拝啓、雨降らすあなたへ
拝啓、雨降らすあなたへ
晴れの日がつづき、私の赤い傘はすっかり乾いて姿勢を正して立っています。
この傘を使う時はあなたにお声をかけようと、せめてあいさつだけでもしたいと、そう決めながら雨の日を待ち遠しく、そして不安になりながら飽きずに空を見ておりました。
あなたを拝見するために私は、あなたと出逢ったあの場所に立つ木々や花々をまるでそれを見るために足を運んでいるのだと、あなたに会うためなどといい浅ましい私の考えを悟られないように必死でした。
あなたの青い傘が見える度に、傘を握る両の手は震え、足は崩れそうになるほど頼りないものでした。
次にくる雨はいつなのかと考えるだけで私の心の臓は止まってしまいそうになるほど苦しく私を締め付けました。
あの日、晴れが続く中珍しく天からの恵みをいただいた日のことを私は生涯決して忘れることはないでしょう。
あなたが私があなたに会いに来ていたのを誤魔化すために見ていた木々の植わるお屋敷のお人であったこと、私はあれほど驚いたことは後にも先にもあれが最後だった思います。
呆然と見つめる私にあなたはお声をかけて下さいました。
『あの、』
あなたの強く、しっかりとした、それでいて雨のように柔らかなお声は私の体を沸々と熱くさせ、私は情けなくも、
『……はい』
とお返しするだけで精一杯だったのです。
あの日何を話したのかは、正直あまり覚えていないのです。
失礼にあたらなかっただろうか、夢だったのだろうかと何度も思い返しては何も手につかない状況が続きました。
今思えばとても情け無い姿をさらしてしまったことを恥ずかしく思います。
私はあなたとの出逢いを下さったあの雨の日を決して忘れは致しません。
あなたとの繋がりを下さったあの赤い傘は私の大切な宝物です。
ああ、やっとこの文を渡せる日がやってきました。どうかお受け取り下さい。
拝啓、青い傘のあなたへ、
私は、あなたをお慕いしております。
敬具。