちゃんに返したのだった。
その夜、僕はアヤちゃんのランドセルの中で、ぼうっと考えていた。
人間は、たて笛になんて、なっちゃだめだ。人間は、人間でいる事が一番の幸せなんだ。
僕は、明日人間に戻れたら、人間に戻れた事を心底感謝して、残りの人生を全うします。
そう、心に誓った。
翌日。僕は当初の目的であるアヤちゃんとの直接キスを楽しみにして、一時間目の音楽の授業を待っていた。
だが、教室に入ってきたのは、音楽の先生ではなかった。
「みんなー。静かにしてー。今日は音楽の横川先生が風邪でお休みです。笛のテストは来週になります。今日は、みんなでオーケストラの演奏を鑑賞しましょう!」
何一つ良い事がないまま、僕の願いの効力は切れた。
音楽の時間が終わると同時に、たて笛の精が作った僕のダミーと入れ替わっていた。
死んだ魚の目で虚空を眺める僕に、友人たちが声をかけてきたが、僕は反応するのも面倒くさかった。
ああ、人間って素晴らしいな。もう何があってもたて笛になりたいなんて思わない。
お時間を割いて、最後まで読んで下さり、ありがとうございました。




