拝啓、雨降らす君へ
拝啓、雨降らす君へ
新緑輝く今日この頃、
雨季は過ぎ去ったというのに今日は空からの恵みに溢れ、そっと立てかけていた傘を手にする時がやって来ました。
私があなたに声をかけると決意してから、やはりそれを実行することなくただあなたを見つめていたことを悔いたのは昨日のことでした。
そして次にあなたに会う時には、ただ一言の挨拶でもいいのであなたと出逢ったことが夢現ではない確かな証拠を手にしようと心に決めました。
次にあなたが来るのはいつなのか、待ち遠しいような、まだきてほしくないような、そんな気持ちが渦巻く中、今日、雨が降りました。
あなたは今日来る、と私は確信しました。
確かな証拠などないというのに、私はあなたが来ると信じて疑わなかったのです。
早る鼓動を抑える術もなく浮き足立った私をあなたはきっと可笑しいと笑うのかもしれませんね。
ああ、あなたの足音が私の体を震わせます。
塀の向こうに見える赤い傘が私をこんなにも弱くするのです。
冷たい指で青い傘を握り、私はあなたの前に現れます。裏から回ってくることは致しません。
そう、あなたが見ている木々が植わる正面から、情け無い足を叱咤して出ていきたいと思います。
私があなたに声をかけることを、どうかお許し下さい。
ああ、雨よ。私に勇気をわけておくれ。
さぁ、今私はあなたに情け無い姿をさらすのでしょう。
どうか最後まで耳をお貸し下さい。
『あの、』
『………はい』
私の声に答えてくれたあなたの小さく囁くような可愛らしい声は私の体を熱くさせました。
小さな白い手、白い頬にさした紅い色、黒く輝く瞳、小さく垂れた眉、そして赤い傘。
私はあの時のことを決して忘れは致しません。
あなたとの第一歩を踏み出したあの雨の日を。
私はやっとあなたに文を渡すことができます。
私の一番伝えたい言葉だけを記します。
拝啓、赤い傘の君へ、
あなたをお慕いしております。
敬具。