未来へと続く旅
「はあ、どうしよう……」
わたしはスクラップになったバイクを見つめながらため息をついた。こんな山のど真ん中で大事な移動手段を失うなんて本当に泣きたくなる。
ふもとの街まで4日、それもバイクで……。歩いてどれくらいかかるか考えたくも無いよ。戻った方がまだ近いけど、そんなこと絶対出来ない。だって夜逃げ同然に飛び出してきたんだ。もう、わたしに帰る場所なんて無い。
辺りに散乱した携帯食料と動物よけの発光弾・発臭弾、暗視ゴーグルなんかの装備拾い集める。そして忘れちゃいけないのがライフルと2挺の拳銃、そして予備の弾薬。これには少し自信がある。
「う、重い……」
動力を失ったバイクを引き起こす。たとえ走らなくたってこの装備を背負うことを考えたら荷車としてでも使った方がマシ。それに、ここで座って誰か来るのを待っているワケにもいかないわ。第一こんな山道なんて普通誰も通らない。山を越えるなんて危険すぎて普通は誰もしないけど師匠が追ってくるかもしれないからわたしにゆっくり迂回してる暇なんて無い。連れ戻されたら少なくとも数年チャンスは無いと思う。それだけはなんとしても避けたい。
そして、バイクを押して歩き出す。とりあえず夜までに安全に野宿できる場所を見つけないと、適当な場所で寝ると獣に襲われて山を越えるどころか明日の朝日さえ拝めない。
先の見えない焦り。それが、いままで大事に育ててくれた師匠の所から飛び出してきた理由。
わたしは捨て子だった。
10数年前、わたしは師匠の家の前に置かれていたらしい。そんなわたしを師匠は優しく育ててくれた。師匠は大昔に《厄災》とかいう大災害で荒れ果てた大地(辺境)を調査したり、旧世界の進んだ科学技術、《遺産》を探したりするハンターだ。その姿を見てハンターに憧れたわたしは師匠の養子から弟子になった。
それからの師匠は別人かと思うぐらい厳しかった。けど、感謝してないといえば嘘になる。そのお陰で1年前にはようやく免許も取れた。その頃からだろうか、わたしが世界を自分の目で見てみたいと思うようになってきたのは。
けど師匠はその後も修行ばかりでハンターとしての仕事はある程度やらせて貰えるようにはなったけど独り立ちさせて欲しいと言えば「半人前のお前には早すぎる」の一点張り。だったら師匠と旅に出ようと持ちかけても「仕事があるからこの土地を離れるわけにはいかない」と即答で却下。
そのうちわたしは一生ここで修行して終わるんじゃないかと不安になってきた。そんなことは無いと頭では解ってはいてもいつ独り立ち出来るかも解らない。それが焦燥感の正体。
そんな日々が続いてついに1週間前、我慢出来ずに師匠の下をとび出してきた。そして最初の難関がこの山越え。事前にしっかり計画してからの行動だけど、いきなりバイクがただの荷車になるなんて想定外、本当にどうしよう。
予定では迂回路を使うのに比べて最低でも3日は引き離せる予定だったけど、歩きで山越えとなると下手したら待ち伏せされてるかもしれない。いや、かなり遅れるから逆にもう先に行ったと思われるかな?
「ふう、疲れた。今日はこの辺で野宿かな? ポジションとしては悪くないし」
夕日を眺めながら1人でつぶやく。修行でいろんな事したけどやっぱり山登りは疲れる。飛び出してきていきなりのアクシデントっていう動揺も少なからずあるけど……
獣達が寄ってこないように火を起こして寝床をセッティングする。年頃の乙女の本音としてはシャワーを浴びて清潔なベッドで眠りたいけど、ハンターとして生きていくのならそんなこと言ってられない。1日中歩いて疲れていたわたしは食事もそこそこに眠りに着いた。
どれぐらい経っただろう、わたしは不意に聞こえてきた遠吠えに目を覚ました。焚き火の減り具合から考えて、そろそろ夜行性の生物達が動き出す頃かな。
「結構近いわね、これは徹夜かな?」
短い睡眠でも体力はあらかた回復している。これなら1晩ぐらいは寝なくても大丈夫と思う。っていうかそれぐらい出来ないとハンターになれない。
炎に燃料を追加して大きくした後、武器の用意をして周囲の気配を探る。すると自分の置かれた状況が見えてきた。
「え、もしかしてすでに囲まれてる?」
野宿なんて師匠との修行で嫌というほど経験している。けど、師匠にわざと危険なところにキャンプを張らされた時を除けばこんな状況は初めて。もしかしたら疲れと緊張で獣の痕跡を見逃したのかもしれない。
過ぎたことを後悔してもしょうがない、気持ちを切り替えてこれからのことを考えよう。今のところ感じられる気配は3つ、大きさからして多分野犬か狼。あの時は2頭の熊を相手にしても怪我1つしなかったんだ。それに比べたら数は1つ多いけど狼なら大丈夫でしょ。
とりあえず木を背にして背後からの襲撃される危険を排除してバイクを前に立ててバリケードにする。逃げ道も同時に潰すことになるけどこの状況で逃げられると思うほどわたしは楽観主義じゃない。ついでに暗視ゴーグルもかけたけど焚き火の光が強すぎて逆に見え辛くなったから諦めて外した。
「4、5……まだ増えるの」
わたしが気配を感じ取ってから準備が終わるまでの数分で数が倍になった。焚き火の届く範囲にはまだ出てこないけど確実に気配は近づいてきてる。このままにらめっこしてても状況は改善されないらしい、思い切って仕掛けるか。
『タタッ、タン……ドサッ!』
愛用の2挺拳銃を気配だけを頼りに正面へ3発。手ごたえを感じると同時に何かが地面に倒れる音が1つ。
「よしっ! 残り5頭」
けど、今ので均衡が崩れたわ、多分一気に飛び掛かって来るでしょうね。その前に可能な限り数を減らさないと、悪くても見える範囲に来られる前に後2頭は潰さなくちゃ。
今度は両腕を大きく広げて左右の気配に向ける。
『タッ、タタン、タン……ドッ! ザザッ!』
だけど手ごたえは右側だけ、残りの4頭が地面を蹴った音が気配とともに伝わったきた。刹那も置かずに黒い影が4つ疾風のごとく現れる。ヤバイ、思ってたよりこいつら全然速い。多分次が最後チャンス、これを外したらわたし狼の餌になっちゃう。
「お願い、当たって!」
半ば祈りながらも相手をしっかり見据えてトリガーを引きしぼる。
『タッタタン、タン、タタン、タン、タンッ』
わたしの撃った弾は全弾命中。だけど2頭はかすっただけなのか多少速度を落としただけでそのまま向かってきた。大きく開けられた口を見てもう駄目だと諦めかけたその時、まるで目に見えないハンマーに殴られたかのように狼達が吹き飛んだ。
『ドッ、ドーン』
遅れて轟いてきた大きな砲声、そして徐々に大きくなるエンジンノイズ。その途端に体中の力が抜けて地面にへたり込んじゃった。
「大丈夫か? 危ないところだったな」
そう言って現れたのは少し大きめのバイクに跨った青年。見た感じ年はわたしとあまり変わらないと思う。服装は丈夫そうな素材で作られたジャケットにカーゴパンツとコンバットブーツ。どうやらわたしと同じハンターみたい。けど何でだろう、わたしも殆ど同じ格好してるのに彼の方が全然似合ってる。それも他の格好が全然想像できないぐらいに。
「おーい、聞こえてるか? 怪我してるなら手当するから言ってくれよ?」
わたしは再度呼びかけられるまで思わず見とれてしまっていた。
「え? ええ、大丈夫です。助けてくれて有り難うございます」
慌てて頭を下げると彼は、困ったときはお互い様だと言って手を差し出してくれた。
「俺はセージ、見てのとおり君と同じハンターだ。君は?」
「あ、わたしはマサ、よろしく」
差し出された手を素直にとるとなぜか彼は驚いたような嬉しそうな表情を浮かべた。
「OK、マサ。こちらこそよろしく。とりあえず血の臭いで他のやつらが集まってこないうちに移動しよう。ああ、一緒に行こうぜ。丁度、単独行動で人肌が恋しくなってきたところなんだ」
彼はそう言ってバイクに跨ったかと思うともう身支度を終えていた。まだ突っ立ったままでいるわたしとは大違い。この差はわたしと彼の服と同じだと思う。駆け出しのわたしと違って彼は多分1人前のハンター。格の違いって言うやつ。
「ちょ、ちょっと待って、わたしのバイク壊れちゃって走れないの。出来れば次の街まで乗せてってくれない?」
わたしがそう訪ねるとセージは快くOKしてくれた。
「全然かまわないぜ。ただ、登りだけどそれでもいいか?」
「よかった、ありがとう。わたしも登りよ。バイク壊れちゃって大変だったの」
彼のバイクに荷物を積み替える。とはいえ彼の荷物があるから全部は載せれない。必要最低限の物以外は置いてくしかないわね。
「ん、セージこれ何?」
荷物を積み替えてるとセージの荷物の中に少し反り返った金属の棒を見つけた。
「ああ、それは刀だ。見た目は曲がった鉄パイプみたいだがそれは聖柄っていう種類の拵えなんだ。決して手抜きじゃないからな」
セージに許可をもらって抜いてみる。出てきた刀身はまるで月の光を打ち込んだみたいに冷たく冴えた空気をまとっていた。
「ねえ、セージ。この刀の素材って――」
刀身の美しさに見惚れているとある事に気が付いた。
「ああ、クローバーメタルだ。だから錆びないし、刃こぼれどころか歪みもしないぜ」
クローバーメタルって言ったら確かクローバー総合技研が〈厄災〉前の世界から守り通した世界で2番目に強い強度と硬度の合金じゃない。けど、馬鹿にならないほど高くなかったっけ?その事を聞くととんでもない答えが返ってきた。
「ああ、相棒がクローバの親族でこの刀を造ったのも相棒なんだ。だから材料費以外はほとんどタダさ。それより準備は終わったか? そろそろ離れないとマジでヤバイぞ。最悪もう1戦する覚悟ぐらいはしといてくれ」
彼の言葉に応えるかのように遠吠えが聞こえてきた。とっさに気配を探る。さっきほどじゃ無いようだけどすぐ近くまで迫ってきてるのは確かたい。刀を元の場所に戻して荷造りに専念する。
「ええ、いいわ。出して。でも、夜道大丈夫? 迎え撃った方が安全じゃない?」
セージに質問しながら後ろに跨るとバイクが猛スピードで走り出した。いきなりのことに思わず彼にしがみつく。
はっきり言って怖い、この暗い山道を昼間と同じかそれ以上の速度で走るなんてまともな人間のすることじゃ無いよ。光で見つからない様に当然無灯。だから本当に真っ暗。少しでも恐怖を紛らわそうと大声で呼びかける。
「ちょっと、なんてスピード出してるのよ! これじゃ逃げ切る前に事故って大怪我しかねないわよ! それに何! 何であんたこの暗闇でサングラスなんてかけてるの! もしかして自殺志願者!? 死ぬなら1人で死になさい。わたしを巻き込まないで!」
パニックになりながら叫ぶと彼は、夜道を無灯で走ってるとは思えないほど呑気に答えてくれた。
「ああ、悪い悪い。真っ暗なまんまじゃこの速度はそりゃ怖いわな。ほら、これかけてみな。暗視ゴーグルだ。だけど、そんじょそこらの市販品とはひと味もふた味も違うぜ」
そう言って彼は何の変哲も無い眼鏡を渡してきた。わたしの持ってるゴーグルだってかなりコンパクトなヤツだけど、これはそういうレベルじゃない。どこからどう見ても普通の眼鏡にしか見えない。強いて言えばフレームが微妙に厚い程度かな、でもこのぐらいなら普通にある。
「グラサンタイプは俺が使ってるから並の眼鏡程度しか視界は確保できないけどそっちで我慢してくれ」
彼はそう言うけどこれが暗視ゴーグルなんてにわかに信じられない。
「どう見ても普通の眼鏡じゃない、これが暗視ゴーグルだなんて信じら――え、何これ……」
セージから渡された眼鏡をかけて自分の目を疑った。そこには昼間と大差ない情景が広がっていたから。それもわたしのゴーグルより鮮やかに。けどそれだけじゃない、目を凝らせば自然と望遠されるし、なんと、やや暗色だけど色まで見える。
普通、暗視ゴーグルというのは僅かな光を増幅して暗所でも視界を保つ物。確かに望遠機能のあるヤツもある事にはあるけどどれも大きいし手動だし、なにより色が見える暗視装置なんて聞いたことも無い。
「ちょっと、どうなってるのよ! この眼鏡! 色が見える暗視装置なんて聞いた事も無いわ!」
わたしが違う理由で再びパニックになってると彼は苦笑しながら答えてくれた。
「な、市販品とは格が違うだろ。種明かしをするとその眼鏡に俺が発掘した遺産の超小型コンピュータが仕込んであるのさ。自動望遠はどこに焦点があるのかを感知してやってる。色の方は単純だ。入ってくる光を増幅する時、光の種類もついでに解析してるだけだからな。ま、〈シリウス〉の開発部と俺の相棒が手を組んで遺産を使ったらざっとこんなもんさ」
わたし、とんでもない人に助けられちゃったのかな。〈シリウス〉っていったらハンター派遣の大企業じゃない。
「えーと、セージさんは〈シリウス〉の社員さんで?」
無礼な言動をしてなかったかと思いながら恐る恐る聞いてみた。
「どうしたんだ? いきなりかしこまっちゃって。ああ、〈シリウス〉の名前でビビらせちゃったか。質問の答えだが違うぜ。〈シリウス〉と深い縁は確かにあるけど俺はフリーのハンターだよ。それはそうと落ち着いたなら追っ手が無いか回りに気を配ってくれ」
このスピードについてこれる訳ないと思いながら言われたとおりに気を配る。そして、戦慄した。
「え、追ってきてる気配が4つもある……この感触は狼? しかもどんどん近づいてきてるよ。さっき戦ったときも思ったけど狼ってこんなに走るの速いの?」
「ちっ、やっぱり――こいつらは異獣だ。マサ、迎撃できるか?」
「い、異獣! 異獣って〈厄災〉の後に発生しだしたっていうあの凶暴生物の異獣!?」
つい大声出しちゃったけど彼はどこか慣れた様子で声を返してきた。
「他にあったら俺が教えて欲しいよ。もう1度聞くけどあいつら迎撃できるか? 出来ないなら俺がやるから運転代わってくれ」
言われて今度はライフルで狼に軽く狙いを定めてみる。ゴーグルのお陰で視界は明瞭だし時々狼の黒い影が見える。気配だけを頼りに戦ったさっきに比べればかなりの好条件ね。
「うん、いけるよ。セージはそのまま走って」
「わかった。背中は預けたぞ」
その声に頼もしさを感じながら体制を整えて再びライフルを構える。
『バンッ』
よし、まずは1頭。これで後は3とぅ……
「え、増えてる?」
「ああ、こいつらは6頭1組で狩りをするみたいだ。お前を襲った狼も6頭だっただろ?」
セージの言うとおり、さっきまで4つだった気配が1頭倒したはずなのに1つ増えて5つになってる。
「そういえば、そうだったわね。じゃ、これ以上増えないよね、ちゃちゃっと片付けちゃうわ」
『バン、バンッ、――バン』
次々と狼達を撃ち倒してく。けど何か嫌な感じ、仲間がどんどん倒されてるのに狼達は怖気つく気配が少しも無い。わたしだったら一緒にいる仲間が1人でも死んじゃったらパニックになるだろうなぁ。
動物と人間の感性は別物だって聞いた事あるけどこれは少し気味が悪い。
「5秒後、右に曲がるぞ」
セージの言葉で意識を狼に戻す。カーブを曲がり終えたところで再びライフルを構える。後2頭、一気に仕留めよう。
『バンッ』
よし、後1頭。外さないように慎重に照準を定める。
『バンッ――』
そして、最後の銃声が高らかに響いた。
「すげーな、この条件で全部1発かよ。そういや、最初の時はゴーグル無しで4頭殺ってたか。俺の相棒といい勝負だぜ。いや、あいつは超人だからそれ以上か」
セージがわたしの成果に感嘆の声をあげる。射撃には自信がある分褒められるとやっぱり嬉しい。
「ありがとう。それよりセージの相棒が超人って?」
「ああ、感覚系の超人だ。しかし、マサはすごいよ。常人の1万倍の五感能力がある感覚系の超人と同等の射撃が出来る常人なんてそうはいないぜ。そうだ、いいもの見させてもらった礼にその眼鏡やるよ。バイク壊れて大変だろうし、いいことが少しは無いとやっていれないだろ?」
セージの相棒か、彼とつり合う相棒なんてどんな人だろう。少なくともわたしみたいな駆け出しとは比べようも無いんだろうな。彼はああ言ってくれてるけど多分射撃でも全然かなわないと思う。
「ふう、どうやら逃げ切れたみたいだな。どうする? このまま徹夜で走り通すか?」
セージの声に辺りの気配を探ってみれば確かに追ってくる気配は1つもない。
「わたしは大丈夫よ。襲われる少し前まで寝てたから。それよりセージの方こそ疲れてない? 運転代わるわよ」
多分わたしよりセージの方が疲れてると思う。だって、わたしが襲われてるのを見つけて遠くから狙撃してくれたんだ。何時、わたしに気が付いたのかは分からないけど多分、夜通し走ってるんだと思う。
「そうか? じゃあ、お言葉に甘えて少し休憩させてもらおうか。マサも疲れたら言えよ、休める時にきちんと休むのはハンターの基本だからな」
そう言うとセージはバイクを止めた。さっきから思ってたけどこのバイクもかなり性能いい。セージの腕もあるんだろうけど、荒れた山道でもかなり安定してるし振動も驚くほど少ない。わたしがノーミスで狼を撃退できたのだってこのバイクのお陰だと思う。やっぱり、さっき言ってた超人の相棒が整備したのかな? 感覚系の人ってその能力で機械の調整とか凄いからなあ。
「それぐらい分かってるわ。いくら駆け出しって言ってもわたしだってちゃんと免許取ったハンターなのよ」
「悪い悪い。まあ、俺だって駆け出しだけどな。いや、修行だとか言われて無理矢理追い出されたから、それ以下か」
セージの言葉にとてもショックを受けた。なにしろわたしと正反対だったから。
「凄いよ、セージ。わたしなんて追い出されるどころか師匠の所から黙って飛び出してきたんだもん」
わたしは彼にこれまでのことを話した。セージを見てるとなんだか自分に劣等感を覚える。それを否定してもらいたくて話さずにはいられなかった。
「へぇ、そうだったのか。ん〜、面倒臭いからバラしちゃうけど俺、マサを追ってきたんだ。その師匠に頼まれて」
わたしはその言葉に目の前が真っ白になった。セージがわたしを助けてくれたのは偶然でもなんでもなく、最初からわたしを追ってきてたからなのね。けど、それなら疑問が一つ。
「でも何で? 連れ戻せって言われたんじゃないの?」
「いや、このバイクと手紙を届けて次の街まで一緒に行ってやれって言われただけだぜ」
そう言ってセージは懐から一通の封筒を取り出した。
「ほら、これがその手紙だ。本当は街に着いてから渡すように言われてんだがもういいよな。俺の正体も話しちまったわけだし」
封筒を開けるとそこには便箋とお金が入っていた。
『我が1番弟子、マサへ
貴女は、いつもそそっかしいですねマサ。独り立ちの許可を与えようと思っていた前日に飛び出すなんて中々あることじゃありませんよ。まあ、そこがマサらしいといえばそうですが。
せっかく私が丹精こめて組んだバイクを餞別として渡そうと計画していたのに。それもこうして届けてもらわなくてはいけなくなったじゃないですか。
貴女が乗って行ったバイクは売るなりしてこれからの資金にしなさい。お金はあって困るということはありませんからね。それと同封したお金はこの前あなたが行った地質調査の給金です。大事にしなさい。
貴女がこの手紙をいつ読んでるのかは知りませんが、この手紙とバイクの届け主であるセージ君をよく観察しなさい。それが最後の授業です。彼は私の友人の弟子で年は貴女の1つ上ですが、すでに1人前のハンターとして恥ずかしくない腕前を持ってます。残念ながら私は貴女に彼と張り合えるだけのものを与えることは出来ませんでした。それは師匠である私の責任です。貴女がそのことに劣等感を抱いたとしてもそれは間違いです。
しかし、それでもハンターとして生きていくのに必要なことは十分教えられたと自負しています。あとは貴女がこれからどこで何を経験し、それをどう思うかです。
それと、貴女は無許可で出てきたのだからもうここには帰れないと思ってるでしょうが、そんなことはありません。嬉しい時、哀しい時、何でも無い時、いつでも帰ってきてかまいません。ここは貴女の家で、私は貴女の師匠であり家族なのですから
出来の悪い師匠、シオン』
師匠からの手紙を読んで目頭が熱くなるのを感じた。師匠はわたしの事をちゃんと考えてくれてた。なのに1人で勝手に勘違いして飛び出してきたなんて。出来るなら今すぐ戻って謝りたい。でも絶対師匠はそんなこと望んでない。
「ありがとうセージ。こんな所まで届けてくれて」
何をとは言わない。だってそれは、言葉ではとても表せないものだから。
「別に大したこと無いさ、俺だって同じように届けてもらったことがあるしな。それより感謝してるのは俺もだぜ。ようやく先生の言ってたことが理解できたからな」
「なんていってたの? セージの先生」
わたしが疑問を口にするとセージは少し恥ずかしそうに話し始めた。
「『受け継ぎ託せ』それが先生の言葉だ。今までそれどういうことがイマイチ分からなかったんだけど、マサにその手紙を届けてやっと理解できたよ、ありがとう。さっき俺も届けてもらったって言っただろ? あの時届けられた俺が今夜、マサに届けた。届けられた者はやがて届ける者に。あの時、俺が受け継いだものを今度は俺がマサに託したってワケさ。まあ、今は理解できなくてもいつか理解できるさ。今夜、俺が理解できたようにな」
「うんうん、分かるよ。今なら、今だから分かるよ。わたしは師匠からいろんなものを託された。だから今度はそれを受け継いだわたしが次の誰かに託すのが役目だと思う。それに、会ったことは無いけど、お父さんとお母さんから大切な命も受け継いでる。これもいつか誰かに託すのかな?」
わたしが目を赤くしてそう言うと真面目だなぁと感心された。
「やっぱりマサは凄いよ、受け継いだだけで理解できるなんて。託してようやく気が付いた俺とは大違いだ」
「そんなことよりこれからどうするの? ずっとここで立ちっぱなしってワケにもいかないでしょ」
褒められるのが恥ずかしくなってきて無理矢理話題を変える。
「そうだな、適当に安全そうな場所探して休むか。交代で見張れば多少見落としがあっても危険は無いだろうしな」
今夜、野宿のポジション取りを誤って死に掛けたわたしには反論の余地も無く黙ってセージの提案に従った。いつかわたしもセージみたいな立派なハンターになれるかな? そんな弱気じゃ駄目ね、絶対になるぐらいの気持ちじゃないと。
「そういえば街に着いたらセージはどうするの? このバイクを渡すのは最初から決まってたみたいだし」
野営の準備も1段落したところで少し気になったことを聞いてみた。けど、わたしがちょっとした事を訪ねるたびにセージが何かを思い出したように苦笑するのはなんでだろう?
「それなら大丈夫だ、相棒が車で迎えに来るからな。多分、俺達がついた次の日の夕方までには到着すると思う」
それを聞いて納得しかけたけど、よく考えれば計算が合わない。確かに予定より遅れてるけど迂回路との差が1日なんてどう考えてっておかしい。
思ってることが顔に出みたいで何も言って無いのにセージが疑問に答えてくれた。
「俺の相棒は運転が馬鹿みたいに上手くて速いんだよ。本当なら俺達より先に着けるんだが、お前の師匠の所で2、3日、機械について学びたい言ってたからな」
確かに、直接は運転してないけど師匠の造ったらしいこのバイクの凄さはわたしにも分かる。師匠の機械の腕は知ってるし自慢じゃないけどわたしだって師匠に教わってそこらへんの機械屋に負けない腕は持ってる。
だけど、正直ここまで凄いなんて思って無かった。わたしも師匠の弟子として恥ずかしくないように頑張らないと。
「ふう、やっと頂上ね。あ、あそこに山小屋があるわ、一休みしていきましょうよ。」
翌日、山頂に小さな広場と山小屋を見つけて後ろのセ−ジに提案してみる。今日はセージに代わってわたしが運転したけど、それでこのバイクの凄さを実感させられた。明日の昼に着く予定だった山頂にもう着いちゃたし、山道を走ってるのにほとんど燃料食ってない。
「そうだな。下りは登り以上に神経使うしあと2時間もすれば暗くなるだろう。少し早いけど今日はここで休む――かっ!」
セージがいきなりバイクから飛び降りた。その手にはいつ抜いたのか抜き身の刀が握られている。彼の先には倒れてる男が1人とその後ろに3人。服装は作業着にサングラスと帽子で完全に個性をなくしてる。手には拳銃や抜き身のナイフ、どう見ても仲良くする気はなさそう。それに今まで全く気配を感じなかった。こいつらそこらへんのチンピラじゃないわね。
「セージ、こいつら何?」
わたしは静かにバイクから降りてセージに並ぶ、もちろん戦闘の準備を整えて。その問いにはセージじゃなくて前に並ぶ男達が答えてくれた。
「奇襲を退けるとはなかなかやるじゃないか。だが、無事にこの山を降りたかったら武器を捨てて持ってるもの全部出してもらおうか、ハンターさん。抵抗しないってのなら殺しはしないから安心しな」
なるほど、山賊ね。しかし、ハンター相手に喧嘩売るってことは相当自身があるみたいね。まあ、わたしに気配を感じさせなかった事は認めるけど。そういえば、セージは気付いてみたいね。やっぱ敵わないわ。
「その言葉、そのままそっくり返させて貰うぜ、山賊ども。怪我したくなかったらとっとと失せな。警告はしたからな、今度は容赦なく殺すぞ」
セージから冷たく肌を切り裂かれるような殺気があふれる。本当に殺す気だ。さっきの一撃は峰打ちだったみたいね、そういえば血も流れて無いや。
「セージ、いくらなんでも殺すなんて酷すぎるわよ。無力化して縛るだけでいいじゃない」
そう言ってなだめると彼は「本気で言ってるのか?」と聞き返してきた。
「以外に残酷だな、マサ。そうやって縛ってその後どうするんだ?」
彼に言ってる意味がよくわからない。
「どういうこと?」
「いいか、こいつらを拘束するとしよう。で、その後どうしてもここに置き去りにする事になる。こんな山で放置されたらどうなるか縛られるのが自分だとして考えてみな」
いわれたとおり考えてみる。すると、わたしがどんな酷いことをしようとしてたかよおく分かった。
「えーと、何も出来ないで餓死するか、獣に食べられるわね」
「だろ? 確か拘束するだけだから罪悪感は無いだろうが間接的には俺達が殺すことになる。しかも、長い時間の苦しみの後にな。だからこうなっちまった以上せめて苦しまないようにしてやらないとな」
そう言ってセージは山賊たちに向き直る。
「別れの言葉は終わったかい、おふたりさん。抵抗しないのなら生かしといてやるつもりだったが、どうやらあがくつもりだな。せいぜい頑張ってくれや、言っとくが俺達は今まで何人もハンターを殺ってきたんだぜ」
リーダー格らしいヤツがねちっこい声で言ってくる。
「おい、いつまで寝てんだ!」
未だに倒れている仲間を別の1人が蹴り上げる。
「そっちこそ懺悔は終わったのか? 死体はちゃんと森の狼にくれてやるから安心してくたばれ」
セージが啖呵を切る。さっきの殺す云々もそうだけど恐ろしく場慣れしてる。ハンターに異常なほどの戦闘力が求められるのって獣の相手だけじゃなくてこういう奴らもいるからなんだろうな。
「ガキが生意気抜かしやがって。レイ! ユージ!」
『ザッ!』
その言葉で2人わたし達の後ろに山賊が現れた。
「無粋ね」
「ああ、そうだな。じゃあ、俺達は粋に決めてやろうじゃないか。マサは後ろの2人を頼む」
セージがわたしの呟きに答える。
「でも、セージ1人で4人と戦うなんて、相手は銃持ってるのよ。いくらセージが凄くても無茶――」
わたしの言葉はセージの手でさえぎられた。
「大丈夫さ、粋に行くっていっただろ。それに昨日はマサにばっかり戦わせちまったからな、俺も少しは活躍しないと相棒に怒られそうだ」
セージの言葉には何の嘘も誇張も無かった。勝つ自身があるのだ。たった一振りの刀で銃を持った4人の山賊に。
「分かったわ。じゃあそっちは任したよ」
わたしはそう応えてから振り向いて2人の山賊を挑発する。
「かかって来なさい山賊さん。それとも後ろからじゃないと女も襲えないのかしら?」
2人の山賊はわたしの挑発に簡単に乗ってきたくれた。単純な奴らね。
「この糞アマが言わせておけば。絶対楽には殺してやら――」
『タンッ!』
男の言葉を最後まで聞かずにわたしは抜き打ちで発砲した。レイだかユージだかは額に穴を開けて仰向けに倒れていく。
「テメッ、よくもレイを! ゼッテー殺す」
と言うことはこいつがユージか。どうでもいいことを考えてるとユージはナイフを抜いて迫ってきた。振り下ろされたナイフを左の拳銃で受け止める。
『ガキッ』
「へ?」
彼の顔か驚きで包まれる。今まで攻撃を止められるなんてことは無かったのかな? まあ、人間としては結構速い方だったし。
「なに驚いてるの? 貴方のスピ−ドなんて昨日襲ってきた狼に比べたら全然遅いわよ」
わたしは彼の反応も見ずに右の拳銃でこめかみ1発。結局凄かったのは気配を消す技術だけだったようね。
それにしてもこいつらが今まで襲ったのって本当にハンターだったのかしら? さて、セージはもう終わったかな。
あ、丁度セージが奴らに仕掛けるところみたい。でも4人相手にどんな戦い方するのかな? やっぱり心配、危ないって思ったら援護射撃ぐらいはした方がいいわね。
「無神流、『侘』」
セージは呟きと共に2人の男が左の首筋から右腰辺りにかけて綺麗に2等分された。
一瞬見えたその太刀筋はそれが刀身なのかそれに反射した夕日なのかわたしには分からない。
「凄い……」
昨日の経験から凄いってことは分かってたけどわたしセージを甘く見すぎてた。1つしか違わないって聞いてどこかわたしと同じレベルって思ってたところがあるみたい。そういえば師匠の手紙にわたしより遥かに上みたいな事が書いてあったっけ。
「な、クソッ、蜂の巣にしちまえ!」
山賊たちも焦ってる。一瞬で仲間が2人も減っちゃったらしょうがないか。 山賊達が銃を乱射するけど当たらない。まあ、銃口を見てその射線に入らないようにしてるのだから当然。わたしにだってそのぐらいは出来る。
「同じく、『寂』」
間合いに入った瞬間、セージが呟きと同時に聖柄の刀が閃く。またしてもわたしには刀身の煌きしか見えなかった。
斬られた男たちはと言うと、今度は胴を払われてさっきまで人だったのが今では4つの肉の塊になっていた。最初に斬られた2人を入れれば8つのかつては人だったモノが地面に転がってる。
「どうだ、俺の剣技は。ちょっとしたもんだろ」
セージは刃についた血を山賊の服でふき取りながら話しかけてきた。
「凄いって物じゃないわよ。一太刀で人間を真っ二つにするなんて並の腕じゃ出来ないわ。それに返り血もまったく受けてなし」
わたしが褒めるとセージの顔に笑顔が戻った。多分もう大丈夫だと思う。
「ありがとう。そして、すまないな、マサ。気を使わせちまって。お前だって辛いはずなのに……」
わたしがセージの異変に気が付いたようにセージもわたしの事に気がついてた。
「わたしは大丈夫よ。それにしても凄かったよ、セージの剣術。わたしにも教えて欲しいぐらい」
お互いに暗い顔しててもしょうがないからそれ吹き飛ばすために目いっぱい明るく振る舞う。
「ああ、俺の技術でよかったらいくらでも教えてやるぜ。その代わり射撃のコツ教えてくれよ」
その後、お互いにいろいろな事を教えあった。セージからは剣術やハンターとしてのいろんな知識や技術、わたしは射撃と機械の整備やいいパーツの見分け方なんかを訓練も交えて街に着くまでの3日間休みなく続いた。セージと過ごしたこの3日間は多分わたしにとって一生忘れられない経験になったと思う。
翌日、昼食を一緒に食べた後、彼の相棒が来ないうちに別れる事になった。何でも相棒に若い女の子と一緒に居るところを見られると後でうるさいらしい。
「じゃあ、ここでお別れね。いろいろありがとうセージ。あなたのお陰でハンター……いいえ、『生きる』というのがどんなことか少し分かった気がするわ」
出会った時とは逆にわたしの方から右手を差し出す。そして再会の約束をした。それは、自ら危険に飛び込むわたし達ハンターにとってなにより心の支えになるから。
「いや、俺の方からも礼を言わせてもらうよ。俺も先生の言葉の重みが分かったし、マサの言ったように『命』の意味を少し理解できたからな。じゃあ頑張れよ、マサ。受け継いだだけでくたばるんじゃないぞ」
待ち合わせ場所に向かって歩き出した彼の背中に呼びかける。ハンターはいつも死と隣りあわせだ。それを今回、わたしは知識としてじゃなく現実としてはっきりと認識した。
「セージもよっ。わたしに届けたからって満足しないでね!」
彼はわたしの声に片手で応えると街の雑踏に紛れていった。そして、わたしは彼とは別の方向に歩き出す。あの夜、セージから届けられたものを今度は、わたしがまだ見ぬ誰かに届けるために。